裏6話◆ミカン
背の高いスラッとした女性。傍から見れば美しくて可愛らしさも兼ね備えた才色兼備な憧れる存在。だけど、ワシにとっては恐怖の対象であった。
スマホを手にして私の方に向ける。
その女は鬼だった。
すぐさまその間に入るお母さん。そして、変わっていく姿。今度はお父さんが私を連れて逃げる。そして、私なら入れる小さな溝に押し込めた。そのお父さんもすぐに人ではなくなった。
私を置いて行かないで――。
突然、場面が変わった。あの時のお母さんと同じ動きをしている自分がいる。その時のワシの位置にはコハがいた。そして、目の前には女ではなく「じゃがいも」と言い放つ男。一か八かでカウンターの可能性に賭けてコハを守った。
ワシは両親と同じ結末を追うことはなく、無事にカウンターを成功させて。きっとあの男はじゃがいもにもなるのだろう。
そこで夢は終わった。
◆
午前は不思議な一日だった。
白熊が学校に現れたのだ。多分、誰かに変化させられたのだろう。白熊に成れ果てたソレが襲ってくる。何とか屋上まで逃げたものの、ソレは屋上まで追ってきた。
まさに絶体絶命。
そんな時にワシに不思議な力が宿る。
神様になったかのような高揚感。頭に流れ込んでくるトリセツ。周りに広がる黄色い景色。この中なら自由に武器を思い浮かべて、その浮かべた武器を現実世界に創造することができる。
昔は武器を想像するのが好きだった。男子みたいと言われてからは隠してたけど、本当は好きなんだ。そして、それを絵にして描くのが一番好きだ。
まさかこんな時が来るなんて思いもよらなかった。今、すごくイケイケだ。
圧倒的な火力で敵を押し詰める。まさに九死に一生を得てからの逆転劇。
しかし、そこにメリカがやって来てトドメを止めた。そこでその白熊がメリカの彼氏であることを勘づいてしまった。仕方ないので鎖で拘束することにした。
が、鎖が破壊されていく。殺さなきゃいけないのに、殺せなくなってしまった。結局、コハがトドメをさした。
その彼女を責め立てるメリカを見て確かに感じた。やっぱりあの白熊の正体は――。少し俯いた。
何も知らないコハが可哀想に思えた。
ワタシはコハを連れてそこから逃げ出した。多分、ワシなりの現実逃避だった。
◆
帰宅途中、その帰路にて市長を名乗る機械が襲ってきた。コハを狙っているみたいだ。そこでコハを先に行かせて、ワシが足止めすることにした。
二人きりとなる静かな路地。
その男は少し話をしようと言う。「この街の秘密を伝えよう」と何と知らない事実を教えてくれるみたいだ。
耳を傾ける。
「ワシは以前、ある技術開発機密に参加していた。そこのトップは、かの三杖士ペルバ。」
三杖士とは世界において四番目に強いとされる英傑の三人である。その内の一人がペルバであった。
「ペルバは歳で跡継ぎを考えていた。そこで能力の跡継ぎを作るために作り上げられた機密機関だ。そこではその女の"人を違うものに変える能力"をスマホに落とし込む。つまり、アプリにする研究と開発が行われた。」
「それって――。」
「今この街の現状はその機密機関によって作られたと言って過言ではない。ワシもそれに関わった。だからこそ、少しでも罪滅ぼしをするために尽力を注いでおる。そこにいた仲間も贖宥のため尽力注いで働いておる。それがベルフェゴールがこの街で心血注いで働く理由だ。」
まさかそんな理由があったなんて。
どうしてだか悪い人には見えなくなった。
「ワシはこのイカれたゲームを終わらせたい。だが、直接ペルバに申した所で何にもできない。だから、人質がいるんだ。」
「人質……?」
「そうだ。ペルバの孫娘であるコハを人質に取れば、きっと大切な孫娘の命を選んでこのゲームを終わらせてくれるはずなのだ!」
「このゲームの黒幕が……コハのおばあちゃん?」
その後の会話は覚えていない。すぐにそのアデイルがどこか遠くへと飛んでいったからだろうか。少しモヤッとした思考だけが取り残された。
◆
コハのおばあちゃんの件は切り出せられない。
それ以上にメリカが彼氏のルーボを殺した件を責めてくる。だけど、言い逃れできない。追い詰められていく。
心が潰れていきそうだ。
◆
コハが主導で旅に行くことが決まった。この頃にはメリカの八つ当たりは見なくなり、安定した関係を築けていた。
私達は旅に向けて一同がコハの家に集まる。
しかし、そこにどうしてかメリカがいた。
そこで過ぎる怒り狂うメリカの姿。またメリカとコハとで激しい対立が起きてしまうような気がした。やはり、彼女に対してあたりが強い。対立する未来しか見えなかった。
対立するとて、ワシには何ができるのだろうか。おさめようとすれば板挟みになり精神がすり減っていく。じゃあ、何もしないのなら? 傍観に徹しればワシへの被害は最小限だろう。だけど、その後に激しい自己嫌悪がやってくる。だから、何もしない訳にはいかなかった。
一度家に戻って再び未来を想像する。嫌な結末しか思いつかない。考えれば考える程に吐き気がする。
もう心が限界だ。
思わず手に取ったスマホ。気付けばコハと電話していた。心よりも先に手と口が動いているみたいだ。
結局、話し終えても結論は出ず。残ったのは「なんてこんなことやってるんだろう」という自己嫌悪だけだった。
それからは自分自身との戦いだった。
この自己嫌悪の発症に名称をつけるならなんてつけようか。いくら考えても名状は思いつかない。
布団にくるまって瞑想する。だけど、ずっと迷走中だ。夢の中だけでもいいから明鏡止水のような無の空間に入りたい。そして、無双したい。まあ、無理そうだ。
最後に残る問いは一つだけ――。
私は旅に行きたいの? 行きたくないの?
