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幕間:ガルドの無言日誌

宿から貸し出された湯桶を抱え、ガルドは黙々と歩いていた。温泉詐欺師の不正を暴き、本物の源泉を掘り当てたまでは良かった。だが、その後が大変だ。村人たちは歓喜し、新しい湯殿の建設に沸き立ったが、破壊された偽の湯殿の片付けと、その後の修繕は、結局我々の仕事になった。リアナが事務的な手配に奔走し、セレネが精霊の力で軽作業を支援する中、肉体労働のほとんどは俺とポヨの担当だ。


「ポヨ!ポヨ〜!」


足元で、ポヨが湯桶の中に入ろうと飛び跳ねる。熱い湯が満たされた桶に、その小さな体で突っ込もうとする姿は、見ていて危なっかしい。


「フン。」


俺は無言でポヨを軽く押しのけた。熱湯で火傷でもさせたら、殿下が心配なさるだろう。この、ふわふわの白い魔物は、殿下が何か美味しいものを食べると、決まってその側にいる。最初はただの魔物だと思っていたが、どうもそうではないらしい。殿下の純粋さに引き寄せられるのか、あるいはその「美味しいものセンサー」が殿下と共鳴しているのか。どちらにせよ、こいつがトラブルのきっかけになることもあれば、思わぬ幸運を呼ぶこともある。今回の温泉の源泉発見も、ポヨが怪しげな液体を舐めたことから始まった。全く、厄介な魔物だ。


宿に戻ると、リアナが資料の山に埋もれていた。会計、交渉、情報収集、何から何まで一人でこなしている。彼女の胃袋が悲鳴を上げているのが、離れていてもわかる。


「ガルド、ご苦労様。宿の壁の修理費用ですが、やはり殿下の旅費から出すしか…」


リアナがため息交じりに報告してきた。俺が破壊した壁のことだろう。悪党は泡を吹いて気絶したが、壁は元には戻らない。仕方ない。


「フン。」


俺は短く応じた。殿下の旅費は潤沢にある。国王陛下が「サクラが自由に旅できるように」と、惜しみなく資金を出されているからだ。その資金のほとんどが、殿下の胃袋と、こういった「世直し」による破壊の修理費に消えているのだが。


殿下はといえば、村の子供たちと笑顔で遊んでいる。新しい温泉ができたことで、村全体が活気に満ちている。子供たちの顔には笑顔が戻り、母親たちは安堵の表情を浮かべている。


俺は改めて、殿下の行動を振り返る。

今回もまた、殿下の**方向音痴**から始まった。宿場町へ向かうはずが、なぜか温泉街の裏山へ。そして、彼女の**食べ物への執着**と、それに伴う**「不味い匂い」への敏感さ**が悪徳商人の不正を暴くきっかけとなった。あの偽の温泉の匂いを「お味噌汁の味がしない」「ただのお湯に薬草を入れただけの味」と表現した時には、悪党も内心では相当動揺したに違いない。常人には理解できないその感性が、時には最も鋭い刃となる。


そして、例の「コンパクト」だ。国王陛下が殿下に持たせた、あの可愛らしいおやつ入れ。まさか、あれが悪党どもを震え上がらせる「印籠」になるとは。殿下は、あの時、何を思ってあれを掲げたのだろうか。前世の「黄門様」の真似だったのか。それとも、本能的に、あれが持つ力を理解していたのか。どちらにせよ、あの瞬間の悪党どもの顔は、まさに滑稽だった。俺の拳を恐れる以上に、あの小さなコンパクトの紋章に怯えていた。


国王陛下は、殿下のことを「自由奔放で、人の心を掴む才がある」と評されている。その言葉の通り、殿下の行動は常に予測不能だが、必ず何かを良い方向へと動かす。彼女の純粋な善意と、それに付随する**圧倒的な幸運**が、この旅を成り立たせている。


だが、その幸運の裏には、俺たちの苦労がある。リアナの胃の悲鳴、セレネの優雅な気遣い、リネットの金の亡者ぶり、そして俺の破壊活動後の片付け。すべてが殿下の世直しを支えているのだ。俺はオークの血を引く獣人だ。感情を表に出すのは得意ではない。言葉も多くを語らない。だが、俺は殿下の護衛として、この旅を最後まで全うする。それが、俺に課せられた使命であり、同時に、殿下の純粋な笑顔を守るための、俺なりの「世直し」なのだろう。


明日も、きっと殿下は何かとんでもないことをしでかすに違いない。また、どこかの村で「美味しい匂い」を嗅ぎつけ、トラブルに巻き込まれ、そして最終的には解決するのだろう。


「フン。」


俺は湯桶を置き、静かに空を見上げた。夜空には満月が輝いていた。殿下は今頃、宿の料理を堪能しているだろう。俺は、その安全を確保する。それだけだ。


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