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街を歩く

 今日も今日とて、僕はボールスの町を歩いていた。


 と、いっても、散歩ではない。れっきとしたお仕事です。


 肩にフェアリーちゃんを乗せ、背負子を背負い、僕は大通りをてくてくと歩く。


「アニキ。次の路地だよ、ほら、あそこ」


「ああ、あそこかあ。ナビゲーションありがとうね。助かるよ」


「へへっ、道案内なら任せてくれよ」


 自慢げに鼻をこすって、僕の目の前でくるりと宙返りをしてみせるフェアリーちゃん。


 ケット・シー商会のロゴが入ったジャンパーと、デニムのショートパンツがよく似合っている。


「仕事にはもう慣れたかい?」


「もう二週間も経っているんだぜ? 慣れない方がおかしいって」


「ピケットさんとはうまくやれている?」


「ああ、てんちょーとは仲良くしてるよ。一緒に飯も作ったし、空いた時間でおしゃべりとかしてるし」


「ああ、よかった。ピケットさんは猫っぽいから、フェアリーちゃんが叩き潰されていないか、心配だったんだ」


「こわっ!? なにそれこええ!」


 顔を青ざめさせて、すとんと僕の肩に腰を下ろすフェアリーちゃん。どうやら、僕の左肩が、彼女の定位置らしい。


 僕といると、フェアリーちゃんはここに座りたがる。まあ、この子は見た目通りに軽いから、別にかまわないけどね。


「おっと、アニキ! 通り過ぎた! さっきの家だよ、さっきの家!」


「おっとと」


 フェアリーちゃんとのおしゃべりに夢中になって、目的地を通り過ぎてしまっていたようだ。後ろに向かって、五歩ほど歩く。


「ああ、確かにここだ。『メゾン・モノケロース』って書いてある」


 大通りから路地に入り、集合住宅街を歩くことしばし。僕の目の前には、立派なアパルトメントがあった。


 メゾン・モノケロースと書かれた陶製の表札も見事だが、入口が、また大きい。


 僕が四人並んでも余裕で通れそうな横幅と、3mはある高さ。続く廊下も、余裕があり過ぎるほどに広々としている。


「なんだぁ? 巨人族でも住んでんのか?」


 僕の肩から飛び立ったフェアリーちゃんが、興味をひかれたのか、メゾン・モノケロースに入って、廊下を飛び回る。


 僕もそれに続いて、大きな玄関をくぐった。


 おお、アパルトメントの中に入ると、より一層、空間の広がりを感じるなあ。


 言ってしまえば、廊下を縦と横に1mずつ広げただけなのに、これほど広く感じるとは。いったい、どんな人が住んでいるのだろう。


「ひゃあ、扉まで馬鹿でかいぜ、アニキ。ほら、これなんて、馬のレリーフまでついてらあ」


 フェアリーちゃんがけらけらと笑いながら、左手にある102号室のドアの飾りを、ぺちぺちと叩く。


 ……ん? 102号室? それって、もしかして。


「フェアリーちゃん、そこだよ。お届け先は、そこ……」


「うるっせええええええ!! 日曜の朝からピーチクパーチク騒いでんじゃねええええええ!!」


「ひああああっ!?」


 あら。102号室から出てきたユニコーンさんに、フェアリーちゃんが捕まってしまった。


 ぼさぼさの髪に、腫れぼったいまぶた、紫のネグリジェ姿のユニコーンさんが、剣呑な目をして、フェアリーちゃんを握りしめている。


「た、助けてアニキィ!」


「だから、うるせえっつってんだろ、羽虫がっ! 捻り潰すぞっ!」


 さすがユニコーンの膂力。魔法の力をもつ妖精族でも、脱出できないようだ。


 このままだと、フェアリーちゃんがひき肉よりも惨たらしい姿になってしまいそうだ。助けてあげなくっちゃね。


「どう、どう。ユニコーンさん、落ちついて」


「ああ!? てめえがこのクソ妖精の兄貴、か……よ……」


 寝起きで気が立っているのだろう。ユニコーンさんは、怒りに歪んだ顔を僕に向け……そして、固まった。


 ユニコーンさんが、ぎこちなくニコリと笑顔。


 僕も釣られて、ニコリと笑顔。


 すると、あられもない姿の白馬さんは、流れるような動作でフェアリーちゃんを空中にリリースして、部屋の中へと戻っていった。


 解放されたフェアリーちゃんは、ふらふらと滑空して、僕の肩へとすがりつくように軟着陸する。


「ア、アニキ、帰ろう? あいつ、やべえよ……」


 危うく握りつぶされそうになったフェアリーちゃんは、怯えきってしまっている。


 相当怖かったのだろう。目には涙を浮かべ、僕の耳たぶをぎゅっとつかんでいる。


「でも、お届けものは、ユニコーンさん宛てだよ。せめて、商品を渡してからじゃなきゃ、帰れないよ」


「で、でも、戻ってこねえじゃん、あいつ。もういいってことだよ。ドアの前に荷物は置いて、か、帰ろうぜ」


 確かに、ユニコーンさんは戻ってこない。まるで、何もなかったかのように、メゾン・モノケロースの廊下は静まり返っている。


 う~ん、どうしたものかな。


「とりあえず、ノックしてみよう」


「や、やめっ!?」


 とんとんとん。ユニコーンさんちのドアを、三回、叩く。


 すると、がちゃりとドアが開き、中からユニコーンさんが現れた。


「は~い、どちらさまですか? あら、貴方は先日の……」


 ユニコーンさんはネグリジェからシスター服に着替え、ぼさぼさだった髪も、腫れぼったいまぶたも、お手入れしている。


 まさにシスター然とした清楚な姿と、先ほどの荒々しい姿が結びつかない。見事な変わり身だ。


「こ、こいつっ! 猫かぶってる! 猫かぶってる!」


「はい? 何のことでしょう?」


 フェアリーちゃんがそのことを指摘するも、ユニコーンさんはどこ吹く風で、にこにこと微笑んでいる。


 さすがのユニコーンさんだと思いました。






「平日は学業に勤しみ、休日は労働に励むとは、ユウトさんは勤勉な方なのですね。ですが、お体に過度の負担をかけてはいませんか?」


「無理のない範囲でやっているので、大丈夫ですよ」


「いけませんよ。素人判断は、病の元です。神様も、週に一度は必ず休みなさいと言いました。ほら、ちょうどいいところに休憩所がありますよ。少し休んでいかれたらいかがです? 眠れないようなら、私が子守唄を歌いますので」


