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CONTRAST CONTEXT  作者: WAIWAI通信
第一楽章 - The same blue -
18/31

第十五小節 Context 一音目

 奇怪だ。この上なく道理から外れている。その由が全く以て理解し得ない。

 あの巨体が、大質量が、あの程度の風でそんなにふわふわと浮き上がる訳は無い。たったあれっぽっちの爆風では、びくともする訳が無いのである。なのに、それなのに、奴が飛ばされ昇ったのは魔の法を以てして自らを浮遊させているからであろう。単純に、氷を纏ってそれを任意の方向に飛ばし、重力を相殺しているのだ。ならば、ほんの少しの力が加わっただけでも推進力になり得る。

 ……しかし、そうなると新たに1つ、解せない点が表に出る。

 いったい何をどうすれば、重力を無視する事が出来るのか?

 確か奴は、燃費を気にしながら動いていたはずだ。そして、奴は水中に逃げ果せたいと言う。……ならばどうして重力を利用しないのか。万物が持つ引力を、この星が持つ超強力な引力を、使用しないのは何故なのか。魔法を用いずとも、大地の助けを借りれば下に落ちる等容易な事であろうにどうして?

 ――その答えはたった1つしか考えられない。

「流花!! 魔力をこっちに流してくれ!!」

「了解した」

 そう、導き出される解は1つ。奴さんはさっさと逃げる事よりも、更に何かを優先していると言う事である。そしてそれは、奴が勢い良く突っ込む事を良としないのだろう。故に奴は飛び降りない、落ちられない。

 湖の近辺にあり、かつ脆く、巨大な水を喰らえば、あっさりと残骸(ざんがい)に成り得る物。……それはやはり、あれの事だろう。俺に降りかかった水もつまりその為だ。

 流花の飛ばした魔力を利用し、風を以てして加速する。軽く数十メートルある氷床(ひょうしょう)を一気に走り抜けて、その端に辿り着いた刹那、同じく風圧を以てして空に躍り出る。

「なあおいお前!! そこの龍!!」

 着地の瞬間、俺は見上げて叫び、対して龍は見下ろし呟いた。

「ぬ……。何だ人よ。……まだ生きていたか」

 飛び交う数多くの弾頭は凍て付き落ちて、やがて水没し、その姿を消していく。今やかの龍を止められる物ここに無し。しかし、この程度の騒音ならば声は届く。

「ああ、お陰様でな。ところでお前、さっさと逃げてまた明日も悠々と雨乞(あまご)いしようって魂胆らしいじゃねえか。だが、それをさせる訳には行かねえ。俺達はここでケリを付ける必要がある!! その為に悪いが、1つ脅させて貰おう」

 脅しやハッタリ等俺の趣味ではないが、致し方ない。

「――逃げるな!! 逃げればこいつをぶち壊す!!」

 確信は無いが、それに近しい物は持っていた。

 奴、は、社、を、守、り、な、が、ら、戦、っ、て、い、る。

 つまりそう言う事。さっきの水柱もそうだ、こいつはあれで残骸を吹き飛ばしたかっただけなのである。そしてあの咆哮は恐らく魔水晶、もとい魔法の発動条件だったのであろう。そんな細々した用意までしていたのだから違うとは言わせない。

「卑劣な事を言ってくれる……。人間」

 空に浮遊する龍は、まるで波の様に押し寄せる数多の爆発物をいとも容易く無力化し、そして出来た静寂に言葉を紡いだ。

 これで良い。至悪最低な事を言っている件については認めよう。だがそれでも、それでは今はこうするしかない。このまま馬鹿らしい悪戯をさせ続けるなんて許されないから。

「良く言いやがる!! 今まで散々バケツひっくり返して回ってた奴はどいつだ? お前だろう。ああ、確かに俺は卑怯だね。自分でもそう思う。だがそれはお前も、お前こそそうだろう。――だから! お前にそんな事を言われる筋合いはねえ!!」

 乗れよ、俺の挑発に。そして終わらせようか、この無意味で憂鬱な灰色の日々を。

「良いだろう人間。だが約束しろ、私がこの場で背を向けなければ、その神体に手を出さんと」

 その巨大で重厚で威圧的な全身を、龍はこちらに向けた。

 この、今俺が目の前にしている社。それは(ほこら)と言っても良いほど小さく、粗末な物で、しかしどうしてかこんな湖の上にあった。中に(まつ)られているのはお地蔵様である。

