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迷子王女と消えたおやつ騒動

眩しい陽射しが降り注ぐ街道を、一行はのんびりと進んでいた。豪華な馬車は道中では使わず、目立たないよう徒歩での旅。これもすべて、前世で愛してやまなかった『水戸黄門』ご一行へのリスペクトだ。


この旅の主役、第八王女サクラは、前世は日本のしがないOLだった。それが、気づけばこのファンタジー世界に、まさかの王族として転生していたのだから、人生は何が起こるかわからない。王位継承権はほぼゼロ。おかげで面倒な政治からは解放され、国王である父からは溺愛されて、こうして自由に旅をするのを許されている。旅のお供には、その父が心配のあまり、優秀すぎる者たちを護衛としてつけてくれた。


「わー!見てリアナ、あの雲、なんかプリンの味がしそうだよね!あっちの雲は、ちょっと硬めのカスタードかなあ!」


元気いっぱいに空を指差したのは、そんなサクラだった。前世の知識と、今世の王女としての無邪気さが混じり合った、独自の感性で世界を認識している。


「はぁ…またですか、殿下。雲は雲の味しかしませんよ。それより、この道で合っていますか?目的地は東の宿場町、『満月亭』ですよ。」


サクラの隣を歩くリアナが、深くため息をついた。クールな顔立ちの美人メイドだが、内心では常に絶叫している苦労人だ。元S級冒険者で、諜報、潜入、交渉なんでもござれの超一流。その能力を、こんなおとぼけ王女の世話に費やすことになるとは、前世の彼女が聞いたら泡を吹いて倒れたに違いない。


「うーん……たぶん、こっちってことだよね!」


サクラは自信満々に、しかし明らかに方角の違う小道を指差した。彼女の生粋の**方向音痴**は、もはや天災レベルである。地図は一応持たせているが、読むことを放棄しているため無意味に等しい。


「殿下、昨晩確認した地図でも、この街道をまっすぐ進むのが正解です。そちらは森の奥へと向かう道です。以前もそちらへ向かおうとして、魔物の巣に突っ込みそうになったではありませんか。」


リアナが冷静に窘めるが、サクラはすでに小道の先に広がる木々を見つめ、目を輝かせている。


「だって、なんかね、あっちからすっごく美味しい匂いがするんだよね!甘くて、香ばしくて、焼きたてのパンみたいな匂い!きっと森の中に、秘密の美味しいおやつが隠されてるってことだよね!もしかしたら、前世で食べられなかった幻のパンケーキとか、夢の国のドーナツとか、あるいは黄門様も知らなかった究極の団子とか!」


そう言って、サクラは迷いなく森の小道へと足を踏み入れた。その目は、まさに獲物を捉えた獣のようだった。彼女が美味しいものの匂いを嗅ぎつける能力は、他の追随を許さない。


「ちょっ…殿下!待ってください!その匂いは、ただの野生の木の実か、あるいは…ただの土の匂いか、最悪は腐敗臭かもしれませんよ!危険です!」


リアナの悲鳴のような声も虚しく、サクラはスキップでもしそうな勢いで森の奥へ消えていく。その後を、無言で続く大柄な男がいた。オークの血を引く獣人の執事、ガルドだ。強面で滅多に口を開かないが、その実力はリアナをも凌ぐ。彼の存在自体が、生きた防壁だった。国王がサクラのために付けた、最強の護衛。彼の「フン」という一言は、状況に応じて様々な意味を持つ。今は、おそらく「またか」という意味合いだろう。


「フン、じゃないですよガルド!殿下を止められないのはあなただけでしょうが!あの筋力は飾りですか!?まったく…こう何度も森に引きずり込まれては、私の胃が持ちません!胃薬もそろそろ底をつきますよ!」


リアナのツッコミも虚しく、一行は半ば強引に森へと引きずり込まれていく。


「ポヨ!ポヨ〜!」


一行の足元では、ふわふわの白い魔物、ポヨがぴょんぴょんと跳ねていた。体長30センチほどの可愛らしい見た目だが、食いしん坊で力の強い魔物だ。彼の目的もまた、サクラと同じく「美味しい匂い」だった。サクラの足元をちょこまかと走り回り、森の奥へと誘うように先に進む。ポヨは元々、サクラが王宮の庭で見つけた野生の魔物で、おやつにつられて懐き、そのままついてくるようになったのだ。