「ありゃあ、連れ込み宿じゃねえか! この発情馬! アニキになにするつもりだっ!?」


「私はただ、迷える子羊に心の安寧をですね……」


 ボールスの町の東区を、ユニコーンさんと並んで歩く。


 彼女は、どうにも心配性らしい。あれやこれやと心配をして、ここまで僕についてきてしまった。


 そこまでしなくても、と思うんだけれど、ユニコーンさんのひたむきな姿を見ていると、口に出しては同行を拒めない。


 そんな僕の代わりに、フェアリーちゃんはユニコーンさんを拒否し続ける。


 ユニコーンさんの周りをぶんぶんと飛び回っては、帰れ帰れと連呼する。


 う~ん、彼女の歯に衣着せぬ物言いは嫌いじゃないんだけど、ここまで来ると、失礼にあたるんじゃなかろうか。


 それがわからぬフェアリーちゃんではないのに、この子はいったいどうしたのだろう。


 普段は、だれかれかまわず突っかかっていくような子じゃないんだけどなあ。


「あっ、もしかして、あの日?」


「ち、ちげーよ!?」


 違ったらしい。


 はて、だとすると、何が原因なんだろう。


「あの女だよ、あの女。さも当たり前のような顔をして、オレたちについてきてるあの馬女だよ。あいつがいるから、警戒してんのさ」


「そうだったのか」


 フェアリーちゃんが僕の肩にとまって、耳打ちしてくる。


 そうか、ユニコーンさんがいるから、フェアリーちゃんは苛立っているのか。


「フェアリーちゃん、意外と顔見知りだもんねえ。知らない人がいたら、緊張するよね」


「ち、ちげーよ!? そこじゃねーよ!」


 あれ? また間違えたらしい。


 勘の良さでは定評がある僕だけど、どうにも今日は冴えていないらしい。


 ここは黙っているのが、吉かもしれない。


「フェアリーさん。そのように、みだりに男性の体に触るものではありませんよ。女性ならば、慎みを持ちましょう」


「その説教、自分の耳に唱えてろ!」


 やいのやいのと騒がしい二人を引き連れ、僕は石畳の道をとことこ歩く。


 目指すは次の配達先。サイクロプスのクロッカちゃんと、ドワーフのドワッゾさんがいる、鍛冶工房『コバルト』だ。


 今回の配達は、どちらかといえば『コバルト』がメインだ。背中の背負い子には、『コバルト』宛ての武器素材がどっしり積まれている。


 ユニコーンさん宛ての「パーティー用品」と書かれた箱も大事といえば大事だったんだけど、『コバルト』宛ての荷物は、どうやら重要度が違うらしい。


 ピケットさんにも、「くれぐれも丁寧に運ぶにゃ」と、念押しされたぐらいだ。


 速さよりも確実さを重視して、馬車や竜車、街の人たちにぶつからないように……。


「暴れックスが出たぞおおおおおおおおおお!」


「それは気をつけようがないなあ」


 ドドドドドドドド!


