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第1話

 深い深い海の底から昇ってきたかのように、混濁した意識がじわじわと鮮明になる。

 ……ここは、どこだ? 何か、冷たくて無機質で、薄暗い場所にいる。


『お、おい! 本当に動かすのか!?』

『躊躇している場合ではない! 勇者はもうそこまで来ている。今使わずして、いつ使うというのか!』


 …………話し声が聞こえる。

 複数人、だろうか? 暗くてよく見えないが、少なくとも俺が知っている声ではない。

 ……いや、そもそも俺はなんでこんな場所ににいるんだ?

 ……というか、俺は誰だ?


『──よし。あと少しだ」

『ま、まずい! もうすぐそこまで迫っているぞっ!』

『慌てるな! 魔力充填まであと10秒! 9……8……7……』


 ドンドン!と、遠くの方から振動が伝わってくる。

 それと同時に、真っ暗だった空間に光が差し込んできた。


『3……2……』

『くそっ! もう無理だ! 持ち堪えられない!』

『魔力充填完了! 人造魔族・魔人アルファ。起動!』


 瞬間。光が、一気に広がる。

 俺の周囲を覆っていたガラスの膜が一斉に割れた。


「……っ」


 光に目が眩むのも束の間、俺はその一瞬に、俺を縛り付けていた枷が音を立てて壊れていくのを感じた。

 自由になった俺は、改めて周囲を確認する。

 どうやらここは、何かの研究施設のようだ。

 ガラス張りの壁の向こう側には見たこともない機械やパイプが所狭しと並んでいる。

 そして、すぐ目の前には研究服のような白衣を着た二人の男がいた。


「おお……、成功だ!」

「……これが、人造魔族」


 彼らは、俺のことを見るや感嘆の声を上げた。


「…………」


 状況が理解できないまま混乱する俺に追い打ちをかけるように、其奴らは現れた。

 それは四人組の若い女たちだった。それぞれ、剣や槍、杖といった装備をしている。

 その服装はRPGの冒険者のようで、皆ファンタジー世界の人間が着るような衣装をしていた。

 ……ん? 『RPG』ってなんだ?


「き、来たな勇者共め。しかし遅かったな! 魔人は、既に我々の手によって起動している!」

「我々魔界の研究員が技術の粋を集めて作り上げた、人造魔族だ! お前たちに勝ち目はない!」


 白衣の二人の男は、そう言って高らかに笑った。

 すると、四人組のうちの一人。神官服を纏った長い金髪の女性が、その整った顔を悔しそうに歪ませ、彼ら二人を睨みつける。


「くっ。どうやら遅かったようですね……。人造魔族──魔人が、目を覚ましましたか」

「ふん! その程度で勝った気になられても困るんだけど。私たちの力……見誤らないでよね!」


 白衣の二人が怯んだように数歩後退る。


「の、臨むところだ……! 魔人アルファッ! 勇者共を血祭りに上げろ!」

「……魔人アルファって、もしかして俺のこと?」


 俺は確認をするように、自らを指差す。


「──っ、そうだ! 魔人アルファ、お前の事だよ!」


 白衣の男の一人がそう叫ぶと、その後ろに控えていた四人組の女たちが、それぞれ武器を構えて俺を睨んできた。


「魔人アルファ……。それが、俺の名前なのか?」


 俺はゆっくりと歩き、ガラス張りの壁に手をつく。

 しばらく思案をした後、後頭部を掻きながら、言った。


「すまん、お前たちが何を言っているのかわからん」

「……へ?」

「そもそも、目覚めて間もないのに命令してんじゃねーよ偉そうに。大体、ここどこだよ? 俺は一体何者なんだ? 人造魔族ってのも何なのかわかんねーし。お前らは誰なんだよ?」

「お前が何者なのかなど……、どうでもいいわ! お前は魔人アルファだ! 勇者を殺し、世界を滅ぼせ!」


 俺の質問に答える気はないのか、白衣の男はそう言った。

 なんだか鬱陶しかったので、俺はその男の顔面をぶん殴った。

 すると、男の頭はいとも簡単に爆ぜた。一瞬で肉片と赤黒い血が周囲に飛散する。


「……てめーの都合なんざ知るか」


 俺は、白衣の男を殺したことに悪びれることなくそう言った。

 もう一人の白衣を着た男が、歯噛みする。


「な、なんてことだ! 魔人は我々を攻撃できない筈なのに! ……まさか、制御装置が作動していないのか!?」

「うるさいな」


 俺は、もう一人に向けて拳を構える。

 すると俺の拳に魔力が収束し、青白い光を放つ炎の爪のような形状へと変化した。

 そしてそのまま、思い切り振り抜くと……その爪は、彼の体を一瞬で焼き尽くした。


「うぎゃぁぁぁああああ!」


 白衣の男は、断末魔を上げながらその場に倒れ伏す。

 ……やがて、その男は動かなくなった。

 あ、やっちまった。

 俺は自分が殺した死体を見て頭を掻いた。


「なんてこった。……俺は、人殺しになってしまった」


 しかし、後悔はなかった。いや、むしろ清々しいとすら思えてしまった。

 俺は白衣の男を殺したことに微塵も罪悪感を感じなかった自分に驚きつつも、その事実を受け入れていた。

 ……というか、この感覚には覚えがある気がするんだけど……。

 気のせいかな? そんなことを思いつつ、ちらりと後ろを振り返ると、四人組の女たちが呆然とした表情で俺を見ていた。

 ……そう言えば、勇者共とか言われてたっけ。じゃあ、あの中に勇者が紛れているってことか?