「みんな、ちょっと待ってくれる?」


木々の間を縫うように進むと、セレネの声が響いた。優雅な身のこなしのエルフの踊り子であり、精霊使いでもある彼女は、動物たちと心を通わせることができる。彼女の肩には、森の小さな鳥がとまり、さえずっていた。セレネもまた、サクラの旅に同行を志願した変わり種だ。理由は「森の動物たちが、殿下に何かを伝えようとしているから」とのことだった。


「この森の動物たちが、少し騒がしいようです。なんだか、怒っているような、怯えているような…そして、何かを訴えかけているような気がしますね。」


セレネが耳を澄ませる。森の奥から、微かな悲鳴と怒号、そして、どこか聞き慣れない金属音が聞こえてきた。


「あれ?なんか、美味しそうな悲鳴じゃないってことだよね!もっとこう、喜びに満ちた『うまーい!』みたいな叫びじゃないと、おやつじゃないってことだよね!」


サクラが不思議そうに首を傾げる。普通なら恐怖を感じるはずだが、サクラの感性は常に斜め上を行く。彼女はさらに匂いを辿るように、奥へと進もうとする。


「殿下、お待ちください!恐らく、何か不穏なことが起こっているものと推測されます!私が行って偵察を…」


リアナが慌ててサクラを止めようとするが、サクラはすでに視線を別の場所に移していた。森の木々がまばらになり、その先に、不自然に木々が伐採された空間が見えてきたのだ。そして、その伐採された土地の向こうに、小さな村が見えた。


「あれ、村が見えてきたってことだよね!もしかして、あの村で美味しいおやつを焼いてるのかな?」


サクラは無邪気に目を輝かせ、早足で村へと向かった。


しかし、その村はどこか異様な雰囲気に包まれていた。痩せこけた住民たちが不安げに行き交い、中には泣いている子供の姿も見える。そして、村の中心には、村人を取り囲むように大勢の屈強な男たちがいた。男たちは村の広場に積み上げられた大きな麻袋の山を見張っており、その袋からは小麦や野菜、そして乾物のような匂いが漂っていた。男たちの服装は粗野で、腰には短剣や棍棒をぶら下げている。明らかにただの村人ではない。


「あらら、お祭りにしては、みんな元気ないってことだよね?もしかして、お腹空いてるのかな?私のおやつ、分けてあげようか?」


サクラが呑気に呟くと、リアナの表情が険しくなる。リアナは素早く村の様子を観察し、状況を把握しようとした。


「これは…どう見てもお祭りではありません、殿下。まるで食料が買い占められているような…ええ、この匂い、乾燥させた芋と麦ですね。保存食としては優秀ですが、普段からこればかりでは、栄養失調に陥る村人も出てくるでしょう。しかも、この男たちの様子…ただの商人ではない。」


その時、村人の一人が男たちに詰め寄るのが見えた。痩せこけた老人が、男たちの足元にひざまずき、必死に懇願している。老人の顔には、深い皺と、飢えによる憔悴が刻まれていた。


「お願いだ!このままでは、孫が飢え死にしてしまう!どうか、どうか少しだけでも、麦を分けてはもらえぬか!金は…金は必ず、後で…!」


しかし、男たちは嘲笑うばかりだ。その中心に立つ、肥満体の男が、醜悪な笑みを浮かべて老人に言い放った。男の指には、不釣り合いに大きな金色の指輪がはめられている。


「諦めな、爺さん。これは全部旦那様のモンだ。お前らには関係ねぇ。欲しけりゃ、通常の十倍の金を出せ。出せねぇなら、そのまま飢え死にでもしとけ!ハハハ!」


肥満体の男の背後から、リネットがひょっこり顔を出した。金にがめつい情報屋のドワーフだ。彼女もまた、サクラの護衛というよりは、美味しい話があるからと自らついてきたようなものだが、その情報網は侮れない。


「…あの男、最近この一帯で勢力を伸ばしている悪徳商会の幹部よ。噂では、食料を買い占めては高値で売りさばき、逆らえば力ずくで…って話ね。で、おいくら?この情報、タダじゃないから。」


リネットが冷静に情報を提示し、リアナに手のひらを向けた。リアナは思わず額に手を当てる。


「リネット、今はそういう状況ではありません!」


その時、サクラが男から差し出された(実際には何も差し出されていないが、彼の態度からそう察した)言葉を遮るように前に出た。


「あのね!食料はみんなで分けるものだって、黄門様も言ってたんだからね!こんなにたくさんの食料を独り占めするなんて、なんか、お腹が満たされない味がする!心が貧しい味ってことだよね!美味しいものって、分け合うことで、もっと美味しくなるんだよ!」