 土煙を上げて迫りくる暴竜。ティラノサウルスをちっちゃくしたような労働竜が、御者の制止を振り切って、こちら目がけて駆けてくる。


「あわわ。背中の荷物が重くて、避けられそうにないぞ」


 とかなんとか自己分析している間に、僕は暴れックスにはね飛ばされる。


「あ~れ~」


 屋根にも届けとばかりに高く宙を舞う僕。


 「アニキイイイイ!」と叫ぶフェアリーちゃん。


 暴れックスをねじ伏せるユニコーンさん。


 そして、きしきしと音を立てて、今にも解けそうになる背中の荷物。


 いけない。このままでは、背中から落ちて、荷物を台無しにしてしまう。何とかして、荷物だけは守らなきゃ。


「ああ、でも、もうすぐ地面だ」


 背負った荷物が重たくて、姿勢を変えることすらできそうにない。


 まいったなあ。僕のバイト料だけで、弁償できるかなあ。


 もうすっかり諦めてしまった僕は、せめて頭だけは打たないように体を丸めたんだけど……。


 もにゅ~ん。


「……あれ?」 


 接地の瞬間、石畳とは明らかに異なる感触が、僕を柔らかく受け止めた。


 何だろう、このぷよぷよとした水色の物体は。まるでスライムみたいな感触だけど……。


「って、スライム?」


「そうだよ、ぱぱ♪」


 視線を上げると、僕をのぞきこむように体を屈めているスライムちゃんと目があった。


 そうか、この水色で半透明のぷよぷよは、スライムちゃんの体だったのか。


 やあ、おかげで助かった。背中の荷物も、傷一つ付けずに済んだ。


「ありがとうね、スライムちゃん」


「いいんだよ、ぱぱ」


 体をうねらせ、僕を立たせてくれるスライムちゃん。相変わらず優しい子だなあ。


「お礼にプリッツをあげようね」


「わーい♪」


 スライムちゃんの頭を撫でて、サラダ味のプリッツを一袋、渡してあげる。


 それを受け取ったスライムちゃんは、さくさく、しゅわしゅわと、おいしそうにプリッツを食べて、体の中で溶かしていった。


 ゼリー状の体には、プリッツのカスすら混じっていない。驚きの消化力だなあ。


「でも、袋は食べちゃいけません。袋はぺっ、しなさい、ぺっ」


 あっという間にプリッツを食べ尽くしたスライムちゃんは、なんと、袋まで口にしていた。


「え? おいしかったよ?」


「でも、いけません。ゴミばかり食べていたら○ミラになるんだよ。怪獣にジェット噴射で連れていかれちゃうんだよ」


「そ、それはイヤ……わかった。わたし、ふくろはたべない」


「うん、よろしい」


 半分溶けかけのプリッツの袋をんべっと吐き出すスライムちゃん。


「あっ、ゴミはゴミ箱に……」


「うおおおおおおおお! スライムちゃんが口にした袋だああああ!」


「お、俺のものだ! 俺のものだあああああ!」


「あら?」


 地面に落ちたドロドロの袋は、街のお兄さんたちがあっという間に持っていってしまった。


 清掃のボランティアだろうか。ご苦労さまです。


「な、なあ、アニキ。そのスライム、誰だ?」


 かけられた声に振り向けば、怪訝そうな顔をしたフェアリーちゃんとユニコーンさんがいた。


 ああ、二人のことをすっかり忘れてしまっていた。


 暴れックスにはねられて、気が動転していたのかな。完璧に意識の外に出てしまっていた。


「ごめんね、無視したわけじゃないんだ」


「いえ、それはいいのですが……その、そちらの方は、どなたですか? 気のせいだとは思いますが、ユウトさんを『パパ』と呼んでいたような……」


 暴れックスの返り血で体をわずかに染めたユニコーンさんが、おずおずと僕に聞いてくる。


 二人とも、スライムちゃんのことを聞きたいみたいだ。


 まあ、突然現れたんだもの。気になるよね。


「ええと、この子は僕の……」


