表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

プロローグ 夢に満ちる花々

春花の 移ろふことの なきなれば めづらしきことも なしとぞ思ふ

ー博麗神社ー

 博麗神社、それは幻想郷に二つ存在する神社の内の一つであり、祭神の分かっていないミステリアスな神社である。いつも参拝客が来ない寂しい神社だが、この日は珍しくも、いや、彼女が来るのは特に珍しくないことだ。

「よぉ霊夢。」

「…はぁ面倒くさいのが。」

 黒の大きい三角帽子をかぶり、白Yシャツに黒ブラウス、黒スカートに白の腰エプロンという、”ザ・魔女”な見た目をした金髪少女が、箒と唐草の風呂敷を抱えてやって来た。

「聞こえてるぞ失礼なやつめ。お客様だぞ?」

「せめて”参拝客”って言いなさい。っていうかいつも賽銭も入れないで何がお客よ。」

 お客…ではなく参拝客の名前は霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)。たまに神社に顔を出しては巫女にちょっかいを出して帰っていく迷惑な魔法使いだ。対して、その参拝客に応対しているのが巫女の博麗(はくれい)霊夢(れいむ)。神主のいないこの神社の実質的な管理者で、妖怪退治の専門家である。

「へいへい。入れてやるからちょっと待ってろ。」

 そう言って本殿に駆け込む魔理沙を霊夢は優鬱な目で見ている。

「…まったく、コイツしか来ないと毎日境内を掃除しているこっちが馬鹿らしくなってくるわ。」

 彼女のボヤキも当然である。何せ魔理沙を除けば、神社に人が来るのはほぼ縁日か宴会のときのみ。掃除なんて面倒なこと、たまに来る腐れ縁の為だけにやりたくはないだろう。

「終わったぜ霊夢。で、今日は土産話があるんだがな。」

 うきうきで話し始める魔理沙だが、

「土産話があるときにしか来ないじゃない。」

 と、うざったらしそうに返す霊夢。この返しは効いたようで、魔理沙は途端にムスッとなった。

「細かいことは気にするもんじゃない。それで実はな、魔法の森の木に花が咲いたんだ。」

 そう、さっきまでの飄々とした態度を改めて話し始める魔理沙。雰囲気は魔王御前会議だ。

「へ~、で?」

 が、この一言でママの世間話に変わってしまった。雰囲気の落差に風邪でもひきそうだ。

「で?は無いだろ霊夢ぅ。森の木に花が咲いたんだぞ?」

「?、だから何よ。植物なんだから花ぐらい咲くわよ。」

 いかにも一大事件という風に語る魔理沙だが、当の霊夢はピンと来ていないようだ。

「ん?…あぁ~そういうことか。植物なんだから、ねぇ。」

 ヒヒヒ、と、まるで本物の中世の魔女のように笑う魔理沙。当然、霊夢は馬鹿にされてあまりいい気分ではない。

「…何気持ち悪い笑いしてんのよ。そんなに私を馬鹿にするなら追い出すわよ。」

「おっとすまねぇ、詳しく言わなかった私も悪かったよ。じゃあ無知な霊夢のために私が一から説明してやろう。」

~少女説明中~

「…で、魔法の森の木ってのはその”裸子植物”っていうのに属するから本来花は咲かないってことだ。」

「ふーん。」

 5分ほど「魔法の森の木に花が咲く」ことの異常性を熱弁していた魔理沙だが、霊夢は終始興味が無さそうに聞くのみだった。

「おい、ちゃんと聞いてたか?」

「とりあえず異変っぽいってことは分かったわ。首謀者は誰かしらね。」

 そう、彼女にとってはぶっ飛ばすべき人妖がいるかどうか、そこだけが重要なのだ。

「…もうそれでいいや。」

 魔理沙も諦めたようだ。こんな殺妖マシーンに学術的な話をしたことを後悔すらしている。

「で、今日は土産話だけじゃなくて土産物もあるんだ。見てくれ。」

 呆れた魔理沙はそこでやっと、抱えていた風呂敷を広げて中身を露わにした。

「何に見える?霊夢。」

「白梅…に見えるけど時期じゃないわよね?」

 そこにあったのはまごうことなき白梅である。少なくとも、それが白梅でないと示す強力な反証は無い。

