裏1話◆ビオエクス
【しりとり変身ゲーム】
それは都市フィリップ内において行われるある意味デスゲームの名称である。参加者は都市フィリップの中にいる全人類。以下にルールを記載する。
一、ゲームはスマートフォンと専用アプリを使用する。
――スマホ不所持者は魔法によって手元に支給される。破損、紛失等した場合は、魔法の力により手元にて復活する。充電が無い場合は魔法の力により自動的に充電される。
――スマホにはアプリが自動的にインストールされる。そのアプリは勝手に起動される。
一、ゲームは一人の鬼とその他に分けられる。
――通常の人間が、鬼に捕獲されると物体及び生物等の存在に変えられる。それ故に、人として生きたければ鬼から逃げなければならない。
――都市フィリップでは都市外へと行くことが出来ない。透明なバリアが都市フィリップを囲むように存在しているからだ。一方、都市内に入ることは可能である。
一、鬼はスマホを用いて人々を捕獲する。
――鬼は十歳以上の人類からランダムで選ばれる。鬼が死亡及び消滅、変化等により参加不能となった場合には、数週間後に新たに補充される。補充されるまでの間は休憩時間とする。
――鬼は、しりとりの要領で、与えられた頭文字から続く物体及び生物等の名前をスマホ上に一つだけ記載する。対象者を、その記載された物体及び生物等の存在に変える。
――鬼の持つスマホはカメラモードとなり、その画面内にいる人間一人を対象として、スマホをタップすることにより発動する。その際、変身させる物体及び生物等の文字を予めスマホの専用タグに記載していなければならない。画面内に人がいなければ不発となる。
一、鬼には条件が課され、条件によって死ぬ。
――捕獲時、物体及び生物等の名前の最後に「ん」が付いていた場合、対象の人間をその存在へと変化させた後、変化させた鬼は速やかに死ぬ。
――鬼は二十四時間経つと強制的にストックを一つ消化する。ストックは、人間を物体及び生物等に変化させる毎に、一つずつ手にすることができる。もしストックがない状態でストックを消化した場合、苦しんで死ぬ。
一、鬼以外の参加者はリフレクターを使用することができる。
――鬼以外の参加者は、スマホに物体及び生物等の名前を五つまで専用タグに書き込むことができる。鬼の捕獲時に使用した物体及び生物等の名前が、スマホに記載した五つの名前の中に"同じ名前"がある場合、変化の対象を自身から鬼に代替する。
――つまり、鬼の捕獲を跳ね返すことからリフレクターと呼ぶ。鬼以外の参加者に与えられた選択肢は「鬼から逃げる」か「リフレクター」のみである。
一、このゲームの終了は以下に記す方法でのみとする。
・鬼を含めた全ての参加者の中から「力を継ぐ器」となる者が誕生した時。
・ゲームマスターが能力を解除した時。
以上が、都市フィリップ内で行われている【しりとり変身ゲーム】の概要であった。
◆◆
この街は腐ってしまった。
全てはしりとり変身ゲームのせいだ。鬼によって変化させられることを恐れて暮らす日々。街の外へ出ようとしても見えない壁で阻まれる。結局、家で誰とも出会わないようにするのがベストなのだ。
俺の名はビオエクス。年齢三十一歳。結婚はしていない。仕事は「ツルユーチェーン店」の会社員で毎日家で仕事をしている。タバコは吸わない。酒はたしなむ程度。趣味は野球。だが、五年前から変身ゲームに街が巻き込まれて依頼、やることも観ることもなくなった。仕方なく素振りだけは欠かせずやっている。しかし、それが睡眠の質を向上させるものであるみたいで、夜はぐっすりと眠れる。
鬼と遭遇しないように日々気を付けている。どうしても会社に行かないといけなくなった時は最善の注意と移動する。それぐらい鬼に注意を払っているのだ。
今日の仕事は早上がりだ。スマホでも見てゆっくりしよう。
こじんまりとしたベッドにダイブする。散らかった部屋には目もやらず、夕方時に見るスマホ。少しばかし触っているとスマホがハイジャックされた。
