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ゾンビ

「あ゛あ゛~」


「お゛お゛~」


 気がつけば、僕は夜の町を、数多くのゾンビとともに歩いていた。


(しまったなあ。変な町に迷い込んだと思ったら、ゾンビに引っかかれちゃったぞ。頭がぼんやりして、腕を前に突き出したくなる)


 湧いてくる衝動に抗わず、僕は腕をだらりと突き出した。そして、あ゛~あ゛~言いながら、ずりずり足を引きずって歩く。


 やってみると、案外、楽しい。


「かゆ……うま……」


「生肉~!」


 元気なゾンビが、スプリンター真っ青な速度で駆けていった。道端では、うつろな目をしたゾンビが、日記帳を書いている。


「ネイルハンマーこわいよう」


 血のように赤い涙を流して、ゴミ箱に落ちている釘抜きハンマーを怖がっているゾンビがいる。


「あと二十八日かあ」


 カレンダーを見ながら、屈伸や伸脚など、柔軟体操にいそしんでいるゾンビがいる。


「パプアニューギニアに、行きたいかー!?」


「お゛お゛~!」


 街角に集まったゾンビたちなんて、クイズ大会まで開いている。


 やあ、ゾンビだなんて、あ゛~あ゛~言いながら徘徊するだけだと思っていたけれど、色んなバリエーションがあるんだなあ。


 むう、これは僕も負けていられないぞ。何か新しいゾンビっぷりを示してみよう!