「そうだな。二月(じげつ)の雪がこんな夏場に咲くわけがない。」

「…何よその二月の雪って。」

「白梅のことをそう言うんだ。“梅花を折つて頭に(さしはさ)めば二月の雪(ころも)に落つ”ってな。」

「朗詠集?」

「そう、和漢朗詠集だ。」

 巫女は不思議でもないが、魔法少女も意外と文学少女らしい。西洋派の定義を今一度問うてみたい。

「じゃなくて、白梅じゃなければ何なのよこれ。」

「よく聞いてくれた!聞いて驚け!これが(くだん)の木の枝だ!」

 強力な反証があったようだ。これは白梅ではなく魔法の森の木らしい。

「ふ〜ん。」

 霊夢の反応は余り強くない。例えるなら、「茶柱が立った」と聞いたときぐらいの反応だ。

「リアクション薄いぞ霊夢ぅ。小傘(こがさ)にはびっくりするのに何でコレには驚かないんだ?」

 小傘というのは唐傘(からかさ)おばけの多々良(たたら)小傘(こがさ)のことである。いつもは人を驚かせることに四苦八苦している妖怪だが、何故か霊夢は小傘を“驚かしのプロ”としているようだ。

「い、今はそんなこといいでしょ。あれよ、魔法の森なんて不思議の塊なんだから、今更何が起きても不思議じゃないっていうか。」

「まぁそれは反論できん。私も最初は不思議の森の範疇だと思ったさ。でも幽香(ゆうか)に聞いても聞いたことないってさ。」

「あの花好きですら分からないなんていよいよ異変ね。っていうかよくアイツのところに行こうと思ったわね。」

 幽香というのは、お花好きの妖怪、風見(かざみ)幽香(ゆうか)のことだ。怖いお花のお姉さんで有名な怒らせたら最後、系の妖怪である。A(アルティメット).S(サディスティック).C(クリーチャー).とも言う。

「意外といいヤツだぞ?少なくとも参拝客を邪険に扱うどっかの巫女よりは、な。」

 怒らせなければ親切な妖怪らしい。

「…文句があるならもう来なくていいわよ。」

「おっと、誰も霊夢のことなんて言ってないぜ。」

 こういう時の煽りの常套句だ。因みに私はこの文句を使っている人が目の前の人物以外に言及している例を見たことがない。

「じゃあ早苗(さなえ)のこと?」

「さぁ、それはどうだかなぁ。」

 早苗というのは幻想郷のもう一つの神社、守矢(もりや)神社の風祝(かぜほうり)東風谷(こちや)早苗(さなえ)のことだ。最近は巫女職も自称しているマルチなお方である。霊夢のライバルと言われればライバルだ。

「やっぱり私のことじゃない!」

 そう言って魔理沙を羽交い絞めにする霊夢。親の仇のごとくだ。

「痛い痛い!悪かったって!」

 すぐに謝ったのが功を奏したのだろう。霊夢はすぐに腕を離した。

「分かればいいのよ」

「ってて、ええとどこまで話したっけ。」

 首のあたりをさする魔理沙だが、すぐに話に戻ろうとする辺り慣れていると言うべきか。

「幽香の辺りまでね」

「ああそうそう。で、私も流石におかしいと思って調べてみたんだ。すると魔法の森以外にもこの現象が起きてるらしくてな。」

 どうやら不思議の森の範疇ではなかったらしい。そうだったら楽だったのになという魔理沙の表情がやけにリアルに事の重大さを物語っている。

「…道草にも梅が咲いてると思うと気持ち悪いわね。」

「桜だったり菊だったりもあったぞ。」

「じゃあ尚更よ。」

 どうやら今、幻想郷では古文で出るような比喩抜きで季節外れの花見ができるらしい。したいかと言われると話は別だが。

「同感だな。私も調べていて気分が悪かった。で、それらを辿るとある場所に行き着くんだ。」

「どこよそこは。勿体ぶらないで話しなさい。」

 霊夢は早く元凶をぶっ飛ばしたくてウズウズしているようだ。たっぷり間を取った後、魔理沙が言った調査結果は、

「守矢神社だ。」

 沈黙。そこに含まれるのは主に呆れだ。

「…また守矢か。」

 この反応も当然だ。何せ守矢神社は今まで起きた25以上の異変の中で、通算5回程度の異変と関りがあるというブッチギリの記録保持社(レコードホルダー)だ。もはや様式美ですらある。

