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牛乳アイスとバターロール

作者: Mコウジ

「おはようございます。伊川谷急便です。受け取りのサインをお願いします」

 某食品会社の倉庫でスマホサイズの携帯端末を取り出し、女性事務員に渡す。伝票にサインをもらう時代は終わり、今は端末にサインをもらうのが主流だ。

「おはようございます。いつも、ご苦労様です。サインですね」

 化粧の匂いを漂わせる女性事務員がタッチペンを走らせる。配達するたびに顔をあわすが化粧の匂いは気になる。端末を返され、サインされているか確認した後、送信ボタンにタッチ。

「ありがとうございます。また、お願いします」

 事務所の扉をやさしく開け、2トントラックに向かって歩きだす。

 運転席に乗り込み、キーを回してエンジンをかける。バインダーに挟まれた配達ルート表に出発時間を記入し、次の配達先を確認。

 さぁ。次の会社だ。

 クラッチギアをローポジションにいれ、アクセルを踏む。


 俺、高岡 蓮は運送会社のドライバー。

 小さい食品会社や飲食店などに材料を配達している。

 大学生の時、バンドでメシを食っていく心つもりだった。だけどメンバーが次々と就職していき、俺だけが残った。焦って就職活動したのだがすでに遅く。その当時、物流業界の就職が人気なかった。で、運送会社を選ぶしか、選択の余地がなかった。


 次はケーキ屋に小麦粉の配達だ。そこには人生のパートナーになるかもしれない前原 美樹が勤めている。俺が休日以外ほぼ毎朝、配達に行っている。

 20分ぐらい走らせると、清潔感が漂う白い壁にチョコーレート色の屋根が見えてきた。

 『スイーツのカトレア』 それが彼女が働くケーキ屋。

 開店3時間前だからトラックを停める位置は自由だ。駐車場の白線を気にせずいつもの店前に停める。

 バックヤードに入ると入荷チェックしているすらっとした女性。茶髪の後髪を束ねて白い上下の制服を着た美樹の可愛らしく少し高めの声が聞こえてくる。

「あっ。お疲れ様。いつものところに置いてね。来週の土曜日の晩、時間あるかな? お父さんが会ってみたいって、言ってるけど・・・」

 その日は・・・。特に何もないか。仕事も早く終る日だし・・・ たぶん、結婚の話だろう。先週の土曜日、俺が結婚のアプローチしたこたを帰ってすぐ親に話をしたのだろう。

「来週の土曜日。大丈夫だと思う。よいしょ。今日は10袋」

 1袋10キロもある品物がカゴ車1台に10袋2列5段で積まれているが、ゲートで降ろすため腰を痛めることは少ない。カゴ車1台をトラックからゲートで降ろし指定の場所まで運ぶ。

「端末、貸して。サインしておくね」

「助かる。ありがとう」

 ここに来ると端末の触り方を知っているから大抵、美樹が対応してくれる。

 美樹はバンドしていた時に知りあった。彼女もバンドマンでベースを担当。偶然、配達先で会ってからの付き合い。

 端末の画面にサインされたことを確認。

「ありがとう。助かる。また、明日」

 美樹に手を振り店を後にして、トラックに乗り込む。

 

 次で配達先が終われば午前中の仕事は終わりだ。

 株式会社 鳥羽食品加工、初めて行くところだな。

 ナビで場所を確認。

 おっ。近い、10分で着きそう。遠かったらどうしようかと思った。

見えてきた。駐車場も大きいし車も停めやすい。

 トラックを停めるのは倉庫らしき建物の前。

 どんな人が対応してくれるのかと思うと少し緊張してくる。事務所の扉を静かに開けてみた。

「おはようございます。伊川谷急便です」

「おはようございます。あっ蓮? 久しぶり。まさか、ここに来るとは思わなかった」

 この声を聞かしてくれたのは、バンドのドラマーだった神出だ。初めての配達先が知っている人がいたので助かったが。まさか、神出だとは。人のこと、いろいろと詮索してくること以外はいい奴だけど。