 俺がそう考えていると、弓矢を携えた女がハッとした様子で慌てて口を開いた。


「あ、貴方! 大人しく降伏しなさい! 抵抗するなら、容赦は致しませんよ!」


 そう言って、彼女は俺に向けて弓矢を番える。


「おいおい、それはこっちの台詞だっつーの」


 俺は両手を上げて抵抗の意志がないことを示しながら彼女たちに近づいていく。

 すると、今度は杖を持った女が叫ぶように言った。


「ちょ、ちょっと! それ以上近づくんじゃないわよ! 攻撃するわよ!」

「落ち着けよ。ほら、見ての通り俺に争う意思はねえ。だから、お前らも武器を下ろせよ」

「は、はぁ!? 何よアンタ! 仲間を殺したくせに、よくそんな白々しい台詞が言えるわね!?」

「あー、もう。うっせぇな」


 俺は面倒くさくなって、彼女の方へ一気に駆け出す。

 俺と彼女らとの距離は10メートルはあったが、瞬きよりも早く一瞬で距離を詰めた。


「ひぃっ!」


 杖を持った女が短い悲鳴を上げて、反射的に腕を顔の前で交差させる。

 俺はガラ空きになった鳩尾に目掛けて、そのまま拳をめり込ませた。


「うげぇっ!?」


 汚い呻き声を上げて、女は手にしていた杖を手放す。

 倒れそうになった女の首を鷲掴みにして、その体を片手で持ち上げる。


「あれ? 胴体を貫通するつもりで殴ったんだけどな。意外に頑丈じゃないか」

「セリナ!!」


 仲間が攻撃を受け、金髪の神官の女が叫んだ。直後に、弓使いの女が腰からナイフを引き抜き、俺に斬り掛かってきた。

 その攻撃をテレポートで回避。彼女らから少し離れた場所へ転移する。

 そして、首を掴んだままの女を見る。鷲掴みをしている方の手で魔力を集中させた。

 すると、女の首を掴んでいる方の手の先から、俺の腕を通って青白い光が流れ出し、その光が女を包み込むように広がっていった。


「うああっ! う、あぁああ!」

「さあ、これは耐えられるかな?」


 言いながら、俺は魔力を流し続ける。

 すると、女の首を掴んだ俺の手と彼女の体の間に、バチバチと音を立てて青白い電撃が走る。


「……あ……ぐ……」


 女は白目を剥き、口から泡を吹きながら体を痙攣させた。そしてあろうことか股の間から黄色い水を垂れ流す。どうやら失禁したようだ。

 それを見て、弓使いの女と神官の女が恐怖に引き攣ったような声を上げる。


「う、嘘……! せ、セリナ? ねぇ、セリナ!! 目を覚ましてよ!」

「あ、悪魔め! よくもセリナを……!」


 2人が口々に叫ぶのを尻目に、俺は動かなくなった女を放り投げる。受け身も取れずにドサッと地面に落ちた女はピクピクと痙攣を繰り返していたが、やがて完全に動かなくなった。

 ……ふむ。死んだか。存外、大したことなかったな。


「……さて、まだ俺に歯向かうやつはいるか?」


 俺がそう言って2人を睨むと、彼女らは揃って戦闘態勢を取った。


「こ、この外道め! 許しません!」

「もう、容赦しないんだから!」


 2人はそれぞれの武器を構えて俺に向かってきた。

 しかし、俺はそれを素手で打ち払うと、魔力で編んだ剣を生み出して彼女らを斬り裂いた。血が飛び散り、肉が切り裂かれ鮮血が舞う。血塗れになり地面を転がる2人を見下ろすと、彼女らは虫の息だった。


「う、うぅ……なんで、こんな……」

「痛いよぉ……お母さん……お父さん……」


 2人が口々にそう呟くのを見て、俺は落胆のため息を吐く。

 容赦はしない。俺が剣を振り上げると、2人は怯えた表情で俺を見る。

 そして次の瞬間には、俺は剣を振り下ろして彼女らの首を切り落とした。

 ゴトンと音を立てて地面に落ちた首が転がり、胴体は倒れたままピクピクと痙攣している。首から流れ出した血が辺り一面に広がっていた。


「……」


 俺は、その場に立ち尽くしたままポリポリと頬を掻く。

 ……なんで、俺はこいつらを殺したのだろう? 何も命まで奪う必要はなかったはずだ。

 自分がしたことなのに、まるでそうしなければならなかったかのように、誰かに命じられているかのように、俺は彼女らを殺した。

 そして、この殺人に対する罪悪感の無さ……。俺は……魔人アルファという俺の人格は、人間を殺すようにプログラミングされているというのか? 人造魔族とは、そういう存在なのだろうか?

