妹は客席、私は厨房。私の料理を「妹の手作り」として振る舞う家の、最後の晩餐を作ります
「お姉様、今度の魚は、あまり骨を残さないでね」
妹は厨房の戸口からそう言った。
白い手袋をはめた指で、鼻先を押さえている。
「前は残していないわ」
「でも、気になるの。お客様の前で探すのは嫌だもの」
私は抜き終えた小骨を皿の隅へ寄せた。
窓の外はまだ薄暗い。妹のネルヴィは、これから仕立屋へ行くのだという。今夜の夕食会に着るドレスの最終調整だった。
私、ロゼニア・ケルヴァンは二十二歳。妹は十九歳。
私の母は十一年前に亡くなった。父が再婚したとき、継母が連れてきたのがネルヴィだった。父の養女になってから、私たちは姉妹として暮らしている。
「あと、手紙のお返事。できている?」
「机の上に」
「ちゃんと、私が書ける言葉にしてくれた?」
返事をしないでいると、ネルヴィは唇を尖らせた。
「この前の、なんとかの乳化っていうの。あんなこと書かれたら、写すのが大変なのよ」
鍋の中で湯が鳴った。
沸騰させたくなかったので、私は火から少しずらした。
「今日は短くしたわ」
「よかった。じゃあ、夕方までにお菓子もお願いね」
妹が出ていくと、下働きのマルタが薪をくべる手を止めた。
何か言いかけて、結局、黙って火ばさみを戻す。
「その薪、今は足さなくて大丈夫」
「はい、ロゼニア様」
私の名を呼ぶ声は、この家では厨房にいるときが一番多い。
食堂では、妹の名がよく呼ばれていた。
◇
私が料理を覚えたのは、母が生きていた頃だ。
病気がちだった母には、食べられない日があった。
料理人が作ったものをそのまま戻すのが申し訳ないと母が言うので、私は老料理人の傍らで、少しだけ口に入れられるものを考えた。
果物を煮る。裏ごしする。冷ます。
昨日食べられたものが、今日は駄目なこともあった。
それでも、小さな器が空になった日は嬉しかった。
母の死後も、私は厨房へ通った。
再婚した父は顔をしかめたけれど、継母は許してくれた。
「好きにさせてあげましょう。あの子も気が紛れるでしょうから」
当時は、優しい人だと思った。
老料理人が引退したのは、私が十七歳のときだった。
代わりに雇われた料理人は半年で辞めた。仕入れの予算を削られたうえに、継母の客のために品数だけ増やされたからだ。
次の人が来るまで手伝ってくれないか。
父にそう言われてから、もう四年半になる。
今は、日々の煮炊きは料理女中のマルタとその母が担当している。私は献立と仕入れを決め、客を招く日は朝から火の前に立った。
肉屋への支払いが遅れれば頭を下げ、傷みの早い野菜が多ければ先に使う。
その仕事に賃金は出なかった。
「家族の食事を作っているだけでしょう」
継母は言った。
けれど、その家族の食卓に、私の席が用意されることは滅多になかった。
服に匂いがついている。
手が荒れている。
今から着替えては客を待たせる。
夕食の皿を送り出すたびに理由は変わって、私は厨房で切れ端を食べた。
妹が料理上手ということになったのは、一年ほど前からだ。
あるお茶会で、客が私の焼いた菓子を褒めた。
ネルヴィは、少し手伝ったのだと言った。
実際には、焼き上がった菓子に粉砂糖を振っただけだった。
継母は訂正しなかった。
次のお茶会では、妹が作ったことになっていた。
止めてほしいと言うと、継母は面倒そうに答えた。
「身内の手柄でしょう。あなたも嬉しいじゃないの」
嬉しくなかった。
でも、私が作ったと客の前で言う勇気は出なかった。父に訴えても、家の恥を外に出すなと言われた。
黙っていれば、その夜は揉めずに済んだ。
翌朝には、また仕入れがあった。
そうしているうちに、妹に縁談が来た。
相手は、王宮の副料理長を務めるベルトラン・エルヴェ。
男爵家の三男で、自分から料理人の道に進んだ人だった。
今の国王は美食家で、王宮の料理人をたいそう大事にしている。貴族の子息がその厨房で働くことも、珍しくなくなっていた。
継母は何より、妹が王宮へ出入りできるようになることを喜んだ。
彼は妹の菓子を食べ、作り方を尋ねた。
妹は、その場では恥ずかしいと答えた。
後日、私が書いた説明を妹が清書して送った。
返事が来た。
私が読み、私が考え、妹が写した。
何度も、やめようと思った。
けれど、ベルトラン様の手紙は、読んでいて楽しかった。
同じ果物でも収穫の時期で水分が違うこと。王宮で出した菓子が、思ったほど食べてもらえなかったこと。
私の工夫を、細かく尋ねてくれた。
相手が私だと思われていないことを、しばらく忘れた。
