森を歩く
「ほらほら、撫でて~! ナデナデして~」
「撫でて欲しいとあさましくもねだるのは、この尻か。まったく、けしからん」
僕に甘えてくるワーウルフちゃんたちの頭を撫でながら、口より先に手が出るケンタウロスさんにお尻を撫でられる僕。
「セ、セクハラでアリますよ、ほら、あれ!」
「はいはい、あれぐらいで騒がないの」
あわあわと慌てるワーカーアントちゃんに、我関せずとばかりに日光浴を続けるアルラウネさん。
「何で私んちの前が会場なの?」
「さあ……私は、狩りの途中で無理やり連れてこられたんだぞ。事情を知っているわけがない」
首をひねるアラクネさんに、腕を組んで、口をへの字に曲げているワーウルフのお姉ちゃん。
やあ、だいたい集まったようだね。じゃあ、始めようか。
「焼肉パーティーの、始まり、始まり~」
「いえー♪」
歓声を上げて喜ぶワーウルフちゃんたち。呆然とする魔物っ子たち。
そして、一人、紙吹雪を散らす僕。
こうして、第一回、魔物の森の焼肉パーティーは幕を上げた。
「しかし、まさかみなさんがお知り合いだとは思いませんでした」
息巻く五人のワーウルフちゃんたちを先頭に、僕たちは森を歩く。
焼肉パーティーの第一段階は、食材の調達。狙いはずばり、ゴルムスだ。どこからどう見ても熊にしか見えない生き物は、焼肉にするととてもおいしい。
でも、狩場はまだまだ先だ。世間話ぐらいは、できるだろう。
「自分はみなさんのお家を作るため、森中の色んなところに行っているのでアリます。顔は広いのでアリますよ」
「ケンタウロス族は建築は不得手だからな。ワーカーアントたちには世話になっている」
なるほど。ケンタウロスとワーカーアント、接点がなさそうだけど、家は誰にとっても必要だものね。
「私も、みんなの服を作ったり、布や糸を届けたりしているから、知らない人の方が少ないよ」
「ええ、アラクネにはお世話になっているわ。ほら、この服も彼女が作ったのよ」
ひらひらと、スカートの裾を揺らしてみせるアルラウネさん。ああ、綺麗な服だなあと思ったら、あれはアラクネさんのお手製なのか。
「そして、私は……」
「みんなのアイドルなんですよね?」
「なんでだっ!? 私は、狩りをしているんだ! ゴルムスなんかを狩って、それを色んな集落に届けているんだよ」
そうか、ワーウルフさんは狩人だったのか。でも、綺麗な服も似合いそうなのになあ。
「そういうお前はどうなんだ? ってか、どこに住んでんだ?」
「僕ですか? 僕は、この森を出て、少し進んだところに住んでいるんですよ」
「ええ? この森の周りに、ニンゲンの集落や村はないでアリますよ?」
「そうよねえ。私も、そこが疑問だったの。ねえ、ほんとはどこに住んでるの?」
ワーカーアントちゃんとアラクネさんが、不思議そうな顔をする。う~ん、どこに住んでいるって言われても。本当に、この森の近くに住んでいるんだけどなあ。
「言えんのか? どうした、何を警戒している」
「あんたでしょ、あんた。どうせ、教えたら寝込みを襲うんでしょ」
「なっ!? ケンタウロス族の誇りにかけて、そのようなことはしない! ただ、私は、人のベッドの寝心地が気になる性質でな……」
「はいはい」
ケンタウロスさんの言い分を聞き流すアルラウネさん。いやあ、ほんとにみんな、仲が良さそうだなあ。
「あっちから、エモノの匂いがするよ!」
「ほらほら、こっちこっち!」
「こらこら、あんまり引っ張らないの」
みんなの仲の良さに感心していたら、ワーウルフちゃんたちにじゃれつかれた。幼い狼っ子たちは、僕の腕や服の裾を引っ張り、森の奥へ、奥へと引っ張っていく。
「おい、お前たち! もうすぐゴルムスの巣が近い! あんまり遊び気分で近づくんじゃないぞ!」
「は~い!」
わかっているのか、いないのか。ワーウルフちゃんたちは、僕の体によじ登ったりしながら、進め、進め、と僕を急かす。
あらら。お姉ちゃんが、本格的に怒り始めたぞ。いけない、そろそろ、ワーウルフちゃんたちを止めよう。
そう思った瞬間――――。
「グルオオオオオオオオオオオオオ!」
空間ごと震えるような雄叫び。前方からじゃない。あちこちから、共鳴するように聞こえてくる。
まさか、これは……。
「囲まれたな」
ケンタウロスさんが、みんなをかばうように前に出る。お姉ちゃんが、縮こまるワーウルフちゃんたちを引き寄せる。ワーカーアントちゃんやアラクネさんが、多脚でしっかと大地を踏みしめ、アウラウネさんがすっと目を細める。
警戒態勢だ。それほどの事態なのだろうか。
「グルオオオオオオオオオオオオオ!!」
未だ姿が見えない何かが、大きく吠える。茂みの奥から、木々の裏から、こちらを威嚇するように吠え立てる。
