第十四小節 Hint
「大分プロペラ音が小さくなってきたな」
「数が減ってきてるんだろう」
ここからが本番とか言ってみたのは良いが、現状俺達に出来るのは傍観している事だけである。無理もない、空を飛ぶなんて真似出来っこないからな。
「しっかし残骸の量が半端じゃねえな……。ちょっと補修するわ」
「分かった」
1つ、1つ、また1つ。空からは氷塊と鉄塊が落ちてくる。氷塊はいざ知らず、鉄塊は大小関係なく落下と共に氷をかち割っており、ヘリその物となると大穴が空いてしまう。
そしてまた1つ、鉄の塊が落ちようとした時。
「グオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
はっきり言って驚愕した。その咆哮に殺意はなく、むしろもがく様なそんな雰囲気。
それに応える様に、あらゆる落下物を吹き飛ばしながら、社の周囲で水柱がそそり立つ。
「おいおいまじかよ……」
水柱は高く昇ったところで収束、停止し、大小ばらつきはあるが、丸い水の塊となって辺りに飛び散る。その1つがこちらに真っ直ぐ飛んできていた。
……流石にあの体積は回避出来ないだろう。だが、あの水の塊が攻撃を目的としているならば、防御は必至。
そう思い俺は風を以て凌ぐ事を考える。風を円錐形に前方へ、けれども……。
「……あぐぁっ!」
しかし水は止まらなければ逸れる事もしなかった。否、確かに若干は逸れたのだろう。だが、その量はわずかに過ぎず、風は容易に押し切られたのである。
喰らってしまったからには仕方が無い。俺は体勢を維持する事に尽力し魔法の発動に備え…………、何も、起こらない?
「何だったんだ……?」
水は重力になされるままに落ちて広がり、た、だ、の、水、の、様、に、そ、の、姿、を、眩、ま、せ、て、い、っ、た。俺の放った風をものともせず突っ込んで来た事から察するに、あの水の塊には何らかの魔法が使用されていたはずだ。それなのに、飛ばし押し切るだけで終わるとはとても思えない。だから、次のアクションを恐れていたのだが、どうやら本当に何も起こらないらしく、水は既に拡散しきっていた。
何故だ? 奴は何がしたかった? 真に意味が分からない。俺は水柱の上がった社の付近に目を向け考える。
突如上がった水柱。それは即座に四方八方に飛び散って、その1つは俺の所へ。しかしけれども、何も起こさず起こらずただの水……。
もしや意図は攻撃ではなかったのか……?
「裕城! 余所見をするな!!」
唐突に俺は飛ばされて、背中から氷に叩き付けられる。その直後に無人ヘリが1つ、丁度俺の居た場所に降って落ちた。その落下の衝撃で厚い氷にはひびが入る。
「……すまん。ありがとう」
「気にするな。しかしここは仮にも戦場だぞ君。命を落とす事もある」
「ああ、気をつける……。ほんとすまんな……」
全く以て不甲斐ない。大口叩いて人を追い返しておきながら、あまりにも間抜けな状況になってしまっていた。
けれど、初めて俺の事を名で呼んだ少女は、にこやかに笑って言う。
「言ったろう気にするな。私も1度助けられている」
これでチャラってところだろうか。流花も案外そういうお決まりが好きなのかも知れないな。
「なあおい裕城君と流花さん? 何時までも抱きついてないで空を見てくれると嬉しいんだが……」
「なっ!!」
「すまんっ!!」
言われて気付き、俺達2人は真逆に飛び退いて少し距離をとる。今の俺は一体どんな表情をしているのだろうか。
「ベタだな……。まあそれはいいんだけどさ。空が大分静かになっちまったことについてお2人はどう思うよ」
爆音轟く空を俺は見上げた。それは静かと言うにはあまりに騒々しいが、けれども何故『静かになった』と言ったのかは一目瞭然である。
単純に、あのやかましい音をたてて飛び回る鉄の塊がどこにも見当たらないのだ。
「戦力不足……、か?」
自分で言ってなんだが、それはおかしいだろう。さっきの男もそんな様子ではなかったし。
「それは違うだろうな。んで、これは俺の勘なんだが……」
「勘……?」
「ああ、そうだぜ。もしかしてあのでかいのは今日襲われる事を知ってたんじゃないか、ってな。それで罠の1つや2つ設置しといた訳だよ。まあ知らなくてもしかけてるかもしんないけどな」
そんな事があるのだろうか? 確かに知っていれば罠の1つや2つ仕掛けているかも知れない。もはやプライド等かなぐり捨てて騒ぎを起こしている様だから、それは十二分にあり得るだろう。だが、知らずしてそんな事をするとは思えない。魔力切れを起こす可能性があるのなら、効率の悪い行為は避けるべ……、いや待て、そう言えば少し前に空から氷付けにされた鉄の塊が降って来たことがなかったか。
「まずいな、あれだけじゃ止まらないだろう?」
地道に水龍の魔力を削っていく数多の不発弾を見据えて俺は響に問いかける。
龍の高度は急速に低下していた。無理もない、空中部隊が全滅したのだからそれはそうなるだろう。相手にとって押さえなくてはならない弾が減ったのだから、ああ、そうなる事は避けられない。
「だろうよ。一応俺なりにちょいちょい仕掛けはしてあるんけど、まあそれも保って30秒やそこらってとこか」
数日前、確かにあったはずだヘリの落下事件が。…………思い出した。あれは6日前の昼の事。
「罠って言うのは案外あたってるかもな。思い出す節がある」
「まあそんなことはどっちでもいいさ。罠だろうがそうじゃなかろうが、増援が来ないって事に変わりはない。ぱぱっと策を考えちゃってくれよ」
「それもそうだ……」
今は時間が惜しい。元々こんな予定ではなかったから少し前に考えた作戦も上手く行くとは思えなかった。だから、今は考えることが必要なのである。
考えろ、思考を巡らせ解を導け。思い出せば何か無かったか? あの水龍が、留まらざる負へなくなる様な物は何か無いか?
「……来やがったな」
響がぽつりと呟いて、水面を覆っていた氷の内、水龍が突き破って通ろうとした部分が盛大に炸裂した。その爆風を真正面から受けて、水龍は風船の如くふわりと空に浮き上がる。
なるほど、仕掛けとはこういうことか。そう言えばこの前もどこからともなく火薬の山を取り出していた。だけれど、この手法も通じてあと1回。それの可能性も限りなく薄く、もう時間は無いと言っても良い。
――いや、待てよ? 何かおかしくは無いか? ああそうとも、違和感がある。ど、う、し、て、あ、れ、だ、け、の、風、圧、で、あ、の、巨、体、が、浮、き、上、が、る?