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足音  作者: ようすけ
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ナオトは、椅子もソファーもない殺風景なこの部屋に身を置く場所を探していた。腰掛けられるとすれば青年のベッドくらいなもので、それは少し気が引けたので明るい木目調のフローリングに直に座った。青年から受け取った水を二口飲むと、今日までのユキとのやり取りを一通り聞いていた。初めは何人かでチャットする中の一人だった事、それから気が知れて二人だけで話すようになった事、青年は現実の自分を偽り、ナオトを名乗ってチャットしていた事もナオト本人に詫びた。ユキが病気で目が見えなくなると言う事、そしてその支えが今は家族や友人ではなくチャットの世界のナオトだけだと言う事。青年は包み隠さずに話していた。


「それで?俺がそのユキちゃんと会って話しするだけでいいの?……」


ナオトが青年の打ち明けを理解し、青年の気持ちを汲んだ表情でそう聞くと、パソコンの画面からナオトへ 向き直した車椅子の住人は軽く頷いた。そして、何かを思い出したかのようにこうも付け加える。


「現実のナオトが話を聞いてやる事で少しは気持ちが落ち着くかも知れないんだ……まぁ、でもお前にはこんな事を頼むのも話すのも恥ずかしいんだけどな……頼む……」


ばつの悪そうな顔で青年は俯いていた。ナオトは頻りに手持無沙汰を紛らわすため、ペットボトルを掌に挟んでクルクルと回している。青年は是が非でもユキの不安を取り除いてやりたかったのだ。それが今まで、自分の悲しみや寂しさを拭ってくれていた相手への、細やかな恩返しと捉えていた。だからこそ、事故後あまり話さなくなった弟ナオトに、自分の生活の一部を晒した理由にも繋がる。


「本当に恥ずかしいんだけどな……引きこもってる分際でネットの世界で知り合った子と現実に会う羽目になるなんてさ……結局自分は嘘を吐いて足の障がいの事は隠してたから……だから自分じゃ何も出来ないしお前に助けてもらう事になる……どうしようもねぇな……」


「そうだ……兄貴?それでいつ会って話すればいい?」


悲観的な青年の言葉を押し切るようにナオトは立ち上がってそう言うと、パソコンの横に散らばっていたメモ用紙とペンを手に取った。どれを試しても赤色しか出ない4色ボールペンで自分のメールアドレスを書き込んで、手で顔を覆っている青年に手渡した。


「会う時に必要でしょ?あと、そのユキちゃんと兄貴がどんな風に話してるのかも知っておかないと……」


「あぁ……そうだな……ありがとう……」


「兄貴とユキちゃんがチャットしてるとこでも見てようかな?……話し方でバレないように(笑)」


「あぁ、頼むよ(笑)今日の夜また話すけど、ナオトは空いてるか?……」


「今日はバイト休みで空いてるよ、じゃあその時会って話す日を決める?病気の事があるし早い方がいいよね?……」


「そうなんだよ……助かるわ……」


「じゃあまた夜来るよ?何時ごろ?……」


「九時くらいになると思う……」


「わかった……じゃあまた来るわ……」


「あぁ……本当にありがとうな……」


青年はナオトに深々と頭を下げる。いつの間にか、自分の弟がこんなにも良心的な大人の男に成っていた事も、自分の為に手助けしてくれる身近な家族が居た事も、青年は嬉しかったのだ。ナオトは深々頭を下げる兄を見ると気恥ずかしくて、頭を搔きながら部屋を出て行った。ドアが閉まるのを見届けて、青年は動かない足を自分で持ち上げながらベッドに横になる。足を庇い続けてきた青年の両腕は、足の筋肉とは裏腹に太くなっていた。それでも、引きこもって食にあまり興味のないその体は細くて、陽の光も浴びないので不健康なのは否めない。ちょうど枕元に転がった電話の子機を退けて、青年はゆっくりと深呼吸をする。ユキに嘘を吐き通す事を選択した今の青年は、これで誰も傷付かないで済むと本気で思っていたんだ。ナオトに全てを話せた安堵感で、青年はまた静かに眠りに落ちていった。




「お姉ちゃん?入るよ?」


すっかり日も延びた夕暮れに、寝汗を搔いて眠っていたユキはその声で飛び起きた。妹のサエだった。青年とチャットで話していた通り、ユキの二つ下で今年成人式を迎える。


「サエ?今何時?……」


「えっと……六時になるよ?」


サエがズボンのポケットから取り出した携帯を見てそう言うと、ユキは汗ばんだシャツの胸元をパタパタさせながらベッドから立ち上がった。危うく寝過ごしてしまったかと慌てたユキが、また時計を確認して立ち尽くしていた。


「お姉ちゃんどうしたの?(笑)」


「ん?あぁ……なんでもないよ?(笑)」


サエがニヤニヤした顔でわざとらしく、ユキを下から上まで舐めるように見ていると、ユキがそれに気付いて間髪入れずに質問した。


「なによ?なんか用なの?」


「え?(笑)あっ!そうだった!お姉ちゃんの洋服借りようと思ってさー」


「お姉ちゃんの洋服?外に着て行く洋服なんてそんなに持ってないからね?……」


「大丈夫大丈夫♪シャツだけ借りるよ?あっ!あれ可愛いー♪」



サエが小走りに向かった先は、開けっ放しのクローゼットだった。そこにまとまってハンガーで吊るされたユキの衣服に、サエは一つ一つ目を通していく。気に入ったシャツを自分の身体に宛がうと、ユキにポーズを付けておどけて見せた。



「お姉ちゃん、いや、ユキお姉さま♪これ借りていい?(笑)」


「あ!それはダメ!今度着て行くから……」


「えっ!?着て行くって何処に?お姉ちゃん出掛けるの!?」


「出掛けちゃ悪い?(笑)」


「だって……お姉ちゃん……どうしたの?熱でも出たの?(笑)」


「はいはい……あたしが出掛けるなんて何年ぶりだからねー?(笑)」



ユキはサエが持っていたシャツを手に取ると、今度はユキ自身が姿鏡の前でそれを着て見せた。鏡に移ったユキは満面な笑顔で、隣り合わせの暗闇を一瞬でも光の渦に変えて見せた。それくらいの笑顔だった。



「お姉ちゃんそのシャツ似合うねー♪それで?何処へお出掛けですか?」


「ちょっとねー(笑)」



サエはユキの病気が見つかってからも何も変わらず、明るい姉妹を壊さないように努めているようだった。それはユキも同じで、妹のサエには弱音は吐かずにいる。こんな些細なやり取りをしていると、これから先に訪れる現実が絵空事に思えてしまう。ユキは今を生きようと考えをシフトして、それまでに出来る事の意味をも考えているようだったんだ。



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