第十二小節 Twice
「特に目立つ異常は無い様です。もしもまた痛み出した場合は早急に病院に行かれて下さい。それではお大事に」
「ありがとうございました」
一礼して感謝の意を述べ、診察室を後にする。どうやら別段どこにも異常は無い様で、とりあえず安心していた。
「こんな短い期間に、病気以外の理由で医者に2回も来るのなんて初めてよ」
「俺も初めてだ。あるとすれば歯医者くらいか」
行きたくて来ている訳ではもちろんない。こう何度も病院に来ると金が掛かりそうだが、幸いな事に神庭学園の生徒証を見せれば医療費を払わなくて良いのでそこは助かっている。
「……で、どうだって?」
「別に何も無いってさ。実際どこも痛くないしな。多分大丈夫だ」
「それは良かった。私のせいで怪我をされては困るからな」
反対側の診察室から流花が現れる。様子から察するに特に問題は無かったらしい。
「お、皆揃ってるみたいだな。どうだった?」
数々の診察室に面する廊下の、エントランスに通じている方から響が近付いてくる。
「特に」
「問題は無い」
「気が合って良い事で……」
「そうか、それは何よりだな。ところでちょっとした特ダネがあるんだけどよ、聞くか? 聞きたいよな?」
遅れてやってきた響はよく分からないテンションの様である。
「そんなに言いたいならさっさと話しなさいよ」
「おうよ。じゃあ単刀直入にありのままの事を言うぜ。えー、ごほんごほん……、3日後に国軍が攻撃を仕掛けます!」
どうして響がこの様なテンションになっているかは分かったが、知ってしまった故、どうしてこんなにテンションが高いのか分からなくなる。
「……それ、やばいんじゃない?」
「何でだ?」
軍とはつまり、兵士の、人間の集まり。諸々の兵器を操作するのはその人間だ。そしてその多くは乗り込む事で動かせる。ならば……。
「死人が出るから……、だろ?」
こう思っているのは俺だけかもしれないが、真っ向切って戦えば簡単に殺されるだろう。現に魔法を用いぬ黒龍との戦闘においてすら、多くの軍人が命を落としている訳だし、間違いはないはずだ。
「そうそう、そうよ。あたし達は魔法使えるから良いけど、他はあの街中で見たヘリみたいにカチンコチンにされて終わり。何人死ぬか分かったもんじゃないわ」
魔力による防壁で、直接的な氷付けを俺達は回避できるが、一般人はそうは行かない。それに、たとえ魔法使いであっても空中でそれをするのは不可能な話だ。何故なら空中では魔方陣が機能しないから。
「まあ俺達だったら死なないって訳でもないけどな」
「そりゃそうね。実際何回も死にかけてるし。もうほんと、奇跡よ」
「まったくだな……」
不甲斐ないと言わんばかりのトーンで黒髪の少女は呟いた。
何の気なしに窓の外を見れば、今日も雨は降っている。幸い洪水になる程ではないが、それでもそこそこ土砂降りだ。
「……でもよ、なら何で戦争しに行くんだ? おかしいだろ、負け戦が目に見えてるんならさ」
水の粒が地に叩き付けられ院内にまで音を響かせている中、柊響はその疑問を口にする。
「そこだよな。そうする意味が分からない」
負け戦、つまり犬死。それでは意味がない。それでは何も利益が無い。そう言えば最近遠隔操作可能な戦闘機やら自走砲が存在すると聞いた事があるが、それにしても不毛だ。しかしするというのだから何か理由があるに違いない。……ならば一体何故?