「嫁さん。もらったかぁ? 俺は2年前に結婚したけど」

 久しぶりに会った思うと早速、その話か。社会人を5年もしたら、そんな話出てきても仕方ないか。

「俺は近々、結婚する予定で。住む家を探してる最中」

 神出の口調が少しテンションが上がってきた様子。

「式は挙げるのか?」

「挙げるけど。日程と場所はまだ決まってない。親の顔合わせがまだなんだ」

「まだ決まってないのか。そうそう。スマホの番号、教えろ。番号、変えただろう」

 最近、機種変更したけど、番号も変えていたのを忘れていた。とりあえず、とぼけよう。

「変えたけど・・・変えた番号、教えてなかったっけ」

「聞いてない」

「ゴメン。ゴメン。これが今の俺の番号」

 電話番号を書いたメモを渡す。

「他のメンバーに教えておくから。式の日程が決まれば教えてな。行くからな」

「わかったぁ。今日はありがとう」


 午前中の配達を終え帰社。出荷場には午後便の荷物が積まれたカゴ車が並んでいる。カゴ車の中身は箱物が多く袋物が少ない。

 事務所に入り、午後からの仕事を配達ルート表で確認する。

 昼から8件かぁ。積み込んでから休憩をとろう。

 配達する順番とおりに配達先が書かれたカゴ車をトラックに積み込む。


 積み込み後、食堂に行く。バッカンに入った弁当を手にとり、テーブルにつく。好みのおかずが入っていることを期待をしながら蓋を開く。

 今日は魚のフライとサラダがメインか。おっ、肉ジャガも入っている。なかなか俺好みの品が並んでいる。昨日は精進料理みたいなメニューで肉やフライがなくて食がすすまなかった。600円で定食みたい弁当で値段も安いのだけど・・・ 昼からのテンションは弁当次第。メニューの内容は重要である。どうせ、弁当を食べた後、一口スイーツを食べてテンションを上げるのだけど。


 仕事が無事終わり、自宅に向かってマイカーを走らす。

 今日の晩御飯は何にしようかなぁ。うぅん。肉盛り盛り系が食べたいな。と、なると、買い物するにはスーパー ピエロだ。そうと決まれば行動あるのみ。晩御飯の獲得にテンションを上げていく。


 スーパーの駐車場に停めようとしたとき。鳴り響く着信音。

「蓮ちゃん。久しぶり」

 美樹の母親からだ。

「今度の土曜日。変に気難しい旦那もいっしょだけどリラックスしてね。変に緊張しないようにね」

 以前、父親抜きで会って昼食を食べに行ったことがある。だから、家の場所も知ってるしどんな人かも知っている。父親は技術職の人だから少し気難しいらしい。できるだけ、平常心で対応するとしよう。

「わかりました。気をつけます」

「じゃあ。楽しみに待ってるね」

 通話を終わらせ、スーパーの店内に入ると引き寄せられるかのように惣菜コーナーに足が向き歩いていく。

 鍋もいいなぁ。これにしよ。

 電子レンジ調理のモツ鍋を選ぶ。

 そして、スイーツ。最近、抹茶系にはまっているんだなぁ。今日の食後は抹茶ムース。これで自宅のディナーコースは揃った。お金を払って帰るだけ。

 セルフレジで精算し、エコバックにモツ鍋ムースの順で詰め込む。

 結婚したらこんな生活もおさらば。太ってないけど、栄養バランスで何か言われそう。食後のデザートは帰宅中になるだろうな。

 車に乗り込み、家路に向かう俺の心は気分上々。


 美樹の親に会う土曜日の昼。

 前原亭の前に車を停める。

 緊張するところあるけど、そこはあたって砕けろの精神でいく。憂鬱なところはあるけれど、母親がどんな人か知っているからまだマシだ。

 インターフォンのベルを鳴らしカメラによく映るように顔を寄せる。

「はぁい」

 扉が開いたと思うと、上が水色のティシャツと下がジーパンのラフな美樹の姿が目に飛び込んできた。

「いらっしゃい。緊張してない?」

「うん。少しかな。美樹のお母さんを知っているからマシ」

「そうなんだ。詳しい話は中で。とりあえず、中に入って」

 玄関に足を踏み入れたとき急に緊張してきた。頭の中が真っ白にならないようにこらえながら廊下を歩きだす。

 この扉の向こうにあの父親がいる。憂鬱感が体全体を猛スピードで駆け巡る。

 不安気に扉を開けると職人っていう顔立ちの父親が立っていた。

「初めまして。美樹の父です。いろいろと美樹から聞いています」

 やさしそうな父親からその言葉を聞いて肩の荷がおりた。

 父親を女性側から見た感じで話したみたい。男性側から見たら普通の人だ。

「初めまして。高岡 蓮です」

「あぁ。昔の人みたいに、娘さんを下さいって、言わないいいから。よろしくお願いします。って、言ってくれたらいいから」

 少し緊張がほぐれたせいか、リラックスできるようになってきた。

「それを聞いて気持ちが楽になりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ。早速、結婚の話を進めたいけど、一度、高岡さんの親に会いたい。ながい間、親に会ってない理由は何? バンドのことかな?」