その弱さの分だけ、妹の嘘は大きくなった。
◇
「卵、今日は少ないんだ」
朝市の卵屋で困っていると、背後から声をかけられた。
「うちの分を三つ回そうか」
振り返ると、食堂主のラウリック・ヴェストが籠を下げていた。
私より六つ年上で、市場の端にある〈楡の木亭〉を営んでいる。
「お店で使うでしょう」
「昼の煮込みにはいらない。夜は別のものにする」
「でも」
「三つなら、譲っても夜の献立を変えれば足りる。いつもの値段でどうですか」
それなら取引だった。
私は三つ分の代金を渡し、卵を受け取った。
市場で顔を合わせるようになって、二年になる。
ラウリックさんは、私が子爵家の娘だと知ったときも、呼び方以外は変えなかった。料理人組合で修業を終えたあと、亡父の食堂を継いだのだと、彼自身のこともその頃に聞いた。
「今日も客か」
「妹の婚約者がいらっしゃるの。婚約披露の夕食会の打ち合わせも兼ねて」
「それは忙しいな」
彼は私の籠を見た。
魚と香草、根菜。上に乗せた紙包みには、安く譲ってもらった小さな梨が入っていた。
「梨、食事のあとに?」
「ええ。丸ごとだと見栄えがしないから、切って焼き込もうと思って」
「それ、食べたいな」
簡単に言うから、私はつい笑った。
「形の悪い果物を見るたびに、そうおっしゃいますね」
「あなたが持っていくと、大体うまいものになるから」
以前、熟しすぎた杏を煮たことがあった。
材料を安くしてくれた果物屋へのお礼に小瓶を持っていき、そこに居合わせた彼にも味見をしてもらった。
後日、食堂用に買いたいと頼まれたけれど、継母に止められた。
子爵家の娘が、品物を売り歩くなんて、と。
そのとき、ラウリックさんは言った。
『いつか外で働く気になったら、話を聞かせてください。うちは菓子まで手が回らないから』
私はずっと、その言葉を覚えていた。
「あのお話、まだ有効ですか」
彼が籠から目を上げた。
「菓子を、買ってくださるお話」
「もちろん。ただ、毎日となれば、きちんと条件を決めたい」
すぐに、来いとは言わなかった。
「作れる量と、場所と。まずは、そこから」
私は、卵の包みを握り直した。
「相談に伺ってもいいですか」
「明日は休みだから、午後なら」
市場の人が荷車を引いてきて、私たちは脇へ寄った。
別れる前に、彼が梨を指した。
「今日のも、一切れ残ったら買いたい」
残るかどうかは分からなかった。
だから、約束はしなかった。
◇
その夜も、食堂から笑い声が聞こえた。
焼いた魚を送り出し、梨の菓子を切り分ける。
包丁を入れると、薄い生地が小さく鳴った。梨は水気を飛ばしてから並べたので、底まで焼けている。
端の一切れを皿に移したとき、給仕の青年が戻ってきた。
「ネルヴィ様がお呼びです」
嫌な予感がした。
食堂の扉を開けると、妹がこちらを振り返った。
「この方がね、屋敷の厨房を見たいんですって」
ベルトラン様が席を立った。
まだ三十歳になる前だと聞いていた。きちんとした上着を着ていても、右手の甲には細い火傷の跡があった。
「突然のお願いで申し訳ありません。魚の火入れが見事だったので、竈を拝見したくなりまして」
妹は笑っていた。
けれど、卓の下で指がドレスをつまんでいる。
「今は散らかっていますから。ね、お姉様」
継母が口を挟んだ。
「この子は厨房の管理を手伝っておりますの。ネルヴィが料理に専念できるように」
私は、前掛けの濡れたところを指でつかんだ。
「今日は私が魚を焼きました」
言えたのは、それだけだった。
妹がすぐに頷く。
「仕上げはお願いしたの。昼間は仕立屋が長引いてしまって」
ベルトラン様は私に礼を言った。
何も知らない人に、不審がる理由はない。
「では、次の機会に。披露の宴が済んで落ち着いたら、一緒に作りませんか、ネルヴィ嬢。今度は私が、あなたに教えていただきたい」
妹は、ぜひ、と答えた。
厨房へ戻ると、端の梨の菓子が残っていた。
私は紙に包んで、籠の底へ入れた。
明日の午後、持っていこうと思った。
◇
ラウリックさんは、私の話を途中で遮らなかった。
休みの食堂は静かで、卓の上には水差しと、二つの皿があった。
彼は梨の菓子を半分ほど食べたあと、私の家のことを聞いた。
私は妹の名で送っていた手紙の話までした。
「最初の一通で断るべきでした」
膝の上で手を組んだ。
「手紙を読むのが、楽しみになってしまって。私の考えを聞いてくれる方がいることが嬉しかったんです。でも、妹が返事を書いたことには変わりません。私が書かせたようなものです」
「妹さんは、手紙の中身を知らなかった?」
