最終話
……おかしい。
何がおかしいって、最近唯奈さんの距離感がさらに近くなっている。普通に俺に触れてくるが、かといって彼女は恥ずかしがる様子はない。
ということはだ、俺は全く男として意識されていないことになる。
自分で考えていて悲しくなってくるな。
ここまで無警戒に接近されると、彼女は何とも思っていないかもしれないが、俺的には色々と困ることもある。
思うところは色々とある。例えば男女関わらず周りの視線が痛くなってきたこと。
男子からしてみれば何で美女を二人も侍らせているのか、という疑問が浮かぶだろう。女子からしてみれば人気者の友達を取られて困るという感じか。
少なくとも、もう平穏な学園生活は送れないことは覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「でさー、優菜が張り切り過ぎて料理を作り過ぎちゃったのよ。だからこの間の我が家は大変だったの。分かる? 食べきれないのよ、あの量は」
「――本当にごめんなさい。あの時は作り始めたら止まらなくなってしまって……」
「話の途中で悪い。ちょっと唯奈さんに言いたいことがある」
正直我慢の限界だった。
近いんだよ! 唯奈さんの物理的な距離感もそうだけど、心理的な距離感も!
生き物というのは単純で、接触回数が増えると愛着を持つようになるらしい。だから俺もこれ以上接触回数が増えるといつの日か恋愛閾値が突破してしまうかもしれない。
つまり、このままでは彼女に惚れる日が来る。
そもそもおかしいじゃないか。
彼女たちは普通に接することのできる男子が欲しかったんだろう? なのに何故その普通の男子相手に誘惑するような真似をするんだ。
「前から言いたかったんだけど、あの頃はそこまで仲良くなかったから我慢して言わなかった。けど、今なら言える。唯奈さん、近すぎ。色んな意味でね。……続けられるといつか俺も惚れるぞ? 冗談抜きで」
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――惚れる? 雨宮が? 私に……?
「またまたー。冗談言って――」
「唯奈さん、俺がそんな質の悪い冗談を言うやつに見えるか?」
「――っ!」
雨宮はそんな冗談を言わない。だからこの言葉は本当の本当、本気なんだ。
じゃあ何でそんなことを宣言したんだろう。――そうか、私たちが普通の男子の友達を得ることを望んだからだ。
だから彼は自身の優しさから、私に惚れるような仕草をすることをやめてほしいと申し出てきたんだ。
だけど残念。心変わりしてきているのは彼だけではない。
私だって雨宮のことを異性として意識している。
最初は『何なのこの人』って思っていたけど、最近は気づいたら雨宮のことを目で追っている。
芯がしっかりした人、黒板に書かれた内容を書き写すときの真剣な眼差し、体育は得意というわけではなさそうだけど頑張るその姿、私が触れても嫌がらない、それだけで自分は嫌われていないって分かる。
だから心地いい、その眼差しを私に向けてほしい、私のために頑張ってほしい。
多分惚れた瞬間と、惚れていることに気づいた瞬間は別だった。
気づいたときにはもう手遅れだった。
私のばか。好きになるって分かっていたら仲良くしようだなんていわなかった。
~~~
……えっ? どういうことでしょうか?
