1話
XXXX年。生物学者池澤武博士の研究によって新たな細胞が発見された。この細胞は刺激や衝撃を与えると与えた分だけのエネルギーを作り出すという未知の細胞であり、細胞の発見は生物業界とエネルギー問題に革命を与え、世間を騒がせた。
博士はこの細胞をスティミュレジー細胞と命名した。
電気、ガス、ガソリンなど様々なものに代替えでき、あらゆる企業や先進国がこれに目をつけた。細胞が作り出すエネルギーは人体にとって無害であり、健康面でも安全が保障されている。原発や発電所よりも簡易で効率よく多くのエネルギーを生み出せるため、それらにとって代わってスティミュレジー細胞が現代社会に導入されていった。
細胞が作り出す無限のエネルギーは人類社会の発展に大きく貢献し、無限の可能性を我々に示してくれるだろう。
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寿町。その中央にそびえたつ時計塔は町のシンボルとして人々から愛されている。町の顔として、観光名所として、デートの待ち合わせ場所として。
その時計塔では本日大きなイベントが開催されている。
年に一度の大晦日に開かれるお祭り。主に若者を中心に集めているこのイベントには既に多くの人が集まっていた。年齢、性別、人種問わずカップルであったり、家族であったり、一人であったり、友達であったりと様々だ。
そして愛甲千春も今日は友達との待ち合わせでこの場所を訪れていた。
倉敷駅から徒歩で何分か歩いたところにある広場。夜だというのにイルミネーションの数々が多彩な色を輝かせ、街を明るくする。それがイベントを盛り上げる一役を買っている。
待ち合わせ場所に着くと既に千春の親友淘江芽衣が到着していた。
彼女は瞳を左に右に上に下に動かしている。アイコンタクト型電子端末でゲームを遊んでいるのだ。
かつて手元に持っていた電子端末は時代とともにコンパクトにそしてより脳に近い場所へと移動している。これも人類の英知による賜物だ。
「おーい、芽衣着いたよ。ゲームやめて」
彼女の顔の前で手を振る。彼女もその存在に気づきデバイスを閉じる。
「おっ、千春。こんばんは。約束の時間には間に合ったね」
「そういう芽衣はいつ来たの?」
「んー?30分前かな?暇だからゲームしてた」
「相変わらず早いね。何だか申し訳ないな」
「あはは。気にしないで。私が好きで早く来てるだけだから」
二人はイベントが始まるまでの一時間ショッピングモールを回りながらその時を待つ。
ちなみに先程芽衣が使用していたのは中小企業が開発したコンタクト型デバイス。一世紀前の言葉を借りるならスマートデバイスに近いものだ。装着者の視線を捉え、それがカーソルとなって画面をクリックしたり、スライドできる優れものだ。指を使わなくてもいい手軽さと利便性が高い話題を呼び、今の時代携帯電話といえばほぼ全てこれを指すといっても過言ではない。
ショッピングモールでの買い物も手軽になっている。タッチ式で選んだ商品が実物映像となって買い手の前に出現する。服や靴ならばその場で試着することも可能だ。購入したものは実際の商品として手に出てくる。粒子と粒子を結合させ瞬時に商品を出しているのだ。
すべてが数百年前の技術とは比べ物にならないくらい進化している。人類の叡智の賜物だ。
店内には年末ということもあってセールや派手なイベントが行われており、人が盛んだ。普段街のどこにこんなに人がいるのかと問いたくなるような人の波。芽衣と手を繋いでいないと迷子になってしまいそうだ。
「すごい人だね」
「そりゃ年末だもん。どこに行っても人の波だよ」
何件か店舗を行き継いでカフェで休憩する。ベンチで二人隣同士で座っている。
「芽衣の美味しそう♪一口ちょうだい」
「えぇ~?自分で買えばいいじゃん」
「隙あり」
芽衣の隙をついてストローに食らいつく。
「あっ!!??」
「ごめんごめん私の一口あげるからさ」
「もう。あっ、おいしい」
などとショッピングを楽しんでいるといよいよ目的の時間が近づこうとしていた。日付が変わろうとしている。
「あっ、千春。そろそろ時間じゃない?」
「本当だ。急ごう」
二人は人と人の間を縫って目的の場所を目指す。待ち合わせ場所にも指定していた時計塔だ。
周囲はたくさんの人で溢れている。前へ進むのも困難なほどに。
なぜみんなはこんなにも時計塔へ集まるのか。それは年越しと同時に行われるイベントが理由だった。千春たちが前へ出たときすでにカウントダウンが始まっていた。一秒一秒と時が刻む。新しい年が来ることにワクワクを隠せない。
そしてカウントは0となった。針が動き二本の針が12を指す時、重音と共に時計塔は光を放つ。街を全て覆いつくすほどのまばゆい光に包まれる。
千春と芽衣はそんな光景を目を輝かせながら見つめていた。
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5月。木の枝に新しい緑がつき始める季節。新学期になって一ヶ月が経過し、新しいクラスにも段々慣れ始めたころ。年に一度の恒例行事の時期になろうとしていた。
「林間学校?」
「はい。そろそろみんなもクラスに慣れてきたころだと思います。もっと親睦を深めていこうという目的で行います。今日のHRは林間学校のことについて話し合いたいと思います」
そう言って先生が生徒と話し合いながら班を決めていく。班は一班6人でそれぞれ男子3人、女子3人で分かれるようにくじで決められる。
「同じ班になれたらいいね」
「うん」