「空を飛んでみるとか」


「あ゛あ゛~、そういうのは、もういるねえ」


「そうですかあ」


 カフェテラスで生肉を食べているお爺さんが、親切にも教えてくれた。そうか、そうか。空を飛ぶゾンビは、もういるのか。


「犬のように四つん這いになって、高速移動するとか」


「それも、もういるなあ。ほら、あそこ」


「ああ、本当ですねえ」


 隣を歩くお兄さんが、大通りの脇を指差す。そこには、犬のようなゾンビが、四つん這いになって生肉を食べていた。


 う~ん、さすがゾンビの町。僕みたいな新参者が考えることは、すでに誰かが実行しているということか。


「お前、見ない顔だが、新入りか? 新入りはなあ、変にひねらず、王道ゾンビをしてりゃいいんだよ」


「はい、そうします」


 後ろを歩いていたおじさんゾンビが、助言を与えてくれた。なるほど、王道ゾンビか。何事も、基本は大事だよね。


「王道ゾンビっぽく……こうですか」


 体の色んなところから、触手を出してみた。


 うじゅるうじゅるとうねり狂う、触ったら即感染しそうな触手。逃げてブ○ッドー。


「ば、馬鹿野郎! お前みたいなガキに触手は十年はええ!」


「しまえ! は、早くしまえって! こんなところで触手を出すなんて、何を考えてんだ!」


 お兄さんゾンビやおじさんゾンビが、慌てて僕の姿を隠そうとする。やあ、触手はマナー違反だったのかな。お恥ずかしい真似をしました。


「すみません、触手は駄目だったんですね」


「ああ、こんな道路の真ん中で触手なんか出したら、警察の『星ズ』が飛んでくるぜ。気をつけな」


「はい。ご忠告、ありがとうございました」


 親切な人たちに別れを告げ、僕は大通りから離れる。


 まだゾンビに不慣れな僕は、そうとは気づかず、やっちゃいけないことをやっちゃうかもしれない。


 まずはゾンビについて知るんだ。


 そう考えた僕は、この町を歩いて回ることにした。






 この町の名前は、『シティ・オブ・ザ・デッド』というらしい。


 ゾンビの、ゾンビによる、ゾンビのための町。世帯数は3000と、さほど大きな町ではないが、一通りの施設はそろっている。


 警察署に、病院に、ショッピングモール。町外れの森の中には、観光名所の洋館まであるという。


 町の中央広場にある案内看板からは、そこまでを読み取ることができた。


 じゃあ、次は、自分の足でこの町を歩き回り、住人たちと話をしよう。異種族について知るのは、これが一番だ。


「あ゛あ゛~」


 発音練習も兼ねて、あ゛~あ゛~言いながら歩く。とりあえず、何だかお腹がすいたので、ご飯が食べられるところに行ってみよう。


 そう決めた僕は、中央広場から東の大通りに入り、看板の地図に示されていたレストラン街を目指す。


「はい、生肉、生肉! うまいよ、うまいよ~!」


「血も滴る生肉だ! ここで喰わなきゃ、いつ喰うってんだ!」


 むむ、東の大通りは、どうやら屋台通りのようだ。道の両脇にたくさんの屋台が店を構え、威勢よく客引きの声を出している。


 う~ん、生肉かあ。なんだかおいしそうだなあ。ちょっとのぞいてみようかな。


「すみません。ここではどんな生肉を売っているのですか?」


「うちはゴルムスだよ。うまいよ、うまいよ!」


 ゴルムスはこの前、お腹いっぱいになるまで食べたからいいや。


 お店の人に軽く会釈をして、隣の屋台に移る。


「ここは何の生肉ですか?」


「うちで売ってるのは、ミロロッパ・モロンロだねえ。コリッとして、うまいよ」


「ミロロッパ・モロンロ?」


「そう、ミロロッパ・モロンロ」


 何だろう、聞いたことない名前だ。興味がそそられたので、試しに一つ、買ってみる。


 う~ん、白っぽい肉が、四つ、木の串に刺さっている。これがミロロッパ・モロンロか。少しお高めの値段だったから、高級な肉なのだろうか。少し楽しみ。


「じゃあ、さっそく。いただきま~……ん?」


「じ~……」


 僕のすぐそばで、かわいいゾンビっ子が、こちらをじっと見ていた。


 まだ十歳ちょっとぐらいの、ちっちゃいゾンビだ。青白い肌に、白いワンピース。手足に巻かれた包帯。白だらけの子なんだけど、唯一、長く伸ばしている髪は黒かった。


 そんな子が、僕を見ている。何だろう。何の用なのかな。


「サインが欲しいのかな?」


「ん~ん」


 ぷるぷると、首を横にふるゾンビちゃん。


 どうやら違うらしい。まあ、ドラ子さんならまだしも、僕なんかのサインなんて、誰も欲しがらないか。


「手品が見たいのかな?」


「ん~ん」


 また、首を横にふられた。


 手品じゃなかったのかあ。でも、せっかくなので、懐に仕込んでいた鳩を飛ばしてみた。すると、ゾンビガラスが飛んできて、鳩は捕食されてしまった。さすがゾンビの町。


「わかった。うちのわんちゃんの写真が見たいんだね?」


「ん~ん」


 財布に入れている竜巻号の写真を取り出そうとしたら、否定された。かわいいのになあ、うちの豆柴ちゃん。


 さて、どうにもこの子が何を求めているのか、わからないぞ。いったい、何が言いたいのやら。


「じ~……」


 ゾンビちゃんはただ、黙って僕の手元を見るばかり。


 ……ん? もしかして、これかな?