「むすめです♪」


 スライムちゃんが、僕に先んじて答えてくれた。


 って、娘だって? いつの間にそうなったんだろうか。


 でも、出会ったときから「パパ」って呼ばれているし、ちっちゃい子が親に懐くように接してくるから、娘ってことでもいいのかなあ。


「フェアリーちゃんはどう思う?」


「そ、そんなことよりアニキ! や、やべえよ! 馬女が死にそうだ!」


「え?」


 ふと視線を下ろせば、何故かユニコーンさんが道路に横たわっていた。


 顔は青ざめ、汗びっしょりで、おまけに「かひゅー、かひゅー」なんて、今にも死にそうな呼吸をしている。


「か、はっ……ユウトさんが使用済みだったなんて……こんなに大きな娘がいただなんて……」


「う、馬女ああああああ!?」


 街中に、フェアリーちゃんの悲痛な叫び声が木霊する。


 ユニコーンさんは白目をむき、天に召されようとしている。


 そのような危機的状況の中、スライムちゃんは我関せずとばかりに、黄色いちょうちょを追いかけていた。


 子どもの純粋さと残酷さが、一目で分かる構図だった。






 泡を吹いて倒れたユニコーンさんを、フェアリーちゃんとスライムちゃんに任せ、僕は一路、鍛冶工房『コバルト』を目指して歩いていた。


 ユニコーンさんを見捨てた? いやいや、とんでもない。


 僕も、初めは彼女に付き添おうとはしたんだよ?


 だけど、フェアリーちゃんに、「アニキがいたら病状がひどくなりそうだ」って、追い払われちゃったんだ。


 代わりに、力持ちのスライムちゃんを残してきたから、病院まで運ぶのは問題ないとは思うけれど……。


 ああ、やっぱり心配だなあ。


「う~ん、困ったなあ。ハーピーさんも、そう思いません?」


「いきなり話をふられてもねえ」


 僕の隣を歩いていたハーピーさんが、困ったような顔をして、肩をすくめた。


 そういえば、彼女とは先ほど出会ったばかりだ。事情を知らない人からすれば、僕が何を心配しているのか、わかるはずがないよね。


「まあ、わたしは今日はお休みだしさ。暇といえば暇だから、困っていることがあれば、力になるよ」


 翼の先の方を拳のようにぐっと丸めて、ドンと胸を叩いてみせるハーピーさん。


 やあ、相変わらず親切な人だなあ。ここはお言葉に甘えるべきかもしれない。


「実は、妹とお母さんが、家の中でズボンをはいてくれないんです。もう、どうしたらいいのか、わかりません……」


「そんなこと!? そんなことでうんうんうなって悩んでたの!?」


 そんなことであるもんか。パンツ一丁族の撲滅は、僕の長年の願いでもあるんだ。


 だというのに、ハーピーさんは拍子抜けだと言わんばかりの顔をしている。


 ああ、理解者が欲しい。


「ええ~と、それは、別に、いいんじゃないかな? うちのお姉ちゃんも、家ではだらしない格好しているし」


「そうなんですか?」


「そうそう。外ではビシッとスーツを着こなしているくせに、家に帰ってきたら、そこら中に脱ぎ散らかして、シャツとパンツだけになるの」


「そんな」


 今ここに、衝撃の事実が判明。


 家の中でのパン一Tシャツルックは、実は一般的なことらしい。


 今まで築き上げてきた常識が、ガラガラと音を立てて崩壊していくのを感じる。


 そんな……そんな……。


「まさか、しっかり者に見えるハーピーさんですら、家ではパンツ一丁だなんて……」


「ええ!? ち、違うよ!? わたしはそんな格好しないよ!?」


「え? でも、別にいいって言ってましたよね?」


「いや、人がするのは気にならないけど、わたしがするのはイヤだよ! せっかくかわいい部屋着とかパジャマとかそろえてるのに、なんでパンツ一丁にならなきゃいけないの。わたしは、家でもちゃんと服を着る派だよ」


