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いつものチャット部屋があるサイトからのメールだった。ユキはその件名に嫌な予感がして急いでメールの本文を声に出して追って行く。
「当サイトをいつもご利用いただき誠に有り難うございます。急では御座いますが当サイトの全てのサービスを終了させて頂く運びとなりました。つきましては、本日午前十時を持ちまして閉鎖いたしますので…………………………」
ユキはそこまで読むと急いでチャット部屋へ入室してナオトを待つ事にしたのだった。パソコンに表示された時計は午前零時を刻んでいる。ナオトが来るとは思ってはなかったが、居ても立っても居られなかったユキはその情報を頭の中で整理した。
どれくらい時間が過ぎただろう。ユキはチャットのサイトが終了すると言う宣告を受けて、成す術なく時間をやり過ごすだけだった。無料を謳って運営されているサイトが、一部のサービスの課金で賄っているのは承知の事実だ。採算が合わなければ無くなるだけの話。匿名のやり取りを続けて、一年近くナオトと会話をしてきたユキはそんな日が来るとは思いもしていなかった。まるで病気を宣告された時と同じくらいの痛み、心臓の鼓動の音が自分でも聞こえるような痛みだ。ユキは明け方までずっとナオトの入室を待っていたのだった。
物静かな日常、部屋の小さな冷蔵庫が偶にノイズ音を発して、それが青年の部屋の壁を震わせるように鳴っていた。青年はもう夏の装いの布団を首まで掛けると、夜中から数えて三度目の眠りに就く。眠りが浅いのには慣れたが、足を庇い続ける事には今もって慣れてはいなかったのだった。寝返りもままならない、身体が痛くならないようにと、腰の下にタオルを丸めて入れていた。誰に教わったでもない、青年の試行錯誤故の事だった。そして三度目の眠りに落ちるかと言う寸前に、青年は軽やかな足音を聞いた。
「兄貴?……起きてるかな?……」
その後すぐにナオトがドアに口を近付けて話すのも聞こえた。青年は眠りの誘いを断り、重い上半身を起こしてそれに反応した。寝ぼけ眼で目覚まし時計を見ると九時半少し前で、カチカチ秒針を鳴らしている。
「おお……どうした?……」
ナオトはそのままの状態でドア越しに話し始める。
「荷物が届いたんだけど、オレ受け取って置こうか?…」
青年はそのまま掛けていた布団を横に除けると、腕の支えを頼りに車椅子へ腰を着けた。遮光カーテンから漏れた夏の陽射しが目に入ると、それを見ないようにドアへと車輪を走らせる。
「悪いな…今行く……」
部屋のドアはバリアフリーの引き戸になっていて、軽い力で横にスライドしてくれる。車椅子が当たらないようにもなっていて、出入りはスムーズだ。ナオトと顔を合わせて宅配物を取りに行こうとすると、ナオトが青年にこう話す。
「兄貴、少しユキちゃんと話せないかな?…」
ナオトから意外な言葉が出てきて、青年は少し驚いた表情でナオトに頷く。宅配便を待たせる訳にもいかないので、そのまま玄関までの明るい木色の廊下を青年は車椅子で急いだ。いつものドライバーが玄関を開けたまま佇んでいる。外の晴れた景色が隙間から見えると、青年は自分が場違いな所に居る錯覚を覚えていた。勝手がわかっているので青年が玄関まで来ると、ドライバーは小さな小包を青年の膝上に置いた。挨拶を交わしサインをすると、青年は綺麗にUターンをしてナオトの前まで一漕ぎで車椅子を移動させたのだった。
「どうしたんだ?急に……」
青年はナオトへ物静かな口調でそう疑問符を投げかけると、膝上の小荷物をベッドの上に転がした。
「明日の事もあるし……予行練習しとかなきゃと思ってさ……」
「そっか(笑)悪いな…」
青年はナオトの気遣いに笑みを浮かべて返した。その後にパソコンの電源を入れて器用に車椅子を動かすと、ここもまた引き戸になっているクローゼットからタオルと衣類を取り出していた。
「入り方解るよな?……この時間にユキが来るかどうかは解らないけど、俺はシャワー浴びてくるから頼んだよ…」
青年はパソコンに目を向けながらナオトに言うと、持っていたバスタオルを首に掛けて部屋から出て行った。ナオトはその様を見送ると、昨夜同様パソコンデスクの前に立膝を着いて、起動したパソコン画面のカーソルを動かす。サイトへのログインの仕方は知っている、ナオトはサイトへ飛んでいくと記憶されたパスワードが表示された横をクリックして青年とユキとの二人だけのチャット部屋に入室した。
「ナオトさんが入室しました」
ナオトが文字と短いアラーム音が鳴るのを確認すると、そこにはもうユキが入室していた。何故ユキが一人で入室しているのか、その状況が掴めないナオトが静かにキーボードを叩いていった。




