聴いてはいけない
(眠れない……)
うーん……わたしは、イライラと寝返りを打つ。
スマホで確認すると、時間は夜中の二時過ぎ。
(明日は、一限からなのに……)
家族や友達からは、『夏帆は、吞気だから』と言われることも多いけど、わたしには時々こういう事がある。特にイヤな事があった訳でもないし、心配事があるわけでもないのに眠れない。
ストレッチをして、あったかいミルクを飲んでみてもダメ。
いつも通りにお風呂に入って、少しだけお酒だって飲んだのに。
こうなったら、テコでも眠れないのがわたしなのだ。
(う~ん……)
真っ暗な天井を見つめて、わたしはため息を吐く。
それにしても……
暑い。
秋から冬にかけてのこの中途半端な季節も眠れない理由の一つなのかもしれない。夏掛けでもふとんだと暑いし、かと言ってタオルケットだとちょっと寒い。
でも、起き出して取り換えるのも面倒だし……。
(………………)
うーん、ダメだ。
眠れない。
もう、いっそのこと──
(朝まで起きてる?)
そんなことを考えていたら、ふっ、と閃いた。
枕元の音楽プレーヤー。
(確か、ラジオ聴けたよね)
バイト仲間の男の子がいつも話してる、わたしの好きな芸人さんのやってる深夜放送がたしか今ぐらいの時間じゃなかったけ?
どうせ眠れないんだから、とわたしはイヤホンを耳に差し込むと音楽プレーヤーのスイッチを入れた。
普段、ラジオを聴かないからどうやるのかよく分かんないけど……
(ええと……これを……こうして……)
適当にいじっていると、『ザーッ』と言う音に混じって人の声や音楽が微かに聞こえて来る。
(えーと……これで、どうだ!)
と、
『エーイ・ケー・エーヌ・オォー・エーイチッ!』
(にゃん?)
『エーイ・ケー・エーヌ・オォー・エーイチッ!』
(なんだ、なんだ?)
『チューニングは、そのままでお願いします。只今の時刻は、午前二時三十分三十秒を過ぎたところです。夜もだいぶ更けて参りました。夜更かし組の皆さんもだいぶお疲れではないでしょうか。そこのあなた、眠れなくて困っていたりはしませんか? ここで気分転換に頭の体操と参りましょう』
落ち着いた感じの、いかにもアナウンサーな感じのイケてるオジサンの声。
なんか分かんないけど昭和っぽい。
しかも、眠れない人に、ってオジサン言ってるし。
いまのわたしにピッタリじゃん。
『まず、最初は「連想ゲーム」』
と言いましても──
オジサンが、リスナーの気配を窺うみたいにちょっと言葉を溜める。
『ラジオをお聞きの皆さんは質問できませんから、これから私がお話します五つのヒントを聴いて頂いて、誰の事を話しているのか、何について話しているのかを当てて頂こうというわけです。では、さっそく始めましょう。「連想ゲーム わたしは何でしょう?」まずは、この問題──』
(ほほう……)
わたしは、天井を見つめて腕を組む。
連想ゲームは、わりと好きだゾ。
『一つ目のヒント。わたしは、団体で行うスポーツです』
おぉ~?
団体……サッカー、野球……バレーボール?
『まあまあ。焦らずに二つ目のヒントをどうぞ。二つ目のヒント。わたしは、ボールを使います』
ボール!
あっ、やっぱり、サッカー、野球、バレーボール──
…………。
…………うん?
『では、三つ目のヒント』
(いま、この人、わたしに話しかけてなかった?)
…………。
気のせいかな。
気のせい……だよね?
ゾクっとして、わたしは、思わず二の腕の辺りをそっと摩った。
ええっと……。
まあ、そんなワケないもんね。
えーっと、えーっと。えーっと、三つ目のヒントは──
ええっと……ヒント何だっけ?
『四つ目のヒント。わたしは、専用の道具が必要です』
えーと。なんか、調子狂っちゃったけど……専用の道具かぁ。
だとすると……野球は、バットとグローブ……サッカー……
うん? バレーボールは?
あっ、ゴールポストとネット!
あれ、もしかして別のボール競技?
『次は最後のヒントです。わたしは、九人対九人で行います』
あっ、野球だーっ!
『はい。正解は、野球ですね。結果は、いかがだったでしょうか』
うーん……。
ちょっと連想ゲーム以外のところで引っ掛かちゃったからな。
よーし、次、次!
