第 5話 その煙は、モンスターの襲撃を示していた。
レナロダ村の入り口に建てられた石垣作りの家の中で、全身に金属鎧を身につけた男が、軽装備の子どもに声をかける。
「ローズ。今日が最後の警備か」
「はい。リナクス隊長、いろいろとお世話になりました」
ローズと呼ばれた少年は、警備隊長リナクスに深々と頭を下げる。
「いや、こっちこそ世話になったよ。
君が来てから、他の隊員の目つきが変わってね、訓練にも真剣に取り組むようになった」
「そうですか。いつも真面目に訓練をされているようにしか思えませんが?」
ローズの疑問に、リナクスは苦笑する。
「君の前ではそうだろうね。
本来であれば、ずっとここで働いて欲しいのだが」
「申し訳ございません」
「いや、こっちこそ無理なお願いとわかっている。
お嬢さんと、一緒にゼリンクラに行くのだろう。
気をつけてな」
「隊長、ありがとうございます」
ローズは、感謝の言葉を述べると、再び頭を下げた。
ローズは明日から、レーナと一緒に魔法学園入学の為の勉強を行うため、王都ゼリンクラに向けて出発する。
ゼリンクラでは、村長が昔世話した後輩の家に下宿しながら魔法使いの元で基本的な知識を学ぶことになる。
私は、村長に「うちに来ればいい」といったのだが、
「先生(笑)の悪影響が娘に移ると困る」
と、あり得ない冗談で断った。
村長が私に向かって冗談を言うときは、いつも真面目な顔をする。
「話が長くなったようだ、ロベインが待ちくたびれているかも知れない」
「では、行って来ます」
ローズは、警備隊の詰め所から出て行った。
ローズは、村の入り口に駆け足でたどり着くと、門に背中を預けていた男が声をかける。
この男の装備は、ローズと同様に軽装であった。
「ローズ、遅いぞ!」
ローズは、深く頭を下げる。
「ロベインさん、すいません。
隊長との会話で遅くなりました」
ロベインは、何かを思い出した様子で。
「そうか、今日で最後だったな。
ごくろうさん。
じゃあ、いこうか」
ローズの背中を軽く叩いて、村の外に出て行った。
ローズとロベインの役割は、村の周辺にいるモンスターの調査である。
村は周囲約3キロに渡って塀に覆われており、その外には田畑がある。
そこまでは、村の中央にそびえ立つ見張り台により常時監視されているため問題はない。
ローズとロベインはその先にある森林地帯に生息するモンスターの活動状況を調べている。
モンスターの活動状況を調査することで、村では対応出来ない凶暴なモンスターの来襲をいち早く把握することができる。
特に北部の森は、さらに北にあるルールズ山脈に生息する凶暴なモンスターがふらつくことがあり、重点的な監視対象となっていた。
ローズとロベインは、小さな短剣以外の武器を携行せず、森の中に入っていく。
当然、森の中に生息するモンスターはそれなりに強く、短剣では倒すことは不可能だ。
だが、ローズとロベインはそのことを気にすることなく、奥に進む。
2人とも、素早さとモンスターを探知すること、気配を消し身を隠す術が秀でており、このような調査には最適の人材だった。
ローズとロベインは昼前に、休憩場所として決めている小さな泉の前にいた。
特に、モンスターと出会うことなく、たどり着いたことから、2人とも疲労感はほとんど無かった。
「それにしてもローズ。昨日の冒険者はきれいだったな」
「そうですか?レーナ様ほどではありませんが」
ローズは、丸いパンをかじりながら答える。
「まだまだ、若いなローズ。
アカネちゃんのうなじの色気や、背中のラインのなめらかさ、ウエストのくびれぐあい、……」
しばらくロベインの熱のこもった話が続いたあとで、
「ああいった、大人の魅力は、まだローズには理解できないだろうね」
「ロベインさんのご指摘は、否定しませんが」
ローズはため息をつくと、つぶやいた。
「着替えを覗くのは感心しませんね」
「そ、それは違う!
勝手に、着替えを始めただけだ」
ロベインがあわてて否定する。
「ああ、あれですか。
冒険者にも困ったものです」
ローズはロベインの言葉の意味を理解すると、今度は冒険者に対してため息をもらす。
ローズは冒険者の悪癖の一つとして、ところかまわず着替えることをあげていた。
冒険者の着替えは、魔法でも使用したかのように、ほとんど一瞬で行われている。
だが、目をこらせば、着替える直前のほぼ全裸に近い状況を確認することが出来る。
私が、この仕様に気がついたときは飛び上がるばかりに喜んだ。
私が取材と称して、美麗な冒険者を応接室に招いては、「執筆の参考に装備品を変更して欲しい」と要請したものだ。
冒険者にとっては、1/30秒の事だ、気がつかないだろう。
この世界の人間で指摘する人もいないだろうし。
だが、現実は非常に厳しい。
装備変更の瞬間の様子が動画サイトに投稿されてから1週間もかからず、仕様が変更された。
「ロベインさん。
ひょっとして、冒険者に装備変更を頼みませんでしたか?」
「そ、そんなことはない」
「本当ですか?」
「ああ、「この村で織られている衣服も似合うでしょう」と言っただけだ」
「わかりました」
ローズは食事を終えると、立ち上がる。
「?」
ローズは、見上げた空に赤い煙が上がっていることに気がついた。
「ロベインさん!」
「どうした、俺は道具屋で、ってあれは!」
ロベインは、ローズが指し示す方角に視線を移すと、驚愕の表情を見せる。
「緊急招集だな!」
「ええ、急ぎましょう」
ローズとロベインは互いに頷くと、全速力で村まで掛けていった。