「写してはいました。料理も、自分で作ったと……」
彼は少し黙った。
「その相手には、伝えた方がいいと思う」
私は頷いた。
「はい」
「仕事の話は、それと別にしよう」
ラウリックさんは皿を脇へ寄せ、紙を広げた。
菓子の売上から、材料と薪の代金を引く。残った額を、店と私で分ける。
私が仕込みに使えるのは朝の開店前と、昼の客が引いたあと。まずは週に三日、二種類だけ。
失敗した日に誰が損を負うのか。売れ残りはどうするのか。
聞けば聞くほど、外で働くということが具体的になった。
「寝るところは、どうしますか」
それだけは、まだ決まっていなかった。
手元にあるのは、母方の祖父が生前にくれた小遣いの残りだ。服を買い替えることも少なかったので、少しは取ってあった。
ラウリックさんは、通りを挟んだ向かいの建物を指した。
「組合の賄いをしている未亡人が、二階を貸している。空きがあるか聞いてみるといい。俺が大家だと、仕事まで断りづらくなるだろうから」
その午後、私は彼と一緒に向かいの扉を叩いた。
大家のジータさんは、まず部屋を見せ、それから家賃を教えてくれた。
窓は小さかったが、鍵があった。
母の形見の箱と着替えなら、十分に置けそうだった。
その晩、父に家を出たいと告げた。
「馬鹿なことを。どこへ嫁ぐつもりだ」
「嫁ぐのではありません。働きます」
継母が、はしたないと言った。
私は昼間に聞いた家賃と、仕事の条件を話した。
成人した未婚の女性が働くための届けは、市の役所で出せる。家を借りれば、食材商との契約も自分の名で結べる。
ラウリックさんに教えられ、その足で窓口でも確かめてきた。
「家名を店の宣伝には使いません。借金もしません。家のものも持ち出しません」
「ネルヴィの披露宴はどうするの」
継母が尋ねた。
私がこれからどこで暮らすのかより、そちらが先だった。
「あと三週間でしょう。献立も仕入れも決めてあります。そこまでは作ります。その翌朝に出ます」
父は私を睨んだ。
「出ていくなら、戻れると思うな。働いて駄目だったからと泣きつくことは許さん」
喉が詰まった。
それでも、はいと答えた。
翌朝、継母は当日までに片づける仕事を紙に書いて渡した。
私はその余白に、退去の日付と、以後は料理を引き受けないことを書いた。
「分かっているわよ。何度も言わないで」
継母は紙を取り上げて、父の執務室へ持っていった。
◇
私はベルトラン様に手紙を書いた。
今までお送りした料理の説明は、私が考えて下書きしたものです。
お召し上がりになった菓子も、私が作りました。
妹本人の仕事だと思わせたままにしていたことを、お詫びします。
書いてから、一度、便箋を伏せた。
これを送れば家族に責められる。
妹の縁談を壊したと言われる。
けれど、三週間後も黙って出ていけば、彼は何も知らないまま結婚の準備を進めてしまう。
私は封をした。
市場へ行く途中、自分で王宮宛ての郵便に出した。
返事は四日後に届いた。
私が返送先に指定した、ジータさんの家だった。
『お知らせくださり、ありがとうございます。
ネルヴィ嬢には直接、事実を確認します。
あなたに代わりに話してもらうことも、証明のためにもう一度料理を作ってもらうことも、求めません。
ただ一つ、私からあなたへ書いた手紙は、お読みになりましたか』
私は、読みました、と返した。
妹に頼まれて答えたことも、途中からやり取りを楽しんでいたことも書いた。
その日の帰宅後、継母に頬を叩かれた。
「何を送ったの」
ベルトラン様から、妹宛てに照会の手紙が来たのだという。
「本当のことです」
「家族に相談もせずに!」
頬が熱かった。
私は、妹の部屋の前に立っている父を見た。
「何度も、やめてほしいと申し上げました」
父は答えず、部屋の扉を閉めた。
数日後、ネルヴィは私のところへ来た。
厨房ではなく、部屋まで来たのは久しぶりだった。
「手紙は手伝ってもらったと答えたわ。お料理だって、お姉様と二人で考えたって」
「二人では考えていないでしょう」
「私だって、甘い方が好きとか言ったじゃない」
妹は、私の荷造りした箱を見た。
「お姉様、あの方が好きなの?」
「違うわ」
「じゃあ、どうして邪魔をするの」
私は、畳んでいた服を箱へ入れた。
「結婚したあと、どうするつもりだったの」
「一緒に来てもらえばいいでしょう。お母様も、そう言っていたわ」
知らなかった。
私は手を止めた。
「聞いていない」
「だから、今からお願いしようと思っていたの。屋敷より立派な厨房よ。お姉様も嬉しいでしょう?」