『では、二問目に参りましょう。「連想ゲーム わたしは何でしょう?」。次は、このヒント』
ゴクリ。
『わたしは、電気で走ります』
電気……電車っ!
あっ、電気自動車って可能性もあるなァ。
『次のヒントです』
ハイハイ。お願いします。
『わたしの体には、モーターが付いています』
そうでしょうとも、そうでしょうとも。
『三つ目のヒント。また、聞き漏らさないで下さいね。わたしは、二人以上の人を載せて走ります』
二人以上──
電車は、大勢だし、車も……って、そうか、バスもあるんだ。
電動バス。
あれ? 二人乗りなら電動自転車もあり?
うーん。
どれかなァ……って……
…………
(いま、この人「また」って言ったよね?)
言ったよね……この人。
ベッドに接した背中が、ざわざわと下の方から冷たくなってきて、思わずゴクリと唾を呑み込んだ。わたしは、ふとんを鼻の上まで引っ張り上げる。
(…………)
もう、聴くのやめよかな。
と──
『正解は、電動バスでした。結果は、いかがだったでしょうか。簡単すぎてしまったりは、していませんか?』
オジサンは、相変わらずの明るい声で、ラジオの中で笑ってる。
『では、次が最後になります』
最後か……
うーん。
まあ、これで最後なら……聴いててもイイかな?
うん。じゃあ、まあ、これだけ聴いて……
わたしは、ふとんの縁から目だけ出して耳をすませる。
真夜中。
しーん、と静まりかえった1DKのアパートの部屋の中。
微かに聞こえる「ブーン」という冷蔵庫の唸る音。
目を凝らすと、ベッドの足元の方にあるクローゼットのノブに掛けた真新しいリクルートスーツが、窓から差し込む青白い明りの中に薄っすらと浮かび上がってくる。
いつもと変わらないわたしの部屋だ。
(………………)
深呼吸をして目を瞑る。
怖いことは、もう言いっこなしだからね、オジサン。
『最後の問題──「連想ゲーム わたしは何でしょう?」』
わたしは、いたずらっ子を窓から見張るおばさんのようにラジオからの声に耳を傾ける。次、このオジサンがヘンな事を言ったら、すぐにラジオのスイッチを切るつもりだ。
あっ、別の番組にするでもいいのか。
って言うか……
まあ、いっか。
(でも、それにしても……)
わたしは、首を捻る。
ラジオの向こうにいるのに──
わたしの事なんか見えるワケないよね。
(なんで……)
やっぱり、聞き間違え?
気のせい?
わたしが、怖がりだから?
(…………)
もちろん、オジサンは、わたしの疑問に答えてくれるワケもなく淡々と連想ゲームを進めていく。
『では、最後のヒント。わたしは、野菜です』
最後のヒント……。
(…………)
暫くして、オジサンは嬉しそうに言った。
『正解は、スイカです。いかがでしたでしょうか、「連想ゲーム わたしは何でしょう?」。あなたは、何問正解出来ましたか? さて──』
その後も──
オジサンは、特に何も変わることなくフツーに話してる。
うーん。
言わないねェ、ヘンな事……。
やっぱり、気のせいだったのかな。
それに……
「ふわー」
なんか、眠くなってきたな。
今ならイイ感じに眠れそうな気がする。
『すっかり遅い時刻になってしまいました。楽しい時間は、あっと言う間ですね。最後にこんなクイズはいかがでしょうか』
題して──
『新しい連想ゲーム。その名も「あなたのいる場所」です』
…………。
(……新しい連想ゲーム?)
『これから、私がお尋ねする事に対して、その答えを皆さん各々の心の中で思い浮かべてください』
それでは──
『さっそく始めましょう。新しい連想ゲーム「あなたのいる場所」。いまは、ちょうど真夜中。時刻は、午前二時四十五分二十秒を過ぎたところです。あなたは、お部屋で寛いでいますか、それとも、ベッドの中、ふとんの中でしょうか?』
(…………)
わたしは、まっくらな天井を見つめて少し考える。
これって、何をするゲームなんだろう……?
