第十三小節 Battlefield
「クソッ見つかんねえぞどこ行った……」
2日探し回って成果はゼロ。毎日雨はふってる様だし奴がどっか行っちまったとは思えないが、湖にも帰ってこない。あの馬鹿でかい図体で一体どこに隠れているのだろうか。
「落ち着きなさいよまだ時間はあるわ。苛ついても効率が落ちるだけよ」
「ああ、すまん。ちょっとな……」
あと1日。1日以内に探し出せば良い。確かに時間はあるがしかし1日だ。そう……、恐らく後1日残っている。
「ねえ、今気付いたんだけど、ちょっとヘリ多くない?」
そう言われて、俺は空を見上げる。数は1、2、3、4、5……。
「確かに多いな」
「だな。この2日間では多分一番多いぜ」
ヘリがいるのには訳がある。多いのには訳が必ずある。ただでさえ燃料を馬鹿食いするアレがそんなにほいほいと意味も無く飛んでいるなどありえない。
続けて響は言い放った。
「そういや、あの話ってやっぱあれだよな……」
あれあれって何の事だ、とツッコんでやりたいが、しかし今回はそういう訳にも行かない。あれとはつまり、昨日聞いた話の事だろう。
そう――、これはとある老人の昔話だ。
何十年も前の事、変わり者の少年が1人いた。農耕を以て成り立っていた村の中で、その少年の家職は珍妙な物であり、親の性格もあって少年自身も変わり者。故に、十分予想もつくだろうがその少年は村の子供連中から虐げられていた。現代で言うイジメである。
そんな少年の採る、周りから見て不可思議な行動の中には"お参り"という物があった。信仰心は風化し、言い伝えは途絶え、人々が神にすがる事を止めたその村では、かの行動は当に奇々怪々その物であったに違いない。それでも貫く事を止めはしなかった。
そんなある日事件は起こる。
少年が日頃と同じく湖の祠に向かった昼下がり。似た様な年齢の少年が数名、その目的地で待っていたのだ。どういう過程か等言わずとも良いだろう。兎に角、そこで少年は湖に落とされてしまったという事が重要なのだ。
「まあそうだろう……。それ以外は考えられないからな」
落ちた少年は、泳ぎが出来ぬ言わば金槌で、溺れまいと水面でバシャバシャ暴れていた。その窮地に現れたのがあの水龍。
その後1人と1匹は何やら約束をして秘密裏に逢う程親密な関係になったらしい。しかし、少年であった者が25歳の誕生日に村を出てからは逢っていないそうである。
「ああいう話されるとやり難くなっちゃうわよね」
「だがそれでも……」
「やらなくてはな私達が」
昔は昔、仕事は仕事。俺達には関係ないし、この辺りに住んでいる大方の人間にも関わりは無い。故にどんな経歴があろうが、あの龍は叩かねばならないのだ。
「本当に気が合ってよろしいことで……」
――そして爆発音は突然轟く。
「早すぎよ!」
その意見はこの場にいる者全員が抱えているはずだ。これは……、ああ、予想外じゃないだろう。3日後なんてアバウトな情報では朝なのか、昼なのか、はたまた夜なのか、分かりはしない。これは十分予想出来ていた事態である。
「とにかく行くぞ! それほど遠くはない」
現在地点は湖の周辺の森の中、煌々と爆煙が輝いているのは……、湖の方か。
俺達4人は、木々の間を駆け抜ける。夜の暗さもあって、野生の樹林を抜けるのはそう容易くはない。しかしだが、学園周辺の樹林はこれの上を行っている。だから大丈夫だ、いつもよりも簡単な事が出来ないなんてありえないから。
そうして足を動かすこと約8分。湖の一端に俺達は出ていた。
「やってるなあ……」
その使命通り、炸裂する事に成功したミサイルの破片が飛び散って着水し、また、氷付けにされて推進力を失ったそれらも、水の中へと消えて行く。
そして……。
「叩き落としてるわね」
その通り、その言葉通りの事が眼前の宙で行われていた。多量の氷を身に纏った龍が、不規則に空を這いずり回り、言って機動力の低いヘリが次々と堕とされる。
「あれが一番燃費が良いって事だろうな」
氷を身に着け空を駆る。あのやたらと大きい図体を魔力だけで飛ばしているのだから、それは多大な量を消費しているに違いない。が、ロスは最も少ないだろう。それもそのはず、その鱗に隣接させる形で氷を創り、それを動かし飛ばしているのだから、魔力を移動させるロスは少なくなるのである。そして同時に、あの手法なら防御も容易だろう。はっきり言って、あのまま空で浮いているだけでもしばらく持ち堪えるだけの防御力はきっとある。だから弾頭を氷付けにして堕とす必要も無くなってくるのだ。