「それって正しい情報なの? デマじゃない?」
「正しいと思うな。なんせここの院長代理の人が言って事だし。……理由は確か、調圧水槽がもう限界とかそんな感じだったか」
「何! 地下神殿!? ここそんな物があるの!?」
調圧水槽とはなんだったか。確か洪水対策の水溜だったはずだ。洪水の危険がある時、地下の広大な空間に近隣地域から水を入れて溜め、川に放水する設備。まさかこんな地方都市にもあるとは思いもよらなかったが。
「地下神殿とは何だ?」
流花が問う。そう、この名は確か林立する柱が、パルテノン神殿に似ているだとかそんな理由で付けられていた覚えがある。まあでもそれは俺達の世界での呼び名であって、こちらには無い可能性の方が高い。
「気にするな、前住んでた場所でそう呼ばれてただけだ。内部がどこかの神殿に似てるとかで」
「なるほど……」
「何でもここはよく洪水になるらしくてさ、そこそこ人も多いしあってもいいんじゃね、って理由で造られたんだってよ。その地下外郭なんとか放水路」
まあ元の世界より色々と規模がでかいわけだからこういう事があってもおかしくはない。
「しかし確かに困るな、そうなると死人が多く出そうだ……」
「御国も引くに引けないって訳ね。ここはこの辺りでは結構要所なんだし」
つまり、だ。この戦闘はあの龍が悠々と曇天の中を飛んでいる限りは回避できない。故、俺達がやる事は1つ。
「さっさとあの鬱陶しい雨男を倒しちまわないとって事だな」
「そうね。それが一番素直な方法よ。問題はその方法なんだけど……」
流花の攻撃が通用しなかったのだから並大抵の攻撃では傷すら付けられない。実際そういう理由でヘリによる視察に踏み止まっていたわけだし。
「始めの問題に戻ってしまったな」
「まあさっきのは紛れだったしなー」
話題が途切れ皆が黙り込む。
今現在の問題は2点だ。どうやって龍を見つけるか。どうやって無力化するか。……これは要するにほとんど全部問題か。
俺も色々と考えてはみるがやはり思い付かないでいると、途端に雪が「あ」と何か思い付いた様に声を発する。
「もしかして、なんだけど、今そんな馬鹿げた攻撃を掛けて狙う物が分かったかも」
「どういう事なんだ?」
「ええ、ちょっと待って整理する。……あの龍の魔力って鱗みたいなマナクリスタルから来てるのよね?」
雪はぼーっとした目つきで明滅する蛍光灯に視線を向けながら言う。とても考え事をしている様には見えなかった。
「恐らくな。あの様な色をした物は見たことが無いが、そうだと思うぞ」
「そうよね。じゃあやっぱり……、狙ってるのは魔力切れなんじゃないのかしら」
……なるほど。それなら辻褄が合う。奴は毎日魔力を補給しているのかも知れないが、あれだけの雲を維持するのには馬鹿にならない魔力を使用しているだろう。いくら大きな魔水晶の塊だからといって、容易ではないはずだ。ならばいつもの様に雨を降らせた後、地上もとい水中に戻る前に叩けば、或いは魔力切れも狙えよう。
だがしかし、奴の魔力の総量がどの程度かなど測れるわけも無い。
「もし削りきれなかった場合は?」
「何が何でも削りきるんでしょ。出来る出来ないじゃ無くてやるしか無いって言う根性論。結構無謀ね。とても大人の考えることじゃないわ」
「ということはあいつの行動パターンはもう割れてるって事か」
流石にあれだけヘリを飛ばしていれば湖に帰ることも分かっているか。それも何時に帰るかまで。
「でもこう考えてみれば良いんじゃないかしら。あの龍は、自分の魔力で雲を創造、維持出来るほとんど最大の範囲で運用してるって。ほら、あたし達と戦ったときさっさと逃げちゃったでしょ? あれってあんまり戦ってると余裕が無くなるからじゃないのかしら」
「そういやそうだったな。まだ終わってないのにどっか行ったよなあいつ」
お陰で助かったんだけども、あの時どうにも腑に落ちなかった。しかしそれもこの考え方の下なら納得がいく。
「ならば朝にちょっかいを出しておいて、夜に奇襲を掛ければ魔力切れを狙えるという事だな」
「そうね、それが一番妥当なやり方だとあたしも思うわ。朝の間にやられちゃったら元も子もないんだけど、そこはそれこそ根性よ」
「いや、実力の見せ所って言えよ……」