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CONTRAST CONTEXT  作者: WAIWAI通信
第一楽章 - The same blue -
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第十一小節 Fall

 不知火雪、そう名付けられた自分は、今氷の上で黙している。

 見上げれば天に昇る水龍の姿と、裕城と流花が落ちてくる姿。無茶はして欲しくないけれども、今回ばかりは仕方ない。

 だから私は祈り願い、想うのだ。

「そのまま落ちて!」

 天へと昇る龍の横を真っ逆さまに落ちてくる2人がポツンと見える。どうやらしっかり捕まえる事は出来たみたいだけれど、先の事は良く考えていないだろう。

 ――だから私がやらないと。

「そのまま落ちなさい!」

 もう1度叫ぶ。さっきのはきっと聞こえていない。今度も聞こえているか分からない、聞こえるか分からない。でも、叫ぶ。

 下手に暴れられてこっちの予測しているのと違う場所に落ちられると困るから。

 ついさっき、龍の鱗が1つ、剥がれ落ちて、裕城達の丁度真下辺りに落ちる瞬間を見た。そこに何やら先の尖った氷の塊が創られる瞬間も目にした。つまりこれは龍による追い打ち。地に叩き付けるだけでは飽き足らず、串刺しにしようとしている様である。

 ――だけど、そんな事はさせない。

 裕城も流花も私が助ける。ほいほいと殺させたりなんか絶対にしない。

「そのまま落ちなさい!!」

 故に叫ぶ。強く、身体の奥底から声を張り上げる。救う為に、ただそれだけの為に私はそうする。

 依然裕城達は落ちていた。でも、もうもがこうとはしていない様に見える。きっと声が届いたのだろう。そうに違いない。何となく、届いた様な気もするし。

 私からはもう言う事は無い。ここからはただひたすらに精神を研ぎ澄まし、あの水龍とかいう奴に打ち勝てば良いだけだ。

 そうして私は再び黙した。


  ◇◆◇◆◇


 感覚が鈍化する。皮膚にぶつかる風の冷たさはすでにほとんど感じなくなり、延々と加速し続けるはずの落下速度は遅くなっていく様にすら思えてくる。傍らにいた龍は既にその全身を水蒸気の中に隠していた。

 はっきり言って怖い。恐怖心に駆られる。こんな状況さっさと終わって欲しいと思うし、むしろ時が止まって、ずっとこのままであって欲しいとも思う。ああ、死にたくは無いのだ。これは多分、そんなにおかしな考え方では無いだろう。

 けれども俺は雪を信じている。

 あいつはこっちに来て一番最初に出会った人間であり、それから出会った人間の中で最も多くの時間を共有している人間だろう。だから俺は雪を信じる。そうでなくとも仲間は信じるが、彼女はその中でもダントツで、彼女がそのまま落ちろと言うのだから俺は言われた通りそのまま落ちれば良いのだ、と俺は思える。

「おい流花! 流花!!」

 淡い期待を胸に、冷たく湿った空気を吸い込んで声を出すが、意識はやはりないらしく、ピクリとすら動かない。

「……ッチ……」

 思わず舌打ちをした。あの訳の分からない事ばかり言う神に並んでこの龍神様も随分と悪趣味な奴だ。俺達をひびらせて何が面白いのか。全く以て好い迷惑である。

 そんな風に短い時間の間に怖がったり苛ついたりしている俺の事を完全に無視して、だんだんと地面が近付いてくる。まあ来るなという方が無理な話なのだろうけども。

 俺は雪に助けを、後の事を頼んだ。雪に頼んだからには、俺も流花も水の中に落ちるのは明らかな事である。大きな衝撃を比較的低ダメージに押さえ込む方法で、今俺達が出来るのはそれだけなのだからこの推測は外れる道理が無い。故、俺は絶対に目を閉じてはならない。何故なら、それこそが死に繋がるのだから。

 そして、その時は来る。

 俺の直下一帯が青色の光に覆われ、刺々しい氷も、湖面を覆う氷も、皆一様に水に戻ってはじけ飛んだ。

 これは魔法である。魔力には空間に存在できる量に限りがあるが、しかし、強力な魔力操作であれば強引に他の魔力を押し出す事も可能なのだ。でもそれは上級者であっても中々出来ぬ高等テクのはず。それを雪はこの短時間でやってのけたらしい。

