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今日も話さない人形エルフと、  作者: 湯神和音


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5/5

5話

 彼が家に帰る。


「ヴィー、ただいま。…………ヴィー?」


 いつも家に居て、真っ先に駆け寄ってシャツをねだって来るはずのエヴィが居ない。

 彼が、寝室や風呂場他の部屋を探すが、彼女は見当たらない。


「ヴィー?」


 ふと机に目を落とすと、机に紙切れが置かれている。

 彼がそこに目を落とす。

 手紙には、荒々しい文字が(つづ)られていた。


「この恥知らず」





「はぁ!!」


 朝、彼が起きると心配そうな顔をしたエヴィが、彼の顔を覗き込んでいる。

 息を荒くし、冷や汗をかいている彼の顔を布団の端で拭い、大丈夫? とでも言いたげに、彼女は首を傾けた。


「大丈夫だよ。心配をかけたね」


 安心した表情で笑ったエヴィが、挨拶代わりの口付けをする。

 彼女が朝の挨拶を終える。

 彼は離れようとする彼女の頬に手を当て、自分の方に引き寄せた。

 被りつく様に唇を合わせ、濃厚なキスをする。

 エヴィが、驚いた様に目を見開く。

 彼が強引に舌を入れると、エヴィも少し頬を気丈させ、それに合わせる。そうして暫くキスをした後、ゆっくりと舌を抜くと、軽く息を荒くした彼は気まずそうに視線を外した。

 エヴィが、ニヤリと笑う。

 彼女は彼を思い切り引き寄せて、ギュッと抱きしめ、安心させる様によしよしと頭を撫でた。

 彼が、ホッとした様に息を()らす。


「……」


 彼は、彼女のスキンシップに安心し始めている自分に、初めて気が付いた。





 その晩もいつもの様に、彼はエヴィと一緒にお風呂に入っていた。

 いつもの様に、彼と一緒に湯船に浸かり、お風呂を出た後のエヴィの体を、彼が魔法で乾かす。


 だが、いつもと違ったのは、エヴィがその後、タオル一枚の彼の腕をベットまで引っ張って行ったという部分だった。

 彼女は、彼の腕を引いてベットに倒れ込む。


 いつもだったら、彼女に説教していただろう彼は、そのまま腕をついて彼女の上に覆い被さった。


「はぁ……ヴィー、正直途中で止められる気がしない。君が嫌がっても、途中で辞めてあげられる気がしないんだ」


 ベットの上に寝転がっている彼女は、煽る様な笑みを浮かべる。エヴィが、彼の頬に手を当て、耳に髪をかけると、彼の頬が僅かに気丈する。

 窓から月明かりが差し込む。音の無い彼女と、狼の様に射抜く様な視線で彼女を見つめる彼の間には、静かな空気が流れていた。


「……ねぇ、ヴィー。僕のわがままを、受け入れてくれる?」


 エヴィが、にこりと笑う。

 彼はエヴィの頬にゴツゴツとした大きな手を当て、獣の様にキスをした。





 その日は、いつもと変わらない休日の朝だった。

 相変わらずモリモリと食事をするエヴィと、いつもそんなに食べてどうしてそのスラリとしたモデルの様な体型を維持出来るのだろうと不思議そうに彼女を眺めている彼の、何気ない休日の朝。


 それを打ち破ったのは、腕に包帯を巻いた大柄な男がドアを蹴破る音だった。


「ごめんくださあーい! ここにおじいちゃん教師と淫乱エルフはいますかあー??」


 彼とエヴィが驚いて固まっていると、バタバタと大柄な男の手下と思われる人相の悪い男達と、彼の見知った顔が一人、入ってきた。

 大柄な男が、空いている方の手で持った大剣を「ズドンッ!」と床に突き立てる。


「おー! 居るじゃねぇか。お前の言った通りだなあ」

「んね。教えたんだから、あとでお金頂戴ね?」

「わーってんよ」

「君は……」


 新米教師が「はぁーい」と彼に向かって手を振る。何か言いたそうな彼の言葉を(さえぎ)って、大柄な男が、話し始めた。


「腕の件もあんだがなあ。この間のあれから、なぜだか知らねえが、どこの店にも怒鳴り込む事は出来ねえし、うっかりパン屋の前を通ろうもんなら知らない内に金を払っちまう。なあ、お前らどーしてくれんだよ」