「君、もしかして、これが欲しいの?」


「ん~!」


 手に持った、ミロロッパ・モロンロの串を見せてみる。すると、ゾンビちゃんは目を輝かせ、首を縦にぶんぶんとふった。


 なるほど。これが欲しかったのか。


「うん、いいよ。じゃあ、僕と半分こしよう」


「あお~♪」


 ぴょんとはねて、喜ぶゾンビちゃん。うんうん、子どもは元気で、少し遠慮がないぐらいが、かわいいね。


 近くのベンチに誘導して、ゾンビちゃんと並んで腰かける。そして、僕は、串肉を差し出した。


「じゃあ、君から食べなよ。僕は残ったのでいいから」


「おお~?」


 ゾンビちゃんは、いいの? と、首をかしげて聞いてくる。


「いいよ。この世は何事も、レディーファーストらしいからね」


 って、妹とお母さんが言っていた。


「あう」


 ぺこりと頭を下げて、串肉にかぶりつくゾンビちゃん。一口では頬張れないのか、がじがじと肉を噛み切ろうとしている。


「あれ? 硬い肉なのかな? 結構高かったんだけど」


「あい~」


「なるほど。コリコリ、さっくりとした、心地よい硬さなんだね」


「あお!」


 そういえば、屋台のおじさんも、コリコリしてるって言ってたっけ。


 コリコリ。コリコリ。


 しばらくの間、僕はゾンビちゃんが、ミロロッパ・モロンロの肉をコリコリと食べていくのを見ていた。


 ずいぶんとおいしそうに食べるなあ。分けてあげた甲斐もあったし、これから食べる分の期待も高まるというものだ。


「あお」


「はい、ありがとう」


 やがて、串に刺さった二つの肉を食べ終えたゾンビちゃんが、僕に串を返してくれた。


「おいしかったかい?」


「あい!」


「そう。よかったね」


 にこにこ笑顔のゾンビちゃんの頭を撫で、僕もさっそく、ミロロッパ・モロンロの肉を食べてみた。


 むっ、これは今までにない食感だぞ。生肉らしく、ぷりっとしてはいるんだけど、噛むとコリコリ、さくりと噛み切れる。何て小気味のいい食感だろう。


 それに、味付けがうす塩というのもいい。味付けがうす味だからこそ、口の中でずっと食感を楽しめる。よく考えているなあ。


「あう?」


「うん、これはおいしいね。ゾンビちゃんの好物だってのも、うなづけるよ」


「あい♪」


 ゾンビちゃんの頭を撫で撫で。口の中では、お肉をコリコリ。


 やあ、ゾンビというのも、案外悪くはないものだなあ。ゆっくり歩いて、のんびり過ごす。なかなか、性に合った生活かもしれない。


「ゾンビちゃんはこの町の人?」


「んん」


「そうなんだ。この町っていいよね。ここに来てから一時間ぐらいしか経ってないけど、すっかり気にいっちゃったよ」


「あお♪」


 ベンチに座ったまま、ゾンビちゃんとお話を続ける。


 自分の町がほめられて嬉しかったのだろう。ゾンビちゃんは、にこにこと機嫌よさげだ。


 ゾンビちゃんの頭を撫でながら、僕は改めてこの町を見る。


 あ゛~あ゛~言いながら町を歩くゾンビたち。威勢のいい声で、彼らに生肉をすすめる屋台の店主たち。


 遠くに見える警察署や病院からは銃声が聞こえ、東の大通りの突き当たりにあるショッピングモールでは、黒山の人だかりができていた。


 ああ、ほどよい喧騒に満ちているなあ。こういう雰囲気、僕、好きだなあ。


「将来、住むとしたらこんな町がいいかな」


「あう」


「ん? 慣れないうちは、毎日お祭り騒ぎで、少し疲れちゃうかもって? う~ん、確かに。住むのは田舎で、たまに出てくるぐらいが、ちょうどいいのかも」


「あい」


「そうだね。でも、やっぱり、いい町だよね」


 それからしばらく、僕とゾンビちゃんはベンチに並んで、道行く人や、町の様子を眺めていた。






「あう~」


「うん、またね~」


 何だかんだで結構な時間が過ぎてしまったので、僕は家に帰ることにした。


 手を振るゾンビちゃんに別れを告げ、僕は『シティ・オブ・ザ・デッド』を後にする。


 あ゛~あ゛~言いながら、腕を前に突き出し、ずりずりと足を引きずって、町の外の荒野を歩く僕。


 さて、家まではどれぐらいかかるかな。いつもと歩くペースが違うから、ちょっと見当がつかないな。


 でも、たまにはそういうのも、いいものだ。月明かりの下、どこまでも、どこまでも歩いていく。そんな気分を味わうのも、悪くない。


 僕は焦るでもなく、のんびり、のんびり、荒野を歩く。


 ただ、一つだけ、気がかりがあった。


「僕は今、ゾンビなわけだけど、ハナちゃんたちに移っちゃったらどうしよう」


 僕も元は人間だったけど、ゾンビに引っかかれてゾンビになったくちだ。


 同じように、ものの弾みで、家族をゾンビにしてしまうかもしれない。


 ハナちゃんは、ちっちゃい頃はケーキ屋さんになりたいと言っていた。そんな妹を、ゾンビにしてしまうのは、できれば避けたい。


「ゾンビは生肉しか食べないからなあ」


 一人ごちて、僕はとぼとぼと歩く。さて、どうしたものか。


「それにしても、お腹がすいた」


 どうやら、ゾンビって燃費が悪いようだ。生肉を食べたのにも関わらず、すぐにお腹が減ってきた。


「プリッツ、食べられるかな」


 懐から、細切りプリッツ、ハーブチキン味を取り出す。


 生ではないけれど、肉の味だから、ゾンビでも食べられるかもしれない。


 そう思って、僕はプリッツの袋を開け、そっと匂いを嗅いでみた。


 すると……。


「っくしょん! くしょん!」


 どうやら駄目みたいだ。匂いを嗅いだだけで、拒絶反応が出た。


 猛烈なむずがゆさを感じ、くしゃみを連発する僕。体を折り曲げ、何度も何度も、くしゃみをする。


「あ~、駄目みたい。このプリッツは、ハナちゃんにあげよう」


 くしゃみをしているうちに、いつの間にか家の前まで来ていたようだ。僕は鼻をすすりながら、玄関の扉を開ける。


「ただいま~……」


 時刻はもう深夜だ。帰宅のあいさつもひそやかに、僕はまず、洗面所へと向かった。


 僕はもうゾンビだからね。なるべく体を清潔にしていないと、家族に迷惑をかけてしまうかもしれない。


 そう思って、念入りに手を洗おうとしたんだけど……。


「あれ? 治ってる?」


 洗面台の鏡に映った僕は、人間そのものだった。死人のように肌が青白くなければ、瞳が濁っていたりもしない。


 そういえば、さっきから体が軽いな。あ゛~あ゛~言いたくなる衝動も襲ってこない。


 さっきまで、絶対食べられないと思っていたプリッツも、普通に食べることができる。


「う~ん、くしゃみをしたから、治ったのかな?」


 考えてみても、答えは出そうにない。


 だから僕は、くしゃみでゾンビ化が治ったことにしておいた。

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[一言] どうやって触手を出したんだ? 主人公の察しが悪すぎるなぁおもしろからいいけどね! くしゃみでゾンビ化現象が治るとか普通ないだろう…(そもそもゾンビになるなんて無いな)
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