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ケット・シー

 猫が嫌いな人って、この世にいないと思う。


 かわいいよね、猫。抱き上げて、肉球をぷにぷにすると、だるそうな顔をするのがとってもキュートだ。


 僕が住んでいる町にも、野良猫がたくさんいてね。その子らを散歩の途中に可愛がるのは、密かな楽しみだったりする。


「よっと。おお、かわいい、かわいい。肉球もぷにぷにだ」


「にゃ、にゃにするにゃー!?」


 しまった。猫と間違えて、猫妖精を可愛がってしまった。


 僕の腰を越えるか越えないかの身長。黒が混じった茶色のショートヘアーに、ピコピコと動く猫耳。そして、僕の体をぺしぺしと叩く長い尻尾。


 間違いない。この子は、猫じゃなくて、猫妖精、ケット・シーだ。


「そうとは知らず、失礼しました」


「何で謝りながら尻尾をにぎにぎするにゃ!? 謝る気、ナッシングにゃね!?」


 誠意を示せるかな、と思ったんだけど……尻尾はおさわり禁止か。覚えておこう。


「まったく、にゃーを猫扱いするなと、何度言えばわかるにゃー」


「すみません、ピケットさん。次は気をつけます」


 僕の手から逃れ、ポンチョの乱れを直しているのは、ケット・シーのピケットさん。


 全国チェーンの小売店『ケット・シー商会』の会員で、様々な種族の人たちが暮らす『ボールスの町』で店をかまえている店長さんだ。


「ほら、ユウト。次のお家へ配達にいくにゃー」


「了解です」


 ピケットさんに促された僕は、商品が積まれた台車を転がし、彼女の後を追う。このペースだと、午前中は、ずっと配達だろうな。


「おっと、すみません」


「わわっ、こちらこそすみません」


 曲がり角で、蛇のような下半身のラミアさんとぶつかりそうになった。お互い、ぺこりと頭を下げて、また前を向く。


 ボールスの町の路地は、狭くて複雑だ。大通りならまだしも、住宅街の中では常に、誰かにぶつからないよう、気をつけなければいけない。


「その点、ピケットさんはいいですね。塀の上とか、屋根の上とか歩けて」


「そ、そんなとこ、歩かないにゃー! 猫と一緒にするにゃー!」


 僕の腕にぴしぴしと猫パンチをかましてくるピケットさん。やっぱり猫っぽいと思うんだけどなあ。


 でも、こう見えても、僕の雇い主だ。ちゃんと敬意を払わなくっちゃね。


「かつおぶし、食べます?」


「だから、にゃーは猫じゃにゃいにゃー!」


 口では否定しつつも、ちゃっかりかつおぶしのパックを受け取るピケットさんは、やっぱり猫っぽいな、と思った。






 僕がアルバイトを始めたのは、ちょうど夏休みが始まった頃だった。


 別に、お金に困っていたわけじゃない。ただ、魔物っ子たちの町で、買い物がしてみたかったんだ。


 プリッツを買うに困らないだけのおこづかいはお母さんからもらっているんだけど、魔物っ子たちが暮らしているような町では、何故か日本円が使えない。


 だから、前々から、魔物っ子たちの通貨『ノル』が欲しかったんだけど、円とノルとでは両替することもできなかったんだ。


 かくなるうえは、働いて手に入れるしかない! 