 彼が杖を構える。

 彼は大柄な男を無視すると、新米教師に向かって言った。


「どうして―――」

「私と一緒にならないなら、あんたなんか消えてしまえばいいのよ!!」


 いつもと様子が全く違う新米教師の金切り声に、彼はお驚いて肩を震わせる。

 その隙を狙ったかの様に、新米教師が彼に向かって火球を飛ばす。


「ゴフッ」


 火球が腹に直撃した彼は、壁まで吹き飛ばされる。口から血を流す彼に向かって、新米教師が球状の何かを投げつけると、それは空中で展開し、彼の体を壁に貼り付けた。


「なんだ、これはっ! 蜘蛛の糸?!」

「今日の為、貴方の為だけに作った、貴方専用の拘束魔術よ? 精々そこで恋人がズタズタにされていくところを見ているがいいわ!!」


 彼が、エヴィの方に振り向く。

 テーブルの前で固まって、動けなくなっているエヴィに向かって叫んだ。


「逃げなさい!! ヴィー!!」


 エヴィがハッとした顔をする。

 エヴィは、彼の前まで転がる様に駆け寄ると、両手を広げ、彼らをキッと睨んだ。


「ヴィー!! 数が多すぎる!! 逃げてくれ!!」

「もう遅えよ」


 大柄な男が、剣を振り上げる。

 彼が防御魔術を展開しようとするが、蜘蛛の糸に魔力の使用を制限する魔術が掛かっているのか、上手く展開出来ない。

 剣が振り下ろされ、もうダメだと諦めかけた、その瞬間だった。


 大きく息を吸い込んだエヴィが、口を開く。

 その一瞬で、世界から音が消えた。

 視界が僅かに(しら)け、全ての物がスローモーションになったかの様に停止する。


 空気が震える。

 それは音の様で音とは全く別物の、大気を震わせる、振れ幅の大きい、脳に直接響いてくる、大きな波の様な振動であった。


『帰れ!! 忘れろ!!』


 雷が打たれた様に、彼を除く全員の動きが停止する。

 憑き物にでも憑かれたかの様に、全員の表情が一斉に無くなり、彼らはくるりと後ろを振り向くと、そのままふらふらと彼の家を出て行った。


「…………帰った?」


 エヴィが、彼の蜘蛛の糸の拘束を解く。

 驚きを隠せない彼が、エヴィに尋ねた。


「ヴィー、さっきのって――」


 不貞腐れた様な顔をして、エヴィが彼に抱きつく。

 話したくないのだなと感じた彼が、諦めた様に笑った。


「……君は、声が出せるんだね」


 エヴィが、顔を押し付けながら首を横に振る。話せないのではなく、イヤイヤと駄々を捏ねている様だ。


「何か話せない事情があるんだね」


 彼女は固まって動かない。

 彼は、彼女の頭にそっと手を当てた。


「それでもいいよ、ヴィー。話したくない事があってもいいんだ。一つ覚えていておいて欲しい。何があっても、僕は変わらず、君を愛している」


 一拍置いて、彼の顔を見たエヴィがほろほろと涙を流す。

 彼は、エヴィの涙を、そっと(ぬぐ)った。


「愛してるよ」


 エヴィが、彼に抱きつく。

 服にグリグリと顔を埋めて、小さく肩を震わせる彼女を、彼はそっと撫でていた。





 よく晴れた日の涼しげな朝。

 黒い喪服を着た男性が一人、小さな墓標の前で、花束を手に持っている。

 よく手入れされた十字形の墓標に、青い蝶が留まる。


「もう一年になるんだね、マリー」


 彼が、その場に(かが)む。

 黒い十字形の墓石に、真っ白な百合の花を添えた。


「君がいなくなってから、それはそれは目が回るような事が、沢山あったんだよ。君が聞いたら驚いてしてティーカップを落としてしまいそうな事が、沢山あったんだ」


 彼の周囲に人はいない。風になびく草の音だけが横を通り過ぎていく。

 彼は、昔そうしていた様に、柔和な笑みを浮かべて話した。


「ねぇマリー、君にしてやれなかった事、君と一緒に出来なかった事を、最近つい考えてしまうよ。もっといっぱい君を外に連れ出すんだった。もっといっぱい、君の気持ちを聞いておくんだった。でも、今となって僕に出来るのは、こんな事くらいだ」


 彼は墓標の前で、両手を合わせて祈る。

 彼女が安らかに眠れる様に。彼女が幸せな夢を見られる様に。

 罪悪感、後悔、悲哀、色々な物を抱えた彼は、今は目の前の、もう決して戻る事のない彼女の為だけに祈った。


 彼は、立ち上がる。

 彼が、静かに表情を無くす。

 暫く彼女の墓標を見つめてから、彼は言った。


「ねぇ、マリー。僕は幸せになってもいいのかなぁ……」


 そんな事を(つぶや)いた彼が振り向く。

 去り際に耳元で、懐かしい声が聞こえた。


「いいのよ」


 彼が後ろを振り向くが、そこには誰もいない。

 だが周囲を見渡すと、少し離れた木陰になった岩の上に、教会の神父から貰ったお菓子を(くわ)えたエヴィの姿があった。


「ヴィー……?」


 彼が話しかける。

 彼女が首を傾げる。

 彼は、涙を(ぬぐ)った。


「あぁ、うん…………そうだね」





 エヴィは今日も話さない。


                 Fin

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