妹は本気で、いい話をしているつもりだった。
「行かないわ」
私は言った。
「誰に頼まれても、行かない」
退去まであと一週間になった日、継母が六人分の名を書いた紙を持ってきた。
「来月の菓子の教室よ。当日は、あなたも手伝ってちょうだい」
紙の上には、ネルヴィが花嫁向けに菓子作りを教えると書いてあった。
申し込みを取りまとめた親族の名と、受講料の額もある。
「私は来月、ここにはいません」
「一日くらい帰ってこられるでしょう。もう六人とも、お支払いは済んでいるのよ」
「教える約束はしていません。手伝いも引き受けません」
継母は紙を卓へ叩きつけた。
「材料を揃えて、横で少し手を貸すだけじゃないの」
「それなら、料理人を雇って頼んでください」
言い終えてから、膝が震えた。
継母が去ったあと、私は取りまとめ役の親族にも手紙を出した。披露宴の翌朝に屋敷を出るため、教室の仕事は引き受けていないと書いた。
◇
婚約披露の夕食会は、予定どおり開かれることになった。
ベルトラン様は、既に招待した両家の近しい親族の前で、料理の件を訂正するよう求めた。
私にも、妹に送ったものと同じ文面で知らせが来た。
妹は、当日、自分が一品作って実力を見せると答えたのだという。
それならば、と彼は実家の厨房を使う練習を提案した。妹が慣れた場所がいいと言うので、会場である私たちの屋敷で、夕食前に一緒に作ることになった。
継母は私に、隣で教えるよう命じた。
「何も一から教えなくていいのよ。簡単なお菓子でいいでしょう。手順を覚えさせて、当日は傍について」
「練習なら、作り方はお渡しします。当日の夕食を作りながら、別の厨房にはつけません」
私は、リンゴの焼き菓子の手順を渡した。
秤も用意した。
求められた二度の練習には立ち会い、火の扱いも説明した。
ネルヴィは一度目、爪が汚れると言って生地をこねなかった。
二度目には、どうせ当日も誰かいるでしょうと言って、半分で部屋へ戻った。
それでも、妹は父と継母には「できる」と言った。
継母は、無理に難しいものを作らなければ済む話だと思っていた。
私は夕食会の料理を減らした。
十二人分の温かい皿を揃えるのに、妹の練習を手伝った二日まで取り戻せるわけではない。
前もって切れるものは切り、冷やせるものは魔冷庫へ入れる。高価な魔石を使うその箱は、客の料理のためなら開けてよいことになっていた。
マルタと母親には、私がいなくなったあとの普段の献立を渡した。
仕入れ先と支払日も、帳面にまとめた。
「客の料理まで、お二人だけで引き受けないでね」
マルタの母親は、強く頷いた。
「雇い入れのときは、家族の煮炊きと洗い物という話でした。その分のお給金しか頂いておりませんから」
私にも、そう言えたらよかった。
今更だけれど、これからは覚えようと思った。
◇
当日の午後、裏庭の小厨房に火が入った。
夏場の菓子作りに使っていた場所で、主厨房より小さな竈がある。
ベルトラン様は上着を脱ぎ、妹の前に立った。
「今日は、どの菓子を?」
「リンゴの焼き菓子を」
「楽しみにしています。手伝うことがあれば言ってください」
私は挨拶だけして、主厨房へ戻った。
ここを離れるわけにはいかなかった。煮込みの鍋が二つ、焼く前の肉が一皿、客へ出す時刻を待っている。
しばらくして、ネルヴィが駆け込んできた。
「お姉様、砂糖はどの器だった?」
「手順と一緒に、札をつけて置いたでしょう」
「札が濡れたのよ。白いのが二つあるの」
私は手を洗い、小厨房まで行った。
一つは粉砂糖、一つは小麦粉だった。
塩は別の小瓶に入っている。初めて触る人が間違えないよう、形も変えておいた。
「こちらが砂糖です」
妹の隣で、ベルトラン様が静かに言った。
「触れば分かります。私が説明しましたが、あなたに確認したいとおっしゃって」
調理台には、殻の混じった卵があった。
妹は泡立て器を握ったまま、私を睨んだ。
「いつも使っているものと違うから、分からなくなっただけよ」
いつも、などなかった。
けれど、私は何も言わず、主厨房へ戻った。
次に呼ばれたのは、半刻も経たないうちだった。
今度は継母だった。
「焦げてしまったの。あなたの方の菓子と取り替えなさい」
私は、冷ましている梨の菓子を見た。
「これは十二人分です」
「少しくらい減っても分からないでしょう」
「ベルトラン様は、ネルヴィが作るところを見ていらっしゃいます。取り替えれば分かります」
継母の手が上がりかけた。
その向こうで、マルタが戸口に立った。
「お客様が、こちらにいらっしゃいます」
継母は手を下ろした。