「くそっ、まいったな……」
お姉ちゃんが、小声でぼやく。アルラウネさんが、ふん、と小さくつぶやく。
「グウウウウウオオオオオオオオオ!!」
見えた。見え始めた。四方八方から、ゴルムスが姿を現し始めた。
多い。パッと見て、数え切れないほどに多い。ゴルムスたちは、僕らを逃がしはしないとばかりに、絶対的な包囲網をしいていた。
「ああ、これはいかんな……」
ケンタウロスさんが、眉根を寄せている。手に持つ槍の穂先が、ゆらゆらと迷うように揺れている。
「ど、どうするの?」
「や、やるしかないでアリます」
「でも、この数……大丈夫なの?」
虫さんたちの声が、不安か緊張かで震えている。アルラウネさんも、視線だけをあちらこちらに向けている。
やあ、困ったなあ。これはもしかして、絶体絶命の危機なのではなかろうか。
以前、ヨガパワーと体落としでゴルムスを倒したことはあるけれど、あの時は相手が一体だった。
今回は、少なく見積もって30体以上。更に、遠吠えまで聞こえているということは、まだまだ増えるのだろう。
この乱戦で、僕は生き残れるのだろうか。みんなを守れるのだろうか。
ああ、ハナちゃん、お母さん。僕の命運は、ここで尽きてしまいそうです。
でも、一人でも多くの魔物っ子を逃がそうと思います。だって、あの子らは、僕の友だちだから。
「さあ、かかってこい!」
なけなしの勇気を振り絞り、魔物っ子たちを背に、ゴルムスの群れと対峙する。
その勢いに触発されたのか、最前列のゴルムスたちが、僕に襲いかかってきた。
負けない。負けるもんか。柔の技を、見せてやる!
熊のようなゴルムスたちの、鋭い爪が迫る。
くっ……見切った!
でも、一体のゴルムスに技をかける前に、他のゴルムスたちが襲ってきて――――。
「おい、何でそんなに意気込んでんだ?」
ゴルムスたちは、お姉ちゃんの腕の一振りに吹っ飛ばされ、木に激突して絶命した。
「……あれ?」
おかしいなあ。お姉ちゃん、すごく余裕そう。
「大漁でアリます! 大漁でアリます!」
「有象無象が!」
ワーカーアントちゃんがスコップで、ケンタウロスさんが槍で、次々とゴルムスを葬り去っていく。アラクネさんと、アウラウネさんは、糸や蔓でゴルムスを絞めつけている。
あれ? あれれ? 絶体絶命じゃなかったの、僕ら。
「怖いよ~、怖いよ~」
ワーウルフちゃんたちが、僕にすがりついてくる。これが正しい反応じゃないのだろうか。だって、さっきまで、みんな、怯えてたんじゃ……。
「ほんとに、どうしよう。食べきれるのかなあ、この数」
「千載一遇の好機! やるしかないでアリます!」
「イヤだわ、太っちゃいそう」
ゴルムスとの戦いよりも、食事とその後の心配をする魔物っ子たち。
う~ん、まさかとは思うけれど、もしかして……。
「もしかして、ゴルムスって弱いんですか?」
「ああ、弱いぞ。熊ぐらいの弱さだ。慣れれば、誰にだって倒せる。ほら、お前たちもやるんだ」
「やだ~、いっぱいい過ぎて、怖い~」
僕から離れようとしないワーウルフちゃんたち。ああ、つまりは……。
「体落とし!」
「ゴアアアアアアア!?」
ワーウルフちゃんたちの手をそっと解き、近くにいたゴルムスに体落としをかける。ゴルムスは絶命した。
「体落とし! 体落とし! 体落とし!」
迫り来るゴルムスたちに、片っ端から体落としをしかけていく。すると、僕の後ろにどんどん肉塊が積みあがっていく。
なるほど。つまり、ゴルムスって集団でも弱いんだ。
「体落とし! 体落とし! 体落とし! 変化をつけて背負い落とし!」
襲いかかるゴルムスを、ひたすら倒し続ける僕と魔物っ子たち。
作業のようなその行為は、ブロイラーの鶏が工場で首ちょんぱされる光景を、僕に思い起こさせた。
「いや~、おいしかったでアリますねえ~」
「こんなに食べたのは、久しぶりだねえ」
「冗談抜きで、太りそうね……」
ゴルムスたちを一方的に狩ってから、数時間後。僕たちは、狩りたてのゴルムスをひたすらに焼いて食べた。
「焼肉を食べ、精をつけてどうしようというのだ。けしからんな」
「お前の頭がけしからんわ。これだから、ケンタウロスは……」
おいしかった。刺身も、焼肉も、どれもおいしかった。でも、一つだけ気がかりなことがあった。
「あれだけ狩っちゃって、大丈夫なんですか? ゴルムス、絶滅したりとかは……」
どう考えても100体ぐらいは狩った。森のゴルムスを根こそぎ狩ってしまったのではなかろうか。
「ああ、大丈夫、大丈夫。ゴルムスはな、繁殖力がハンパないんだ。森の魔素濃度が上がったら、どこからともなくポンポン生まれてくるんだよ」
「魔素?」
魔素って何だ? 酸素の仲間?