ちょっと状況を整理しましょう。まず雨宮さんは唯奈のことを好きになる可能性があるから接触の仕方を変えてほしいと申し出ました。
そこは分かります。じゃあ何が分からないのかというと、唯奈の意図です。
そもそもなぜ唯奈はそこまで雨宮さんに固執するのでしょうか。
「ちょっと、唯奈。内緒話しましょう」
私たちは雨宮さんから少し離れ耳打ちをし合う。
「唯奈。もしかして、雨宮さんのこと――」
彼女は最後まで話を聞く前に軽く頷きました。
これは確定です。
唯奈も雨宮さんのことを好きになりました。
私もいつの日からか雨宮さんのことを異性として意識するようになっていました。
彼は私が男性がちょっと苦手ということを知ると、無理に接触してこなくなりました。それは彼の優しさからくるものです。
それを証明する出来事として、雨宮さんは決して私をないがしろにすることはありませんでした。
常にこちらに気を配り、それでも無理に接触はしてこず、でも会話中唯奈と彼の会話に加われるように一拍間を開けてくれる。
そんな優しさが心地よかった。
きっと唯奈も似たような理由で雨宮さんのことを好きになったんですね。
「――実は、私もなんです」
「うん。気持ち、わかるよ」
妹の想い人を私も同じタイミングで好きになるなんて、神様も意地悪ですね。
~~~
どうやら彼女たちの内緒話とやらが終わったらしい。
若干顔を赤くしながら二人は俺の元へ戻ってきた。
「――いいよ、私たちのことを好きになっても。でも、ちゃんとどっちか選んでね」
ここら辺が潮時か。もう俺らは普通の友達には戻れないんだろうな。
それなら答えは決まっている。だらだらと答えを先延ばしにせず、早めに行動に移そう。
「それなら唯奈さん、ちょっと話があるんで放課後校舎裏まで来て欲しい」
唯奈さんは目を見開いていた。
彼女は何度も俺と優菜さんを交互に見ていた。
正直あれだけ接点があって惚れるなって言う方が無理なんだよ。
――せっかく友達になれたのに、こんなにあっけなく終了か。惚れた俺も悪い所があるが。
◆◇◆
放課後になりました。
唯奈と雨宮くんは落ち着かない様子で校舎裏へと向かいます。
彼と唯奈には悪いのですが、私もこっそり後を追います。
私の初恋と向き合うために行かなくてはなりません。
私は校舎の影から彼の告白を盗み聞きします。悪い女ですね、私は。
「話って言うのは告白なんだけど……実は俺、優菜さんが好きなんだ。だから後日彼女にきちんと告白しようと思って――」
雨宮くんは私のことが好き……? 何故? 接点は唯奈のほうが多かったはずです。
頭が混乱してよくわからないことになっています。そもそも告白するために呼び出す相手を間違えたとしか思えません。
しかし一つだけわかることがあります。唯奈は多分この後悲しさのあまり泣くことでしょう。
「じゃあ何で私を呼び出したわけ?」
「俺が優菜さんに告白する前に、ある程度俺と唯奈さんの接触機会を減らしてほしいって相談しようと思って。唯奈さんのことも異性として意識してないって言ったら嘘になるから、もうちょっとでどっちが好きか分からない状態になりそうだったんだよ」
「――質問。なんで優菜を選んだの?」
私も知りたい。
むしろ接点の少ない私を選んだ訳を……。
「単純な理由だよ。好きな性格――それが優菜さんだって気づいたんだ」
突如として唯奈の目から涙があふれだします。
好きな人から降られたようなものですから、当然のことでしょう。
彼女は口を開きます。しかしその口から出てきたのは罵詈雑言ではなく――
「ありがとう、雨宮。私たちの顔じゃなくて、性格を好きになってくれて――。私、雨宮のそういうところ、好き。本当に好き。……好きだった。嫌じゃなければ、これからも友達としてよろしくね? ――あと優菜だけど、あそこで盗み聞きしているから」
雨宮くんが踵を返します。
ああ、どうしましょう!? 盗み聞きしていたことがばれてしまいました!
しかも彼はずんずんという感じの足取りでこちらに向かってきます。
逃げるには時すでに遅し、彼は私の目の前までやってきました。
「優菜さん。聞いていたから分かると思うけど、俺、君のことが好き、です……」
あわわわわ――
話が急展開しすぎて混乱を加速させてしまいます。
そんな私ですが、自分の本心に抗うことはできませんでした。ですのでかろうじて言葉を紡ぐことができました。
「――はい、私も好きです。私は臆病で奥手ですけど、唯奈に負けないように頑張ります……ので、よろしくおねがいします」