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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集『トタン屋根を叩く雨粒のような』

立ち止まろう、ここで休んで。

春に発生した大地震で、土砂崩れや液状化現象など新潟県では大きな被害が出た。 近頃はこうした自然災害は珍しいものでは無くなっている。


被害はこんなところにもあった。 日本では数少ない天気の神様を(まつ)天天(あまてん)神社だ。 今回の震災で鳥居にヒビが入り、崩壊寸前となったため、 鳥居を取り壊す工事が行われようとしていた。


誰が言ったか地元では、神社自体を取り壊すというガセが広まり、沢山の人が列を作って御守りを購入していた。 そしてその御守りの最後の1つを見事購入したのが当時15歳の私、村田(むらた)春男(はるお)だった。


私の住む町では、毎年8月の第2土曜日に祭りが開かれる。 私は必ず御守りを首にかけて祭りに参加した。 60 歳になる年まで祭りに参加し、いつも見事なまでの晴天だった。


その翌年、 47年ぶりに祭りの日に台風が来た。


世の中にはたくさんの偶然が起きる。 嬉しい偶然も悲しい偶然も。 必然があるとすればそれは未来を諦めたということだろう。


現在村田家の神棚には、あの御守りが埃をかぶって置いてある。


私には娘が1人と息子が1人いる。 娘の(はるか)は32歳。 東京で4年前に結婚し孫娘の(まな)が今年2歳になる。


息子の陽彦(はるひこ)は29歳。 大学進学で上京し、そのまま東京で就職したが、会社でパワハラに遭い精神を崩した。 無気力と被害妄想が酷く、 精神科に通い統合失調(とうごうしっちょう)症と診断された。 彼は訳あって入院を経て、去年の秋から実家に帰って来た。 検索した病気の症状と息子の様子は同じとは言えなかったが、 医者によると症状には グラデーションがあると言うことだった。 息子は顔を見られるのに恐怖心があるようで、マスクをしないと外出が出来ない。 私が注意しないと汚い(ひげ)のままずっと部屋に引きこもっている。 だから休日になると外へ連れ出す。 変わり果てた息子に外の世界の空気を吸わせる。


そして私、春男は今年63歳。 若い頃、運良く中途入社した建設会社があれよあれよと業績を伸ばし、日本を代表する大企業となった。 定年退職まであと2年。 インテリの後輩に嫌味を言われながらよくここまで踏ん張ってきた。


そんな夫を支える妻の美里(みさと)は58歳。 部品に異物が入ってないか検査する内職をしている。 何の部品かは忘れたらしい。 天然だが家族の中で最も正義感が強い。


親父とお袋はすでに他界しており私たち夫婦の悩みの中心は息子の陽彦だった。 部屋から苦しそうな陽彦の叫び声が聞こえると、私たちは孫の写真や動画を見て精神を保っていた。 彼は元々デリケートで病気がそれに拍車をかけた。 私たちにはこれ以上出来ることが思いつかなかった。 色んな本を読み漁って、息子に出来ることはやり尽くした。 もう自分たちを守るしかやりようが無かった。


ある日そんな息子の部屋から最近よく聞く女性アイドルグループの歌が聞こえてきた。 『東京415(よいこ)』の何年か前に流行った曲だ。 生真面目な息子がアイドル?予想もしない組み合わせだった。 息子の部屋をノックする。


「なにー?」


機嫌は悪くなさそうだ。 そして扉を開けるとティッシュで乱暴に涙を拭う息子がいた。 不意をつかれた。 まさか泣いているとは‥‥‥思わず言葉を失う。


「いい映画でびっくりしちゃったよ」陽彦は鼻声で話した。鼻水が出るほど泣いていたのか。テレビに映っていたのは音楽番組ではなくドキュメンタリー映画だった。


「これを地上波で流してくれて感謝。 受信料払うだけのことはあるな」苦しむ以外で涙を流す息子を、久しぶりに目撃した。何が起こっているのかさっぱりだ。


「お前が映画でそんなに泣くなんて珍しいな。 そんなに面白いなら父さんも見ればよかったなー」私はエンドロールを見つめながら、嘘をついてしまった。残念ながらアイドルには興味がない。