「確かに、ハーピーさんは着ているものもしっかりしていますもんねえ」


 日曜日のハーピーさんは、いつもの郵便配達員の制服ではなく、白いホットパンツに、鳥の翼が描かれた山吹色のデザインシャツを着ている。


 明るい色の組み合わせにより、彼女の空色の羽や羽毛が際立って見える。それに、足輪やベルトなんかも、ちらりちらりとさりげなく見る者の目を引く。


 う~ん、とってもおしゃれさん。


 それに、シャツやズボンにはしわらしいしわがよってなく、とても清潔感もある。きっと、きちんと手入れをしているのだろう。


 これだけファッションにこだわりがある人なら、確かに家でもまともな服を着ていそうだ。


「ああ、よかった。ハーピーさんまでパンツ一丁だったら、僕、女性不信に陥っていました」


「うん……助けになれたようでよかったんだけど、そろそろパンツパンツ連呼するのは止めよう。流石に恥ずかしいよ」


「おっと、これは失礼」


 いけない、いけない。抱えた問題の大きさに、ついはしたない言葉を連呼してしまっていた。


 慎みは大事ですよと、旅の人も常々言っている。お母さんと妹につられて、僕も慎みを失ってしまうところだった。


「すみませんでした。しばらく、パンツというのは控えようと思います。やはり、天下の往来でパンツトークをするのはいけませんよね。僕も、パンツのゴムを引き締めて、パンツの話題は出さないように努めようと思いますパンツ」


