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足音  作者: ようすけ
9/12

ナオトは青年を直視していた。今自分の感情を犠牲にしているであろう実兄が、自分に向けて必死に牙を隠して頭を下げている。何とも表現しきれないそれは、きっとこれまで一年もの間、只闇雲にユキとの会話をして来たのではない事を物語る。だがナオトは、実兄であり同年代で足の不自由な青年に向けて臆することなく話し始めた。それがこの状況下における最も自分の立ち位置だと判断したからだった。


「ユキちゃんて良い子そうだね……チャットで話してても解ったよ……途中から慣れて楽しくなったし会うのも楽しみだよ……」


青年はナオトの声を聞くと、今まで荒らげていた感情が少し落ち着きを取り戻して楽な気持ちになった。車椅子の背もたれに伸びをするかのように凭れると、小さく頷きながら自分の手の甲で押さえていた口を解放して青年もまた言葉を声にした。


「明日はまたこの時間ここで……明後日は朝からお願いすることになる……」


青年のその言葉を遮るかのように、ナオトは立膝を着いたままの姿勢でこの空虚な部屋に現実を映し出す。


「兄貴?……何もかも話して兄貴がユキちゃんと会った方がいいんじゃないかな?……きっと兄貴の事解ってくれると思うよ?……」


青年はナオトの言う事に首を横に振るだけだった。着ている半袖のシャツの袖を掴みながら、ゆっくりと車椅子の青年の方へ歩み寄るナオトは理解していた。青年がどれだけの想いなのか、そして自分が何をすればいいのか、ユキとチャットの会話をして青年の気持ちが不思議なくらい痛いほど理解出来た。それは実兄なのだからではない、短い時間だったがユキと会話を交わして普段青年が話していることであろう事が、全て優しい想いの下で言葉が巡っていたからだ。


「ナオト……本当によろしく頼むな?……」


青年がナオトの言葉に首を縦に振ることはなかった。そして徐に車椅子を動かし、ナオトの横を通り過ぎてデスクの前に来るとパソコンをシャットダウンしてナオトの方を向いた。何時間この部屋に居たのだろう、ナオトは携帯の時間を確認すると青年にこう呟いた。


「もう11時だね……明日も9時くらいでいいの?……」


青年は黙ったままその問いにだけ首を縦に振り、まだ歯型の付いた手の甲を擦っていた。足を不自由にしてからと言うもの、こんなに自分の部屋に人を入れてた事がなかったのを青年は思い返していたんだ。兄弟とは言え、一緒に暮らしてたとは言え、疎遠になっていたのは青年がそうしてきたからだ。人との繋がりはなるべく避けて、動かない足にさらに重い足枷を着けて雁字搦めだったのだ。それを少しでも軽くしてくれたのがユキだった。思い返す度に感情が湧き返してくるその様がなんとも歯痒くて、青年は両手で髪を掻き上げて溜息を吐いた。


「じゃあ……また明日来るよ……」


ナオトが気まずさを感じながらにそう言うと、返しの言葉も待たずに部屋のドアを開けて出て行った。青年はその姿は見れずにナオトの足音だけを聞いていたんだ。ゆっくりと踵から歩く足音、青年の耳にはこれから先何でも出来る可能性の音に聞こえていた。



ユキは嬉しさを隠しきれないまま久しぶりに開いた手帳に文字を綴っていた。明後日の事を考えただけで顔がほころぶのが自分でも分かるほどだった。半分以上が白紙なその手帳の明後日の日付に、ナオトとの待ち合わせの場所と時間を丁寧に書き入れていた。黒いボールペンだけではなんとも寂しい、なので色を付けようとユキが立ち上がり茶色のチェストの引き出しを開けようとした瞬間、世界が変わった。


「え……嘘でしょ……」


視界が突然闇に包まれ、今まで光を感じていたはずの瞳は全く言うことを聞かない。ユキはその場に崩れ落ち、しばらく動けないで居た。頭の中のプログラムが全くもって機能しない、今起こっている現実に処理が間に合わないのだ。それでもユキは手探りで、ほんの数分まで白く見えていたローテーブルの上の小さなポーチを引き当てると、中からステロイドの薬を取り出せた。


「お姉ちゃん?凄い音がしたけど大丈夫?」


ユキが崩れ落ちた音は思いの外大きかったのだった。丁度その音に気付いた妹のサエが部屋の外から声を掛けてくる。ユキはその声にも気付かずに一心不乱に薬を飲み込んで、視界が黒一色になった目を何度も何度も擦っていた。


「お姉ちゃん??どうしたの?」


サエがそうもう一度声を掛けると、ユキはその声よりも大きな声でテーブルをひっくり返して叫んだ。ありとあらゆる感情がぶつかり合って、気がふれると人は言葉で確信を突くのかも知れない。精神崩壊、感情起伏、存命危機、そんな言葉では語れない言葉をユキは叫んだのだ。


「……あたしを殺せ!!……」



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