突然現れた見慣れない少女と、その突拍子もない言葉に、男たちは唖然とした。そして、すぐにその唖然とした表情は、侮蔑と怒りへと変わる。


「なんだ、このガキは!?どこぞの貴族様か知らねぇが、俺たち商会の邪魔すんじゃねぇぞ!」


「テメェ、生意気な口を叩きやがって!どこのお嬢様か知らねぇが、俺たちを舐めんじゃねぇぞ!」


男たちがサクラに詰め寄ろうとした、その時。ガルドが一歩前に出た。彼の巨体は、一瞬にして男たちの間に影を落とした。無言の圧力と、オークの獣人特有の威圧感が男たちを怯ませる。彼の身体からにじみ出る闘気は、生半可な冒険者では立ち向かえないレベルだった。


「フン。」


ガルドの一言で、男たちは思わず後ずさりした。その一歩で地面がわずかに揺れたように感じ、男たちの顔には恐怖が滲む。


「殿下、ここは我々にお任せを。この件、どうやら穏便には済みそうにありませんね。私は彼らの動きを封じますので、殿下は下がっていてください。」


リアナが冷静に状況を判断し、サクラに耳打ちする。しかし、サクラは首を振った。


「私、ちょっと気になることがあるんだよね。この食料、なんか古くて変な匂いがするんだ。ただの買い占めじゃない、もっと変な味がするってことだよね!なんていうか、カビと油が混じった、すっごく不味い味がするの!」


サクラが鼻をひくつかせながら、積み上げられた麻袋の一つを指差した。その瞬間、ポヨが「ポヨ!ポヨ〜!」と歓声を上げ、その麻袋の山の中に飛び込んでいった。ポヨはサクラの言葉を聞き、その「不味い匂い」の先に、もっと「美味しい何か」が隠されていると直感したのだ。


「ポヨ!危ないから!」


サクラが叫ぶ間もなく、ポヨは麻袋の隙間にできた小さな穴をすり抜け、奥へと姿を消した。リアナとガルドは互いに顔を見合わせた。ポヨはいつも美味しい匂いにつられて、トラブルの核心へ飛び込む習性がある。それはつまり、奥に「何か」があるということだ。


「ま、まさか…!?」


リアナがはっと息を呑む。ガルドが麻袋の山に近づき、ポヨが潜り込んだ穴を覗き込んだ。その奥には、麻袋で隠された、さらに大きな空間が広がっていた。そこには、大量の新しい麻袋と、古くなった帳簿の束、そして、カビが生えかかったような古い食料が雑に積み上げられているのが見えた。


「リアナ、あれ、なんかお菓子の包装紙みたいだけど、字がいっぱい書いてあるってことだよね!しかも、隣の袋、なんか変な色してる…!」


サクラが屈み込んで、麻袋の隙間から見えた帳簿と、カビの生えた食料の袋を指差す。彼女の**洞察力**は、食いしん坊の才能と直結しているらしい。


「殿下!それはおそらく、彼らの不正を示す証拠品です!そして、そのカビた食料は…まさか、古いものを混ぜて売っていたと!なんてことだ…!」


リアナは驚きを隠せない。ポヨが偶然見つけた隠し部屋には、悪徳商人が食料を買い占め、さらに古い食料を混ぜて売りさばいていた不正の証拠が詰まっていたのだ。これでは、単なる買い占めではなく、悪質な詐欺行為だ。


「フン。」


ガルドは帳簿の山を片腕で抱え、難なく持ち上げてみせた。その力技に、男たちはさらに怯んだ。そして、隠し場所が露見したことに、焦りの色を濃くする。


「なんだと!?てめぇら、勝手に人のモン触ってんじゃねぇぞ!やっちまえ!早くそいつらを片付けろ!」


肥満体の男が怒鳴り、配下の男たちに指示を出す。男たちは焦り、武器を構えて襲いかかってくる。彼らが対峙するのは、元S級冒険者たちだ。


「はぁ…本当に、どこへ行ってもご乱心な連中ばかりですね。殿下、彼らに教えて差し上げましょう。王族の旅を邪魔すると、どうなるかを。」


リアナはため息をつくと、構えた男たちの懐に飛び込んだ。流れるような体術と、的確な急所への打撃で、次々と男たちを無力化していく。彼女の動きは一切の無駄がなく、流れる水のようだった。男たちは、自分がどうして倒れたのかすら理解できないまま、地面に崩れ落ちていく。その表情は、まさにリアナの**顔芸**に匹敵するほどの驚愕に満ちていた。