だがくじで引いたのは千春と芽衣が別々の班になるという結果だった。お互い残念だねと言い合いながらも決まったことはしょうがないと割り切った。
「はい。それじゃあみんな班も決まったことだし、班に分かれて話し合いをしましょうか」
先生の指示の下、生徒たちが机を動かして6人の机が隣合わせに繋がり長方形を作る。各班がそれぞれ林間学校のことについて話し合う。当日の動きの確認や道中のバスの席、寝泊まりする部屋の割り振りなどなんといっても一番の注目は合同での野外実習だ。いつも班に分かれてカレーを作る。そのときにだれがどの役割をするのか協力が必要になる。だいたい物品の運搬などの力仕事は男子組が担当し、調理、盛り付けは女子組が担当することが多い。千春の班も大まかな流れは他の班と変わらない。千春と同じ班になった安立優月というクラスメートが調理の担当になった。
ちなみに芽衣の班は芽衣が火おこし担当になっていた。理由を聞くと料理が苦手とのことで自ら立候補したらしい。千春が「頑張ろうね」とよろしくの握手を差し出したが、優月はそれを拒み「ええ、よろしく」とその一言だけで終わらせた。
HRも終わり放課後になった。外は雨が降っている。芽衣が玄関で待っていると後ろから千春がやって来た。
「ごめーん。待った?」
「ううん、全然」
傘をさして道を歩く二人。大雨で道路のくぼみには既に水たまりができている。それらを踏まないよう歩いてはいるが傘だけではどうしてもカバーできず雨水が靴に浸水し、靴下を濡らす。ジュブジュブと水を含んだ足音が不快感を与える。
「ねぇ芽衣。私って嫌われてるのかな?」
「えっ!?」
驚く芽衣。突然千春からそんなこと言われてみれば無理もない。人づきあいも愛嬌もいい千春が嫌われているなど想像できないからだ。
「そんなことないと思うけどどうしてそう思うの?」
「実は・・・・・・」
千春はHRであったことを話した。優月と同じ班になって調理も一緒にすることになったが優月の反応がいまいち冷たいものであったことを。
「ん~それだけ聞いても千春が嫌われてるって思うのは早計じゃないかな?その子は千春と違ってコミュニケーションに慣れていないのかもしれないし、心を開いてくれたらまた反応も変わると思うし」
「そうか・・・・・・そうだよね!」
曇っていた千春の表情がだんだん明るくなった。
「私、明日から安立さんと仲良くなれるよう頑張ってみる」
「うんその意気。そうやって前向いてるほうが千春らしいよ」
「やっぱり芽衣に相談してよかった。ありがとう」
「どういたしまして」
元気を取り戻した千春。そして二人は分岐路へとさしかかった。
「あっ、じゃあ私こっちだからじゃあね」
家に帰るために右の道を選ぶ芽衣。千春の家は左の道なのでここで別れることになる。
「うん。また明日学校でね」
雨の中帰路を歩く。芽衣のおかげで自信がついた。千春は少しだけ雨の道が楽しくなってきた。もう少しで家に帰るところまで来たとき向こうに見えた人影が気になった。そのものは傘をさしていなかった。激しい雨に身をさらされている。しかし、その場から動く気配が全くない。千春が雨に打たれる者の心配をしていると目の前の人物は急に千春に声をかけてきた。
「愛甲千春さんですね?」
「え?はい」
急に話しかけられたことに対する驚き、体を震わせる。今日初めて会ったはずなのになぜか自分の名前を知っているのか疑問に思う恐怖が自然と距離をとってしまう。
「はじめまして」
雨音の中で高い声が響いた。目の前の人物はコートをめくり右腕を見せた。そこには携帯型のミニガンが装備されていた。銃口を向ける。
「そしてさようなら」
千春の本能が危機を察知したようでその場から横に動く。そして先程千春がいた場所に数多の銃弾が飛んでいく。千春が無意識のうちに避けたからいいものを動いていなければ今頃は蜂の巣になっていただろう。そう考えるとぞっとした。そして今自分が危機的状況に置かれていることを知った。”逃げなければ”そう思って後方へ全力で逃げる。通常のことでは考えられない出来事。しかしそれは起こってしまった。なぜ?と思っても答えは見つからない。そんなことより今は逃げることが先決だ。
何処へ逃げればいいのか?とにかくあの人物からは離れないといけない。逃げる途中雨風の強さで傘を手放してしまったが、取りに行く余裕などない。身体に冷たい雨が当たるが身軽になったことを思えば今は苦ではない。
住宅街を駆ける。とにかく人目のないところへ。しばらく走り続けて暗い路地裏へと身を潜めた。乱れた息を整えながら外の様子を見る。たまに人が歩いていることはあれど先程の人物は千春を追っていなかった。
一安心して緊張した空気を吐き出した。
「見ぃーつけた」
突然の声に驚き上を見た。上には先程の人物ではないが大柄な男が路地裏の壁に両手と両足で支え、そこに張り付いていた。千春はさっきの人の仲間だと思いまたその場から逃げようとした。
「残念」
千春が踏んだ場所が突如として光る。閃光と共に大きな爆発。周りの人たちは逃げ出すものもいれば、何が起こったのか興味本位で近づいてくるものも、その不審な音を警察に通報するものもいた。
大柄な男は千春が爆発に巻き込まれた姿を確認した後、その場から去った。場に残されたものは倒れた千春ただ一人。うつ伏せで倒れ、目は開眼し、瞳の中に生気はなかった。
地雷を踏み爆発をまともに受けて生きているはずはない。だが、身体は全て残っていた。どこも失うことなく。
『緊急生命維持装置を起動します。緊急生命維持装置を起動します』
雨音が強く響く路地裏に千春の胸の中から機械音声がメッセージを復唱していた。




