第2話
勇者エリシアと、晴れて婚約関係となった俺だったが、それからというものの何事もなく平穏な日々を過ごしていった──などという事にはならなかった。
まず、俺たちには借金がある。死にかけのエリシアを治療した際に生じた治療費1000万シルバーだ。
これの返済をするために、冒険者になって魔物をぶっ殺して稼いでやろうと提案したのだが、彼女は首を横に振った。
「冒険者なんて危ない事はしなくていい。私が稼ぐから」
「いや、でもお前病み上がりだし……」
「確かに絶好調時の20%程度しか力が出ないけど、そこら辺の魔物に負ける心配は無いくらいに強いから」
エリシアは自信満々といった様子でそう言った。まあ確かに、彼女の戦闘能力に疑いを持つ余地は無い。実際に戦った俺としては納得できる話だ。
「なるほどな……でも、お前に怪我させたのは俺なんだし、ケジメを付けるという意味でも俺が──」
「いいの。貴方は私の婚約者なのだから、私に任せておいて」
そう言うと、エリシアは財布から取り出した金貨を無造作にテーブルの上に置いた。俺は、ジャラッと景気の良い音を立てるそれをまじまじと見つめる。
「おおっ、これが金貨ってやつか」
「ざっと100万シルバー以上はあるかしら。真人王国の銀行には、この100倍は預けてあるんだけど、さすがに持ち歩くのはリスクがあるから、魔界王国には当面必要な分だけ持ってきていたの」
「マジかよ。そう言えば、公爵家の令嬢だったな……」
改めて、エリシアがとんでもない金持ちである事を知った。しかし、彼女は「でも」と言って首を振る。
「このお金は、全て私が稼いだものよ。真人王国の国王様は気前が良いから、働いた内容のリスクの分だけ見合った分のお金をくれるの」
「へえー」
「とにかく、このお金を前金として支払うから。それで、一度真人王国に戻って銀からお金を下ろす。それで解決ね」
そんな訳で、エリシアは医者に事情を説明する。
しかし。
「認められないヨ。治療費を完済するまで君にはこの病院に居てもらうヨ」
「でも、それじゃあお金を支払えないの。真人王国の銀行からお金を下ろしたら、すぐにここに戻ってくるから」
「そんな事言って。治療費を払わずに逃げるつもりヨ。それに、ここから真人王国までどれだけ離れていると思っているヨ。とてもじゃないけど、そんな短期間で戻ってこれる距離じゃないヨ」
医者は呆れた様子で言う。しかしエリシアも負けじと言い返そうとするが、そこに俺が口を挟む。
「それなら転移魔法がある。エリシアが道案内してくれれば、一瞬で戻ってくることが出来るぜ?」
「ヨッヨッヨッ! 転移魔法なんてあるわけないヨ! 冗談も大概にするヨ!」
医者は馬鹿にした様子で言う。
俺は、「この医者の笑い方独特すぎだろう……」と思いながらも話を続ける。
「本当だ。信じられないなら、ここで使おうか?」
「はぁ……そんな子供騙しでボクを騙せると思っている? そんな魔法があるわけ──」
次の瞬間、俺と彼女と医者を除く病院の全てを『転移』させた。
一瞬で何もかも無くなった真っさらな空間が出来上がったのを目の当たりにした医者は、しばらく唖然としていたが、やがて我に返ると慌てて周囲を見回し始めた。
「ヨヨッ!? 一体、何が起こったんだヨ!?」
「だから言っただろ? 俺は転移魔法を使えるんだ」
俺は淡々と告げると、その隣に居たエリシアも同意するように頷いた。彼女は何故か少し得意げな顔をしているように見えたが気のせいだろうか?
「さて、じゃあ治療費を取りに真人王国に行くとするか。エリシア、俺に掴まってくれ」
「う、うん」
俺はエリシアに向かって手を伸ばした。彼女は顔を赤くしながらも、おずおずと俺の手を掴む。
「ま、待つヨ! その前に病院を元に──」
「カネを取りに行ったら元に戻す。安心しろ」
俺はそう言うと、エリシアを連れて病院から姿を消した。
そして次の瞬間には── そこはもう真人王国だった。
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