「正確に言うと守矢神社のある妖怪の山のそのまた(ひつじさる)だな。まぁ守矢も何かは知ってるだろ。」

「はぁ、なんか一気にやる気なくしたわ。」

「そんなこと言わずに早く行こうぜ。このままじゃ私の住処にも何が起こるか分かったもんじゃない。」

「あんたの家はどうでもいいわよ。でも異変を放っとくわけにはいかないってのには賛成ね。」

「ひでぇ。お前も神社が倒壊したことがあったろうに、家が使えない苦しみが分からないなんて、よよよ。」

 実は2回くらい倒壊しているのだが、霊夢は魔理沙の泣き真似にも動じていないようである。

「余計な口きいてないで早く行くわよ。」

「へいへい。」

 不満そうな魔理沙だが、これ以上は何言っても無駄だと諦めることにしたらしい。

 こうして二人の少女は守矢神社に向かっていった。


命蓮寺(みょうれんじ)

 命蓮寺、それは幻想郷唯一の寺であり、本尊は毘沙門天、宗派は謎である。本当に謎なのだ。

「おどろけ~!」

 近くの墓場では例の小傘が人を驚かそうと悪戦苦闘していた。

「…毎度思ってるんですけど、あんまりここで人を驚かされると風評被害が出るからやめてほしいというか。」

 頑張る小傘に対してそう返すのは、この寺の門弟で舟幽霊(ふなゆうれい)村紗(むらさ)水蜜(みなみつ)である。8割がた失敗している驚かしに風評被害も何も無いと思うが、それは置いておこう。