「なんだ、知らないのか? 魔素ってのは、命の源なんだ。大気に満ちて、万物に宿っていて、私たちは、これを摂取して生きているんだそうだ」
「は~、それは初めて聞きました。お姉ちゃん、学者さんみたいに物知りですね」
「な、なんだよ。学者扱いなんて、照れるじゃないか」
「花丸シールをあげましょう」
「子ども扱いじゃねえか!?」
差し出した花丸シールが、バシッとはたき落とされた。ちびっ子ウルフたちが、それを拾い上げ、取り合いを始めた。
「こらこら、ケンカはいけないよ。みんなの分も、ちゃんとあるから」
「わ~い♪」
ペタリ、ペタリと、ひまわりのシールをワーウルフちゃんたちの服に貼りつけていく。
「お姉ちゃんの分も、ちゃんとありますからね」
「だから、いらねえっつってんだろ!?」
恥ずかしがり屋さんだなあ、お姉ちゃんは。
「さて、魔素についてはわかりました。じゃあ、次に、このゴルムスはどうするんです?」
くるりと後ろを振り返る。すると、そこには、山と積まれたゴルムスたちがいた。
何体かは解体して食べたけれど、まだまだお肉はたくさんある。ここに置いていても、腐らせてしまうだけだろう。本当に、どうしよう。
「ああ、それは、我々が森の集落に届けて回るでアリます」
「我々?」
「はい、我々でアリます」
振り向けば、胸を張るワーカーアントちゃんの後ろに、ワーカーアントちゃんたちがいっぱい並んでいた。
「おお、これは見事なゴルムス」
「今日はミートボールでアリますね」
100人近くはいそうなワーカーアントちゃんたちは、次々とゴルムスを担いでは、運んでいく。おお、さすが蟻ちゃんたち。運搬にこそ、真価を発揮するということか。
あれだけあったゴルムスが、あっという間に消えていく。
「おっと、一体だけ、残しておいてくれるかな?」
「はい? いいでアリますけど。ニンゲンさんも、持って帰るでアリますか?」
「うん。ちょっと、持って行きたいところがあるんだ」
「了解したでアリます」
ワーカーアントちゃんは、ズビッ! と敬礼をして、一体のゴルムスを、選り分けてくれた。
「ありがとうね」
「どうということはないでアリます。ニ、ニンゲンさんには、プリッツをいただいたので、これしきのことは……」
ワーカーアントちゃんは、ささやくような声で言ってから、さささーとどこかへ行ってしまった。お礼のお礼をされるなんて、何だか不思議な気分。
「さて、僕はそろそろお暇するね。じゃあ、みんな、またね~」
「うん。また遊ぼうね」
「また来なさい。今度はちゃんと、プリッツを持ってくるのよ」
「うん。じゃあね~」
ゴルムスを背負って、みんなに別れを告げる。何故かケンタウロスさんが後をつけてきたけれど、ワーウルフのお姉ちゃんに叱られて、どこかへ連れて行かれた。
僕は、一人、森の中を歩く。
ある場所を目指し、ずんずんと歩いていく。
やあ、背中の重みと獣臭さは、たまったもんじゃないなあ。森の中を歩いているのに、森の香りを感じられないや。
苦笑しながら、まだまだ進む。あの子の家は、森の奥深くだ。まだまだ。まだまだ、歩かなきゃ。
魔物っ子のみんなと別れた僕は、一時間ほど、ずーっと歩き続けた。
「はい、とうちゃーく」
歩き続ければ、いつかは目的地につくものだ。
森の奥の拓けた場所に建てられた、ログハウス風のお家。ドラゴンのドラ子さんちに、僕はついていた。
「ドラ子さーん。遊びに来ましたよー」
ゴルムスを地面に置き、僕はドラ子さんちの玄関扉をノックする。