ワシは旅に――「行きたいなぁ。」
◆
それでも踏ん切りが付かなかった。けれども、旅の日程は明日に迫っている。だから、最後の機会としてコハに直接会うことにした。
会っただけで確信した。ワシはコハと共に旅に行きたい。これは間違いない本心で、もうどんな逆風になろうと覆らない。
胸で高まる高揚感。今なら不安も何も感じない。どこかしら無敵感すら感じてくる。
私は家を出ようとした。
その時、コハのおばあちゃん――ペルバが帰ってきた。
頭に過ぎる市長との会話。その時に教えて貰った事実がホントかウソか気になった。今の心なら私は直接聞くことができる。
秘密が秘密でいられない。
だから思い切って「市長さんが言ってたんですけど、おばあさんはこのゲームの首謀者なんですか?」と訊ねてみた。普段なら突飛として突然そんなことを言うことはないけど、この高揚した今だからこそ口に出した気がする。
そして、ワシはすぐに思った。
ワシって――甘いな。
世の中を甘く見すぎている。つめが甘い。ほんとに甘すぎて――馬鹿だった。逃げられない。私は開けていけない真実を開けてしまったって気付いたの。
いつの間にか杖の先がワシに触れている。いつの間に杖が現れた?
「それを知ったら、もう生かしておけないねぇ。【パフェ】!」
ワシの身体が変化していく。おかしくなっていく。
ワシはいったい今、何になっているのだろうか。手足は動かせないどころか存在しない。体すら微塵たりとも動かせない。声すら出せない。何もできない。
ふと通りかかった鏡。パフェの姿がそこにあった。ワシはパフェに変えられたのだ。
ゲームの鬼はスマホを使って捕獲する。けれども、ペルバは杖で捕獲した。つまり、鬼を凌駕した存在であるのだろう。やっぱり首謀者なのだろうか。それなのに安易に口にした結果がこれだ。本当に私は甘かった。
コハの目の前に置かれた私。
律儀にスプーンも用意された。
死にたくない! 食べないで!
そんなこと口に出せない、表情や動きで示せないので伝わらない。ただじっと待つことしかできない。
頭が齧られるような感覚だ。
ソフトクリームの頭が抉られる。身体のいちごやストロベリーアイスが引きちぎられる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
体内の臓器にあたるコンフレークやマシュマロ、ジュレなどがぐちゃぐちゃにかき混ぜられては消えていく。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
空っぽになった私。
もう何も考えられない。何も考えたくない。私がどうなっているのかも――。もう全部どうでもいいや。どうせ考えた所で何にもならないんだから。
外殻だけになった私。
パフェの私は、きっと入っていた中身が全部食べられたのだろう。感覚で大体そうだと分かる。
それでもまだ生きている。パフェグラスになった私はまだ意識がある。
足元が一瞬だけゴムのようなラバー素材に変わった気がした。案の定、ペルバは一瞬だけ杖を持っていた。
そのせいで躓くコハと欠ける私の体。
それでも私はまだ生きている。
突然、用意される袋。その袋の中に板が用意された。何をするつもりだろうか?
次の瞬間、ペルバはワシをその板目掛けて振りかぶって落とすように投げつけた。
パリン――。
硝子の体がバラバラに滅茶苦茶になった。
光に反射してキラキラと輝く私の体の破片達。私の見たその景色は何故だか濡れていた。
ごめん。旅にはいけないみたい。
ごめんね。
さよなら――。




