幕間:リアナの気苦労日誌
宿場町の宿「満月亭」の一室。ようやく一息ついた私は、静かに手帳を広げた。今日の出来事を記録するためだ。書き始めると、もう止まらない。
「本日、〇月×日。第八王女サクラ殿下との旅、三日目にして、すでに前途多難を極める。早朝、出発直後に殿下が森の奥へと迷い込み、結果的に悪徳商人の買い占め現場に遭遇。目的地は東の『満月亭』であるにも関わらず、殿下は『美味しい匂いがする!』と、真逆の西方向の森へ突き進まれた。私としては、殿下の**方向音痴**はすでに把握しているため、ある程度の危険予測はしていたが、まさかあそこまで躊躇なく森の奥へ誘われるとは。私の制止も、ガルドの静止も、ポヨの**食いしん坊**が加勢した結果、徒労に終わった。
森の中では、セレネ殿下が動物たちの異変を察知し、さらなるトラブルの予兆を示唆された。殿下が『美味しそうな悲鳴じゃない』と仰った時は、さすがの私も耳を疑った。殿下の感性は、常識の斜め上を遥かに行く。これが王族の感性というものなのだろうか。前世の記憶とやらが、殿下の世界認識をこれほどまでに歪めているとは。
村に到着後、悪徳商人と村人の惨状を見つけ、殿下はすぐに『ひどいってことだよね!』と正義感を発揮された。その行動力は素晴らしい。国王陛下が殿下を溺愛される理由も、この純粋な正義感にあるのだろう。しかし、同時に『なんかお腹が満たされない味がする!心が貧しい味ってことだよね!』と、独特の表現で悪徳商人を批判される。悪党は困惑しきっていたが、彼らが殿下の本質を理解できる日は、おそらく永遠に来ないだろう。それは、私たち護衛にとっても、ある意味では幸運なことなのかもしれない。殿下の言葉の真意を理解されてしまっては、悪党もただの悪党ではいられなくなるだろうから。
ポヨが偶然発見した隠し倉庫にて、食料買い占めの不正帳簿を確認。殿下がそれを『お菓子の包装紙みたいだけど、字がいっぱい書いてある』と表現された際には、もはやツッコむ気力も失せた。あの帳簿に書かれていたのは、血も涙もない悪行の記録だというのに。カビの生えた食料を『変な色してる!』と無邪気に指摘された際には、その純粋さがむしろ悪党には脅威だったに違いない。殿下の**洞察力**は、常に食欲というフィルターを通しているため、常人には理解しがたいが、結果として真実を暴くことに繋がるのだから、もはや才能としか言いようがない。
現場では、殿下が唐突に『このお腹が、悪事を許さないってことだよね! デザートは別腹、悪人も別格、ってね!』という謎の決め台詞を発動。そして、まさかの**コンパクト**。国王陛下が殿下の旅の安全を願って持たせた、王家の紋章が刻まれた、あの可愛らしいおやつ入れだ。普段は焼き菓子やキャンディが詰め込まれているだけの代物が、まさか悪党を震え上がらせる「印籠」の役割を果たすとは、誰が想像できただろうか。殿下がそれを掲げた瞬間、悪党の顔から血の気が引いていくのがはっきりと見て取れた。その後のガルドの威圧で完全に沈黙したが、あのコンパクトが持つ、本来とは異なる威厳には、私も驚きを隠せない。ガルドの**物理解決**による帳簿の回収は迅速であったが、その際の壁の損傷は宿の持ち主への説明を要するだろう。はぁ…。修理費用は殿下の予算から捻出するしかあるまい。幸い、国王陛下は殿下のご乱心には寛大だ。
結果として事件は解決したが、その過程は常に予測不能である。殿下の**幸運**と**洞察力**、そして私たち護衛の力量が結びつき、何かしらの形で問題が解決される。これは、我々の使命であり、殿下の護衛としての醍醐味でもあるのだろう。国王陛下からは『サクラは自由奔放だが、そなたの冷静さとガルドの力が護衛には不可欠だ』とのお言葉を頂戴している。私は元々、王宮の騎士団に所属していたS級冒険者だった。しかし、ある任務で負傷し、前線から退くことを余儀なくされた。そんな時、国王陛下直々に、殿下のメイド兼護衛の任を賜ったのだ。最初は戸惑った。S級冒険者としての誇りも、メイドという職務への抵抗もあった。だが、殿下と接するうちに、彼女の純粋な心と、どこか放っておけない魅力に惹かれていった。今では、この気苦労も、悪くないと思えるようになってきている。少なくとも、退屈することはない。
しかし、もう少し、こう…平和な解決策はないものか。私の胃はすでに限界に近い。今夜は、ようやく手に入れた新鮮な食材で、殿下が『美味しい!』と喜ぶ顔を見れるだろう。それが、せめてもの救いである。
……そういえば、先ほど殿下が『この宿の布団、なんかお煎餅の味がする!』とおっしゃっていたが……まさか、何か別の問題を嗅ぎつけているのだろうか。はぁ…また明日も胃薬が欠かせないだろう。ご乱心ですか、殿下!?いや、もはやこれは私の使命だ。私は、今日も明日も、殿下の自由奔放な世直しを全力でサポートし、この旅を全うする。きっと、そうに違いない。」
リアナは手記を閉じ、深々とため息をついた。明日の旅路も、きっと波乱に満ちているに違いない。
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