 やっぱり、そんな話がきたか。でも、ここは正直に。

「実はそうなんです。音楽でメシ食っていくって、言ったら喧嘩になってしまって、それから帰ってないんです」

「大丈夫。大丈夫。今はちゃんと会社員しているじゃない。なんなら、私がしましょうか?」

「いいです。僕がします」

 美樹の父親が大きくうなずき、口を開く。

「わかった。早目に電話して下さい。で、仕事はどう? トラックドライバーと聞いたけど、仕事は忙しい?」

「楽しくやらさせてもらってます。仕事はそこそこ忙しいですね」

「よし。話は済んだこただし食べよう。寿司を買ってきたから。遠慮しないで食べてね」

 箸でマグロを口に運び久しぶりの感動。やっぱり、回らない寿司は最高だ。


 次の日、夕食後、テレビを見ていたらある番号から着信。

 バンドでボーカル担当だった野田からだ。

「聞いたよ。結婚するんだってな」

「誰から聞いたぁ?」

「俺の嫁から。忘れてたな。嫁が友達っていうことを。あと、神出からも聞いたで」

「あぁ。そうだったなぁ。でも、親には話してないんだ」

「音楽でメシ、食っていくことで喧嘩になってしまったのだろう? でも、会社員じゃん。正直に話したら許してくれると思うんだけどな」

「そうかな」

「大丈夫。いけると思うけどなぁ。式の日程が決まれば連絡ちょうだい。うん、じゃあなぁ」

 野田は簡単に言うけど、親に話しずらい。家を出て何年も連絡してないし、帰ってもないし・・・


 数日後、渡したい物があるからって、美樹が俺の家に足を運ぶ。玄関で美樹からタブレットが入るくらいの保冷バッグと紙袋を手渡された。

「家で作ってみたから、食べてみて。中身は開けてからのお楽しみ」

「うん。ありがとう。早速、開けてみるよ」

 ソファに座り、保冷バッグを開けてみる。保冷バッグにはスマホサイズぐらいのタッパ。紙袋にはバターロールが入っていた。

 タッパの中は薄黄色のアイスが入っていた。

 アイスをスプーンですくおうとするが固く、市販のアイスのようにすくえない。

 削りとるようにすくい、口に運ぶ。

 甘すぎなく、ミルクのまろやかな味が口の中を広がる。

 懐かしい。母親がよく作ってくれたアイスを思いだす。

 次にバタロールを口に入れる。

 これも懐かしい味がする。この味、誰に聞いたのだろう。親は元気しているだろうか。

 疑問を抱きながら思うと電話したくなってきた。

 スマホを取り出して探しだす実家の連絡先。それを見た美樹は微笑んでいる。

「電話したくなったのかな」

「うん。少しね」

 躊躇しないで通話ボタンにタッチする。

「もしもし、高岡です」

 久しぶりに聞く母親の声。

「もしもし。母さん。俺だけど」

「蓮か。電話してこないから、元気しているか、心配したよ」

「元気してる。今は会社員してる。で、話したいことがあるんだけど」

「何? お金? これって、オレオレ詐欺?」

「違うよ。何言ってるんだ。結婚したい人がいて、会って欲しいんだ」

「蓮が結婚か・・・ いいよ」

「実は親もセットだけどいいかな? 横に彼女がいるから変わるね」

 スマホを美樹に渡す。

 親と話す美樹を横で見ていると、話が盛り上がってる感じ。この先、安心して、お付き合いしてくれそう。

「蓮ちゃんのお母さんからよろしくって、お願いされちゃったぁ」

「あの親。まぁ、いいっか。近々、顔合わせに行こうか」


 数日後

 俺は美樹とその両親を連れ、実家近くにある喫茶店で待ち合わせ。

店に入ると手を振る親の両親。

 変わってないな。あの2人。

 ほっそりとした白髪の親父。細くもなく、太いともいえない体型でロングヘアーのお袋。あれ、髪、茶髪に染めたんだ。

「蓮の親です。よろしくお願いします」

「頭がかたいのは旦那譲りですけど こんな息子ですけどよろしくお願いします」

「母さん。何を言うんだい」

「でも、男って頭がかたい人が多いよね。ウチの旦那もそうだし」

「そうかな」

「そうよ。お父さん」

