第十五小節 Context 三音目
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纏う氷に熱を吸われ、鋼鉄の殺意は冷え切っていた。しかし手は冷えない。それは熱の伝導を阻害しているからである。
「すぅ…………、はぁ…………」
湿気た冷たい空気を肺に取り込み、吐き出すことによって精神を統一。狙撃において集中力は何よりも重要な事柄である。それが途切れることがあれば、作戦に大きな支障が出る事は間違いない。だから、いかなる重圧もはね除けて、感覚を研ぎ澄ませ、私はスコープを覗き込む。
「ふむ……」
私の横では、木の陰になる様に流花が立っていた。雰囲気から察するに、戦況が気になるらしい。知ったところで自分に出来ることは無いからか、余り目を向けようとはしていないけれども。
……それはそうと、あの龍は、中々どうして隙を見せない。もとい止まらない。この銃器の反動は特大であるから、その制御には相当の集中力が要される。少しでも焦ればあっという間に照準は大きくずれ、弾は明後日の方向へ、そうなれば皆に迷惑を掛けてしまう。命だって危ないかも知れない。
――だから私はしくじれないのだ。
「人間風情が思い上がるなあアアアァァぁぁあアアアア!!」
その瞬間に、龍の絶呼が響き渡った。裕城か柊か、恐らく裕城だろう。何を言ったのかは分からないが、ついさっきから龍の態度は豹変している。初めは怒りながらも落ち着いた様子であったのに対し、今はただの激昂だ。陽動は上手く行っているらしい。後は私が合わせるだけ……。
「すぅ…………」
酸素を肺から取り込み脳に巡らせる。この目に曇りは無く、視界はクリア。龍の動きは段々と大雑把で鈍くなって、そろそろ静止もしそうな勢い。
この銃口から撃ち出す弾丸は巨大な鋼鉄だ。前日に細工をしたので、先端部の硬度は下がっているし、また、重心の調整に苦労した為、1発キリしか無い。だけど、唯、一、曝、け、出、さ、れ、て、い、る、生、身、を、狙、え、ば、問、題、は、無、い。
「――図に乗るなよ人間!!」
その絶叫と同時に、裕城は氷の中に姿を消した。詰みに等しい。しかし私はそれを無視する。何故ならば……。
私は信じている。裕城は絶対に死なない、と。
そして引き金に掛けた指に力を入れる。
「ここッ!!」
カチン。
トリガーが押し込まれ、須臾の後に凄絶な音が鳴り響いた。
弾丸とは一途な物である。ただ直進し、ある時は貫き通してある時は玉砕し、ある時は届かない。その姿を見て時に私は思う。
――そうあれればいいのにな、と。
「ァァァァアアアアアアアアぁぁぁああ嗚呼嗚呼アアアッ!!」
今さっき飛び出した弾丸は、一般的に魔弾と呼ばれている。魔水晶を内包、または魔水晶そのもの出来ていて、着弾時等に魔法を発動出来るから、魔法の弾、略して魔弾。それは何に阻まれる事も無く、空を裂いて龍の左側の眼球に直撃した。この叫声はその為の物である。
「第一射、命中。魔法の発動を確認……、いや待て。おかしい。奴め咄嗟に捨てたか」
「どうかしたの?」
「頭部の左側は予定通り破壊出来たが、止められた様だ。右側に外傷は無い」
流花はコンパクト双眼鏡を覗きながら、状況を報告する。こちらのシナリオは、龍の眼球を撃ち抜いて内側に魔弾を送り込み、氷の杭を内から外に押し出す様に創造して一気に仕留めると言う物だったのだが、流石に狙い通りにはならなかった様だ。推し量って、あの龍は自分の肉体を凍らせたのだろう。敵ながら英断だと言わざるおえない。
「まあでも、左眼は潰せたのよね?」
「ああ、それは確実だ。その部位は完全に破壊されている」
ならば私の役目は半分終わった。片目を失えば遠近感は喪失され、魔法の制御は困難な物となる。自身の浮遊等についてはそもそも見る必要はないらしいけれど、大きく力を削ぎ落とせただろう。しかし気になることが一つ。
「裕城達大丈夫よね……?」
「どうだろう。ここからでは確認出来ないな」
流花の言う事からするに、裕城は水龍の創り出した巨大な氷の壁の中に閉じ込められていると言う事だ。魔力壁もあることだし、カチコチにされているとは思えないが、やはり心配である。
「――来るぞ!! 伏せろ!!」
「なっ!」
頭上を、何か冷気を纏った物が通過した。流石幾年も生き長らえる龍、今の一撃でこちらの場所を把握したのだろう。人の心配をしている場合では無いと言うことか。
木の裏でやり過ごした後、第2波が無い事を確認した。そこで流花は言う。
「氷で棒、出来れば槍は創れるか?」
「ええ、もちろん」
水の創造、凝結、最後に形成。ものの数秒で槍は出来上がる。印象が強かったせいか、少し前に見た氷の槍によく似ていた。
「すまない。助かる。私は防御を担当しよう」
「了解。それは任せる」
流花に分かる程度に頷いて、そして私は今一度、黒く冷たい狙撃銃のスコープを覗き込んだ。
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