「配信はとっくにされてるみたいだよ 」息子は私に何かを期待してくれたのだろうか。


結局、私は映画を見なかった。 代わりに国会中継を見やすく編集した、おそらく違法アップロードであろう動画を見るのにハマっていた。 若い頃は全く政治に興味が無かったのに今は毎晩関連動画を見ている。 与党の腐敗っぷりと野党の頼り甲斐のなさ。 政治評論家は無責任に言いたいことを言ってるだけだ。 全てを壊してくれる新しいヒーローを私は待望していた。



***



夕食後、私と陽彦はリビングのダイニングテーブルを囲んでいた。息子が例のアイドルグループの動画をスマホで見ている。 あの映画を見ていたのももう1 年前か。 小さい音で気になるなぁ。 私はニュースを見てるというのに。まったく、自分の部屋で見ればいいじゃないか。 まさか30でアイドルにハマるとは、トホホだな。


高校2年生の頃は彼女がいたようだが1年で別れ、 その後は女っ気が無かったのでもしかして男が好きなのかと気になっていた時期もあったが考えすぎだったようだ。


試しに415のホームページを検索してみる。 えっ14歳!?かなり若い子がいるな。 で、一番年上は29歳か。 んー息子の推しがハタチ以上ならロリコンではないだろう。 しかし良い子とか言いながらアラサーもいるんだな。


「なぁお前誰のファンなんだ?」間違っても最年少はやめてくれ。


「えっ‥‥‥(みさき)。‥‥あの映画で主役っぽかった人」なるほど、所謂(いわゆる)センターってやつか。納得の人選だな。


「ミサキ?えーっとこれか岬美郷(みさと)」23歳っ!!セーフっっ!!


「っておい、 母さんと名前一緒じゃん!」私はひっくり返りそうになった。


「いや、まぁ恋愛感情とかじゃないんだよ」陽彦は落ち着いた口調で弁明するが、目線は明らかにキョロキョロと動揺している。そんなの私も動揺してしまうだろ。


「ほんとか?この子そんなに人気あるのか?」顔が可愛いのは認めるが、なぜ『ミサト』なんだ。私は嫌な汗をかき始めた。


「最近は選抜に入ってないんだよね。 デビューしてしばらくはセンターだったんだけどさ」 陽彦が話題を名前から逸らした。


「落ちこぼれちゃったのか?」私は思いやりのカケラも無い言葉をついつい発した。


「そんな言い方すんなよ。 ファンの数は選抜レベルだよ。 でも一回メンタルやられてから、ずっと控えになっちゃった。 一番輝いてた時代は過去動画探して見てたんだ。 俺が推し始めた時にはもうそんな感じ」 陽彦にとって、このアイドルは一体何だというのか。母と同名というハンデを乗り越えて、推す理由とは。


「やっぱり同じ名前はやばくないか?」私は息子に優しく詰め寄る。


「だから苗字で読んでんじゃん」陽彦は私から賛同が得られず、()ねてしまった。


後ろで黙々と皿を洗っていた美里が「昔ネット記事で見たことある気がする。 活動休止ってやつ。 酷いファンがいたんでしょ?」と、話に割り込んできた。同名事件については、気にしていないらしい。


「そう。 それ。 母さんなら映画見たら、俺の気持ち分かるよ。 岬応援したくなる。 名前も同じだし」陽彦はやっと味方を見つけたと言わんばかりに美里に"意気投合"を持ち掛けた。


私はなんだか仲間外れにされた気持ちになった。 病気とはいえ、いつまでも家にこもってアイドルの動画ばかり見られても困る。 大ヒットした映画ばかり見てきた人生だが、息子の気持ちが知りたい。