ベルトラン様は入口で立ち止まった。
私の作業台と、継母とを見て、それから口を開いた。
「今夜の料理を、取り替える必要はありません」
妹は彼の後ろにいた。
「今日は緊張しただけです。母もお姉様も、私ならできると言っていたのに」
「緊張すれば、私も失敗します」
彼は答えた。
「ただ、あなたは二月前、焦げそうな菓子の底を守るために、鉄板を重ねたと書いていらした。先ほど私が同じ方法をお伝えしたら、その手紙のことを覚えていないとおっしゃった」
妹が黙った。
「手伝いを受けることは恥ではありません。でも、ご自分で書いた手紙だったと、今日もおっしゃいましたね」
私は濡れた布を畳んだ。
何度も、端が揃わなかった。
「ロゼニア嬢」
呼ばれて、顔を上げた。
「手紙の返事を、ありがとうございました。あなたが書かれたものだということは、分かりました」
「……申し訳ありませんでした」
「謝罪は受け取りました」
彼は、それ以上、私を慰めなかった。
そのことがありがたかった。
「本日の料理は、あなたのお仕事ですね」
「はい。マルタと、お母さんに手伝ってもらっています」
彼は二人にも頭を下げた。
「では、楽しみにしております」
◇
夕食は、時刻どおりに始まった。
前菜は豆と燻製肉の温かいサラダ。
魚は香草を詰めて焼き、肉には玉ねぎを長く煮たソースを添えた。
私は厨房に残った。
席を与えてほしいと、今日だけ頼むこともできたかもしれない。
でも、いま席についても、料理を出す二人が困る。引き受けた仕事は、最後まで終えたかった。
給仕が戻るたび、皿の残りを見る。
魚はほとんど空だった。肉を残した客が一人いて、給仕に聞くと、その方は近頃、脂を控えているのだという。
「次の菓子は、小さめに切ってもらえるかと」
「分かったわ」
私は一切れを薄くした。
焼いた梨の上に、ごく少量の蜂蜜を塗る。
扉の向こうから、父の声が聞こえた。
今夜の料理は長女のロゼニアが作った、と。
続いて、ベルトラン様が、これまで妹の作として紹介された菓子と料理の手紙についても訂正を求めた。
長い沈黙があった。
継母が何か言い、父が、長女のものだった、と答えた。
私は最後の皿を給仕に渡した。
そのあとで、少しだけ、作業台に手をついた。
「ロゼニア様」
マルタが、小さな皿を差し出した。
取り分けておいた、私たちの分の菓子だった。
「今、食べましょう。お皿は、あとで洗えます」
三人で、厨房の端の小卓についた。
梨は少し冷めていた。
よく焼けた端を噛むと、バターの匂いがした。
マルタの母親が、美味しいですね、と言った。
私は頷いて、もう一口食べた。
◇
翌朝、私は屋敷を出た。
荷物は二つの箱と、着替えの入った鞄だけだった。
屋敷の鍋も包丁も持たなかった。新しく買うものは、ラウリックさんと一緒に道具屋で値段を調べてある。
父は、使用人に荷車を出させた。
行き先を聞いた御者に私が住所を伝える間、父は門柱の傍らで黙っていた。
「今からでも、考え直していいのよ」
継母が言った。
妹の姿はなかった。
「あちらのお家とは、これから話し合います。あなたも、余計なことは言わないように」
「聞かれたら、自分のしたことは話します」
父が顔をしかめた。
「お前にも責任はあるのだからな」
「はい。手紙を代わりに書いていた責任はあります。ベルトラン様にも、そうお詫びしました」
ほかに何を言われるかと身構えた。
父は、もういい、と手を振っただけだった。
荷車は、馬車よりゆっくり進んだ。
私は御者台の隣で、パン屋が戸を開けるのを見た。窓を拭く人、荷を下ろす人、まだ眠そうに歩く人。
市場の通りへ入ると、ラウリックさんが店先を掃いていた。
箒を壁へ立てかけて、こちらへ来る。
「おはようございます」
「おはようございます」
声に出してみると、少し変だった。
仕入れの帰りではない。
今日は、この通りへ帰ってきたのだ。
◇
最初の菓子は、売れ残った。
十四切れ焼いて、売れたのは六切れだった。
通りを歩く人が皆、菓子を食べたいわけではなかったし、食堂の客も、昼から余分に金を使いたくはなかった。
「半分くらいにしようか」
閉店後、ラウリックさんと帳面を見た。
「明日は八切れにします。あと、少し小さくして、値段を下げてもいいでしょうか」
「原価は?」
私は計算を書いた紙を見せた。
彼は覗き込んで、ひとつの数字を指した。
「薪が抜けている」
「……本当だ」
屋敷では、一度に何品も火を使っていた。
菓子のためだけに竈を温める分まで、うまく考えられていなかった。
