第八小節 Sweets
己が刃に祈って願え
強く信じて望みを想え
剣は君で、砲は君
祈って願って望んで想え
そしてどうか――、愛して欲しい
「変梃なポエムだな。意味が分からん」
槍。氷の槍に刻まれた謎の詩。これを書いたのはあの暇神だろうと俺は考える。
氷の巨人は、氷の大地は、あのまま溶けて地下に消えて行った。そして残ったのは氷の槍と大きなマナクリスタル。氷の槍も溶けてしまったらしいが、写真を撮ってあったから問題は無い。
ちなみにあの巨人は魔法の産物であった。ならばなぜ発光現象を伴わなかったのかという疑問は残るが、マナクリスタルがあったのだから恐らくあれは魔法である。
「しかし槍文とは粋な事をしてくれる」
粋かどうかは良く分からないが、まあそれは置いておこう。
昨日俺は出血多量で危うく気絶するところだった。実際していないのだから良かったが、格好が付く訳は無い。誰かを庇って怪我をしたならまだしも、ただの不注意によるダメージだったのだから実に良くない。……格好を気にする様な事でも無いか。
「……今何時だ?」
止血した後、フラフラ戻って、フラフラ医療所に行ってそのまま俺は寝た。響も同じである。
「ふむ。今は12時29分だな」
「じゃあほとんど1日寝てた事になるのか。すまんな」
ここに来たのが確か2時頃だったはずだから多分それくらいだろう。
「……いや、それがだな。君はかれこれ1日と22時間寝ているのだ」
「一昨日は良く寝てたのにね。ほんとびっくりよ」
ガラリと引き戸が開いて不知火雪が登場する。
「ああ、俺も驚いたぞ。ところでだな、俺の服はどこにある? あと響は?」
「響はまだ寝てるわよ。あんたの服はもう無いわ」
淡泊に少女は告げて退けるが、どうにも衝撃的な事実を提示された様な気がする。
「なんだって? どういう意味だ?」
俺は今、病院に行くと必ず見かけるあのぶかぶかな服を身に着けている。だけれども、もう無いとはどういう事か。
「いやね、捨てたのよ。血塗れのボロボロの滅茶滅茶だったから。もうほんと、それこそボロ雑巾みたいだったわ」
「うむ。これは本当だ。流石にあの服はもう着れないだろうと思ったのでな。でも安心して欲しい。依頼主の家に戻れば代えの服はある」
流花までもがこう言うのならこれは事実。確かに血塗れの服を置いておこうとは誰も思わないだろう。俺でも着ようとは思わない。
「もう1人の阿呆の代えはちゃんと持って来たのだけれど……。あんたの分は忘れて来ちゃったっ」
ああ、何となくそんな予感がしていたよ。
「絶対わざとだろう? ああ、断言しても良い。絶対にわざとだ」
てへっ、みたいな顔をしているが、心の中ではきっと悪意の含まれた笑みを浮かべているに違いない。
「という事で君、買い出しに行こう」
「そうだな。でもこの服で外を彷徨くのは心に報えるぞ……」
ストレートに言って恥ずかしい。
「大丈夫大丈夫。風峰君のメンタルは強いから」
「オーケーオーケー。別に俺は鈍感の馬鹿じゃあねえからオーケーだ」
どうせ連れて行かれるのだし、こういう問答は不毛であろう。だからオーケー。要するに、ショッピングに行きたいというのが雪の本心だろうしな。
「で、だ。何で響を置いてきたんだよ」
ショッピングモールの2階をうろうろしている今現在。平日、その上いつ降るか分からぬ豪雨のせいで客は少ない。こんな粗末な格好を大衆の前に晒さず済んで、俺は一安心しているところだが、営業側の人間はさぞや困っているに違いない。
「居ても意味が無いし、寝させといたげた方が良いと思ったのよ。あんたより重傷らしいし」
「ふむ。その説明には納得する他無いな。じゃあ今度は流花に訊こう。何故そんな物騒な物を持っている? いや何となく分かるけどな、理由は」
俺は基本流花の事を肯定したい派だが……、だが流石に剥き出しの刃物を持ってこの街中の店内をフラフラするのは、流石にありえてはならないと思うわけである。
「安全の為だな」
あなたが危険です。
「…………。あ、あそことかどう?」
「あいよ。とりあえず入ってみるか」
敷居をまたいで若者向けのショップに入る。内装は茶と白を基調としたカジュアルな物になっていた。
客はやはり居ないけれども、店員はいる訳で、不思議そうな目をされたのは言うまでも無い。
「……何でも良いからさっさとまともな服が欲しい訳だが」
「あっ、このスカート可愛くない!?」