陽彦が自分の部屋に帰った後、テレビで検索欄に[東京415]を入れる。 415のメンバーがこれまで出演してきたドラマや映画がずらっと並んだ。


「美里、 これ見たよな。 メンバーの誰かが出てたんだな。 結構良かったよな」

「まぁすごい人気だからね415。 みんな引っ張りだこなんでしょ?」


カーソルを下に移動していく。 あった。 ドキュメンタリー映画はこれまで2作発表されているようだ。


「『流れ着いたこの世界で』 だったよな」


あの作品は2作目だったのか。 隣の美里はいつの間にかスマホでパズルゲームをしている。 まぁ構うことはない。 再生ボタンを押す。





『わ、 私はこの職業に就くなんて考えていませんでした。 オーディションの話を友達から聞いて。ただ東京に友達と遊びに行きたくて。 夢のためだよって言えば親がお小遣いくれるかなって。 ‥‥どんどん審査が進みました。 オーディションではパニックになって泣いてしまって。 こんな私のどこが良かったのか分からないけど。 審査員の方たちはニコニコしてました』


映画の冒頭。 おそらくまだ20代にはなってないであろう少女は、目が点になり、ガチガチの笑顔で緊張して話していた。


『そんな私がいきなり東京415 のセンターになるなんて信じられませんでした。 加入前の私は415 のことはあまり詳しく無くて。で、でも国民的アイドルといえば415というイメージはありました。これからこのグループの 3 期生として一生懸命頑張ります』


その様子は私の青春時代のアイドルのような、プロフェッショナルな姿とは程遠かった。 用意したセリフを一文字も間違えないよう必死に話す姿に、娘が小学生だった頃のピアノの発表会を重ねていた。 ホームページの彼女はショートカットだったが、デビュー当初はロングヘアーだったようだ。


「この緊張の仕方とか遥の小さい頃みたいじゃない?悔しいけど顔は流石に整ってるよね」 美里の言葉に私は大きく(うなず)いた。



映画の中では、3期生が加入して数ヶ月が経ったようだ。 いよいよ初ライブを迎えようとしている。


『どう?3期生ついてきてる?』ライブの演出家が尋ねる。会場での初リハーサルだった。ステージ以外は暗いが、相当広い会場だと分かる。


『はいっ!』メンバーから頼もしい声が返ってくる。


しかし1人だけうつむいている‥‥。岬が泣いているではないか。 メンバーが岬を囲んだ。


『大丈夫?一回休む?』


首を横に振る岬。


素人の目から見てダンスと歌は上手くいっているように見えた。 しかし問題はメンタル。 岬は本番が近づくにつれて恐怖心で満たされていくようだった。



ライブ当日の映像が流れる。 どこだか知らないが、会場の野球場は満席だった。色とりどりのペンライトを振って観客は『コール』なるものを叫んでいる。


岬は新曲のセンターを堂々と務めていた。 歌って踊っている時は楽しそうに見える。


「出来てるじゃん」 私たち夫婦はハモった。


曲が終わるとメンバーは一列に並んだ。 岬はマイクを握りしめて一歩前に立ちスピーチを始めた。 肩が震え、目は(うる)んでいる。


『み、 皆さん、 こんばんは。 3期生の、 み、 岬美郷です。 この日が来るまでずっと怖くて毎日泣いていました』


今も泣いてるやないかい、と美里がツッコむ。


『 が、 今日はすごく楽しくて。 それはファンの皆さまが応援してくれていたからで。 わ、 私は新曲でセンターだったので、これからの東京415を引っ張っていける存在になれるように、 ‥‥頑張ります。 ゴホゴホ』


「あちゃー泣き過ぎ。痰が絡んでる」と私は彼女を不憫に思った。偶然が重なってアイドルになっただけなのに、荷が重すぎるのだ。だが‥‥


『え〜、最後は皆さんに!いきますっ美郷っビ〜〜ム!』


彼女はびしょびしょの顔のまま必殺技を絞り出した。無垢な笑顔だった。 左手で作ったピースのポーズは嘘みたいに震えていた。不思議とさっきまでの不憫なイメージが飛んで行った。(まぶ)しかった。なぜそう感じたのかは、分からない。理屈ではなかった。