「うちのパンを焼いたあと、余熱でいけるか試そう」
ラウリックさんは言い、売れ残りを一つ食べた。
「味はいい。ただ、昼の客には少し大きい」
「それなら、初めからそう言ってください」
「俺は、この大きさでも食べられるから」
彼は皿を見下ろした。
もう半分なくなっていた。
私は笑ってしまった。
笑ったあと、明日の分量を書き直した。
◇
妹の婚約が解消されたと聞いたのは、一月ほど経ってからだった。
ベルトラン様から私宛てにも手紙が来た。
妹の名誉に関わることなので詳細は控えるが、婚約は白紙になったこと。私の退去のせいだと家族から申し立てがあったものの、原因は、確認後も事実と異なる説明が続いたことだと伝えてあった。
彼は最後に、王宮の厨房への見習いを希望するなら、正式な試験の日程を案内できる、と書いてくれた。
私は礼状を送り、今は市場の食堂で菓子を作っていると答えた。
誰かと交代して竈を使うことも、客に合わせて量を変えることも、まだ覚えている途中だった。
継母が受講料を集めていた料理教室も、開かれなかった。
夕食会に出た親族から訂正の話が広がり、受講するはずだった令嬢たちの家が、実際に誰が教えるのか問い合わせた。
取りまとめ役の親族から私にも問い合わせが来たので、以前に手紙でお伝えしたとおり、講師も手伝いも務めないと返事をした。
受講料は全額返された。
家族ぐるみで娘の腕前を偽って縁談を進めたという話は残った。継母が菓子を持っていけば、誰が作ったのかと尋ねられるようになったという。
屋敷では新しい料理人が雇われた。
父は、相場どおりの給金と、客の多い日の手当を支払うことになった。
仕入れの代金を滞らせれば人が辞めると、今度の料理人は契約前にはっきり言ったそうだ。
マルタが、休みの日にその話を教えてくれた。
「そんなに払えるなら、ロゼニア様にも払ってくださればよかったのに」
私は返事をしなかった。
その代わりに、彼女の頼んだ梨の菓子を箱に入れた。
今日は家へ持って帰る分だからと、マルタは代金を置いた。
◇
家族が店に来たのは、それから十日ほどあとのことだった。
昼の客が引いた頃、見慣れた馬車が止まった。
父と継母と、ネルヴィが降りてくる。
私は、洗っていた型を置いた。
「話がある」
父は食堂を見回した。
ラウリックさんが、奥の卓を示す。
「そちらでしたら。お話は、お嬢さんがお受けになるならですが」
私は頷いた。
入口で大声を出されるよりよかった。
父たちの前に水を置き、自分も腰を下ろす。
継母は椅子に触れる前に、手袋で座面を払った。
「いつまで、こんなところにいるつもりなの」
「当分は」
「十分でしょう。あなたが怒っていることは分かりました。もう戻ってきなさい」
私は父を見た。
「戻れないと、おっしゃいませんでしたか」
「言葉尻を取るな」
ネルヴィが、卓の上へ身を乗り出した。
「ベルトラン様に、説明してほしいの。お姉様が大げさに書いたんだって。私だって、これから覚えるつもりだったでしょう」
「練習を二度、途中でやめたでしょう」
「だって、お姉様が教えてくれると思ったから!」
入口の鈴が鳴った。
私は反射的に顔を向けた。
遅い昼食を取りに来た、馴染みの荷運びだった。ラウリックさんが奥へ案内する。
ネルヴィもそちらを見て、それから声を落とした。
「……私を、こんな人たちの前で恥ずかしい目に遭わせたいの?」
私は、卓の木目を指でなぞった。
昨日、煮込みをこぼした子どもの母親が、何度も拭いていた場所だった。
「恥ずかしいのなら、嘘を続けるのをやめて」
妹が口を閉じた。
「料理を覚えたければ、教えてくれる人はいるわ。でも、もう私の料理を自分のものだと言わないで。私が引き受けたことにもしないで」
継母が、私の手を見た。
「本当にいいの? その手では、縁談も来なくなるわよ」
右手の人差し指に、小さな切り傷があった。
洗い物で少し沁みる。今日は早めに薬を塗るつもりだった。
「縁談のために、この手を隠す暮らしには戻りたくありません」
父は、しばらく黙っていた。
「店主に何を吹き込まれた」
「私が、自分から仕事を相談しました」
「娘を安く使っているのだろう。料理人一人雇う金を惜しんで」
思わず、顔を上げた。
「私が家で作っていたときは、いくらでしたか」
父の頬が赤くなった。
ラウリックさんは厨房にいた。
鍋の蓋が鳴り、彼が火を弱めるのが見えた。
「仕事の条件は、私が相談して決めました。見直しもできます。嫌なら、別の店で働くことだってできます」
最後は少し、声が震えた。
別の店でやっていける自信など、まだなかった。