 そう思っていたんだけど、まだまだお子さまな僕を、アルバイトとして雇ってくれる人なんて、どこにもいなかった。


 でも、やっぱり高校生ともなると、少しは大人に近づいたということなのだろう。


 夏休みの初めにぶらぶらと町を歩いていたら、ピケットさんの方から、うちで働かないかと声をかけてくれたんだ。


 以来、僕は週に二回、『ケット・シー商会 ボールス支店』にアルバイトに来ている。


 お給料は少ないけれど、やりがいのある仕事だ。ちょっとした食べ物や、日常品を売るのは、とても楽しい。


 望む人の元へ、望むものを。お客さんの笑顔を見ていると、『ケット・シー商会』の理念も、正しいものだな、と実感できる。


「おう、ありがとうよ。またくらあ」


「毎度あり~」


 今も、ミノタウロスの男性に、チョコレートと角みがき粉が売れた。僕もミノタウロスさんも、にこにこ笑顔。商売とは、かくあるべきだなあ。


「な~にいっちょ前の顔をしてるにゃー」


 木製のレジにお金をしまっていると、店の奥で帳簿をつけていたピケットさんがやってきた。ポンチョ姿のケット・シーは、「まだまだにゃね」と指をふる。


「ユウトはまだ甘いにゃー。にゃーなら、今のお客に、二倍の商品を売りつけることができたにゃー」


「ええ? ほんとですか? ピケットさんって、すごいんですね」


 さすが『ケット・シー商会』の会員さんだね。商売に関しては、得意中の得意ということだろう。


「にゃふっふっふっ。まあ、見ているにゃー」


 タイミングよく、新しいお客さんがやってきた。石の翼をもつガーゴイルの女性は、小さなコンビニ程度の店内を、ぐるりと見渡す。


 その様子を見たピケットさんは、カウンターをするりと抜け出して、ガーゴイルさんへと近づいていった。


 その顔には、貼りつけたような営業スマイル。しっぽは媚びるように、ゆらゆらと揺れている。


「いらっしゃいませ! 『ケット・シー商会』へようこそ。何かお探しでしょうか?」


 ケット・シー訛りもどこへやら。ピケットさんはハキハキと接客を始める。


「ええ。石用のワックスを探していて……」


「石用のワックスでございますね? 当店では、ゴーレム社、ドワーフ社、サイクロプス社のものを取り揃えておりますが、いかがいたしましょう」


「じゃあ、ゴーレム社のもので」


「従来のものとは別に、秋用の新作が入荷しております。すでにお使いになられたガーゴイルのお客様の評判も上々です。合わせて、こちらもお買いになられてはいかがでしょうか?」


「う~ん……でも、新作のワックスって、高いんじゃない?」


「ご安心ください。いままで通りのワックスと、新作のワックス、合わせてお買いになられたら、定価から二割引きさせていただきます」


「あら、お得ねえ。じゃあ、娘の分もついでに買うわ。二セットもらえるかしら」


「二セットでございますね。お買い上げ、ありがとうございます!」


 お金と引き換えに、商品を入れた紙袋を差し出したピケットさん。彼女は、深々と頭を下げて、ガーゴイルさんを見送った。


「ふふん、どにゃ?」


 そして、すがすがしいまでのどにゃ顔を、僕に向けてくるピケットさん。


「よくできましたね。偉いですよ。かつおぶしをあげましょう」


「子ども扱いにゃっ!?」


 パシッとかつおぶしのパックを払いのけるピケットさん。ああ~! 枕崎のおいしいかつおぶしなのに~!