 だとすると、俺を造った奴は何のためにそんなことをしたのか……。その理由は……。

 ……まあ、いいか。今はそんなことを考えても仕方がない。

 それに……。


「仲間が全滅しちまったな。で、お前はどうするんだ?」


 俺は、生き残った最後の人物に声をかける。


「…………」


 その女は、沈黙していた。俺と対峙した時からずっと。仲間が殺されようとも一言も発さなかった。

 しかし俺にはわかる。こいつだけは、俺に対する警戒を一切解いていなかったことを。


「なあ、お前だよお前。返事くらいしろよ」

「……」


 女は黙ったままだ。ただ、視線だけで相手を殺せそうな程の鋭い眼光で俺を睨みつけている。


「お前も勇者の仲間なんだろ? ……いや、寧ろ勇者自身なのか? まあいずれにせよ、俺に敵対しようってんなら、殺しちまうぞ?」


 俺がそう言うと、女はゆっくりと口を開いた。


「……ええ、そうよ。私は勇者。名前は、エリシア。……それで、貴方は一体何者なの?」

「さあ? 俺にもわからんよ」


 エリシア、ね。こいつが勇者なのか。なるほど、確かに底知れないエネルギーを感じる。

 俺は改めて目の前の女を観察するように観察する。

 年齢は二十歳にもいっていないように見える。まだ幼さを残しつつも、その顔立ちは整っており非常に美しい。長い金色の髪を後ろで一つに束ねており、射抜くような鋭い視線の奥にあるのは、まるで青い宝石を思わせるか如き綺麗な瞳が輝いている。そして、その身に纏っているのは、白銀の甲冑と腰に差した細剣だ。

 なるほど、確かに勇者っぽい格好をしているな。

 俺がそんなことを考えていると、女が再び口を開いた。


「貴方の目的はなに?」

「……目的? いや、そもそも俺は自分が何者なのかすらわからないんだ」

「そう。なら、これから何をするつもりなのか、聞かせてくれる?」

「何をするって……別に何もするつもりはねえよ。ただ、気づいたらここにいたんだから」


 そんな俺の言葉に、勇者を名乗る女は訝しげな表情を浮かべた。

 その時だった。突然目の前にいるエリシアから殺気を感じた俺は、咄嗟にその場から飛び退いた。その直後、俺のいた場所に斬撃が走る。それは地面を切り裂きながら部屋の壁を両断して崩壊した。


「今のを避けるのね。……でも、まずは腕一本」


 エリシアがポツポツと言いながら、指先を俺の右腕に突きつける。

 見れば、先程まで彼女に向けていた俺の右腕の肘から先が無くなっていた。どうやら腕を切断されたらしい。

 ……ふむ、痛みはないな。傷口が綺麗だからか、或いはそもそも痛みを感じない体なのか。魔人というのがどういう生物なのか、俺自身さっぱりわからん。

 まあとにかく、このままにしておくわけにはいかないので、俺は自分の腕の断面に魔力を集中させる。すると、切断面から血が溢れ出すよりも早く、腕が再生した。

 その様子を目の当たりにしたエリシアは、感心したように目を見開く。


「へぇ……凄いわね」


 ふむふむ。どうやら魔人というのは、生物の常識を超えた存在みたいだな。

 俺はそんなことを考えながら、肩を回し調子を確かめるように軽くジャンプする。


「なあ、お前。なかなかやるじゃないか。これから殺すのが惜しいくらいだ」

「別に戦う必要はないんじゃない? 別に貴方を殺す気はないわよ。私」

「馬鹿言うんじゃねえ。こんな強いやつを目の前にして、死合わないなんて損だろう?」


 そう言って、俺は拳を構える。するとエリシアも、腰に差していた剣を抜いた。


「まあ、そうよね」


 そして次の瞬間には、俺の目の前にいた。彼女の繰り出す一閃を、紙一重で避ける。凄まじい速さで振り下ろされた剣を躱し、その勢いのまま拳を突き出すと、彼女はそれを左手で受け止めた。そして逆の手に握った剣で突きを放ってくる。俺は体を捻ってそれを躱したが、今度は避けた先に蹴りが飛んできた。咄嗟に両腕でガードする。


「……とっ」


 エリシアの放った蹴りは想像以上の威力だったようで、俺の体は吹き飛ばされる。そしてそのまま壁に激突した。衝撃で壁が崩れ、俺は瓦礫に埋もれてしまう。


「なるほどね。手加減無しでも問題なさそーじゃん」


 瓦礫を吹き飛ばしながら、俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 その瞬間だった。俺の背後からエリシアが飛びかかり、剣を振り抜いた。その切っ先は俺の頭部を狙ったものだったが、俺はそれを紙一重で避けると、彼女の腕を掴んだ。そのまま地面へ叩きつけようとするが、その前に彼女は俺の腕を振り払い距離を取った。


「ハァッッ!!」


 体内の魔力が身体の中で循環し、拳に集約される。そしてそれをエリシアに向かって放つが、彼女も負けじと応戦してくる。


「オラオラオラァッ!」


 俺の拳に対して、彼女は剣で斬撃を放ってきた。魔力を込めた彼女の剣は、目にも留まらぬ速度の一撃を放つ。その威力は俺の拳とも拮抗している。しかし俺は構わずに己の拳を突き出す。