【あなたは鬼に選ばれました。最初の文字は『な』です。】
その文字が心の芯から震撼させる。親切じゃないその現実に心臓がジンジンと響いている。シンシンと降る雪の中にいるように、いや深海へと落ちていくような気分にされるではないか。
当たり前だがなった直後のストックはゼロ。今から二十四時間後にストックが消費される。早く誰かを捕獲しなければ。
俺は兎に角にも家から飛び出した。いつもは戸締りもするのだが、そんなこと忘れてしまっていた。それぐらい焦っている。
スマホを片手に彷徨く。
人を見かけない。早く誰か見つけなくては……。
夕暮れ時の街の中は人がいないせいで静かだった。見つけようと血眼で探そうともまったく見つからない。
そんな時、とある路地の場所で、二人組の男の子を見つけた。俺にとって希望だった。
スマホを向ける。画面越しに映る男の子の姿。そして、指で文字を打ち込む。【ながそで】と。
その男の子は体が変形していった。不意打ちで申し訳ないが許してくれ。俺の命のためなんだ。その子は人ではなく長袖の服に変わってしまった。
これでストックは一つ。一日分の命に猶予ができた。けど、まだ安心できない。もっともっと人を殺めなきゃ。
ちょうどそこにはもう一人いる。その一人も確保しなければ。だが、今ので勘づかれてしまった。すぐ逃げ出した。早くしないと逃げられる。「早く、早く、えーっと、電子レンジ、【でんしレンジ】!」と。
捕獲成功だ。その男の子はみるみるうちに電子レンジに姿を変えた。これでストックは二。少しだけ安堵の息を吐ける。
静寂の街の中を再び彷徨う。
誰でもいいから生贄を探し求めて――。
◆
あれから一向に見つからない。ストックも二つ使い果たしてしまった。人には遭遇しない。玄関のベルを鳴らしたとしても、無理やり不法侵入したりドアを叩いてたりしても人は出てくれない。俺の家もそうだが、建物自体のセキュリティが高いため強引に侵入することはできない。窓ガラスを割るなんて不可能だ。さらに、不審行動をすると街を見守る警察的存在であるバアルという機械兵に見つかってしまう。それは操作された機械であるが故に、参加者の対象外である。それは剣や技で俺を殺しうる術を持っている。つまり、殺されてしまうが故に下手な騒ぎは起こせない。
そんなことを知らずに数回無茶をしたせいで一度死にかけてしまった。バアルから逃げ惑いながら獲物を探すというさらに困難なゲームになってしまった。
時間だけが刻刻と過ぎていく。
早くしないと死んでしまう。誰でもいいから獲物と遭遇させてくれ。
少し静かな時間帯。しかし、どこか焦りに勝る不思議な感覚が胸の内で増長されていった。何かいい事があるサインだろうか。
塀で先の見えない角を曲がる。
そこには一人の女の子と猫がポツンと存在していた。「人だ。ようやく見つけた。人だ!」と思わず笑みが零れてしまった。これでさらに一日分の延命ができる。
当たり前の話だが、その子は逃げていくように走っていった。このチャンスを逃す訳にはいかない。「待てよ、なぁ!」と声を荒らげて追い掛けた。
この距離ならすぐに追いつく。俺は大人であり、男であり、五年前までは野球を嗜んでいた人間だ。走るのには自信がある。一方で相手は足の遅い女の子だ。
シャッ――。突然、猫が飛びかかって引っ掻いてきた。痛みが伝わる。「くそっ、このクソ猫め」と猫に怒りをぶちまけた。
猫を振り払って蹴り飛ばす。しかし、猫は無傷だった。
いや、こんなことをしている場合ではない。猫は放っておくのが一番だ。それよりも人間だ。参加者だ。早くストックを貯めなくては。
「あいつはどこだ~。」
すぐに追いかける。確かこの道を左に進んでいたはずだ。路地を進んで周りを見渡すと右手に人影が見えた。その影に向かって走る。
ドンピシャだった。
やはりその女の子だ。
「ようやく見つけた。逃がさないぜ。」
距離は段々と縮まっていく。すぐに女の子の腕を掴んだ。これでもう逃がすことはない。「手間取らせやがって」と苛立ちをぶつけた。