 男3人は口をへの字にし、少し困った顔。それを見た女は優越感に浸っている。

 俺も尻にひかれてしまうのか。

 俺の父親が俺の顔を見ながら。

「蓮。会社員で働いてくれて、安心したよ。次は孫の顔を早く、見せて欲しいな」

「そうよ。心配してたのよ。こんなかわいらしい奥さんをむかえられてよかったじゃん」

 って、話す俺の母親。

 両親の顔を見て仕事を決めたわけではないが、自分なりに今までの道のりには満足している。両親を安心させれたのはよかったと確信を持てた。


 半年後。

「この歌を2人捧げます。聞いて下さい。思い出のアイス」

 式場に野田の甘い歌声がウクレレの弾き語りを通して流れていく。

 歌はが俺が好きな曲。『この素晴らしい出会いを』

 デジタル録音してもらっているから、後でスマホに送信しておこう。楽しんでいる親を見ると、これからは定期的に電話をしようと心に決めた。


 娘が生まれて、5歳になった数年後の夏。

 娘か美樹に似てよく喋るし、着る服のデザインについてうるさい。

 俺はピンク色のスカートがいいと思って選んだら赤と白色のチェック柄を選ぶし・・・ そのうち俺の服装まで言われそう。

「パパ。このアイス、硬い」

「あっ。ちょっと、待って」

 娘の代わりに俺がスプーンで削ぐようにしてアイスをすくう。

 それは、俺が実家の親に電話するきっかけを作ってくれたアイス。レシピは年配の店長に聞いたらしい。

 今度は娘の心に残るのアイスになる。「おはようございます。伊川谷急便です。受け取りのサインをお願いします」

 某食品会社の倉庫でスマホサイズの携帯端末を取り出し、女性事務員に渡す。伝票にサインをもらう時代は終わり、今は端末にサインをもらうのが主流だ。

「おはようございます。いつも、ご苦労様です。サインですね」

 化粧の匂いを漂わせる女性事務員がタッチペンを走らせる。配達するたびに顔をあわすが化粧の匂いは気になる。端末を返され、サインされているか確認した後、送信ボタンにタッチ。

「ありがとうございます。また、お願いします」

 事務所の扉をやさしく開け、2トントラックに向かって歩きだす。

 運転席に乗り込み、キーを回してエンジンをかける。バインダーに挟まれた配達ルート表に出発時間を記入し、次の配達先を確認。

 さぁ。次の会社だ。

 クラッチギアをローポジションにいれ、アクセルを踏む。


 俺、高岡 蓮は運送会社のドライバー。

 小さい食品会社や飲食店などに材料を配達している。

 大学生の時、バンドでメシを食っていく心つもりだった。だけどメンバーが次々と就職していき、俺だけが残った。焦って就職活動したのだがすでに遅く。その当時、物流業界の就職が人気なかった。で、運送会社を選ぶしか、選択の余地がなかった。


 次はケーキ屋に小麦粉の配達だ。そこには人生のパートナーになるかもしれない前原 美樹が勤めている。俺が休日以外ほぼ毎朝、配達に行っている。

 20分ぐらい走らせると、清潔感が漂う白い壁にチョコーレート色の屋根が見えてきた。

 『スイーツのカトレア』 それが彼女が働くケーキ屋。

 開店3時間前だからトラックを停める位置は自由だ。駐車場の白線を気にせずいつもの店前に停める。

 バックヤードに入ると入荷チェックしているすらっとした女性。茶髪の後髪を束ねて白い上下の制服を着た美樹の可愛らしく少し高めの声が聞こえてくる。

「あっ。お疲れ様。いつものところに置いてね。来週の土曜日の晩、時間あるかな? お父さんが会ってみたいって、言ってるけど・・・」

 その日は・・・。特に何もないか。仕事も早く終る日だし・・・ たぶん、結婚の話だろう。先週の土曜日、俺が結婚のアプローチしたこたを帰ってすぐ親に話をしたのだろう。

「来週の土曜日。大丈夫だと思う。よいしょ。今日は10袋」

 1袋10キロもある品物がカゴ車1台に10袋2列5段で積まれているが、ゲートで降ろすため腰を痛めることは少ない。カゴ車1台をトラックからゲートで降ろし指定の場所まで運ぶ。