 いったいこの社が、地蔵様が、奴にとって何なのかを俺は知らない。然れども、これで必ずケリは付く……。

「ああ、誓ってやるよ龍神様。お前がここに居る限り、俺達はあれに手を出さねえ。ちょっとばかしゴミが散った飛んだはするかも知れんが、それはそっちでどうにかしろ」

 空気が静まり返った。ここで言っているのは大気の事ではなく、雰囲気の事だ。例の弾幕は止んでいないから、そのジェット噴射のやかましい音は健在であるのに、場は静か。まるで誰も息をしていないのではないかと思ってしまう程にまで、閑散としている。

 その異様な一コマには"嵐の前の静けさ"というフレーズがぴったりと当て()まっていた。

 沈黙を破る者は、水を司る龍。

「では人間。覚悟は出来ているか?」

「愚問だな、そんな物はしていない」

 ――何故なら俺は負けないから。

「じゃあ始めようぜ…………? 派手な喧嘩をなあぁぁぁぁあァアア!!」

 今、俺は何と言ったか? この音声は誰の物だ? これは俺が言ったのか……?

 ――否、俺だ!! ちょっとお利口な大義名分を掲げてみたが、俺にとってこれはただの喧嘩と言っても良い。街の事も大事だが、それは二の次である。俺は初めから、このむかつく野郎を叩きのめしてやりたかった、地に落としてやりたかった。これはその為の催し物なのだ。

 ああそうとも、俺は昔から何も変わっていない。

「言ってくれるじゃんか風峰さんよ。まあ出来るだけ手伝うから好きにやってくれ」

「ああ、フォロー頼んだぞ」

「へいへい」

 今ここに、火蓋は切って落とされた。俺は開幕と同時に昨日雪に頼んで作って貰った魔水晶を、湖に放り投げる。この魔水晶は、例の鱗を砕いた破片であり、設定されているのは氷柱の創造。水没するに従って、この破片の上方、つまり水面に近い側に氷の柱を創り出す様になっている。

 魔力というのは、例えるならばそう、6色の水だろう。火属性の魔力は赤、水は青、風は緑で地は橙色、光は白く、闇は黒だ。そして、俺達人間には生まれつきいくつかの色が付いたバケツが渡される。それは赤かも知れないし、青かも知れない、はたまた6色のバケツを持った人間が居る可能性だってある。このバケツとは俺達の意識の事で、例えば赤のバケツは赤い水のみすくうことが可能なのだ。

 して、アルミの容器は、水を汲んで運ぶ物である。そこに穴が空いていれば、運んでいる途中に水は零れるし、急いで運べば溢れてしまう。それなのに、俺達のバケツに完璧な物は無かった。その想像の正確さに比例して運搬効率が向上するバケツは、しかしどれ程修練を積もうとも完璧な入れ物にはならないのである。それが、魔方陣という名の井戸からかけ離れた場所では、魔法を使えぬ理由。十分な魔力を運べないのであれば、魔法が使える道理は無い。また、俺達のバケツにはもう1つ特徴がある。

 それは、体積あたりの質量が高い物に重ねると、ロスが小さくなるという事。魔力の伝導率は質量の高い物程比例して高くなる。故に、魔力を移動させる際には、空気の中よりも液体の中、液体の中よりも固体の中の方が良い。それには物質の流動も関係しており、分子が動かぬ固体中と分子が動き回る液体中を通すのであれば、圧倒的に固体中の方が効率が良かった。そうしてそれは井戸でも同じ。だから俺は固体である氷を以てして、柱を立て、その上に魔方陣を描いているのである。

 まあ、魔方陣を通って地上に魔力が吹き出した後はどちらかというと大気中を通した方が扱いやすいのだが。何故ならばそちらの方が想像しやすいから。

「流花! もう止めてくれて大丈夫だ。助かった」

 頷いて少女はその黒髪を靡かせながら茂みの方に掛けて行く。雪のフォローに回ってくれたらしい。

 その頃龍は鎧を整えていた。

「いっちょ行きますか。響、足場は頼んだぞ。出来るだけ分厚く丈夫にしてくれ」

「あいよ。あのデカ物が落ちても割れない様に頑張るさ」

 再度足の裏と、身体の周囲各所で圧縮した空気を一方向に収束させて解放し、飛躍。響の成す足場に俺は降り立った。

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