第 7話 とても慕っているようには、思えなかった。
ローズ・レクチャーには、村の中でそれなりに慕われていたが、1人だけ嫌われていた相手がいた。
村長の娘である、レーナ・ミシュワートである。
厳つい岩のような顔をした父親とは異なり、澄んだ薄い青い目とふっくらした丸顔で、少し短めの前髪と、綺麗に長くそろえられた金髪の後ろ髪は、上品な貴族のお嬢様と比べても遜色は無かった。
村人達の噂では、母親がさぞかし美しかっただろうと言われているが、レーナの母親を見た者は誰もいなかった。
今の村長は、若いときに勉強のため王都に移住していたが、父親が病気に倒れたことを知り、王都を引き払って、父親の看病をし、まもなく死んだ父親の代わりに村長の仕事を引き継いだ。
父親の看病を行いながら行った仕事の内容が的確だったこと、温厚な性格であったとことが幸いし、誰も彼が村長になることを否定するものはいなかった。
そして、今の村長が王都から一緒につれてきたのが、当時2歳になったばかりのレーナであった。
レーナは、最初顔見知りで、父親の服のすそをいつも引っ張っていたが、村長の家人にかわいがられていくうちに、勝ち気な子どもに育っていった。
村人達が、驚いたのはレーナの賢さだった。
村に作られた、読み書きを教える教室に3歳のころから通いはじめて、5歳になるとひととおり本を読むことが出来るようになっていた。
村人達からは「レーナちゃんはえらいね」「村長に似て、賢いね」と言われていた。
ローズが倒れたとき、レーナはローズの看病の手伝いもした。
ローズの体調が回復し、ローズが村長の家で働きたいと村長にお願いしたときも、何も言わなかった。
だが、村長がローズにいろいろ指示を与えて働かせるようになってから、レーナはローズの事を嫌いになった。
レーナにとって、ローズは父親を奪ったと思われたのだろう。
現にこれまで、レーナは簡単なお手伝いをしていたからだ。
ただ、ローズの仕事ぶりが大人の仕事と変わらなかったため、レーナが手伝っていたことは、レーナの為に作られた仕事だったと知ってしまった。
一方ローズは、同じ年頃であるレーナと遊ぶことが無かった。
レーナは一度、「遊ぼうよ」とローズを誘ったのだが、
「申し訳ありませんが、ただ今、村長からご用を承っております。
お急ぎであれば、お父様から許可をもらってください」
と断られてしまった。
そして、ローズが読み書きを覚えるために半年ほど勉強したのだが、
「あの子に教えることはなくなった」
と、先生がため息をつき。
「あの子のおかげで、勘定を間違えることが無くなった」
と、店の主人が喜び。
「モンスターの生息域を図に表すという発想はなかった。
これで、安心して薬草を採取できる。
すぐにでも、警備隊で働いて欲しい」
と、警備隊長は村長に頼み込んでいた。
ローズは、それらの評判にも喜ぶことなく、いつものように村長の仕事を手伝っていた。
ローズの働きぶりは、子どもが成し遂げる内容を遙かに超えており異常とも考えられていた。
だが、本人が一切誇ることも、鼻にかけることも、自分を特別視することもなかったため、村人から反感を買うこともなかった。
レーナは、これまでの自分への賞賛が失われたことを悲しんでいたが、実際にはそれほどでもなかった。
逆にローズが異常だったことから、
「レーナちゃんくらいがちょうどいいよね」「レーナちゃんかわいいし、偉いね」
という発言に変わっていったが。
レーナは一度、ローズに文句を言ったことがある。
「ローズ、その話し方はやめなさい」
「お嬢様、私の話し方でお嬢様のお気に召さない内容がございましたでしょうか」
「もっと、子どもらしい話し方をしなさい」
「申し訳ございません、お嬢様。
私のこのしゃべり方につきましては、ご主人から許可をいただいております。
どうしてもとおっしゃるのでしたら、ご主人から許可をもらってください。
ただし、子どもらしい話し方とおっしゃっても、私が子どもである限り、自分では子どもらしいしゃべり方だと考えております」
ローズは、レーナに恭しく頭を下げる。
「いらいらする」
レーナは声を上げる。
「どうして、あなたはうちで働いているの!
あなたなら、商売を始めても、読み書きを教える仕事をしても、警備隊を手伝っても生活できるでしょう!」
ローズはレーナの驚きに驚愕していた。
「私がここで働くことが、お気に召さないと。
私の働きぶりにご不満が有るとおっしゃるのですね。
申し訳ございません。
差し使い無ければ、ご指摘頂けるとありがたいのですが。
そして、ご指摘にもかかわらず改善されないようでしたら、ご主人にご指摘下さい。
私は、ここで助けて頂いた恩を返すまではここで働くつもりでしたが、お役に立てないのであれば、この村を去るしかありません」
ローズはレーナに深々と頭を下げる。
今度は、レーナが驚く番であった。
「そうじゃないの。
そうじゃないの」
レーナは慌てて否定する。
ローズはいぶかしげに質問する。
「それでは、私の何が問題なのでしょうか?」
「あなたは、どうしてお父さんのもとで働きたいの。
別に、村の為に働くのなら、ここじゃなくてもかまわないはずよ」
ローズは再び驚きの顔を示すと、意を決したように話し始めた。
「ついに気付かれてしまいましたか。
どうやら、私の気持ちをごまかすことが出来ないようですね」
ローズはため息をついてから、話し始める。
「私は、お嬢様をお慕いしているのです」
「はい?」
レーナは驚きの声を上げた。
「私が村長の家で働き続ける限り、お嬢様とご一緒できます。
しかしながら、お嬢様に知られた以上、ご主人がお許しになるとは思えません。
短い間でしたがお世話になりました」
ローズは再び深々と頭を下げる。
「お嬢様が助けてもらわなければ、私は意識を回復することはありませんでした」
「わ、私は手伝いしかしてないわよ」
「私が意識を回復したとき、お嬢様がそばにおられました。
そして、お嬢様の姿を見たときに、私はお嬢様とお話をするために生きようと決意したわけです。
もちろん、私の一方的な想いですから、無視して頂いて構いません」
ローズは、レーナの部屋から出ようとする。
「構うわよ!」
「お嬢様。
同情や憐憫なら不要です。
お嬢様の心を煩わしご迷惑をかけるつもりはありませんから」
レーナはローズの手を握って、引き留めた。
「命令です。
残りなさい」
「命令なら、ご主人以外から受けるつもりはありません」
「じゃあ、私が今からご主人よ」
「お断りします」
「私の事が好きじゃないの?」
「それとこれとは、話が違います」
「私が追い出した事になるのが、嫌なの」
「お嬢様のせいにはならないとおもいますが、いえ失礼しました。
理由を話したらそう思われかねないと」
「そうよ」
「ならば、お嬢様が本気で追い出す気になるまで、お仕事をさせて頂きます」
ローズは再び頭を下げると部屋を出て行った。
「……どうして、ご存じなのですか?」
ローズは、目の前の少女に尋ねる。
「レーナちゃんから聞いたわよ」
「そうですか」
ローズはため息をついていた。
「1年以上も前の話ですし、今更、聞かれて困る話でも無いですし」
「ローズちゃんにも、かわいいところがあるのね」
ローズは、少女のからかいに再びため息をついた。
「私のことをどう思われても構いませんが、村人をからかうのであれば許しません」
「ほんと、ローズちゃんにもかわいいところがあったわね」
少女はいつまでも笑い続けていた。