「端末、貸して。サインしておくね」

「助かる。ありがとう」

 ここに来ると端末の触り方を知っているから大抵、美樹が対応してくれる。

 美樹はバンドしていた時に知りあった。彼女もバンドマンでベースを担当。偶然、配達先で会ってからの付き合い。

 端末の画面にサインされたことを確認。

「ありがとう。助かる。また、明日」

 美樹に手を振り店を後にして、トラックに乗り込む。

 

 次で配達先が終われば午前中の仕事は終わりだ。

 株式会社 鳥羽食品加工、初めて行くところだな。

 ナビで場所を確認。

 おっ。近い、10分で着きそう。遠かったらどうしようかと思った。

見えてきた。駐車場も大きいし車も停めやすい。

 トラックを停めるのは倉庫らしき建物の前。

 どんな人が対応してくれるのかと思うと少し緊張してくる。事務所の扉を静かに開けてみた。

「おはようございます。伊川谷急便です」

「おはようございます。あっ蓮? 久しぶり。まさか、ここに来るとは思わなかった」

 この声を聞かしてくれたのは、バンドのドラマーだった神出だ。初めての配達先が知っている人がいたので助かったが。まさか、神出だとは。人のこと、いろいろと詮索してくること以外はいい奴だけど。

「嫁さん。もらったかぁ? 俺は2年前に結婚したけど」

 久しぶりに会った思うと早速、その話か。社会人を5年もしたら、そんな話出てきても仕方ないか。

「俺は近々、結婚する予定で。住む家を探してる最中」

 神出の口調が少しテンションが上がってきた様子。

「式は挙げるのか?」

「挙げるけど。日程と場所はまだ決まってない。親の顔合わせがまだなんだ」

「まだ決まってないのか。そうそう。スマホの番号、教えろ。番号、変えただろう」

 最近、機種変更したけど、番号も変えていたのを忘れていた。とりあえず、とぼけよう。

「変えたけど・・・変えた番号、教えてなかったっけ」

「聞いてない」

「ゴメン。ゴメン。これが今の俺の番号」

 電話番号を書いたメモを渡す。

「他のメンバーに教えておくから。式の日程が決まれば教えてな。行くからな」

「わかったぁ。今日はありがとう」


 午前中の配達を終え帰社。出荷場には午後便の荷物が積まれたカゴ車が並んでいる。カゴ車の中身は箱物が多く袋物が少ない。

 事務所に入り、午後からの仕事を配達ルート表で確認する。

 昼から8件かぁ。積み込んでから休憩をとろう。

 配達する順番とおりに配達先が書かれたカゴ車をトラックに積み込む。


 積み込み後、食堂に行く。バッカンに入った弁当を手にとり、テーブルにつく。好みのおかずが入っていることを期待をしながら蓋を開く。

 今日は魚のフライとサラダがメインか。おっ、肉ジャガも入っている。なかなか俺好みの品が並んでいる。昨日は精進料理みたいなメニューで肉やフライがなくて食がすすまなかった。600円で定食みたい弁当で値段も安いのだけど・・・ 昼からのテンションは弁当次第。メニューの内容は重要である。どうせ、弁当を食べた後、一口スイーツを食べてテンションを上げるのだけど。


 仕事が無事終わり、自宅に向かってマイカーを走らす。

 今日の晩御飯は何にしようかなぁ。うぅん。肉盛り盛り系が食べたいな。と、なると、買い物するにはスーパー ピエロだ。そうと決まれば行動あるのみ。晩御飯の獲得にテンションを上げていく。