「あ、船長さん。お寺の梵鐘(ぼんしょう)はあれからどう?」

「ん?あ、いやぁおかげさまでバッチリ響くようになって寝起きの時間がとても早くなってしまいました。ってそうじゃなくて。」

 柄杓の水で船を沈める伝承とは一見縁がなさそうなノリのいい妖怪である。

 それはそうと小傘は鍛冶もできるようだ。聞く感じ妖怪としての本業よりも捗っているようで何よりである。

「それは良かった!それで船長さん、お墓飛び回ってたらこんなの見つけたんだけど、なにこれ?」

「…まずお墓を飛び回るんじゃありません。もう一回土下座させられますよ。」

 実は小傘、墓石を倒したことのある前科持ちである。寺側としてはたまったもんじゃないだろう。村紗の言い分ももっともである。

「は~い。それより見てよこれ。」

 一方そんな憂慮も気にせず小傘は話を続けようとする。村紗も馬の耳に念仏と諦めたようだ。

「はぁ、ちょっとだけですよ。…ん?これは桜ですか?夏場に珍しいですね。」

「これね、草なんだけどさ、桜ってこんなんだっけ?」

「へぇ、草なんですか。…草!?」

 先ほどの霊夢とは違い気持ちのいいリアクションである。例えるなら、一生の独身を誓い合った友人の結婚報告を聞いた時くらいのリアクションだ。

「あ、驚いた。今日ののるま達成!と。」

 これには小傘もご機嫌のようだ。それはそうと、あまりに低いノルマに悲しくなってくる。

「これ相談するとしたら誰ですかね…。姐さんかな…。」

 村紗が首をひねっている間、静か…でも無いけれど近づいてくる影があった。

「ん?船長後ろ!」

「え?あ、姐さん!」

「遅いと思ったらこんなところで何をしてたの村紗?」

 そこに現れたのは命蓮寺の住職、(ひじり)白蓮(びゃくれん)だ。一言で言うなら尼将軍、物理がお強い尼僧である。

「あ、姐さん。実はかくかくしかじかで。」

〜少女説明中〜

「なるほど、草に桜が咲いたと。不思議な事もあるものね。」

 5分ほど身振り手振りを駆使して話していた村紗。霊夢と違って白蓮は真剣に話を聞いていた。因みに墓場を飛び回っていた事について小傘がゲンコツを喰らったのはご愛嬌。

「そうなんですよ姐さん。何か思い当たることはありませんか?」

 村紗も白蓮の専門外だということは分かっていたが、誰も何も分からないこの状況で、一番の年長者に聞かずにはいられなかった。

「ん〜、こういったのは専門外なのだけど。あ、言われてみれば妖怪の山の近くから強い妖気を感じるわね。」

 意外にも思い当たる節があったらしい。にしても妖怪の山ということは、まず真っ先に疑われるのは、

「…守矢ですか?」

 まぁ守矢神社であろう。何せ守矢神社は今まで起きた25以上の異変の中で(略

「違うとは思うけど、何か知っているかもしれないわ。少し尋ねに行きましょう。村紗、命蓮寺をよろしく頼むわね。」

「はい!一輪(いちりん)にも伝えておきます!」

 一輪というのはこれまた命蓮寺の門弟ので入道使いの雲居(くもい)一輪(いちりん)のことだ。しっかり者の彼女なら寺を任せても安心だろう。

「ありがとう。では、いざ南無三!」

 そう叫ぶやいなやあっという間に米粒になるまで飛んでいく白蓮。速い。

「そういえば次の依頼とかない?安くしとくよ?」

 すぐ仕事の話に移るのは必至さの表れか単に能天気なだけか。

「…懲りないですね。その能天気さを見習いたいものですよ。」

「そう?へっへっへー!」

 後者のようだ。そして能天気に皮肉は通じない。村紗もいい加減気付いたようだ。

「…まぁいいか。」

 とにかく村紗は、ただこの異変が早く解決することを願うばかりであった。


神霊廟(しんれいびょう)

 神霊廟、それは幻想郷に存在する…かどうかは疑わしいが、少なくとも幻想郷と空間を繋げる事はできるので、便宜上幻想郷に存在するものとする。それで、神霊廟というのは幻想郷に存在する唯一の道教道場である。

 その豪奢な道場のもはや蔵書室と化した執務室で筆を書物に目を走らせている猫耳…正確に言うとミミズク耳…いや、そもそも耳ではなくて寝癖なのだが、この奇天烈な髪形のノースリーブ少女は豊聡耳(とよさとみみの)神子(みこ)。この神霊廟の主人である。どうやら道教の経典、道蔵を読んでいるようだ。勉強熱心なようで何より。

 そんな蔵書…執務室にドタドタと音を立てて駆け込んでくる少女が一人。

「太子様~!少々お目とお耳に入れたいものが!」

 バンッ!!と大きな音と共に部屋入ってきたのは物部(もののべの)布都(ふと)。この道場お抱えの風水師である。

「…布都、読書中なのだからもう少し静かに入ってくれないかな。」

「ぬ?あ、うぅ…面目ない。」

「うん、以後気をつけるよう。それはそうと、読書中の私を気遣う事も忘れるくらいに慌てて来たんだ。相当に重大なことがあったのだろう?」

 このセリフは布都の行動を許しているのか皮肉っているのかどちらだろう。恐らく前者だろうが、言い方が言い方だ。

「そうなのじゃ!実は我、外でこんなものを見つけてましての。」

 そう言って取り出したのは何かの植物のようだ。

「これは菊かな?もう夏菊の時期か、早いものだね。…おや?これはどういうことだ。菊は草本植物だと思っていたのだが。」

「そう、菊が木の枝に生っておる、こんな摩訶不思議なことは神代にもなかったであろう。」

 まさに”千早(ちはや)ぶる神代(かみよ)も聞かず”というやつだ。道教出身者にしてはえらく神道のような考え方をする。彼女の姓、物部に関係があるのだろうか。

「妙だな。…よし、今日は一日中読書する気でいたが、急用ができた。布都、式占(ちょくせん)を頼むよ。」

 式占というのは、平安時代の方違えにも使われた、いわゆる占いの一種である。陰陽道、風水の得意分野だ。

「はっ、我にお任せを。」

 そう言って入ってきたときのようにドタドタと部屋を出ていった布都だが、少しするとしょげた顔で部屋に戻ってきた。

「…一応何があったか聞こうか。」

 神子も何か察したようだ。元々人の心を察するのが得意な神子だが、こんなに分かりやすいことは無かっただろう。

(ちょく)を失くしてしまったのじゃ…」

 案の定、式占に使う道具を失くしてしまったらしい。失くしもの担当は別の人がいるだろうに。

「だろうね。ま、じきに解決するさ。ほら、来客だよ。」

 そう言うや、すぐに扉が開いて人…ではなく幽霊がやって来た。音も無かったのに分かる神子、未来でも予知しているかのようだ。

「お、やってるな。」

「やぁ屠自古(とじこ)。そろそろ来ると思っていたよ。」

 やってきたのは蘇我(そがの)屠自古(とじこ)、怨霊である。

「太子様は何でもお見通しですね。…ところでこのアホンダラが何かしませんでしたか?」

 この少女は昔のとある事件で布都に怨霊にされてしまった経歴を持っているので、何かと布都に対してバチバチである。まぁ歴史上の怨霊が恨み相手にやってきたことに比べれば可愛いものだろう。