「面白い子だね。 絶対良い子じゃん。 愛もあんな風になったらいいなー」 美里にも息子の推しの良さがわかったようだ。


映画の中盤。 1期生の人気メンバーがフォーカスされる。 絶対的なエース。 誰からも信頼されていてまさに精神的支柱。 モデルや俳優でも活躍してるとは恐れ入った。 確かに私でも知っている。


彼女はもうじきグループを卒業するらしい。 あのライブから2年が経っていた。 『美郷たちがこのグループをもっと大きくしてくれると思います。 私はこれからはただのファンです。 どこかの現場でまた皆んなと一緒になりたいな』



次の瞬間 SNS の画面が映し出された。


〈415 終わったな〉


〈あんな泣き虫よくセンターになれたな〉


〈あいつのせいで他のメンバーにチャンスが回って来ない〉


〈週刊誌が枕だって突き止めてるらしいよ〉



病室が映る。


憔悴(しょうすい)しきった岬がベッドで横になっている。 右手首には包帯が巻かれていた。


『ごめんなさい皆さん。 心配させちゃって』泣くなら今だろうに、こんな時だけ岬の目は乾いていた。


「ここまで映さなくても‥‥。 ねぇ‥‥?」美里は動揺して、私の顔を覗き込んだ。幼い子どもが母親に愛情を確認するような仕草だった。


「酷い演出だな。 病室の()を印象的にするためにデビュー当初の映像を見させられたんだ」 私はこの悪魔のような演出に怒ると同時に、この映画の不思議な力に魅せられていた。陽彦の琴線に触れたのは、間違いなくこのシーンだろう。


そして岬は1年間の休業に入る。 岬の代わりにセンターになった子は、私が見たことのある作品でヒロインを演じていた子だった。



***



翌日、 朝食中に息子が話しかけて来た。


「父さん、 映画良かったでしょ?すごい心に刺さってさ。 映画を踏まえて今の頑張ってる姿を見ると泣けてくるんだよね。 境遇は全然違うけどさ。 深い共感っていうか、共鳴してる感覚になるんだよ」陽彦は少々興奮気味だった。両親に自分のことを理解してもらいたいという欲求に、飲み込まれつつある状態。まぁその状態は普通なのかもしれないが。


ともあれ息子は病んでいる。 そしてこの映画がある程度の興行収入を得ていることから日本人が病んでいるとも言える。しかし私はこの映画を否定することが出来なかった。


あの映画は岬が復帰をするタイミングで地上波で放送された。 息子が復帰した岬を楽しめたのはそれから2 年間だった。


充分だったと思う‥‥。度々辛い記憶がフラッシュバックしたり、怖い妄想に囚われてしまうようだが、息子は岬の話をする時だけは生き返っているように見えた。 私は感謝で一杯だった。


そして私はいつの間にか定年退職をし、 息子といる時間も増えていた。 この時間は私の人生における休息でもあり恐怖でもあった。金銭的にもあらゆる意味でも、息子は私たち無しで生きていけるのだろうか。 岬のいない415。 私たち夫婦のいない村田家。 目の前にある現実といつかの未来。 私は妻と晩酌をしながらただ茫然と孫が滑り台を滑る動画を見ていた。


「ねぇ覚えてる?ついに明日だよ、ライブ」 美里の問いに私はハッとして頷いた。



***



選抜外では異例で岬の卒業ライブが行われた。 会場はいつもよりずいぶん小さいけれどそんなことは私たちにはどうでも良かった。 生配信は3人で見た。415の曲は意外とメッセージソングとかもあって、じいさんでもそこそこ楽しめた。岬がスピーチをする場面では会場も村田家も息を殺して見ていた。


『この2年。というか最後の1年だけかな。アイドルという仕事が好きになり、恵まれた環境に感謝の気持ちで一杯になって、ライブの後初めてあったかい気持ちで涙が出て来ました。この道を選んで良かった。そう思うことが出来たのでグループの卒業を決めました。 今後やりたいことも出来ました。 違う形になるけどこれからも私は皆さんと一緒です』