 スーパーの駐車場に停めようとしたとき。鳴り響く着信音。

「蓮ちゃん。久しぶり」

 美樹の母親からだ。

「今度の土曜日。変に気難しい旦那もいっしょだけどリラックスしてね。変に緊張しないようにね」

 以前、父親抜きで会って昼食を食べに行ったことがある。だから、家の場所も知ってるしどんな人かも知っている。父親は技術職の人だから少し気難しいらしい。できるだけ、平常心で対応するとしよう。

「わかりました。気をつけます」

「じゃあ。楽しみに待ってるね」

 通話を終わらせ、スーパーの店内に入ると引き寄せられるかのように惣菜コーナーに足が向き歩いていく。

 鍋もいいなぁ。これにしよ。

 電子レンジ調理のモツ鍋を選ぶ。

 そして、スイーツ。最近、抹茶系にはまっているんだなぁ。今日の食後は抹茶ムース。これで自宅のディナーコースは揃った。お金を払って帰るだけ。

 セルフレジで精算し、エコバックにモツ鍋ムースの順で詰め込む。

 結婚したらこんな生活もおさらば。太ってないけど、栄養バランスで何か言われそう。食後のデザートは帰宅中になるだろうな。

 車に乗り込み、家路に向かう俺の心は気分上々。


 美樹の親に会う土曜日の昼。

 前原亭の前に車を停める。

 緊張するところあるけど、そこはあたって砕けろの精神でいく。憂鬱なところはあるけれど、母親がどんな人か知っているからまだマシだ。

 インターフォンのベルを鳴らしカメラによく映るように顔を寄せる。

「はぁい」

 扉が開いたと思うと、上が水色のティシャツと下がジーパンのラフな美樹の姿が目に飛び込んできた。

「いらっしゃい。緊張してない?」

「うん。少しかな。美樹のお母さんを知っているからマシ」

「そうなんだ。詳しい話は中で。とりあえず、中に入って」

 玄関に足を踏み入れたとき急に緊張してきた。頭の中が真っ白にならないようにこらえながら廊下を歩きだす。

 この扉の向こうにあの父親がいる。憂鬱感が体全体を猛スピードで駆け巡る。

 不安気に扉を開けると職人っていう顔立ちの父親が立っていた。

「初めまして。美樹の父です。いろいろと美樹から聞いています」

 やさしそうな父親からその言葉を聞いて肩の荷がおりた。

 父親を女性側から見た感じで話したみたい。男性側から見たら普通の人だ。

「初めまして。高岡 蓮です」

「あぁ。昔の人みたいに、娘さんを下さいって、言わないいいから。よろしくお願いします。って、言ってくれたらいいから」

 少し緊張がほぐれたせいか、リラックスできるようになってきた。

「それを聞いて気持ちが楽になりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ。早速、結婚の話を進めたいけど、一度、高岡さんの親に会いたい。ながい間、親に会ってない理由は何? バンドのことかな?」