「屠自古ォ!!その言い草はなんじゃ!!」

「うっせ黙ってろ!!」

 睨み合う二人、さながら犬と猿である。これを微笑みで流す神子の胆力がすさまじい。

「ははは、大したことないよ。迷惑どころか私の暇つぶしに一役買ってくれたさ。」

「…それ、我は褒められておるのか?」

 本人に他意は無かったのだろうが、何せ言い方が言い方である。この尊大さは癖なのだろうか。

「褒めているさ。それより屠自古、何か用があって来たんじゃないか?」

「そうですね。おい布都。」

 一言目と二言目の口調の変わりようがすごい。もはや二重人格だ。

「我!?」

「どーせこれを失くして困ってたんだろ?ほら、式だよ。」

 取り出したのはさっきまで扉の陰になっていた式である。

「と、屠自古ぉ!!」

 さっきの強気な態度はどこへやら、涙を洪水のように流しながら、いわゆる“たすけてハグ”を発動した布都だが、もちろん急なハグは不快感を招き、すぐに引き剥がされた。

「抱きつくな気持ち悪い!じゃあ、私はこれで。」

 そう言うとそさくさと帰っていった。まだ家事が残っているのであろう。

「ああ、ありがとう。布都、今度こそ式占を頼むよ。」

「は、お任せを。」

 精一杯キリッとしようとする布都だが、涙でぐしょぐしょになっていて何とも締まらない顔である。

 そうしてしばらく難しい顔をしていたが、やがて何かを得感したようで、俗に言うドヤ顔が前面に出ていた。

「どうかな?」

()の方角に吉兆あり。必ずやこの事件を解決する助けになるだろう。と出ておる。」

 目を薄めて雰囲気を出す布都だが、涙痕が残る顔でやられると何とも滑稽だ。

「北…守矢にでも話を聞いてみるか。」

 正直この状況で笑いを堪えられる神子には脱帽である。

「それが良いであろう。道場はお任せください。」

 このおっちょこちょいにお任せできるのかという不安がよぎってくるが、これでも風水に関しては右に出るものがいない程の腕を持っているので文句は言えない。

「わかった、では行ってくるよ。」

 神子もどこか信頼している所があるのだろう。もしかしたら投げやりなだけかもしれないが。

「お気をつけて。」

「うむ。」

 そう言うと神子はシュンと消えていった。瞬間移動だろうか、便利なものだ。


ー守矢神社ー

 守矢神社、それは今まで起こった25以(略

 博麗神社と違って祭神はハッキリしている。国津神(くにつかみ)で山の神の八坂(やさか)神奈子(かなこ)、土着神であり祟り神の洩矢(もりや)諏訪子(すわこ)風祝(かぜほうり)東風谷(こちや)早苗(さなえ)の三柱である。

 いつもはそれなりの賑わいを見せているこの神社も、この日は静寂に包まれていた。何でも異変の元凶がこの神社のある妖怪の山の近くにいるらしく、山の上役、神奈子や山の大天狗が辺り一帯を立入禁止にしているそうだ。

 が、そんな事もおかまいなしにやって来る人もいる。早速二人飛んで来た。霊夢と魔理沙だ。

「…霊夢さん魔理沙さん、立入禁止の看板見ませんでした?」

 ちょうど境内の掃除をしていた早苗は、二人を呆れ顔で迎えた。しかしこれに関しては看板で防げると思った方にも落ち度はある。なぜなら、

「「飛んできたから分からなかったわ/ぜ。」」

 そう、幻想少女は空を飛ぶ。空路を塞がないのは詰めが甘いとしか言いようがない。どうやって塞げばいいのかという文句は脇に置いておく。早苗は頭を抱えた。

 さて、守矢神社に向かったのはこの二人だけではない。次にやって来たのは白蓮。ちゃんと階段を登って来たようだ。

「あら、もう先客がいたの。」

 この人なら看板くらい見てそうなものだが、一体どうしたというのだろう。

「白蓮さんまで…立入禁止の看板見ませんでした?」

「見たんですけど、天狗の方に聞いたら入ってもいいと言われて。」

 との事だ。白蓮にその気は無かっただろうが、僧侶が天狗にものを尋ねる様子はさながら説話の一場面である。天狗に脅しと取られても不思議ではない。もう一度言うが白蓮にその気はない。早苗は顔を手で覆った。