岬は見違えるほど堂々とスピーチした。 まるで娘の成長を見ているような不思議な感覚だった。 人は数年でこんなに変わるんだなと思った。



岬はアイドル引退後、 芸能活動はほぼ行っていない。 彼女は生きているのが辛い人たちのためのコミュニティサイト 『立ち止まろう、ここで休んで。』の運営に関わりながら、その活動の宣伝でメディアに出演している。


8月の第2土曜日。 コミュニティサイトのイベントが開催されることになった。 13時から神奈川海浜公園で開催。 メッセージ性の強い曲で知られる何とかっていうバンドのライブや見たことない人のマジックショー、 そして岬のトークショーが開かれる。

イベント当日の天気の予報は大雨。 中止かどうかは当日の朝7時までには発表するとSNSに書かれていた。


初めて生で岬を見られるかもしれない。 イベント前日、 美里と息子は、ダイニングテーブルで幼稚園ぶりに、てるてる坊主を作っている。 ばあさんと30過ぎがてるてる坊主とは、 我が家は変人揃いだったようだ。


「父さん、 あの御守り持って、朝の5時に海浜公園行こう!」陽彦は5個目のてるてる坊主を作りながら、ガキがするような提案をしてきた。


「本気で言ってるのか?確かに祭りはずっと晴れてたけど、ただの願掛けだぞ?」私は麦茶を一口飲んで少し嫌がってみた。


「頼むよ。 本物見てみたいんだ。 願掛けでもなんでも使えるものは全部使いたい」 陽彦は手を合わせて神に拝むように頼んできた。人差し指には、油性ペンが付いている。てるてるにかける熱い想いの表れだろう。


「随分とやる気じゃないか。 お前が高校生の頃に神輿(みこし)担いでたの思い出すよ」 私の脳内では、お祭り男だった息子の姿が鮮明に思い出された。戻って来い。戻って来い。


「‥‥‥祭りの話はもういいじゃん」陽彦は中途半端に生えた(ほほ)の髭をジョリジョリ掻いた。一気に歳をとったみたいだ。陽彦は地元に帰って来てから祭りには一度も参加していない。 そう簡単には戻って来れない。病とはそういう物なのだろう。


結局、私は息子の熱意に負けておねだりを聞くことにした。


「車じゃないと間に合わないな。 久しぶりの遠出だ。 何聴いていこうかな」 私は寝室で棚を漁っていた。


音楽はストリーミングの時代だが、 我が家ではいまだにCDが主役だ。 私が長年崇拝している山ノ下龍太郎が楽曲を配信せず、 CDだけでリリースしているからだ。そんな人は今では珍しく、 同世代の固定客と、彼がパーソナリティを務めるラジオ番組のファンによって、彼はずっと成功し続けてきた。 私の影響で息子もすっかり龍太郎のファンである。


龍さんのアルバムの中でも海にピッタリのCDをセレクトした。息子も喜ぶだろう。



***



「おっ、 今日は言われなくても髭剃ったな」当たり前のことが当たり前じゃないと、私は最近になって分かり始めてきた。


「まぁマスク外して岬を見たいからね」陽彦にとっては、そんなことも試練だった。顔を出すと陰口が聞こえてくるらしい。息子は恥ずかしい顔なんかじゃ無いと私は思うのだが、そういうものでは無いそうだ。


1人分の抽選は外れていた。 美里は長時間運転をしたことがないので自動的に留守番になった。 海浜公園まで高速に乗って4時間かかる。 御守りを首にぶら下げて深夜1時に家を出る。


「夜逃げみたいだな」私はワクワクしている。


「なんか緊張してきた 」 会って話すわけでも無いのに陽彦は色々とナイーブだ。


「‥‥‥龍さんのラジオタイムフリーで聴いていいか?」私たちは車を走らせた。車がこんなに少ない道路を走る機会はそうそう無い。


私はこの日のために、今週の龍さんのラジオを我慢していた。 龍さんのラジオは渋い選曲が多い。 リスナーはテレビで見る今どきの複雑な曲とは違う昔懐かしい雰囲気の曲に毎週癒されている。 息子は幼少の頃からこのラジオを聴いている。