 轟音を響かせてぶつかり合う拳と剣。その衝撃で周囲に衝撃波が発生する。

 エリシアは、俺の拳を弾くとすぐさま懐に入り込んできた。そして鋭い斬撃を繰り出してくるが、俺はそれを躱して回し蹴りを放つ。しかし彼女は読んでいたのか、その攻撃を剣の腹で受け止めると、そのまま押し返してきた。


「へえ」


 予想外の一撃に吹き飛ばされた俺は、空中で体勢を整えて地面に着地する。


「なら、こういうのは……どうだァッ!!」


 俺は自身の魔力を一気に高めると、エリシアに向かって掌を向けた。すると、そこから漆黒の光が放たれる。それは瞬く間に空間を埋め尽くし破壊の奔流となってエリシアに襲いかかった。


「……っ!!」


 回避しきれないと判断したエリシアは、咄嗟に剣を構えて魔力を込めた。そして漆黒の光に向かって剣を振り下ろすと、その斬撃が光の奔流を切り裂く。


「はあぁぁっ!」


 エリシアの気合いと共に、その振るう剣から眩い光が放たれる。その光はやがて収束し、一本の眩い光の剣となった。彼女は、そのまま地面を蹴って一気に俺との距離をつめる。そして剣を振り上げた状態で俺の懐に飛び込んだ。

 振り下ろされた剣を、俺は手の甲で受け止めると、そのまま力を込めて彼女の空いた左腕を掴み、握り潰した。バキィッという音と共に、血飛沫が舞う。


「ぐぅぅっ!」


 苦悶の表情を浮かべるエリシアだが、それでも戦意を失わずにもう片方の手に握った剣を振るってきた。

 それを見て、俺はエリシアの片腕を掴んだままもう片方の腕で彼女の剣を掴むと力任せに捻った。バキッという音がして、彼女の握っていた剣が砕け散る。

 間髪入れず追撃の拳を放つが、エリシアは手にしていた剣を放り捨てると空いた素手で俺の拳を掴んだ。その隙を狙って彼女は、凄まじい速度で魔法を唱えた。


「聖なる業火よ、焼き払え!」


 彼女がそう叫ぶと、彼女の手から巨大な青い炎の玉が放たれ、俺の全身を包んだ。


「ちっ!」


 俺は炎から逃れるため、エリシアの手を離して跳躍する。しかし、その隙をエリシアは見逃さなかった。彼女は俺に向かって手をかざすと、そこから光の粒子を撃ち出した。それをまともに受けた俺の体は、勢いよく吹き飛ばされる。

 そのまま壁に激突した俺に、エリシアはトドメを刺さんと突進してくる。だが俺も黙ってやられるつもりはない。飛んでくるエリシアに向かって、俺は口から魔力の波動を放った。

 眩い閃光を纏った衝撃波がエリシアに直撃し、彼女の体を大きく吹き飛ばす。そのまま床に叩きつけられた彼女は、倒れたまま動かない。


「勝負あったな」


 俺がそう言って倒れる彼女の元へ歩み寄ると、エリシアはゆっくりと立ち上がり体勢を整えた。その顔は闘志を失っておらず、鋭い眼光で俺を睨みつけている。


「おいおい。不死身かよ、お前」


 俺の攻撃を受けてピンピンしている目の前の女を見て、思わずそう呟いてしまう。だが、彼女の左腕は折れており、剣も砕けてしまっている。さっきのダメージも相当堪えているはずだ。これでは戦えないだろう。


「さて、どうする? まだやるか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は首を横に振った。


「いいえ、降参よ」


 そう言って、エリシアは両手を上げる。それを見て、俺はニヤリと笑みを浮かべた。勝利を確信した瞬間だった。

 だが、刹那。その慢心が命取りとなる。


「油断したわね」


 エリシアの体が、急に発光する。それを見て一瞬動揺するが、俺はすぐに冷静さを取り戻し拳を構えた。しかし、その判断は既に遅かった。次の瞬間には、眩い閃光と共に凄まじい衝撃波が放たれる。

 咄嗟に腕でガードしたが、まるで巨人の掌に押しつぶされたような衝撃が全身を襲う。そして吹き飛ぶ俺の体に追い打ちをかけるように、先程砕けたはずの剣が無数に飛来してきた。


「ぐ……があぁぁっ!!」


 俺はそれを躱しきれず、その鋭い刃によって身体中を切り刻まれる。鮮血が飛び散り、肉が裂けて内臓が飛び出す。受けた傷をすぐさま再生しようとするが、その隙を与えないとばかりに光の剣が俺の体を貫く。

 全身のあらゆる箇所を貫かれ、貫かれ、貫かれ、貫かれ、貫かれ──。

 しかし、それでも俺は体勢を立て直し、反撃に転じようと構える。しかし、その行動を読んでいたかのように、エリシアは剣を地面に突き刺した。そしてその剣の柄を右手で掴み、詠唱を始める。