 まぁ対僧侶用に天狗以外を見張りにしなかった人たちも悪い。僧侶が飛んでくるなんて普通思わないだろうという文句は置いておく。

 そして最後に、何もない空間からシュンとあのお方が登場した。

「おや、勢ぞろいじゃないか。私が一番乗りだと思っていたのだが。」

 神子である。直接神社に来たのだから、もちろん看板なんて見ていない。早苗は胃が痛くなった。

 瞬間移動に対策は…無い。もう侵入してくる方が悪い気がする。早苗はそろそろ助走を付けて全員を殴っていい。

 もう心身がボロボロの早苗だが、そこにやっと助け船が来た。

「お、参拝客に囲まれて楽しそうだね、早苗。」

「茶化さないでください諏訪子さま…。」

 助け船ではなく新たなストレスだったようだ。早苗は今にも倒れそうである。登場するだけで現人神の体調を崩すとは、さすが祟り神、恐れ入る。

「ふふふ、冗談だよ。どうせ皆揃って異変の情報でも聞きに来たんでしょ?残念ながら近くのお山が元凶ってことしか知らないよ。気になるようなら自分たちで行ってきたら?」

 情報が得られなかったどころか異変解決を丸投げされてイラっとする一同だが、霊夢はそこでふと疑問に思ったことを口にした。

「そういえばもう一柱はどこよ。アイツを差し置いてアンタが出てくるなんて珍しい。」

「何か足りないと思ったらそうじゃないか。おい、(かん)の方はどうした。」

「乾の方って…でも確かに、神奈子さまはどうしたんですか?」

 そう、諏訪子は滅多に人前に姿を現さない。普通は神奈子のほうが応対役だ。割と新参者の白蓮と神子も、いつぞやの座談会とは違った神様が出てきたので戸惑っているようだ。

「神奈子?神奈子は今、異変の被害縮小に尽力しているよ。色んなとこに指示出してさ、大変そうだったね。」

 他人事のように言って笑う諏訪子。少なくともビジネスパートナー以上の関係ではあるはずなのにこの言いよう、神奈子は御柱(おんばしら)をぶっ込んでも許されると思う。

「…早苗、アイツってココの主祭神よね。あんなんで良いの?」

 これには怠惰の権化と言っても過言ではない霊夢も流石に引いてしまった。この場にいる全員が、どの口がと思ったことは脇に置いておく。

「良くないです…別に何かして欲しいわけじゃないんですが、もう少し威厳というか…もっと“らしさ”を持って欲しいです。」

 守矢で恐らく1番の働き者である早苗からの悲痛の叫びである。

「早苗さんも苦労しているのね。」

 同情の目を向けるのは、門弟が全く戒律を守ってくれない白蓮である。霊夢はワンオペ経営で、魔理沙は特に持ち店が無い。一応何でも屋をやっているらしいが、依頼の話は滅多に聞かない。神子は特に苦労話は無いので共感は無かった。

「早苗ー、私をちびっこ扱いしないでよ。」

「ちびっこじゃないなら酔っ払いなんじゃないですか?」

 主祭神に対してこの態度、いつもの如く早苗はキレキレである。まぁこれは諏訪子が悪い。

「はいはい。早苗の暴言は置いといて、取り敢えずここに掘って出てくるようなものは無いよ。あいにく守矢はこの騒ぎの中で動けないから、できれば君たちに異変解決を頼みたいな。天狗たちも調査はしているようだけど、信用ならないからね。」

 ふふふと笑う諏訪子だが、ふふふというよりクククが似合う顔である。こういう皮肉っぽいところはいっちょ前に神様らしいのだが、それを常時発動してほしいところだ。

「ところで洩矢様、確定のものでなくても、首謀者の予想などはありますか。」

 ここでようやく困惑から立ち直った神子が諏訪子に質問をした。

「お、久しぶりに苗字で呼ばれたね。んー、天狗曰くお山の頂上に神社が見えたらしいから神様だとは思うけど、私は神様には詳しくないからね。そこの紅白は何かわかる?花系で。」