「まったく、ユウトは年長者に対する敬いが軽いにゃー」


「あれ? ピケットさんって、僕より年上でしたっけ?」


「にゃーはどっからどう見てもユウトよりお姉さんにゃー! 二十歳のお姉さんにゃー!」


「なんと」


 一ヶ月ほど前に雇われた時から、ずっとこども店長だと思っていた。これは失礼なことをしちゃったなあ。


「すみません。お詫びの品として、お納めください」


 懐からかつおぶしのパックを取り出して、両手で差し出す僕。


「やってることがさっきと同じにゃー!」


 今度もまた、かつおぶしのパックは払い落された。






「えっほ、えっほ」


 ガーゴイルさんがワックスを買ってから、しばらくの後。


 今度は、接客とは打って変わって、僕は店の倉庫で商品整理をしていた。


 輸送されてきた様々な商品を、棚に置いたり、木箱の中に移したりする。


 その際のポイントは、背が低いピケットさんが後で困らないようにすること。


 重たい商品は地面に近いところに置き、売れ筋商品は見やすいところにまとめておく。


 そうすることで、僕がいない時もピケットさんが苦労せずに済む。


「せっかく雇ってくれたんだもの。出来る限りのことはしなくっちゃね。よいっしょっと」


 猫の肉球がスタンプされた木箱から商品を取り出し、店の倉庫に元から置いてある木箱に移す。


 これはゴルムスの干し肉。


 塩だけで味付けされた干し肉は、おじさんたちだけでなく、子どもたちも喜んで食べる一品だ。


 これはハニー・ビーの蜜。


 ホットケーキにかけて食べると、とてもおいしいと聞いたことがある。でも、その分、値段はちょっとお高めだ。


 これはマーマンの潜水薬。


 鼻に塗ると、水の中でも息ができるようになる薬だ。ちなみに、効果は二十四時間。これもちょっと欲しいなあ。


 う~ん、物欲ばかりが刺激されて、ついつい手を止めてしまう。いけないなあ、集中しなくちゃ。


 頭を振って、僕は次の木箱を開いた。すると、そこには白くて丸いボールがぎっしりと詰め込まれていて……。


「はて、これは何だろう? 見たことないぞ」


 野球のボールかと思ったけれど、硬さが違う。とってもぷにぷにとして、何だか触っていて気持ちがいい。


 はて、この感触。どこかで味わったことがあるような……。


「ああ、やっぱりこれだ。肉球と同じ感触ですよ、ピケットさん」


「にゃにするにゃー!? に、肉球を触るにゃー!」


 カウンターの中にいたピケットさんをひょいと抱きあげ、肉球をぷにぷにする。うん、間違いない。あの白いボールは、肉球と同じ感触だ。


「いや、ピケットさん。こんなものが届きましてね。確認のために、触らせてもらいました」 


「なんにゃ、確認って。それに、そのボールは……にゃにゃ!?」


 白いボールを目にしたピケットさんが、露骨に嫌そうな顔をした。はて、彼女はこのボールが何か、知っているのだろうか。


「ピケットさん、これって何なんですか?」


「それは、肉球ボールにゃ……肉球と同じ感触がするだけの、使い道がにゃいボール。それが届いたにゃんて……数は?」


「大きめの木箱いっぱいにありました」


「ま、またかにゃー!? 本店の連中が、また在庫を押しつけてきやがったにゃー!」


 頭を抱えて憤慨するピケットさん。どうやら、よほど肉球ボールが嫌いらしい。


「でも、僕なら買いますよ、肉球ボール」


 だって、ぷにぷにしているし。


「そんなのユウトだけだにゃー。普通はこんなの売れにゃいにゃー」


 しっぽをピンと立て、にゃーにゃー言いながら店内をうろつくピケットさん。肉球ボールを売りさばく算段を立てているのだろう。口元に手を当て、にゃごにゃご呟いている。


「抱き合わせ商品……いや、抱き合わせる商品がもったいにゃいにゃ。くじびきのはずれとして……店の評判が悪くにゃるにゃ。通常販売……誰も買いっこにゃいにゃー!」


 天を仰ぎ、膝をついて、にゃー! と叫ぶピケットさん。


 が、何故か、ビビン! と大きく震えて、カッと目を見開いた。


「どうしたんですか、ピケットさん。足がつりましたか?」


「馬鹿にゃこと言うんじゃにゃいにゃー! 名案! 名案を思いついたんだにゃ!」


 ピケットさんは、満面の笑顔で立ち上がった。おお、何だか自信に満ちた顔だ。よほどの策を考えたのだろう。


「いいかにゃ? これは、誰も損をしない完全無欠の商売にゃ」


 ピケットさんが、僕にそっと耳打ちしてくる。完全無欠の商売だって? 何だか、響きからしてすごそうだ。


「それはすごいですねえ。どんな商売なんですか?」


「にゃふっふっふっ。聞いて驚くにゃよ? まず、五人ほどのお客に、肉球ボールを売るにゃ」


「はい」


「そして、その五人に、新しいお客を連れてこさせるにゃ」


「ええ? でも、お客さんが、そんなに簡単に協力してくれますかね?」


「そこにゃ! 新しいお客を紹介してくれた人には、バックマージンを支払うにゃ。そうすると、紹介すればするほどお客は金を稼げるし、紹介されたお客も、自分も紹介してみようと、新しいお客を連れてくるにゃ!」


「そうすると、たくさんの人がお金を稼げますねえ」


「そうにゃ! だから言ったにゃ。誰も損をしない、完全無欠の商売にゃって!」


 にゃーっはっはっ! と、高笑いをするピケットさん。彼女は僕に、お客さんを集めるように指示をする。


「大々的に宣伝するにゃよ! 広場にいって、『絶対にもうけさせます!』と言って回るにゃ!」


「はい、わかりました」


「これは絶対、儲かるにゃ! 本店の誰よりも、売上に貢献できるにゃー! にゃふふふふふ……次期会長(ネコの王)の座は、いただきだにゃー!」


 ピケットさんは肉球ボールを、金の卵のような目で見ていた。僕は、肉球ボールが売れること、ピケットさんの商売が成功することを信じて疑わなかった。


 僕らは一丸となって、新しい商売に取り組んだ。


 僕とピケットさんは、明るい未来を信じて疑わなかった。


 しかし、その日の夕方。


「にゃんでにゃー!? にゃんでこうにゃるにゃー!?」


「不思議ですねえ」


「おら、黙って歩け」


 僕らは、ブルドックのおまわりさんに捕まっていた。


 手錠をかけられ、留置場へと連行される僕たち。町の人たちの視線が、僕らにグサグサと突き刺さる。


「にゃんでにゃー!? どうしてだにゃー!?」


「にゃんででしょうねえ」


 絶対、うまくいくと思ったんだけどなあ……。


「おら、ちゃっちゃと歩け」


 僕らは揃って、おまわりさんに引っ張られていく。


 視線を落とせば、地面には長く伸びた影が三つ。


 ああ、もうすぐ夜が来るんだな。


 地平線に消えゆく夕陽は、とても綺麗でした。

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[一言] プリッツではなくかつおぶし…だとぅ!?
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