「父さんはいつから龍さんの曲聴いてるの?」高速の料金所を通過する。


「たぶん高校生の頃からかな?」東京方面へ進む。


「えっ龍さんって何歳?」加速車線から本線に合流する。


「たぶん父さんの 10 個くらい上じゃん?」げっ、後ろから凄いスピードのヤツが来る。左走っとこう。


「‥‥才能のある人が羨ましいな」 ひぇー、何キロだったんだ?おっかねー。


「この世界で才能を生かせてる人なんて一握りだよ 」心拍数を整えて、会話に集中。


「才能は派手なものばかりじゃないよ。 普通の会社で働き続けられるのも才能だよ。 俺には働く才能すら無かった」あぁ陽彦がいつの間にか落ち込んでしまった。人生酷いことばかりじゃ無い、岬だって頑張ってるじゃないか。息子に何を言えばいい?


「‥‥‥諦めるな。 何を選んでもいいから」


雨がパラパラと当たって来た。



***



休憩を多めにとったので予定より少し遅れて到着した。 会場近くのコンビニで軽食をとっていると次第に雲が散っていく。 信じがたいことに朝の7時には快晴だった。


「やっぱ父さん晴れ男だね 」陽彦は伸びをして言った。


「なんか本当にそんな気がしてきた」栄養ドリンクをグイッとキメる。


あまりにも時間が余っていたので会場を散歩した。 海浜公園は芝生が綺麗に刈られていて整備が行き届いている印象だ。


広場の中央に簡単な作りのステージがある。 4人組バンドがちょうど入るくらいのスペースは確保してあるようだ。


「お金かかってないな」抽選までしてこんなものかと思ってしまう。


「出演者ノーギャラらしいよ。 すごくね?」どこから仕入れたか謎の情報を息子は自慢げに話す。


「ほんとうに?」まぁコミュニティサイトの特徴的には有り得そうな話ではある。


それにしても岬はちゃんと生活できているのだろうか。 週刊誌とかテレビで悪い噂はないから変なことに手を出してはいないだろう‥‥。 いや、なんの情報もないくせにあーでもないこーでもないと想像で話を進めるのは、愚かだ。 映画の事件だってデマが岬を追い詰めたんじゃないか。書き込んだ連中と自分の何が違うというんだ。はぁ。



散歩の後、車で仮眠をとり10時頃になって本屋で暇つぶしをする。 東京415の写真集が目立つ場所にあるが息子はそこを素通りした。 そういえば岬は写真集を出さなかった。 出すほどの人気がなかったのか本人の意思なのかわからないが、 発売してたとしても息子は買わなかっただろう。 あいつはもっと素直になったほうがいい。


次は喫茶店に入る。 レトロな雰囲気のかっこいい店内。 ジャズが流れている。 スマホの音量を小さくする。 美味しいコーヒーを飲みながら見る孫の動画は格別だ。 幸せになってほしいと心から思う。『おじいちゃんのことなんか嫌い』とか言われる日が来るのだろうか。 想像するだけで辛い。 アイドルになりたいと言ったらどうしよう。 きっとあの映画を見せれば諦めるだろう。‥‥いやいや、あの子の未来を私が誘導するなんて!心の傷が(うず)く。そうだよな。息子にあの会社を強く勧めたのは私だった。雑誌で見かけて一目惚れした企業だった。 陽彦はそのことで私を責めたことはない。 ほんとに素直じゃない男だ。


いつの間にかそうなっていた。


私の目にするもの、起こった出来事、その全てに陽彦が顔を出す。私の思考の中心、もしくは思考が(まと)う衣服の裾を掴むように陽彦が存在する。まさかこんなに長い間、子どもと向き合う人生になるとは、思いもしなかった。