 まずその天狗情報を先に話せよと思った一同だが、それよりまず紅白…霊夢の意見を聞こうとそちらを向いたため、白羽の矢が立った霊夢は面倒くさそうに話し始めた。

「ん?あぁ、花の神様と言ったら木花咲耶姫(このはなさくやひめ)ね。ただ、今回の首謀者では無いわ。」

 自信満々に言い切る霊夢。神様、伝承関係の事となると専門知識を遺憾なく発揮するのだが、いかんせん常日頃の行動のせいで、あまり尊敬の念が湧かない。それに、

「…勘か?」

 そう、霊夢に限っては勘で物を言ってくることがある。しかしこれがまぁよく当たるので、それはそれで凄いのだが。

「違うわよ!木花咲耶姫は桜専門の神様だから、この異変にはそぐわないの。梅や菊の説明がつかないわ。」

 今回はきちんと根拠があるらしい。得意分野の筈なのでないと困るのだが。

「だそうだよ。ええと、」

 そこまで言って諏訪子は質問者の名前を聞いていないことに気づいた。

「神子、豊里耳神子です。」

 さすが神子。察しの良さは折り紙付きだ。

「あぁ、お前が神奈子が言ってた神子か。覚えておくよ。ま、そんなわけだからよろしくね。私は用事があるからもう帰るよ。あ、早苗もちょっと来て。」

 どうやら諏訪子も暇人では無いようだ。寧ろそうでなければ、一人頑張る神奈子がとても可哀想だ。

「はぁ、分かりました。あ、なので私は異変解決についていけないです。皆さん頑張ってください。」

 そう言って諏訪子と早苗は本殿の方に入っていった。かくして異変解決は四人に託されたのだが、

「…なんか行くことにされてるわね。」

「…だな。」

 話を勝手に進められて、霊夢と魔理沙の二人は不満げである。が、神子と白蓮はそうでは無かった。

「良いじゃないか。どうにしろ異変は解決しなければいけないんだ。私たちでそれができるのならば御の字だろう。」

「同感ね。そうと決まったらさっそく出発しましょう。慎勿放逸(しんうほういつ)、うかうかしている暇は無いわ。」

 二人は善は急げとばかりに、さっそく件の山へ飛び出して行った。これを唖然と見つめる魔理沙は、何か疑問があるようだ。

「…なぁ霊夢。」

「何?」

「あいつらやけに張り切るじゃないか。」

 そう、白蓮は僧侶、神子は参謀タイプであるため普段の二人はあまり好戦的でないのだが、今回は我先にと飛び出して行った。結構珍しいことだ。

「異変解決が初めてなのよ。じきに慣れるわ。」

 厳密に言うと初めてでは無いのだが、初めてと言われれば初めてだ。この辺りは話すと長いので省略させてもらう。

 しかし異変解決にはあまり慣れて欲しくないものだ。慣れてしまった結果が常識に囚われない性格だと考えると、余計にそう思う。

「そうか、そうかもな。んじゃ、私らも行くか。」

 魔理沙は自分を納得させると、悪戯っぽい笑顔で二人の後に続くことを提案した。

「そうね、あいつらより経験積んでること見せつけてやりましょう。」

 魔理沙もだが、霊夢も中々に悪い笑顔を浮かべるものだ。誰が悪役なのか分からなくなってくる。

「あぁ、そう来なくっちゃな。」

 こうして残る霊夢と魔理沙も例の山へ飛び出して行き、計四人が異変解決に向けて出発した。



 一方その頃の守矢神社では、諏訪子と早苗が”なにか”を見ていた。

「これ天狗が調査中に拾ってきたらしいんだけどさ、早苗、これどう思う?」

「いやあの…どう思うと言われましても、高貴な色だなぁとしか。というより何であの四人に見せなかったんですか?」

「あーうー、まぁそれは色々あってね。」

 二人の目の前にあるのは紫色をした何かだ。確かに高貴な色だ。冠位十二階の一番上、大徳の冠の色も紫だし、仏教もほとんどの宗派では紫の衣を着た坊さんが一番偉い。とても高貴だ。