「聖光よ、正義の裁きを与え給え」


 次の瞬間、地面から巨大な光の柱が立ち上がった。まるで天まで届くかのようなその輝きに俺の姿が飲み込まれていく──……。


「……あぁ」


 そこで目の当たりにした彼女の姿は、まさに神秘的で魅力的だった。

 太陽の光を反射してまるで黄金の糸のように風になびく髪。その内側から光輝くような白い肌。青空のように澄んだ瞳と、それを彩る長く繊細な金色の睫毛。

 身にまとう白銀の鎧がどれだけ燻んで汚れていようと、美しい肌にどれだけ戦いの傷が刻まれていようと──。

 この時俺は、彼女が、世界で一番美しい女性であると──心からそう思えた。


「綺麗だ──」


 ポツリと呟いた直後、俺の全身は光に包まれた。

 そして──。


 *****


 光が収まった後、周囲には何も残っていなかった。ただ、地面が大きく抉れており、その中心で焼けただれたような匂いを放つ何かが残っているだけ。

 エリシアはそれを確認してから、ゆっくりと息を吐き出すとその場に座り込んだ。


「やった……のかな?」


 彼女は呟くようにそう言った。

 呼ばれたような気がしたので、焼けただれた黒焦げの物体──すなわちこの俺、魔人アルファは目を開けた。


「いや、死んでねえよ」


 俺はそう言うと、ゆっくりと起き上がる。全身が痛いが再生すれば問題ないだろう。多分。

 それよりも……。


「……お前、やっぱ強いな」


 俺は自分の全身を見回しながらそう言った。あれだけの攻撃を受けてなお生きている自分自身にも驚きだが、目の前にいる女、エリシアの戦闘力にも感嘆するばかりだ。


「そういう貴方こそ、よっぽど不死身じゃないの……」


 彼女は呆れたように呟くと、小さくため息をついた。そんな彼女に、俺は問いかける。


「それで? まだ俺とやるつもりか?」


 俺がそう尋ねると、エリシアは少し迷うような素振りを見せてから口を開いた。


「……そうね」


 そして続ける。彼女のその表情には、どこか不遜な笑みが浮かんでいた。


「今日のところは見逃してあげるわ」


 そんな事をほざきやがった。

 俺はたまらず笑ってしまう。


「はははっ! おいおい、そりゃねえぜ」


 俺はそう言って、エリシアに向かって足を踏み出した。

 その瞬間、彼女の顔から笑みが消える。


「あ?」


 不意に、エリシアの体が前のめりに倒れる。見れば、彼女の背中に一本の矢が突き刺さっていたのだ。その矢を引き抜こうと手を伸ばすが、それよりも早く新たな矢が飛来し、俺の体に突き刺さった。


「……誰だ?」


 俺がそう尋ねると、上空から声が聞こえてきた。


「ふふっ、油断したわね」


 見上げると、そこには弓矢を構えた一人の女がいた。その女は俺に向かってニコリと微笑みかけてくると、そのまま飛び降りてきた。

 その女に向かって、俺は拳を振るう。

 ガキンッという音と共に、俺の拳を受け止めたのは、漆黒の鎧を纏った騎士だった。


「あらぁ? その状態でもまだそんなに動けるの? すごいわね、魔人さん」


 そう言って笑う女。

 俺は騎士から距離を取ると、エリシアに刺さった矢を無造作に引き抜いた。すると傷口はすぐに再生する。それを見て、女は感心したような表情を浮かべた。


「ふうん……なるほどねえ」


 そして今度はエリシアの方に目を向けると、女は笑顔でこう言った。


「ちょっと貴方に協力してほしいことがあるのだけれど……いいかしら?」


 それはまるで友人を誘うかのような気軽な口調だった。だが、その目は笑っていない。


「いい訳ねーだろう。ぶっ殺すぞ」

「まあ怖い。でも、貴方にそれが出来るかしら?」


 その瞬間だった。女の放った無数の矢が、俺の体に突き刺さる。しかし痛みはない。これも再生できる範囲だ。


「ちっ! だから何なんだよ!」


 俺は叫ぶと、拳を地面に叩きつけた。するとその衝撃によって地面が大きく陥没し女が立っていた場所ごと吹き飛ばす。女と騎士は、咄嗟に空中に浮遊して躱したようだった。

 その隙を逃さず、俺はエリシアを抱きかかえて魔力を集中させる。


「お前らなんかに付き合ってられるかよ。じゃーな!」


 そう捨て台詞を残すと、テレポートの魔法を唱えてその場を去った。


 *****


(side:エリシア)


 気がつくと、私はベッドの上に寝かされていた。一瞬状況が理解できなかったが、すぐに自分の置かれている状況を理解することが出来た。


「ここは……どこ?」


 ベッドから身を起こすと、周囲を見渡す。部屋の中は広く、ベッドの他にテーブルや椅子などが置かれていた。どうやら誰かの部屋のようだが……。

 そんな事を考えているうちに、部屋の扉が開かれた。そこから現れたのは、魔人アルファと名乗る男。彼は私を見ると、驚いたように目を見開いた。


「おお、気がついたか」


 そう言って笑う彼の表情は、とても邪悪には見えなかった。むしろ人懐っこい印象を受けるほどだ。しかしそれでも油断はできないだろう。何せこの男は先程まで、私と戦っていたのだから……。

 そんなことを考えていると、彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。そして私の顔を覗き込むように見る。