海浜公園に戻る。 さっきまでとは違って人で賑わっている。 知らないバンドは若者にそこそこ人気らしい。 いよいよ13時になった。 ライブが始まる。 どこかで聴いたようなギターリフがかき鳴らされた。肝心の歌詞は薄っぺらくて温かい。これでは政治家が作詞したと聞かされても驚かないような出来だ。 まぁこの程度か。


マジックショーが始まると見物客が少し減った。 人気商売は残酷だな。 しかし思いの外レベルが高くて私は満足だった。 マジシャンが決め台詞を言うたびに私は大きな拍手を送った。


いよいよ岬がステージに登壇する。 この公園に来ている人の大多数の目的はこのトークショーのようだ。


「さすがファンの数は選抜並だな」病室のシーンを思い浮かべてしまった。


「まぁな」 息子は得意げだ。



「私はアイドルに向いてはいませんでした。 実際辛い思いをたくさんしたし人が怖くなりました。 でも攻撃的なコメントの中に味方の人が紛れていて、 握手会ではそんな味方の方が沢山いることを知りました。 自分が頑張っていてもちょっと(くすぶ)っていてもファンの皆様とメンバーやスタッフの皆さんは私のことを見ていてくれました。 それを私はこのサイトで再現したいんです。 皆んなの辛い気持ちを見守りたい。 1人じゃないって感じて欲しい。 生きることを諦めないでほしいんです」


大人になった。素敵なスピーチだ。これは彼女の本心だと思う。 でもあのサイトを覗いてわかったことがある。 実際に悩んでいる人たちは苦しい気持ちをぶつけるだけで、みんな前を向いているわけではないように見えた。一人ぼっちの人が沢山いることを知ってこの世界を呪っている人たちだっていた。 本当は彼らには別の形で助けがいるのかもしれない。 それに岬が気付いたら、さらに何かが変わるのだろうか。


でも今日は彼女の言葉が聞けて嬉しかった。 少なくとも息子が消え去りたいと思う世界に、力強く輝く存在が現れた。 それを再確認できて良かった。


1時間たっぷり話した岬は去り際にファンから 「ビームください!」と言われたのに対し満面の笑みと指でバツ印を作って去って行った。


「父さん、今日晴れたの御守りのおかげかな?」2人で芝生に体育座りしてると、陽彦がエモいことを言って来た。


「気のせいだろ?日頃の行いが良かったんだよ」私は照れてしまって、誤魔化すために、草を指で千切った。


「そんな曖昧な理由は信じられないな 」 陽彦は両手で膝を抱えて空を見上げた。


「御守りだって曖昧だろ?」私はあぐらをかいた。


「父さん、わがままに付き合ってくれてありがと。 ‥‥‥でも結局マスク外せなかったわ。 外そうとしたら急に不安になっちゃってさ」陽彦は(から)のステージを見つめた。


「いいよ、それはきっとお前だけじゃない。 でもあれだ‥‥色々と諦めるなよ」やっと息子の顔を見て話した。その後で結構クサイこと言ってしまったなと後悔した。


「はい」息子にはちゃんと届いたらしい。


「今日は父さん来れて良かったよ 」私の心にもちゃんと届いた。



社会から弾き出された息子はあの酷い映画を見て人間の心に触れた。 あの日から少しずつ前に進んでいる。 そんな気がしている。


ブルブルッ


スマホにコミュニティサイトから通知が来ている。 岬がコメントを追加したらしい。


「お前のヒーローからじゃん。 あの子、 泣き虫だけど強くなったよな。 そこが良いんだろ?」



「まぁね。 ‥‥あと‥‥めっちゃ可愛いし」


そう言って息子は左手首のリストバンドをギュッと握りしめた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

陽彦がなぜ岬に対して「共鳴」という言葉を使うほど心奪われたのか、なぜ入院してから実家に戻って来たのか、それを最後の一文で明かしました。

生きづらさは人それぞれ、私は小説を書くことで自分を好きになれたら良いなと今は思っています。

ではまた!

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