けれど、ここを辞めたら父の許しを乞うしかないとは、もう考えたくなかった。
私は立ち上がった。
「今日は、このあと仕込みがあります。お話はここまでにしてください」
ネルヴィは最後まで、私を睨んでいた。
継母は水を飲まなかった。
父は店先で一度振り返ったけれど、私は厨房へ戻った。
竈の前で、ラウリックさんが鍋を混ぜていた。
「お茶、飲めますか」
私は頷いた。
彼は火を弱め、湯を注いだ。
「すみません。お店で、あんな話を」
「静かな時間でよかった」
彼はそれだけ言って、私の向かいに座った。
私は湯気を眺め、少しずつお茶を飲んだ。
◇
秋が深くなる頃には、菓子は大抵、夕方までに売り切れるようになった。
毎日同じように売れるわけではなかった。
雨の日は人が減る。給料日のあとは少し増える。梨が終わればリンゴに替え、寒くなってからは、温かいソースを添える日も作った。
ラウリックさんとは、意見が合わないこともあった。
小さな菓子を二種類選べる皿を出したいと言ったとき、彼は皿と給仕の手間を心配した。
私は、一種類を半分ずつではなく、最初から小さく焼けば崩れにくいと説明した。
結局、休み前の三日だけ試した。
注文は増えたが、片づけが追いつかなくなった。
今は、客の少ない午後だけ出している。
その日の賄いのあと、ラウリックさんが小皿を私の前に置いた。
昼に焼いた菓子の、よく色のついた端だった。
「これ、取っておいた」
「売り物の残りですか」
「賄い用に分けた方。端、好きでしょう」
私は皿から彼へ目を移した。
菓子を切るとき、端を自分の皿へ取ることはあった。でも、好きだと言った覚えはない。
「どうして分かったんですか」
「そこを食べるときが、一番うまそうだから」
彼は自分の茶を飲んだ。
私だけが、すぐに菓子へ手を伸ばせなくなった。
「見ていたんですか」
「……見てますね」
少し間があった。
彼が茶碗を置く音まで、はっきり聞こえた。
私は一切れ口に入れた。いつもと同じ味のはずなのに、飲み込むのに時間がかかった。
美味しいと言おうと顔を上げると、彼はまだこちらを見ていた。
その日から、二人きりの賄いで、時々、食べ方が分からなくなった。
彼の方ばかり気にして匙を止め、冷めるぞと言われる。
彼が客と笑っていると、用もないのに厨房の戸口まで行ってしまうこともあった。
ある晩、閉店後に片づけをしながら、小さな菓子の皿を試したときの話になった。
「全部うまくいくとは限りませんね」
私が言うと、彼は皿を拭きながら頷いた。
「そうだな。でも、あれを頼む客、嬉しそうだから」
彼は重ねた皿を棚へ戻した。
「なくすのは、惜しかった」
私は、最後の型の水を切った。
窓の外はもう暗い。
彼は、帰る私をいつも入口まで送ってくれた。向かいまでとはいえ、道を横切るときに荷車が来ることがある。
今日は、その扉の前で呼び止められた。
「次の休み、どこか行きませんか」
私は振り返った。
「仕入れですか」
「違います」
彼が、珍しく言い淀んだ。
「俺も、仕入れ以外で誘うことはあります」
おかしくて、笑いそうになった。
でも、彼の耳が赤かったので、笑わなかった。
「どこへ?」
「川向こうに、新しい菓子屋ができたそうだから」
「それ、仕事になりませんか」
今度は、彼も笑った。
「じゃあ、歩きながら決めよう。食べ物の店には寄ると思うけど」
私は頷いた。
「行きたいです」
向かいの扉まで行ってから、一度だけ振り返った。
彼はまだ、店先に立っていた。
「明日は、帳面も置いていきますね」
「俺も、仕入れの紙は持たない」
それで何を話すのだろうと、部屋へ入ってから考えた。
分からなかったが、困るのも少し楽しみだった。
◇
休みの日、結局、菓子屋には行った。
彼は焼き菓子を二つ買い、私には好きなものを選ぶように言った。
私は干した果物の入った、小さなパンを選んだ。
「菓子じゃなくていいのか」
「食べたかったんです」
「それなら、よかった」
川沿いの腰掛けで包みを開ける。
彼は二つの菓子を半分に割り、片方ずつ私にくれた。
私もパンを割った。
果物が片側に寄ってしまい、取り替えようとすると、彼はそのままでいいと言った。
「これくらいで、腹を立てませんよ」
「……気づいていました?」
「いつも、人の皿の方を多くするから」
私はパンを見た。
店で賄いを盛るときも、そうしていたかもしれない。
「癖です」
「今日は、好きな方を食べて」
私は果物の多い方を取った。
一口食べると、思っていたより酸味があった。