「……なに? 私の顔に何かついてる?」


 私がそう尋ねると、彼は首を横に振った。


「いや……そんな顔もできるんだなって思ってさ」

「え……?」


 どういう意味だろうか? 私が不思議そうな顔をしていると、彼は再び口を開いた。


「いや、戦っていた時とは印象が違うなって。あの時は、ずっとおっかねえ顔してたからな」


 そう言って笑う彼を見て、私は少し恥ずかしくなった。自覚は無かったけど、まさかそんな顔になってしまっていたとは……。

 予想外の言葉に、思わず顔が熱くなるのを感じた。きっと今の私の顔は真っ赤になっていることだろう。それを見られたくなくて、私は彼から視線を逸らした。そんな私の様子を見て、彼はまた笑った。

 それからしばらく沈黙が続いた後、不意に彼が口を開いた。


「なあ、エリシア」


 名前を呼ばれ、ドキリとする。そういえば、この魔人は何故私を介抱してくれたのだろうか? 私を助けたところで、彼にとっては何の利益にもならないと思うのだが……。

 そんなことを考えていると、彼は続けてこう言った。


「俺と結婚してくれ」

「はぁ?」


 エリシアは、心の底から驚嘆した表情で声を出した。


 *****


 謎の女と黒鎧の騎士から、エリシアを連れて逃れてからというもの、大変な日々が続いた。

 まず、ガチで死にそうになっていたエリシアを治療をするのが一番大変だった。俺は自分の体を再生することはできるが、他人には簡単な回復魔法しか使えない。しかし、これでは気休め程度にしかならないため、仕方なく俺は彼女を治療できそうな場所を探した。

 幸い、俺には転移魔法があったので、これ使ってあちこちに転移しまくって人里を探した。

 で、ようやく見つけたのがこの町。そこそこ発展しているようで、色々な店や施設がありそうだった。ここなら治療できるだろうと考えた俺は、エリシアを病院に連れていった。

 そこで治療をしてもらった結果、彼女はなんとか一命を取り留めることが出来たってわけだ。俺はホッと胸を撫で下ろすと同時に、新たな問題に直面する。


『はぁ!? 治療費1000万シルバーだとぉ!?』

『うん。適正価格ヨ』


 目玉が飛び出るほどの治療費を請求されたのだ。聞けば数年、十数年と働いてようやく稼げるといった金額らしい。

 俺は、この医者をぶっ殺して治療費をチャラにしようかと脳裏をよぎったが、仮にもエリシアを救ってくれた恩人にそれはマズイと思いとどまった。

 しかし当然、そんな持ち合わせはない。

 俺は医者に、この町で手っ取り早く稼げる仕事はないかと尋ねた。すると、医者はニヤリと笑みを浮かべてこう言った。


『あるヨ。簡単……魔物を倒してお金を稼ぐのヨ!』


 何でも、この町には『冒険者ギルド』という施設があるらしく、そこで冒険者登録をすれば依頼を受けて金を稼ぐことが出来るらしい。

 というわけで、俺はさっそく冒険者ギルドへと向かった。しかし、ここで新たな問題に直面する。


『はぁ? 身元不明者は登録できないだぁ?』

『ええ。どこの誰かも分からない、怪しい人を雇うわけにはいきませんので』


 正論すぎてぐうの音も出なかった。

 俺は仕方なく、身元不明でも冒険者になれる方法を尋ねると、受付嬢は答えた。


『そうですね。基本、例外は認められないのですが……。一つ、方法があります。結婚して籍を入れてしまえば登録できると思います』

『……マジで?』


 俺は呆然として聞き返す。が、受付嬢はさも当然といった顔で頷いた。


『ええ。結婚すれば夫婦ですから、当然家族になりますよね? それなら身元不明では無くなるので問題ありません。ああ勿論、結婚相手は身元がしっかりした人に限りますけど』