「言ってる! めちゃくちゃパンツ言ってる!? 実はキミ、パンツ大好きでしょ!?」


「ああ、しまった」


 意識せず、またも「パンツ」と口にしてしまった。それも、何度も。


 どうやら僕は、慎みをどこかで落としてしまったようだ。


 う~ん……交番にいけば、届いているかなあ。






「いい? 男の子がそういうことに興味があるのはわかるけど、あんまり変なことばっかり言っちゃ駄目だよ?」


「はい、肝に銘じます」


「ほんとだよ? お姉さんとの、約束ね」


「僕とあなたは同い歳ですよ、ハーピーさん」


「あ、そ、そうだったね。キミって童顔だから、つい」


 ボールスの街の東区を、ハーピーさんと並んで、とことこ歩く。


 歩くにつれ、住宅街の中に石工や建築関係の工房が目立ち始め、その数はどんどん増していく。


 ピケットさんから聞いた話によると、元々、東区は工業地帯だったらしい。


 それが、人口の増加によって次々に住宅が建てられていき、今のように住宅街と各種工房が混在する場所になったんだとか。


 だから、他の区に比べると、少々いびつな街並みになっている。


 大きな木材貯蔵庫に並ぶようにアパルトメントが建てられているし、怪しげな煙を吐き出す錬金工房の二階に三階建ての住宅がある。


 道も、とりあえず人の住む場所の確保が優先だとばかりに、極端に狭い路地や、不自然に曲がりくねった道があったりする。


 これじゃあ、見通しが悪い上に不便だからと、近々、区画整理が行われるらしい。


 でも、賽の目状のにピシッと整った街よりも、僕は今のような猥雑な街の方が好きだ。


 杓子定規な道よりも、右や左に曲がったり、家と家の隙間に上の道路への階段があるような道の方が好きだ。


 そっちの方が、歩いていて楽しいからね。街の空気が、しみじみと感じられる気がする。


「ところで、さっきからわたしについてきているけど、キミ、どこに向かってるの?」


 街の空気に浸っていた僕に、ハーピーさんが話しかけてくる。


 この人は、おかしなことを聞くものだなあ。


「ハーピーさんが僕についてきているんじゃなかったんですか?」


「ええ? わたしは『コバルト』が目的地なんだけど……もしかして、キミも?」


「そうですよ。僕は『コバルト』に、荷物を届けなくちゃいけないんです」


「な~んだ。それならそうと、早く言ってよ! ずーっとついてくるから、てっきり迷子だと思っちゃったよ」


「僕の方こそ、ハーピーさんがどこまでもついてくるので、てっきりストーカーかと思いました」


「人聞きの悪いことをっ!?」


 どうやら違ったようだ。ほっと一安心。


 最近、僕のお腹を痛くする悪霊さんにストーキングされたばかりだから、少し怖かったりしました。


「『コバルト』には、何を届けるの?」


「武器の素材ですよ。金属とか、モンスターの骨や革とかが、いっぱい入っています」


「へ~、モンスター素材まであるんだ」


 よいしょと背負い子の位置を直しながら、ハーピーさんに見せつける。


 モンスターから採れた素材は珍しいのだろう。彼女は、背負い子に近づき、積まれた荷物を羽の先でちょいちょいと突きはじめる。


「あ、アビスネークの頭が入ってますから、あんまり刺激しない方がいいですよ。かじられますから」


「そういうことはもっと早く言ってええええええ!?」


「きしゃー!」


 あらら、言わんこっちゃない。背負い子に積んだ箱の中から、アビスネークの頭が飛び出して、ハーピーさんの羽に噛みついた。


 アビスネークは、首を切り落としても、まだまだ元気なたくましい生命力の持ち主だからなあ。


 ハーピーさんがいくら羽をぶんぶん振るっても、全然離れそうにない。


 あの生きのよさだと、引きはがすのに苦労しそうだ。さて、どうしたものだろう。


「お、落ちついてください」

 

 うん? 近くの店から、一人の少女が現れて、アビスネークの頭をがっしりとつかんだ。


 そして、涙目のハーピーさんを落ちつかせて……おお、蛇の頭に、火かき棒を押し当てたぞ。


「あぎっ……」


 あの火かき棒は熱されていたのだろう。フライパンで肉を焼く時のような、「ジュッ」という音がして、アビスネークの頭はころりと地面に落ちた。


「こ、これで大丈夫です。口も縛っておくので、しばらくはもつと思います」


 おそらく、工房で働いている子なんだろう。煤で汚れた前かけをつけた作業着姿の少女は、ポケットから紐を取り出して、慣れた手つきでぐるぐると蛇の口を縛り上げていった。


「は、はい、どうぞ。あなたのですよね?」


「はい、そうです。ありがとうございます。って、誰かと思えば、クロッカちゃんじゃないか」


「あ、ユウトさん……」


 蛇の頭を掌の上に置き、僕に差し出してくる大柄な女の子は、サイクロプスのクロッカちゃんだった。


 年頃の女の子がためらいなくアビスネークの頭に触るなんて、変わった子だなあと思ったけれど、クロッカちゃんなら納得だね。


 だって、彼女は鍛冶工房『コバルト』の娘さんだもの。モンスター素材の取り扱いにも慣れているはずだ。


「ありがとうね。助かったよ」


「あう……」


 少し背伸びをして、偉いクロッカちゃんの頭をなでなで。でも、12歳にもなると頭を撫でられるのは恥ずかしいのか、目深にかぶったニット帽を、赤くなった顔を隠すように引き下げた。


 それでも、感謝の気持ちを伝えるために、なでなで、なでなで。


「あ~、驚いた。助けてくれてありがとうね、クロッカちゃん」


 そこにハーピーさんも加わって、二人でなでなで。


 なでなで、なでり。なでなでり。


「あぅぅ……」


 受けよ! この感謝を!