 やっぱり、そんな話がきたか。でも、ここは正直に。

「実はそうなんです。音楽でメシ食っていくって、言ったら喧嘩になってしまって、それから帰ってないんです」

「大丈夫。大丈夫。今はちゃんと会社員しているじゃない。なんなら、私がしましょうか?」

「いいです。僕がします」

 美樹の父親が大きくうなずき、口を開く。

「わかった。早目に電話して下さい。で、仕事はどう? トラックドライバーと聞いたけど、仕事は忙しい?」

「楽しくやらさせてもらってます。仕事はそこそこ忙しいですね」

「よし。話は済んだこただし食べよう。寿司を買ってきたから。遠慮しないで食べてね」

 箸でマグロを口に運び久しぶりの感動。やっぱり、回らない寿司は最高だ。


 次の日、夕食後、テレビを見ていたらある番号から着信。

 バンドでボーカル担当だった野田からだ。

「聞いたよ。結婚するんだってな」

「誰から聞いたぁ?」

「俺の嫁から。忘れてたな。嫁が友達っていうことを。あと、神出からも聞いたで」

「あぁ。そうだったなぁ。でも、親には話してないんだ」

「音楽でメシ、食っていくことで喧嘩になってしまったのだろう? でも、会社員じゃん。正直に話したら許してくれると思うんだけどな」

「そうかな」

「大丈夫。いけると思うけどなぁ。式の日程が決まれば連絡ちょうだい。うん、じゃあなぁ」

 野田は簡単に言うけど、親に話しずらい。家を出て何年も連絡してないし、帰ってもないし・・・


 数日後、渡したい物があるからって、美樹が俺の家に足を運ぶ。玄関で美樹からタブレットが入るくらいの保冷バッグと紙袋を手渡された。

「家で作ってみたから、食べてみて。中身は開けてからのお楽しみ」

「うん。ありがとう。早速、開けてみるよ」

 ソファに座り、保冷バッグを開けてみる。保冷バッグにはスマホサイズぐらいのタッパ。紙袋にはバタロールが入っていた。

 タッパの中は薄黄色のアイスが入っていた。

 アイスをスプーンですくおうとするが固く、市販のアイスのようにすくえない。

 削りとるようにすくい、口に運ぶ。

 甘すぎなく、ミルクのまろやかな味が口の中を広がる。

 懐かしい。母親がよく作ってくれたアイスを思いだす。

 次にバタロールを口に入れる。

 これも懐かしい味がする。この味、誰に聞いたのだろう。親は元気しているだろうか。

 疑問を抱きながら思うと電話したくなってきた。

 スマホを取り出して探しだす実家の連絡先。それを見た美樹は微笑んでいる。

「電話したくなったのかな」

「うん。少しね」

 躊躇しないで通話ボタンにタッチする。

「もしもし、高岡です」

 久しぶりに聞く母親の声。

「もしもし。母さん。俺だけど」

「蓮か。電話してこないから、元気しているか、心配したよ」

「元気してる。今は会社員してる。で、話したいことがあるんだけど」

「何? お金? これって、オレオレ詐欺?」

「違うよ。何言ってるんだ。結婚したい人がいて、会って欲しいんだ」

「蓮が結婚か・・・ いいよ」

「実は親もセットだけどいいかな? 横に彼女がいるから変わるね」

 スマホを美樹に渡す。

 親と話す美樹を横で見ていると、話が盛り上がってる感じ。この先、安心して、お付き合いしてくれそう。

「蓮ちゃんのお母さんからよろしくって、お願いされちゃったぁ」

「あの親。まぁ、いいっか。近々、顔合わせに行こうか」


 数日後

 俺は美樹とその両親を連れ、実家近くにある喫茶店で待ち合わせ。

店に入ると手を振る親の両親。

 変わってないな。あの2人。

 ほっそりとした白髪の親父。細くもなく、太いともいえない体型でロングヘアーのお袋。あれ、髪、茶髪に染めたんだ。

「蓮の親です。よろしくお願いします」

「頭がかたいのは旦那譲りですけど こんな息子ですけどよろしくお願いします」

「母さん。何を言うんだい」

「でも、男って頭がかたい人が多いよね。ウチの旦那もそうだし」

「そうかな」

「そうよ。お父さん」

 男3人は口をへの字にし、少し困った顔。それを見た女は優越感に浸っている。

 俺も尻にひかれてしまうのか。

 俺の父親が俺の顔を見ながら。

「蓮。会社員で働いてくれて、安心したよ。次は孫の顔を早く、見せて欲しいな」

「そうよ。心配してたのよ。こんなかわいらしい奥さんをむかえられてよかったじゃん」

 って、話す俺の母親。

 両親の顔を見て仕事を決めたわけではないが、自分なりに今までの道のりには満足している。両親を安心させれたのはよかったと確信を持てた。


 半年後。

「この歌を2人捧げます。聞いて下さい。思い出のアイス」

 式場に野田の甘い歌声がウクレレの弾き語りを通して流れていく。

 歌はが俺が好きな曲。『この素晴らしい出会いを』

 デジタル録音してもらっているから、後でスマホに送信しておこう。楽しんでいる親を見ると、これからは定期的に電話をしようと心に決めた。


 娘が生まれて、5歳になった数年後の夏。

 娘か美樹に似てよく喋るし、着る服のデザインについてうるさい。

 俺はピンク色のスカートがいいと思って選んだら赤と白色のチェック柄を選ぶし・・・ そのうち俺の服装まで言われそう。

「パパ。このアイス、硬い」

「あっ。ちょっと、待って」

 娘の代わりに俺がスプーンで削ぐようにしてアイスをすくう。

 それは、俺が実家の親に電話するきっかけを作ってくれたアイス。レシピは年配の店長に聞いたらしい。

 今度は娘の心に残るのアイスになる。

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