「ふわー」
あくびが、止まんない。
そろそろ、ホントに寝よ。
わたしがいるのは──
(ベッドの中……だよ)
むにゃ、むにゃ………。
『あなたは、当然、ご自身の家、もしくはホテルや旅館にいることでしょう。今いる場所の最寄りの駅はどこでしょうか? いつも使っている駅ですか? 今日、初めて来た駅ですか? あぁ、口に出して言って頂かなくて大丈夫です。電車から降りた駅のホーム。改札口や入口なんかを思い浮かべてください』
うーん。
わたしは、あくびを噛み殺しつつ目を擦る。
(わたしのアパートの最寄り駅は……)
○○線の△△駅。
線路を挟んでホームがあって……階段を上って下りて……跨線橋って言うんだっけ、ああ言うの。で、下りたすぐの所に改札があって──
大学は、その二つ先の■■駅──
『お部屋の最寄りの駅前は、ロータリーがありますか? それとも、にぎやかな商店街でしょうか? 昔とだいぶ変わりましたか? バスには乗りますか? それとも歩いて家まで帰りますか? 目印になるようなものは、ありますか? 魚屋さんや八百屋さんは、ありますか? 酒屋さんは?』
うーん。
「ふわー」
あああ……眠い。
あっ、もう、ホントに寝そう。
うーん。
えーっと……。
改札出たら、すぐ商店街なんだよね。
△△はホントに下町だから。
そうそう。
で、△△商店街の入り口の角っこにコンビニがあって……えーと、いつもコロッケ買うお肉屋さんが、真ん中あたりで、コーヒー屋さんがその隣……八百屋さんは……ああ、コーヒー屋さんの角曲がった先にあったような──
『なるほど、なるほど。では、その場所から、あなたの家まではどれくらいでしょう? 家までに交差点は、いくつありますか? 確認ですが、あなたの家は、一軒家でしょうか? それとも団地でしょうか?』
交差点?
うん……交差点はないよ。
商店街を出てすぐのY字路を右に行って、二つ目の右側の建物……。
団地……じゃないね。
マンション……うううん。
アパート。
三階建てで、三階の一番端っこ。
それで──
『ああ、大丈夫です。お部屋のドアまでで大丈夫』
って……
………………。
「──────っ!」
完全に目が醒めた。
これ──
マズかったんじゃない……?
ねえ?
(なんか、すごいイヤな予感がする……)
最寄り駅からわたしの部屋までの行き方、って──
完全にストーカーとかじゃん……
でも、でも、
(心の中で思っただけ……だよ?)
口に出して言ったワケじゃないし、それに、オジサンがいるのはラジオの中。
たぶん、放送局とか。
…………だよね?
心臓が、ドクドクドクドクと鳴って、喉がきゅぅとなる。
(怖い……)
と、その時だった。
カタンッ!
「えっ、なにっ? なにっ?」
ベッドの足元、クローゼットの方を見ると、クローゼットのドアノブに掛けてあったリクルートスーツが、ハンガーごと床に落ちていた。
そして──
キイィ………
ゆっくりとクローゼットのドアが開く。
わたしは、声を出すことも出来ず、ふとんの端を強く握り締めたまま、クローゼットを見つめていた。
クローゼットの中は、塗りつぶした様に真っ暗で──
(…………)
あれ?
おかしい。
窓から街灯の明りが、じんわりと漏れて来る室内は決して真っ暗じゃない。
クローゼットの中だって目が慣れれが、何となく見える筈なのに。
何にも……
(なんで──)
と、
ずずず……
ベッドが揺れた。
と、さらに──
ずず……ずずず……
ベッドが、
ベッドが──
(引きずられてる?)
と、次の瞬間だった。
ずずずずずっ!!!!
ベッドが、床の上をクローゼットの方に向けて引きずられていく。
(ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとっ!!!)
ずずずずずずずっ!!!!
クローゼットに向けて勢いを増して引きずられて行くベッド。
(ちょ、ちょっと、待って! ちょっと──)
ベッドは、わたしを載せたまま、クローゼットの中へ──
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ!!」
ずずずずずずずずずずずずずずずずずずずっ!!!!!!
「いやああああああああああっ!!!!」
………………………………。
…………………………。
……………………。
………………。
キイィ………
……パタン。
…………………………。
……………………。
………………。
『エーイ・ケー・エーヌ・オォー・エーイチッ!』
『エーイ・ケー・エーヌ・オォー・エーイチッ!』
『チューニングは、そのままでお願いします。只今の時刻は、午前二時五十五分三十秒を過ぎたところです。夜もだいぶ更けて参りました。夜更かし組の皆さんもだいぶお疲れではないでしょうか。そこのあなた、眠れなくて困っていたりはしませんか? ここで気分転換に──』