 なでーりなでり。なでなでり。


「あぅぅぅぅ……!」


 クロッカちゃんの顔が真っ赤になっても、頭から煙が出始めても、僕らは容赦しなかった。






「二人は友だちだったんですね」


「そうなの。何年か前のフリーマーケットで、クロッカちゃんがかわいいアクセサリを売っててね。そこから、知りあったの」


「アミルさんには、いつもひいきにしていただいて……それに、お休みの日には、色んなところに連れて行ってくれるんです」


「へ~、それはいいねえ」


「は、はい」


 場所を移して、ここは鍛冶工房『コバルト』の中。


 ハーピーさんと話しこんでいるうちに、実は店の前までついていたらしく、道端で話しこむのも何だからと、僕らは『コバルト』に入ったわけだ。


 持ってきた荷物は、鍛冶工房の親方であり、クロッカちゃんのお父さんでもあるドワッゾさんに渡してある。


 ふう、これで肩の荷が下りた。気兼ねなく、クロッカちゃんが淹れてくれたお茶を味わえるというものだ。


 ああ、それにしても、最近涼しくなってきたから、温かいお茶がおいしい……。


「おいしいねえ、このお茶。今まで飲んだことがない味だ」


「あ、ありがとうございます。それは、わたしがブレンドしているので、喜んでいただけてうれしいです」


 なんと。オリジナルブレンド茶だったのか。クロッカちゃんはすごいなあ。そんなこともできるのか。


「じゃあ、このお茶はさしずめ、クロッカちゃん味だね」


「え、ええ?」


「クロッカちゃんの味がするよぅ……うひひ」


「ひええ……!」


 あれ? 街で見かけるお兄さんたちの真似をしたら、クロッカちゃんの顔が真っ青になった。


 お兄さんたちは楽しそうに笑っていたから、真似してみたんだけど……なりきれていなかったのかな?


 ようし、今度はもっと思い切って……。


「止めなさい」


「あいたっ」


 パシンと、ハーピーさんに後ろ頭をはたかれた。


 確かに、ちょっとふざけ過ぎていたかな。反省、反省。


「ごめんね、クロッカちゃん。この子、ちょっと変な子で」


「そ、そうですね」


 あらら、変な子認定されてしまった。しかも、クロッカちゃんの同意付き。


 見かけや言動で判断してもらっては困ります。こう見えても僕は、佐久間家の家事を一手に担い、その上、週に二日はアルバイトまでしている勤労青年なのに。


 でも、外っ面だけで多くを判断するのが、ヒトという生き物ではある。


 見た以上のことは、わかりにくいよね。だから、僕は彼女らに、僕が真人間である証しを見せなくちゃいけない。


「ほら、見てください。僕は指が手の甲につくほど曲がります。どうです? 真人間っぽいでしょう?」


「ね? 変な子でしょ?」


「そ、そうですね?」


 むう、失敗してしまったようだ。何だか、かわいそうな子を見るような目で見られてしまった。


 しまったなあ。どうせ指を使うなら、影絵でも見せた方が真人間っぽかったかな。


 ああ、二人の視線が生温かいや。


 もう、ここまで来てしまったら、自分自身では証明できないような気がする。


 誰か、僕がまともな人間だと、証明してくれるような人は……。


「そうだ、ピケットさんですよ、ピケットさん」


 僕の雇い主であるあの人ならば、僕の働きぶりや人間性について、大いに語ってくれるだろう。


 ああ、やはり、ピケットさんは頼りになるなあ。さすが、一国一城の主。


 さっそく、二人をつれて、会いに行こう。


「ほらほら、こっちですよ、こっち」


「きゃっ、な、なに?」


「ど、どこに行くんですか?」


 ハーピーさんとクロッカちゃんの背中を押して、僕は『ケット・シー商会』を目指す。


 気持ち早足で、ボールスの街の大通りを、ずんずん、ずんずん、歩いていく。


 途中から、ハーピーさんたちも自分で歩いてくれて、僕らは『ケット・シー商会』へと歩いていった。


 そして、店に辿り着いた僕は、二人に向かって口を開いた。


「いいですか? 僕が変な子ではないと証明してくれる人が、ここにいます。それは、この人です!」


 ガチャリ! 僕は、『ケット・シー商会』のドアを、勢いよく開け放った。


 さあ、ピケットさん、語ってください。僕の人となりを――――!




「にゃは、にゃははは……肉球ボールがいっぱいにゃー……こんなに、こんなに、いっぱいにゃー……この前届けられた在庫がまだ残ってるのに、追加で三倍とか、上層部は頭おかしいにゃー……売れなきゃ降格……にゃは、にゃはははははは……」




 ぱたん。


 僕は静かに、『ケット・シー商会』のドアを閉めた。


 中にいる人を、そっとしておくために。虚ろな目をしたピケットさんに、せめて静寂を与えるために。


 全国チェーンの小売店、『ケット・シー商会』のボールス支店。


 その中にいたのは、頼りがいのある猫店長ではなく、大きな木箱いっぱいに詰まった肉球ボールに埋もれた、かわいそうな子猫ちゃんだった。


「キミも……苦労しているんだね」


「ですね……」


 二人の視線は、先ほどより生温かかった。肩に置かれた手は、どこまでも優しかった。


 その日よりしばらく。僕は、「変な子」ではなく、「かわいそうな子」として、二人に認識されることとなった。


 いったい、どこで歯車が狂ってしまったのか。


 答えは、誰にもわからなかった。



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