それからしばらくすると、扉がすうーっと開いた。そして、中から、赤毛の少女が現れた。
「ドラ子さん、遊びにきましたよ。お土産もあります」
「獣臭い。お風呂に入れ」
「わっ、わっ」
ドラゴン・パワーで担ぎあげられ、浴室に放りこまれた。ドラ子さんは、有無を言わさず、魔法の蛇口を全開にする。途端に噴き出す、少し熱いぐらいのお湯。
「湯がたまったら、入れ。服は出しておけ。洗濯しておく」
「はい」
まあ、確かに自分でも獣臭いと思っていたから、ちょうどいい。お風呂をいただくことにしよう。
ささっと着ているものを脱ぎ、脱衣所のかごに入れておく。そして、浴室の扉を閉め、何度かかけ湯をしてから、ざぶんとお風呂に浸かった。
「はふ~」
今日の疲れが、お湯に染み出していくようだ。ゴルムス狩りは、それなりに骨が折れた。
「今日は、大変だったんですよ、ドラ子さん」
「そうか」
脱衣所に服を取りに来たドラ子さんの姿が、すりガラス越しに見える。僕は、彼女に向かって、今日の出来事を話して聞かせた。
「ゴルムスがいっぱい出ましてね。それをみんなでちぎっては投げて、ちぎっては投げたんですよ」
「そうか」
ドラ子さんは、脱衣所に立ったまま、動かない。
「その後、みんなでゴルムスを焼いて食べたんですよ。おいしかったです」
「そうか」
ドラ子さんは、すりガラス越しに背中を見せたまま、動かない。
「みんなといると、楽しいですよ」
「そうか」
ドラ子さんは、動かない。
「まだ怖いですか? 森のみんなに会うのは」
「……」
ドラ子さんは、答えない。
その沈黙は、彼女の本心だ。力があり過ぎるせいで、みんなに怖がられるのを怖がっている、ドラ子さんの本心だ。
何とかしてあげたいと思う。彼女の不安や怖れを、どうにかしてあげたいと思う。
でも、今は……。
「いい湯加減ですねえ」
「そうか」
「今日も夕焼け空がきれいですねえ」
「そうだな」
「僕がお風呂からあがったら、一緒にゴルムス料理を作りましょう。お茶を飲むのも、いいかもしれません」
「……うん」
すりガラス越しに、こくりとうなづくドラ子さん。
今は、これでいいと思う。
ゆっくり、のんびり。まるで散歩をするように。
決して急がず、近道もせず、ドラ子さんの不安や怖れを、解していこう。
だから、今は……。
「今は、二人で、ゆっくり歩きましょう。例えば、一緒にお風呂に入るとか」
「それはダメ」
お風呂はダメかあ。指水鉄砲で遊びたかったんだけどなあ。
まあ、いいや。今はこれでいいや。
僕はそう思いながら、お湯で温まった肺の空気を、はふ~と吐き出した。
「ラブ臭い。お兄ちゃん、ラブ臭いよ」
家に帰るなり、だぼっとしたTシャツ姿の、だらしないお母さんにそう言われた。
「ハナちゃ~ん! お兄ちゃんが、お家の外でラブってきた~!」
泣きながらリビングに駆け込むお母さん。後に続くと、お母さんはリビングに寝転がる妹に泣きついていた。
「え? 嘘。お兄ちゃん、彼女できたの? っていうか、そもそも、女に興味あったの?」
「失礼だなあ、ハナちゃんは。僕も男だ。女の子には、人並みに興味はあるよ。彼女はいないけれど」
「ええ? じゃあ、どんな子がタイプなの?」
「そうだなあ。家でもちゃんと、ズボンやスカートをはく子かな」
「戦力外通知!? ハナちゃん! どうやら、お母さんルートも、ハナちゃんルートもないみたいよ!」
「なくていーじゃん」
やいのやいのと騒ぎ続けるお母さんと妹。
相変わらずの、我が家だった。