「大丈夫!?」

 寸前、そう言う雪の声が聞こえた。ちょっと気が早いんじゃ無かろうか。しかしそんな心持ちであんな偉業を為してくれるとはどれだけ感謝してもしたりまい。

「ぐぁっ……」

 ほとんど全身を襲う激痛により自分が入水した事を認識した直後、流花は目を覚ましたらしく、どうにも咳き込みそうな勢いだった故、流花を抱えている腕に更に力を込めて口と鼻を可能な限り封じる。そして剣を左手に転送し直ぐさま放棄、足だけを使って身体を反転させ、バタ足で一気に浮上した。

「大丈夫なの!? 怪我は!? 息してる!?」

 氷の足場を俺達の手前まで伸ばし、赤髪の少女はげほげほと咳き込む流花を掴んで言う。その傍らで、俺は氷の縁に何とかしがみつき、一気に消費した酸素を得ようと激しく呼吸をしていた。

「……ああ」

 錯乱気味の少女に対し、こちらこそ取り乱しているはずの少女はけれど静かな調子でそう呟いた。

「荒っぽくて……、すまなかったな」

 思い返せば我ながら相当荒っぽかったと思う。掴んだり、息を無理矢理封じたり、他にしようが無かったとは言え悪いと思えた。

「気にしないでくれ。……ありがとう」

「ちょっとあんた達息ぐらい整えてから喋りなさいよ。もうあの怪物も戻ってこないみたいだし」

「まあ無事で良かったよな」

 つるつると滑る氷に悪戦苦闘していたところを響が手を貸してくれ、俺は氷の上に這い上がる。

「サンキュ……」

「あいよ。にしてもすげえずぶ濡れだな」

 身体が冷える。そもそも冷えていたが、服に染み込んだ水とこの氷の影響で更に冷えるのだ。おまけに身体に力が入らず、動けないから困った物である。

「……水も(したた)るいい男ってところか?」

 身体が重いのは否めない。痛いのにはもう慣れっこだがこの何とも言えぬ微妙なだるさは勘弁だ。

「なーに馬鹿な事言ってるのよ。ほら、さっさと立ちなさい。とりあえずちゃんとした地面の上に行ってもらわないとどうにもできないでしょ」

「ああ、分かった。でもちょっとだけ待ってくれ。どうにも身体が動かなくてさ」

「だらしないわね。まあいいわ、動けないなら動かないでよ」

 直ぐ隣に氷で魔方陣が描かれ、光に包まれたかと思えば服に染み込んだ水が一気に蒸発する。そのまま青い光は消え失せ、代わりに赤い光。魔方陣が描かれて1分も経たない内に、俺の周囲ではメラメラと炎が燃え上がっていた。

「安心して良いわよ。氷は融けないから。それに冷たくもないでしょ?」

 確かに先程まであった、氷に接触している部分から体温が奪われていく様な感覚はもうない。そう言えば火属性の魔法には断熱も含まれているのだったか。氷と言い、火と言い、風よりも便利な物である。そりより何より雪が凄いのかもしれないけれど。

「……流花、こんな事訊くのもどうかと思うが、何であんな無茶をした?」

 これは珍しい事だ。俺達より経験を積んでいる流花があんなミスを犯すとは到底思えない。

 流花は珍しく悔しそうに答える。

「無茶では無かった。実際あの龍の魔法はそこまで良い出来では無かったのだ」

「要するに、あんな中途半端な魔法じゃあの槍は止められなかった、って事?」

 流花がこくりと頷く。

(やっこ)さんが実力隠してただけなんじゃねえか?」

 その可能性も十分あるだろう。俺達が極一般の人間……、とはちょっと違うけれど人間だからと言って手を抜いていたのかも知れない。

「どうだろうな。心当たりが無い事も無いんだが……」

 しかし流石にこんなピンポイントで邪魔をしてくるとも思い難い。やはり前者の方が可能性的にはありそうな物だが。

「兎も角、これで私は戦力外だな。補助に徹する事にしようと思う。構わないか?」

「ええ、誰も責めやしないわ。それより病院ね。万が一何かあったら大変でしょ? それじゃあ後40秒したら撤収ね」

「……またえらく急かすんだな」

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