「でも燃費なんか気にしてるって事は、やっぱ燃料切れが近いって事だよな」
「断言は出来ないけど、そう考えて良いでしょうね」
「とりあえず、そろそろ真下に近いな。……重い」
湖の周囲を反時計回りに走り、ようやく飛龍の近くに至る。
かの龍はなんとかして水中に戻ろうとしているらしく、高度を段々と下げており、それに応じて飛行部隊も高さを落としていた。そこで力を見せるのは人間側の地上部隊。森のどこかに設置されているのであろう固定砲台から、追尾式の弾頭が連射されている。それらの目的は破壊ではなく、龍の退避の阻止だった。大量の火薬の炸裂が巻き起こす爆風、それが龍の胴体を無理矢理押し上げていく。
「じゃあ作戦通りで行こうぜ。もし見てるだけで終わりそうなら眺めとこう」
「了解。皆怪我すんなよな」
「あんたもね」
雪に巨大な銃を渡し、木陰に向かう姿を見送って、俺は響の行動を眺める。俺も彼の手伝いが出来ればこんな風に傍観せずには済んだのだが、致し方ない。
作戦はこうだ。まず前提に、奴が飛行以外の魔法を使用する際、自身の移動速度を落とす事。これは確定と言っても良いだろう。思い出せば前回の接触時、奴は動くか、魔法を使うかのどちらかしかしていなかったから、仮定してしまってもそう問題は無いはずだ。次に内容。これは俺と流花と響で水龍をおびき寄せた後、水量に魔法を行使させ、相手に生じた隙を狙って雪が脳天に弾丸を撃ち込むという物である。これのために今響は湖面に氷を張っているのであった。
「こっちは準備オーケーよ。いつでも撃てるわ」
背後の木陰から、雪の声がする。
「了解。油断はするなよ」
「ええ、もちろんよ」
顔は見えないが、彼女は今きっと穏やかな顔をしている事であろう。そんな調子だった。
ところで策の話に戻るが、今回の主役は雪だ。あの水龍の防御力、特に遠距離火力に対してのそれは恐ろしく高い。けれども、その防御力を破る単純な方法が1つある事に俺達は気付く。
そう、これは単純な話だ。奴の防御力の秘訣は魔法と水にあるのだから、魔法を無効化し、阻む水を蒸気に変えてしまえば良いという事。つまりこちらも水の魔法を使い、打ち勝てば良いという事である。そのための小道具もちゃんと用意して来た。
茂みからがたいの良い1人の男がひょっこりと顔を出す。
「おいお前達、こんな所で何をしている? 今ここは餓鬼の遊び場じゃないぞ」
その男は野戦用の軍服を着ており、見るからに軍人。階級は二等兵だ。想うに、陸部隊のお使いだろう。
「俺達はこういう身分です。気にしないで放っておいて頂けるとありがたい」
神庭の学生証を提示する。かなり色々疑問に思うことはあるが、とりあえずこれを出しておけば大丈夫だと教えられていた。
「ぬ。これは失礼した。しかしここは危険だ。出来れば退避して頂きたい」
……いやしかし、何故だ? おかしいだろう、こんな事。別段何も訓練等受けていないし、俺達が治安維持に努めるとは限らない。そんな者にこれ程の力が与えられるか?
否、断じてあり得ない。俺ならばそんな事、絶対に許さない。
「大丈夫ですよ。自分の身を守る術くらいは持ってますから」
これは半分嘘だ。自分の身すら守れなかったから病院送りにされてしまった訳で……。
「了解しました。では」
説得する事は不可能だと察したのか、軍人は一礼して去って行った。
神庭学園というのは、最早1つの国である。食糧の半分程度は日本本土に頼っているが、もしこの流通が断たれてしまっても他の国から輸入すれば良い。そして戦力もまた十分。魔法使いが世界から集められており、各個人は戦車と対等に渡り合える実力を持っている。空の敵には滅法弱いが、それは対空重火器で対処すればいいだろう。製造ラインも整備済みだ。
――つまり何が言いたいかというと、神庭は本土と戦争が出来ると言う事である。まあそんな内乱を起こさせはしないだろうが。
「こっちも準備完了だ。これ位伸ばせば十分だよな」
しばらく経ち、響の作業が完了する。相変わらず空は騒がしいが、戦況の変化はほとんど無い様であった。
「おうよ。しかし凄いなこれは。こんな所まで伸ばせるとは思ってなかった」
響の作業は湖面を凍らせて足場を成す事。氷面には雪の様な凹凸が創られ、歩きやすい様にされていた。そして何と言っても驚くべきはその長さだ。湖の淵からおおよそ中心にある社付近まで伸ばされている。
「これはちょっと自信があったんだよな。散々練習したからさ。ま、そんな事は置いといてだな」
「ここからが本番、だな」