セレネは優雅に舞うように男たちの間をすり抜け、彼らの足元に小さな精霊の光を放った。光に驚いた男たちが足をもつれさせて転倒する。さらに、セレネと心を通わせた森の小鳥たちが、男たちの頭上を飛び回り、的確に糞を落として視界を遮るという、なんとも言えないコミカルな攻撃も加わった。


「うわっ!なんだこれ!鳥が俺を狙ってやがる!?」


「目が、目がぁ!」


男たちが混乱に陥る中、ガルドは黙々と、しかし容赦なく残りの男たちを薙ぎ払っていく。彼の拳と足技は、まるで嵐のようだった。一撃で地面にめり込む者、吹き飛ばされて小屋の壁に激突する者。男たちは抵抗する間もなく、次々と地面に倒れ伏していく。まさに**過剰な破壊**だ。


最後に残った、肥満体の悪徳商人が、恐怖に顔を引きつらせながら逃げ出そうとした。だが、彼の前にサクラが立つ。彼女は真剣な眼差しで、その男を見上げた。


「あのね、黄門様も言ってたんだからね。悪いことしたら、美味しいもの食べられなくなっちゃうんだからね!それに、古くてカビたものを売るなんて、最低ってことだよね!そんなことしてたら、きっとお腹壊しちゃうし、病気になっちゃう人もいるってことだよね!」


男は呆然とサクラを見つめる。その時、サクラは懐から小さな、可愛らしい装飾が施されたコンパクトを取り出した。それは、国王である父が旅の安全を願って持たせてくれた、王家の紋章が刻まれた特別な品だった。普段は中におやつを入れているのだが、今はその存在を悪人に見せつける時だと、なぜか直感したのだ。


サクラはコンパクトをゆっくりと開き、そこに輝く王家の紋章を、肥満体の男に突きつけた。


「そしてね、私の父上も言ってたんだ!困っている人を助けるのは、王族の務めだって!この紋章が、その証拠ってことだよね!」


**「このお腹が、悪事を許さないってことだよね! デザートは別腹、悪人も別格、ってね!」**


その言葉を合図にするかのように、ガルドが男の背後に立ち、「フン。」と、今にも地面にめり込みそうな勢いで拳を振り上げた。男は王家の紋章と、眼前に迫るガルドの拳に恐怖で顔を引きつらせ、そのまま泡を吹いて気絶し、地面に倒れ込んだ。


こうして、宿場町の食料騒動は、サクラの**方向音痴**と**食べ物への執着**、そしてポヨの**幸運**、リアナとガルドの**圧倒的な実力**、セレネの**優雅な支援**、そしてサクラの**王女としての証**によって、無事に解決へと向かったのだった。


村人たちは、山積みになった新しい食料と、悪徳商人の不正が暴かれたことに、涙を流して喜んだ。サクラは、子供たちから差し出された、焼きたての素朴なパンを頬張りながら、満足げに笑った。


「んー!やっぱり、みんなで作ったパンは、心が温まる味がするってことだよね!そして、悪いことをした人は、ちゃんと**お仕置き**しないとね!」


その笑顔に、リアナはまたもや深いため息をつくのだった。この旅は、まだまだ始まったばかりだ。そして、彼女の胃の苦労も、きっと終わらない。


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### 読者の皆様へご報告とおねがい


この度は、「迷子王女は今日も行く! ~お腹と世直しは別腹ってことだよね!~」第一話をお読みいただき、誠にありがとうございます!


この物語は、水戸黄門を愛する転生王女サクラと、彼女に振り回されつつも支える個性豊かな仲間たちの、のほほん痛快な世直しコメディです。


**毎日1話更新**を目標に、皆様に笑顔と少しの癒しをお届けできるよう頑張ります!


もし少しでも「面白いな」と感じていただけたら、ぜひ**お気に入り登録**をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


そして、皆様からの**応援コメント**は、作者にとって何よりの喜びです!どんな些細な感想でも大歓迎ですので、ぜひお気軽にお寄せください。ただし、批判コメントは作者の心が折れてしまうかもしれないので、**少な目でお願いしたい**です…!


それでは、第二話もどうぞお楽しみに!


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