「いや紫なのは分かるんだけど、じゃあ早苗、()()()()()()()()?」

 一見おかしな質問のように聞こえる。早苗も戸惑っているようだ。

「え?どんな形ってそんな幼稚な…あれ?形…無くないですか?なんかずっと変化しているような」

 それはまるでそれ自身が生きているかのように変化し続けていた。なんだか見ていて気分が悪い。

「そう、この”なにか”は形が変わり続けてる。これを拾った天狗も手の中でモゾモゾして思わず放り投げそうになったらしいよ。」

「なんでこんなものが…。」

 シリアスな空気が一瞬緩んだが、続く早苗のセリフがなんとか雰囲気を戻した。

「…もしかしたらこの異変、花が咲き乱れるくらいじゃ済まないかもね。」

 なんだか大ごとになってきた。あの呑気の権化、諏訪子もこのシリアス顔だ。

「霊夢さんたち、大丈夫でしょうか。」

「あの辺はプロだから問題ないと思うけどねぇ。ところでこれに鉄の輪近づけたら錆びたんだけど、どうすればいいかな?」

 今度こそ雰囲気ぶち壊しである。あの新宿の掃除屋(スイーパー)でももう少しシリアスを保てただろうに。

「…鍛冶屋に落として貰ったらどうですか。腕のいい鍛冶師を知ってますので紹介しますよ。」

 流石に早苗も呆れたようだ。ところでこの鍛冶師というのは小傘のことだろうか。神様からの依頼と聞いたら彼女はどうなるだろう。固まるところまでは行くとして、泡を吹いて倒れたりするのではないだろうか。少し心配になって来た。

「そうするよ。しかし鉄とはいえ神の持ち物を錆びさせるなんて、いよいよきな臭くなってきたね。」

 言われてみればそうだ。この”なにか”を除けば、この鉄の輪を錆びさせたのは、同じく神の持ち物であった藤蔓くらいである。そう考えるとこの”なにか”は、とんでもない力を内包していそうだ。

「この悪い想像が杞憂だと良いんだけど。」

 諏訪子もそろそろ本気で心配になって来たようだ。この先、何か四人の手に負えない事が起きないことを願うばかりである。 

語句解説(本文でそれとなく解説しているものも含む)


・梅花を折って挿めば 二月の雪衣に落つ

平安中期の詩文集、和漢朗詠集の上巻、春夜第四句「倚松根摩腰 千年之翠満手 折梅花挿頭 二月之雪落衣」より。書き下し文は「松根に倚って腰を摩れば 千年の翠手に満てり 梅花を折って頭に挿めば 二月の雪衣に落つ」。因みに「挿」の訓読の仕方は本文で使われた「(さしはさ)めば」と、「()せば」の二つの派閥があるそう。松のくだりはともかくとして、後半部分は「二月の雪」が白梅を比喩してる事さえ分かれば、後は文字通り読めば意味は取れると思う。因みに私はどこかの過去問でこの比喩が取れなくて爆死した。今でも覚えている。


・梵鐘

除夜の鐘なんかに使われるデケェ鐘。最近は色々とあって除夜の鐘を()く寺が減ってきているらしい。宗教ヲタクからするととても悲しい。


・式、式占

「しき」ではなく、「ちょく」。平たく言えば東洋版占星術。まぁ星に限らず占ってたらしいが。発祥は中国だが、日本でもその歴史は古く、仏教とほぼ同時期に伝わり、なんと天武天皇(当時は大海人皇子)が壬申の乱の前にも使っていたんだとか。陰陽、風水の得意分野。


・国津神

簡単に言えば、日本神話の系譜をひく神々の中で地上にいる神の事。対義語は天上の国、高天原(たかのあまはら)にいる天津神(あまつかみ)。因みに八坂神奈子の元ネタとされる建御名方(タケミナカタ)八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)は共に国津神である。


・土着神

簡単に言えば地域特有の神様。有名なのは遠野のオシラサマ、日本書紀にも出てくる常世の神、長野のミシャグジサマなど。基本的に怒らせるととんでもないことになる。触らぬ神に祟りなし。


・風祝

諏訪大社の神職、大祝(おおほうり)が元と思われる。簡単に言えば現人神(あらひとがみ)、諏訪明神の依り代である。なので、これを基にするなら早苗は厳密には巫女では無い。


・御柱

デケェ棒。とてもデケェ棒。神奈子の装備品でもある。


・木花咲耶姫

とても美しい。この神様を説明しだすと東方界隈民は荒れるので省略。富士山頂上にある、富士山本宮浅間大社が総本社。


・慎勿放逸

禅刹で修行僧の起床時間に叩いて修行僧を起こす板、巡照板(じゅんしょうばん)に書かれる言葉、「生死事大(しょうじじだい) 無常迅速(むじょうじんそく) 各宜醒覚(かくぎせいかく) 慎勿放逸(しんうほういつ)」から。決して怠けずに、時を無駄にするな。のような意味。


・新宿の掃除屋

もこもこもっこり。


・藤蔓

諏訪地方に伝わる伝説に於いて、洩矢神の武器であった鉄輪に赤錆を発生させて武器として使えなくしたという、建御名方の武器。これが洩矢神の敗北に王手をかけたそうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