……おいおい。いやまあ別に良いんだけどな。
「んなら俺は自分の服でも探してるから、用事があったら呼んでくれ」
「ほーい」
「ああ、了解した」
一応2人の了解も得たので、さて、ではまずズボンでも探そうか、と俺は店の奥の方へと足を進める。
ダメージジーンズにデニム、カーゴパンツ等、品揃えは割りと良い。こっちに来てから服なんて買っていないし、良い機会だろう。しかし別世界だというのに衣服のデザインが似ているな。
「ねえねえ裕城! これどう思う? 似合う?」
……でーすよねー。
映画館。そこは友人同士や家族、そしてカップル等が集まるところ。部屋は暗く、ただ明明とスクリーンが輝く外界と遮断された異質な空間。
「これは何というデートの形式ですか?」
血の繋がらぬ異性同士でショッピングからの映画鑑賞。男女の比率はおかしいが俺はこれをデート以外の物とは思えない。
きょとんとした顔で雪は答える。
「両手に花デート?」
「そんなデートあってたまるかよ」
実際悪い気分では無いが、なんと言うかこう、駄目な気がしてならない。
「こ、これが噂のデートという奴なのか!?」
「そうなのか!?」
ああ、実際悪い気分はしないのである。ちょっと背徳感に駆られるだけだ。
「……まあいいわ。にしてもガラッガラね。人っ子1人いやしない。映画館が貸し切り状態よ」
だから余計に気まずい訳だが。俺が気にし過ぎなのかも知れないけれど。
眼前の画面が刻々と色彩を変えていく。舞台は未来の都市。語られるは男女2人の恋物語。この手の話はあまり好きでは無いのだが、しかし中々にこの話は面白いな。
「そろそろ終わりよね」
「だな、後10分くらいか」
「細かいわね……」
物語は終結を待つのみで、EDの事も考えると本編はもう3分やそこらと考えるのが妥当だろう。
ちなみに流花は黙々と画面を見つめていて、完全に固まっていた。萌という変人が傍に居たのにも関わらず、どうやらメディアには疎いらしい。何とも奇異な事である。
「でっ、どうするどうする?」
「何がだ? 主語を付けてくれ、主語を」
あー、また忘れてたー、ごめーん、というまあいつも通りの流れ。続く言葉は。
「映画見終わったらどうする?」
「いやよ、一応仕事中だって事を忘れるなよな……」
「ちょ、やっぱムリ無理。ギブギブ……。2人とも手伝って……」
「な、多すぎるって言ったのによ。流石にこんなの人間が食べれるサイズじゃ無いって」
言ってメガ盛りパフェだかテラ盛りパフェだかの端を突く。
……もうこれはパフェって言うより砂糖味の氷塊だろう。
「悪いが私は限界だ……」
既に抹茶パフェのラージサイズを平らげて、流花は虚空を見つめていた。何故かは知らぬが今日はずっと何かを見詰めている様に見える。
「でもこれ安いよな。あっちじゃあこの2倍ぐらいはするだろ」
「そうなの? あたしはこういう店に入った事無かったから知らないんだけど」
俺達の会話に満足げな表情で耳を傾けていた流花は、ふと不思議そうに口を開いた。
「あっちとはどこの事だ?」
「ああいや、えっとだな、俺と雪が前住んでた所だ」
つい口が滑ってしまったのではなく、完全に忘れていた。
「しかし君。今の言い方では君達2人は同じ地域に住んでいた様に聞こえるのだが」
同じと言っても世界、控えめに言って惑星、強引に縮めて国、という範囲なのだから、そんな事は話せない。
「仕方ないわね。ええ、ズバリ言うと、あたし達、幼馴染みって言う関係なのよ」
「衝撃の告白!? おいおいちょっと待てよ……」
瞬間、雪の視線がこちらに向く。日本語訳すると「ミスったのはあんたなんだからちょっと静かにしてなさいよ。むしろ光栄でしょ?」だろう。
「そう言えば君達が内にやって来たのも同時だったな」
「そうそう、そうなのよ。……納得した?」
何かを誤魔化したいならより大きなインパクトを与えれば良い。強ち雪の選択も間違ってはいないのだろう。いや、これこそが正答か。
「うむ。事情は分かったぞ。なるほどそういう関係だったか」
「ああ、そういう事なんだよ」
むぅ、と何やら考え込む流花を他所に、終わりの見えないパフェを淡々と口に含んでは溶かして、胃に送る作業を俺は繰り返していた。
そんな時、窓の外で、何か巨大な物が落下している所が目に入る。
「近頃の日本ではあんな氷の塊が降ってくるのか……。世も末だな……」