『なるほど! それならうってつけの奴がいるぞ!』


 というわけで、俺はエリシアを結婚するために彼女の元へと向かったのだった。


 *****


「──という訳だ。どうだ、エリシア。俺と結婚する気になったか?」

「いや、全然」


 きっぱりと断るエリシア。彼女は呆れたような目で俺を見つめていた。


「何がどうしてそんな話になるのよ。そもそも、私たちは敵同士でしょう?」

「まあまあ落ち着けって。なあエリシア、俺とお前の仲じゃないか」


 俺がそう言うと、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。が、構わず続けることにする。


「いいか? 俺はお前に惚れたんだ」

「……っ!」


 あっけらかんと答えると、なぜかエリシアの顔が真っ赤に染まった。そして慌てた様子で視線を逸らすと、小さな声で呟いた。


「……冗談はやめて」

「冗談なもんか。俺はお前が好きだ。いや、愛していると言ってもいい」

「なっ……!」


 エリシアの顔がますます赤くなる。それを見て、俺はニヤリと笑みを浮かべた。


「あの死闘で、お前の勇姿を目の当たりにしちまったからな。惚れねえ方がおかしいぜ」


 そう言って肩を竦めると、彼女はしばらく黙り込んでから口を開いた。


「でも、仮に貴方が私を……その……す、好きだったとして、どうして結婚する必要があるのよ」

「そりゃお前、夫婦になればずっと一緒に居られるじゃねえか。それにお前の治療費も稼げるようになるし、一石二鳥だ!」

「一石二鳥? ……とにかく、結婚なんてあり得ないから。治療費も自分で払う」


 そう言って顔を背けるエリシア。しかし、俺は諦めずに彼女に詰め寄った。


「まあ聞けよ。俺と結婚すれば、お前の望みを何でも叶えてやるぜ?」

「……!」


 その言葉に、エリシアが反応するのが分かった。どうやら興味を持ったらしい。俺は畳みかけるように続けることにする。


「……そうだ! 俺が冒険者になれば毎日依頼をこなして稼げる! 金には困らないし、欲しい物はなんでも買ってやるぜ!」


 すると、エリシアは何やら考え込むような素振りを見せた後、口を開いた。


「……本当に、私の望みを叶えてくれるの?」


 その質問に、俺は胸を張って答えることにする。


「勿論だとも! どんな難題だって解決してみせるさ!」


 その言葉に、エリシアはまた少し考える様子を見せてから口を開いた。


「……分かったわ。結婚してあげる」

「おおっ! マジか! 言ってみるもんだな!!」


 俺が歓喜の声を上げると、彼女は恥ずかしそうに顔を背けながらこう言った。


「じゃあ、早速一つ願いを叶えてもらうわ」

「ん? なんだよ?」


 聞き返すと、エリシアは視線を逸らしたままこう続けた。


「……あるゆる病を治す幻の万能薬『エリクサー』を探して欲しいの」


 *****


(side:エリシア)


 私の名前は、エリシア・グランツフォード。由緒ある貴族、グランツフォード公爵家の次女として生まれた。

 私には姉と弟がいたけれど、両親は剣の才能と生まれつき高い魔力を持つ私を可愛がってくれた。二人との仲は良好だったと思う。

 でも、私が10歳の頃に母が病気で亡くなってからは父も塞ぎ込むようになり、私達姉弟へ向ける愛情が少しずつ減っていくようになっていった。そしてついに父は母の面影を残す私を避けるようになったのだ。

 それでも、私は父のことが大好きだった。だから、父の役に立ちたいと必死に魔法を学んだり剣の腕を磨いたりしたのだが……あまり効果は得られなかった。

 そんなある日のこと。父が再婚すると聞いた。相手は、父が懇意にしていた商人の娘らしい。母親と呼ぶには若い人だった。

 私はあまり乗り気ではなかった。しかし、父に促されて渋々会うことにしたのだが……そこで出会ったのは、とても美しい人だった。

 私の視線に気づいたのか、彼女は優しく微笑んでくれた。その笑顔を見た瞬間、胸がドキッとなるのが分かった。顔が熱くなるのを感じ、視線を逸らそうとしたところで彼女に声をかけられた。


『初めまして、エリシア。今日からよろしくね』

『……よろしく……お願いします』


 消え入りそうな声で答えると、彼女はニッコリと笑ってくれた。その笑顔を見た瞬間、胸がさらに高鳴るのが分かった。

 それからというもの、私の中で義母に対する思いが大きくなっていくのを感じた。彼女と過ごす時間は楽しかったし、彼女のために何か出来ないかと日々考えを巡らせるようになったのだ。

 そんなある日のことだった。私が12歳になる誕生日の前日だったと思う。

 義母が、原因不明の病で倒れたのだ。

 医者からは治療法が分からないと言われたが、私は諦めずに方法を探した。すると、一冊の本に載っていたのだ。

『エリクサー』という万能薬の存在を。

 しかしその薬を作る方法は未だ見つけられていないと記されていた。

 だからこそ、私は義母のために『エリクサー』を手に入れようと決意した。あるゆる伝を頼り、世界中を旅して『エリクサー』の情報を集めた。

 そうして情報を集めて2年が経った頃だっただろうか。ついに『エリクサー』の手がかりを手に入れたのだ。

 それは、人類の敵である魔族が『エリクサー』の研究開発を行っているというものだった。

 その話を聞いた瞬間、私はすぐに行動を開始した。

 まずは情報を集めるために、魔族の住まう国へと向かった。そして様々な情報を集めながら、彼らの研究拠点を突き止めては乗り込んだのだ。

 しかし、結果は散々だった。幾つもの研究施設を漁っても『エリクサー』に関する研究資料は見つからなかった。

 焦りばかりが募っていく中、私はついに最後の拠点へと向かった。

 そこは、山奥にひっそりと建てられた施設で、兵器として利用される薬品や実験生物などを研究している場所だった。

 結局、そこにも『エリクサー』は見つからなかったけど、そこで偶然遭遇したものがあった。

 それこそが、研究所内で極秘裏に開発されていた人造魔族・魔人アルファだったのだ。


 *****


「──なるほど。あの時、俺が居た研究所にお前らがやってきたのは、そういう事か」

「ええ。それこそが、この魔界王国に来た最大の理由よ」

「ふーん。病床に伏した母親を治す薬を探すため、ねぇ……」

「義母を治すためなら、私は何だってするわ。それが例え、魔人である貴方と結婚することになってもね」


 エリシアはそう言って、挑戦的な視線を俺に向けてきた。俺は思わず苦笑する。


「おいおい。俺との結婚を、まるで罰ゲームみたいに言わないでくれよ。……まあとりあえず、お前の事情は分かったよ」


 俺がそう言うと、彼女はホッとした表情を浮かべた。だがすぐに表情を引き締めると、続けてこう言ってきた。


「じゃあ、約束通り私の願いを聞いてくれる?」

「もちろんだ。お前の母さんの病を治す『エリクサー』も見つけてみせる。そして俺とお前は結婚する。何の準備もしていないし、手続きの方法とかもわかんねーけど、取り敢えず今は婚約関係って事で」