スマホを取り出して文字を打ち込む。前回は電子レンジ。今回は【じ】から始まる言葉。何かあるだろうか。
ガシガシと力を込めて逃げ出そうとする小娘。余計に力を入れて離さない。こんなチャンス、離すもんか。
よしっ、タグに【じゃがいも】と打ち込めた。後は画面内にその子を移して画面をタップするだけだ。
「これで終わりだ。じゃ・が・い・も~。」
これで終わりだと本当に思っていた。しかし、横から強い衝撃のせいでスマホの向きが大きく変わった。その子が変わっていく気配がない。今の衝撃により手元が狂い画面外になってしまったのだろう。
なんなんだ、と怒りの矛先を向けると、何とそれは電子レンジだった。こんな意味わからない存在に邪魔されたという事実がさらに腹立たしかった。猫の次は電子レンジに邪魔をされるとは、前代未聞だ。
「ふざけんな。この野郎が!」
思いっきりソレを蹴り飛ばした。足がジーンとする。人ではなく硬い物質が故に、俺の足まで痛くなった。本当にイライラさせる。
ここまで妨害に苛立ちながらも獲物に食いついたのだ。もう「逃がすものか」と追いかける。左へと曲がる。次は……右手かな、と思いきや左方向へと逃げていた。
「運が巡ってきたな。いや、あの子が運の尽きなのか。」その女の子は道端に転んでいた。
すぐ近くまでやって来れた。相手はその場にしゃがみ転げて立てない。つまり、逃げられない。こんなチャンスそうそうない。
スマホを向けて捕獲――。その際に口が勝手に「終わりだ。じゃがいも!」と連動してしまう。まあ、言動を口に出してしまうタイプなのだからしょうがない。
しかし、捕獲したはずなのに一向に変化していかない。まさに「あれっ?」と思う程、状況は想像し得ない。
大丈夫。俺は平静を保てている。まだ焦燥してない。
何かの誤作動だろう。再びスマホを向け「これで終わりだ!」とスマホを操作し、トドメを刺す次第。
場外、そこから一人の女の子が割り込んできた。新たな獲物だ。獲物自ら死にに来てくれた。まるで飛んで火に入る夏の虫。本当に理解不能だ。自ら死ににくるなんて馬鹿みたい。
そこで俺は捕獲のタップを押した。「じゃ~・がァ~・い~・もォ~!!」という勝利の雄叫びを添えて。まさに今、俺の時代。
失態――。
あの女、リフレクターをしやがった。五つのワードの中に【じゃがいも】を書き込んでいたんだ。リフレクターを成功させるために、あの子を守るふりして、自ら捕獲の対象になったんだ。これじゃあ、俺が【じゃがいも】になっちまうじゃねぇか。
「ああああああ。生活も、計画も、全部がポテトになっていくぅ~!!」
やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。
やめろ、やめろ。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。やめろ、やめろ。
ポテトになんかなりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。なりたくない。
体が変形していく。俺の体がぐにゃっと変わっていく。溶けて再編成されていく。ポテトになっていく。
空が遠く感じる。元々遠かったはずの空がさらに遠く。手や足の感覚がない。もう俺はじゃがいもになってしまったのだ。
あの二人の姿はどこにもいない。
今俺は無様にも誰もいない路地で転がっているただのじゃがいもになってしまったのだ。
こんな姿晒したくはないが、誰か助けてきて欲しい。助けて――。
それから数日が過ぎてしまった。殆どの人がこの道を通らない。通っても素通りしていく。
そんなある日。やってくる一台の車。俺のことに気付かないみたいだ。その車のタイヤが俺を踏み潰そうとしている。
やめてくれっ!
なんて声は届くはずもなく。
そんな時、ふと脳裏の中でぼんやりと思い浮かんでくる俺が捕獲し、人外にさせた人達の顔。ああ、俺――。
俺はそこで意識が途絶えた――。