食べ終わったあとも、私たちは腰掛けに座っていた。
彼の父親が飼っていた犬の話を聞いた。店の客にはよく懐いたのに、彼が呼んでも来なかったらしい。
私も、子どもの頃に木から下りられなくなった話をした。
「それで、料理人が梯子を?」
「はい。降りたあと、叱られました」
「あなたでも、そんなことをしたんだな」
彼が笑った。
私も笑って、ふと、笑い終わった彼と目が合った。
「市場で会っていた頃は、そんな話、聞けなかった」
「いつも急いでいましたから」
「うん。あなたと話していると、あっという間に買い物が済んでしまって」
彼は川へ目を向けた。
「もう少し話したくても、引き止める用がなかった」
手の中で、空の包みが鳴った。
「……その頃から、ですか」
「その頃からです」
こちらを向き直った彼は、笑っていなかった。
「好きです、ロゼニアさん。店を閉めたあとも、休みの日も、一緒にいたい」
返事をしようとしたのに、喉が詰まった。
彼の顔をこんなに近くで見たのは、初めてではない。なのに、目を合わせていられなかった。
「急がなくていいです」
「違うんです」
慌てて顔を上げた。
「私も、閉店が近くなると、もっとお皿があればいいのにと思っていました」
彼が瞬いた。
「お皿?」
「片づけが終わると、帰る時間になるから」
言ってから、膝の上の包みを見つめた。
顔が熱かった。
「でも、お休みに会いたいと言っていただけて、嬉しくて……私も、好きです」
隣で、息を吐く音がした。
顔を上げると、彼は片手で口元を覆っていた。
「そういうことを言われると、困るな」
「困りますか」
「帰したくなくなる」
胸のあたりが、ぎゅっとなった。
私は、二人の間に置かれていた彼の手に、自分の手を重ねた。
大きな手がゆっくり裏返り、私の指を包んだ。
「今日は、まだ帰らなくていいです」
彼の親指が、私の指の付け根をそっと撫でた。
たったそれだけで、握った手に力が入った。
「ロゼニアさん」
呼ばれたので顔を向けると、思っていたより近かった。
彼の視線が一度、私の口元へ落ちた。
私は、つないだ手を少し引いた。
目を閉じると、唇に柔らかいものが触れた。
すぐに離れた。
けれど、彼の手は頬の傍に残っていた。
私はその手に触れ、もう一度、彼を見た。
「……もう少しだけ」
言い終える前に、彼が頷いた。
二度目は、私から顔を寄せた。
川沿いを歩いて帰るときも、手はつないだままだった。
通りが狭くなると、彼が一度、手を離そうとした。
私は握り直した。
「ここだけ、縦に並べば通れます」
彼が笑って、半歩前を歩いた。
私はその後ろについていった。市場の道は何度も歩いたはずなのに、今日は、角を曲がるたびに彼が振り返ってくれた。
◇
翌年の春、〈楡の木亭〉の窓辺に、小さな札を置いた。
――本日の菓子 ロゼニア。
最初は、姓まで書かなくていいのかとラウリックさんに聞かれた。
家名は使わないと父に言って出てきたことを話すと、それならこの名で覚えてもらおう、と答えた。
常連の子どもは、もう覚えていた。
窓から覗いて、今日は何、と聞いてくる。
「今日は、蜂蜜と胡桃の菓子」
「梨は?」
「秋まで待ってね」
がっかりした顔で去っていったのに、午後には母親と戻ってきた。
小さく切った菓子を二つ選び、片方を母親の皿へ置く。
私は厨房から、それを見ていた。
「ロゼニアさん、昼にしよう」
ラウリックさんが呼んだ。
客の途切れた食堂に、二人分の賄いを運ぶ。
先週、この卓で結婚を申し込まれた。
片づけが済み、私がいつものように帰ろうとしたときだった。
『毎晩、向かいの灯りが消えるまで見ているくらいなら、一緒に帰りたい。結婚してください』
私は、はいと答えてから、一緒に帰るのなら店の戸締まりも自分にさせてほしいと頼んだ。
彼は笑って、合鍵を作ろうと言った。
まだ日付は決めていない。店を何日休むのか、二階の物置を部屋にできるのか、ジータさんにはいつ話すか。
今朝、彼が鍵屋へ寄って受け取ってきた小さな鍵は、私の服の内側に下がっている。
今日はまず、食事だった。
「それ、私の皿ですか」
彼が置いた方には、肉が一切れ多かった。
「今日は、よく働いたから」
「あなたもでしょう」
私は一切れ、彼の皿へ戻した。
彼は困ったように笑い、今度は自分の皿から人参を一つ寄越した。
私はそれを食べた。
少し柔らかすぎると言うと、彼は、煮すぎた、と認めた。
窓の外では、春の市が始まっていた。
食べ終えたら、二人で果物を見に行く。
その前に私は、椅子へ深く座り直し、温かいスープをもう一口飲んだ。
~完~