「本当に、約束してくれるのね?」


 念を押すように尋ねてくるエリシアに向かって、俺はニヤリと笑って見せた。


「任せとけ。必ずそのエリクサーってやつを見つけ出してやる。…………それじゃあ、ハイ」


 そう言って、俺はエリシアに手を差し出した。


「……何よ?」

「俺ら、これから結婚を前提にした付き合いになるだろう? だから、誓いの握手だ。ほれ、手ぇ出せ」

「……色々間違っている気がするけど、貴方がそれで納得するなら」


 エリシアは渋々といった様子で、俺の手を取った。俺はその手をギュッと握ると、そのまま自分の方へと引き寄せた。突然のことに驚いたのか、彼女はバランスを崩して倒れそうになったが、なんとか踏みとどまる。そして至近距離から見つめ合う形になった。


「ちょ、ちょっと……」


 慌てて離れようとするエリシアだったが、俺は逃がさないようにしっかりと抱きしめると、彼女の綺麗な青い瞳を見つめた。


「これからよろしくな、俺の愛しい人」

「……っ!」


 エリシアの顔が赤くなった。それを誤魔化すように視線を逸らすと、小さな声で呟いた。


「……こちらこそ、よろしく」


 *****


(side:真人王国)


 人間が暮らす国『真人王国』。

 その国を統べる王は、悲しんでいた。

 その理由は、王国が魔族に攻め入られたからでも、愛する女性が病に侵されているからでも、ましてや今晩のメニューが好物のハンバーグではなかったことでもない。

 彼女はただ、自分の配下の無能さに嘆いていたのである。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない……」

「国王様、勇者はここにはいません」

「ああ。そうじゃったな。死んだのは、勇者の腰巾着である雑魚3人じゃったか」


 国王は、戯けた様子でそう言った。彼女の視線の先には、3つの棺桶があった。

 古びた木材から作られたその棺桶は、時間の流れとともに風化し、静かに年月を積み重ねていた。その表面には、苔が繁茂し、藤の蔓がからみついて、自然と一体化しているかのように見えた。

 この三つの棺桶の中に居るのは、勇者エリシアの仲間である3人の女達である。


「なあ、こいつら本当に生き返らせねばダメか? 勇者と比べると、まるで役に立たぬ3人じゃ」

「はぁ。一応、この国でも指折りの実力者達なのですが…‥。勇者は、まあ、アレと比較するのは可哀想ですよ」

「かっかっ! それもそうじゃな!」


 国王は豪快に笑った。そして、勇者の腰巾着こと、3人の女達の亡骸を嘲笑うかのように見つめる。


「それにしても、使えぬ奴らじゃのう……。勇者の負担を少しでも減らせればと思い、わざわざパーティーに加えてやったというのに、たった1匹の魔物にすら手も足も出ないとは」

「はい。しかし、あの魔族は特殊な個体でしたから……」

「ふん、言い訳など聞きとうない」


 国王は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、棺桶の側面を忌々しげに蹴っ飛ばした。その瞳には憎悪の色が宿っていた。


「使えぬ奴は嫌いじゃ。儂は、使える奴しか愛さん」

「承知しております。──それで、国王様。例の『異世界人』の件についてなのですが……」

「おお、そうじゃったな。……して、どうであった? 何か分かったのか?」


 国王は興味深そうに尋ねた。その目は爛々と輝いており、新しいおもちゃを与えられた子供のように無邪気な表情だった。


「はい。国王様の目論見通り、彼らにはかなり強力な能力が備わっているようです。しかも、その力は我々の想像を遥かに超えているようでして……」

「ほぉ! それは素晴らしい!」


 国王は思わず身を乗り出した。その瞳には期待の色が満ち溢れていた。


「今後の方針としては、彼らを幾つかのグループに分け、それぞれに役割を与えるのが良いかと思われます。そして、外部から腕の立つ猛者を各グループの指導者として雇い、育成するのです。その後、より優れた者を選定し──」

「ふむふむ」


 国王は興味津々といった様子で、側近の話に耳を傾けている。その表情はまるで玩具を与えられた子供のようであった。


「──以上です。如何でしょうか?」

「うむ。……では、編成されたグループの一つを、例の魔人討伐に向かわせよ」

「……勇者と戦った、あの魔人の、ですか? それは一体どういう意図で──」

「良いから、言う通りにするのじゃ。これは国王としての命令じゃからな?」


 有無を言わさぬ口調でそう告げると、彼女は玉座から立ち上がり、その場から立ち去っていった。

 一人残された側近は、困惑しながらも国王の命令に従うべく準備を始めた。


(──まったく、困ったお方)


 心の中で呟くと、彼女は深いため息を吐くのであった。

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