第 2話 再会は、あまりにも唐突だった。
私が村を出てから、2年が経過した。
その間、私は王都を離れることなく、執筆活動に専念していた。
「締め切りに追われるまでは、ぐうたらするばかりの毎日でしたね」
「締め切りが来ても、王都内を逃げまどう毎日でしたね」
「一対二では不公平だろう」
私はいつものように、書斎で執筆作業を行いながら、レフトス、ライトンの言葉に反論する。
「人数は関係ありません。
事実かどうかが問題です」
「私が言いたいのは、追いかけっこで一対二は卑怯だといっているのだ」
私はライトンの誤解を解こうとした。
「締め切りさえ守れば、追いかけることはありません」
「別に一対一でも構いませんよ。
その場合、けがの保証はしませんが」
私の言葉は2人にとって逆効果であったようだ。
「作家の腕をなんだと思っているのだ」
「そのような言葉は、締め切りを守ってから、言ってください」
レフトスは話を打ち切ると、2人とも部屋を出て行った。
私は、「お前は俺の、はかいしん!」シリーズの新作「整理券を右手にお持ち下さい」の執筆作業をしていた。
「やっぱり、委員長はポニーテールだよなあ」
私が第一作目を読み返した感想に反応したのか、目の前の応接机が光り出した。
「そうか、お前もそう思うか」
目の前の光を眺めながら、しみじみとつぶやいた。
輝きだした光の中から、人型の輪郭が浮かび上がる。
「まさか、私の妄想に反応して、破壊神が召喚されたのか!
シェリーちゃんなら最高だ!
ニュル様でも構わない!」
私は、小さく叫び声を上げながら、誰が登場するのか待っていた。
現れたのは黒目黒髪の男の子だった。
10歳前後だろうか。
「誰だ。
この部屋が、異世界チートたる作家の華麗なる書斎と知っての狼藉か」
私は目の前の男の子を問いつめる。
「せ、先生……」
男の子は、倒れるとそのまま意識を失った。
「先生(笑)、また何か問題ごとを起こしたのですか」
ライトンはため息混じりに書斎に入ると、
「……。いくら先生(笑)でも、子どもを倒すなど」
「ち、違う。
急に目の前に現れたら、そ、そ、そのまま倒れたのだ。
わ、私のせいじゃない」
私はライトンが発した殺気に冷静な態度で回答すると、男の子の右腕を握る。
「まだ、生きているぞ!」
「そうですか。
ひとまず子どもの回復が先ですね」
ライトンは、慎重に男の子の様子を伺いながら、服を脱がす。
「回復してから、話を聞きましょう。
先生(笑)の処分方法は話を聞いてからです」
「処分が決定なんて、おかしいよ」
私は、男の子の治療に邪魔にならないようぼやいた。
男の子は、客人用の寝室にあるベッドで静かに眠っていた。
急な来客にも対応できるよう、用意を欠かさなかったライトンとレフトスの2人には、感謝をしておこう。
「客人なんてめったに来ないから、手入れが簡単だな」
「そうですね。
先生(笑)には、無用のものと思っていましたが、ごくまれに役に立つことが有るのですね。
もはや、奇跡とも呼べる話です」
素直じゃない奴らだ。
男の子が倒れたのは、精神的な疲労によるもののようだ。
ライトンの見解では、ゆっくりと休めば問題ないようだ。
「まあ、異世界チート作家の私の手にかかれば、この程度問題ない」
「先生(笑)は、ただただ、頭をかかえていただけですが」
「まあ、私たちの邪魔をしなかった点だけは評価できますね」
「何をいう、私の出る必要があるほどの問題ではないので、お前達の仕事ぶりを評価しただけだ」
「では先生(笑)、お仕事にお戻り下さい」
「既に、締め切りのことをお忘れのようですね」
私は、男の子を看病する機会を失った。
「さすがだ。
これで、異世界チート作家の私の才能を疑う者はいないだろう」
私は、仕上がった「お前は俺の、はかいしん!」シリーズの最新作「新打線対最強の救援陣」の原稿を前にして自画自賛していた。
「野球部と部費を賭けた対決ですか。
このようなお約束ネタは、せめて中盤あたりまでにするものです。
この時期に掲載するなんてあり得ません」
ライトンは原稿の最初の部分を読んで評価した。
「オチが破壊神ボール24号「カレーもいいけど、サバでも、豚足でもないボール」とか理解できないのですが」
レフトスは、終わりの部分を斜め読みして感想を述べる。
「まだまだ甘いな諸君」
私は2人にだめ出しをする。
「これは、新球技「グロリアスボール」の誕生回なのだ!」
「な、んだと?」
「新時代にふさわしいスポーツを開発し、世界に普及させる。
五輪競技の正式種目にし、北米を中心としたプロリーグを成立させ、スター選手を排出する。
彼らは、新たな時代の英雄として多くの子ども達のあこがれとなるだろう。
そして、私がグロリアスボールの開発者兼協会会長となった暁には、商品開発メーカーからの協会維持費と超一流企業からのスポンサー料によって、我が世の春を謳歌し、毎日鰻重を食べながらルートビアを飲むのだ!」
私の崇高なる野望の宣言の前に、2人は静まりかえっていた。
決して、「何考えているの、こいつ?」という顔などしていないはずだ。
ましてや、昔読んだ漫画をヒントにしたとは思うまい。
なぜなら、この競技にはロープは使用しないから。
レフトスは、意を決した表情で、私に話しかけた。
「安心してください、先生(笑)。この世界には、ウナギはいませんから」
「なんだと」
「ルートビアだけならば、何故かあるのですけどね」
「ざ、残念」
私の計画は最初の段階で頓挫した。
「だいいち、原稿の依頼は「整理券を右手にお持ち下さい」だったはずではないですか」
ライトンは俺の心の痛みを慰めることなく、原稿を督促する。
「それなら、ここにある」
「そ、そんなばかな……」
「ありえない。
せ、先生(笑)に限ってそんな芸当など、できるはずがない……」
2人の青年は、天変地異の兆候を感じた予言者のようにうろたえる。
「やれやれ、あきらめてきちんと現実を受け入れるのだな」
私は2人をなだめながら、2人に質問する。
「あの子どもの様子はどうだ?」
「久しぶりにまともな質問を聞いた気がします」
「気のせいではない、久しぶりなのは事実だ」
「そんなことより、子どもの様子はどうだと聞いている」
「失礼しました。」
「先ほど、目が覚めて、「先生とお話したいと」言っております」
「体調はどうだ」
「話しだけなら、問題ないかと」
「わかった。これから向かう」
子どもが休んでいる部屋に向かう途中、私は2人に質問する。
「一体、あの子どもは誰だろう?」
「……」
「……」
2人の青年はお互いの顔を見合わせると、安堵の表情を見せた。
「いつも通りの先生(笑)で、安心しました」
「仕事のしすぎで、おかしくなったと思いましたが、大丈夫のようですね」
非常に失礼なことを言われたようだが、子どもの正体が気になる。
「あの子どもは、ローズ・レクチャーです」
「誰だ?」
「さすが、先生(笑)」
「ようやく、普段どおりにもどられた」
「わけがわからない」
「レナロダ村の村長のところにいた子どもです」
「2年前に立ち寄った村ですよ」
「わかっている。
名前が、思い浮かばなかっただけで、確認しただけだ」
あとで、世界地図を確認する必要があると考えながら、私は寝室の扉を開けた。