2話
休み時間というものは良いものだ。
基本的に良識内のことをしていれば何をしても怒られないし、授業の合間のたった十分間とはいえ休息するのも良し、趣味に没頭するのも良し――本当に楽しい時間だ。
ということで俺はスマホを取り出し、イヤホンを取り付けて音楽を再生しようとしたところで背後から人が近づいてくる気配を感じた。
先日の件からすると間違いなく如月さん姉妹だろうな。
俺が彼女らに興味を持たなかったことが、逆に彼女らの興味を惹きつけた。
そんなことを考えていると、突如として肩に手を置かれた。
「雨宮、何しているの?」
俺はスマホの操作を一旦やめ、振り返る。
俺の肩に手を置いているのは唯奈さんのほうだった。その後ろに姉の優菜さんもいる。
唯奈さんは俺の手元の何があるのか確認するかのように肩に手をかけたまま覗き込んできた。
……いや、距離感がえぐい。彼女の顔が近くにある。
この子は意識してそれをやっているのだろうか。いや、それはないな。
単純に警戒心がないからこそできる芸当なのだろう。
「あー、なんだ。手に持っていたのってスマホなんだ。何しようとしていたの?」
「音楽でも聴こうかなって。だからこれ、イヤホンをセットしていた」
そう言い俺は片手に持ったイヤホンを彼女に見せびらかす。
しかしこの行為が裏目に出た。唯奈さんは俺がどんな曲を聞いているのか明らかに興味を示していた。
彼女は隣の席から椅子を引っ張ってきて、俺の隣に座った。
「イヤホン、片方貸して? 私も聴いてみたい」
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……おかしい。
私は今雨宮にアプローチに近いことを繰り返している。なのにこの男ときたらそれらに何一つ反応しない。
ボディタッチ、顔を近づける、親しげな会話、相手の趣味に興味を持つなどなど……。
今なんてイヤホンを半分こにしているのに、雨宮は顔色一つ変えない。
やっぱり考えすぎだったのかな?
私だって普段はこんなことはしない。ただ、『男なんてどうせ――』という男子に対して陰鬱としたくだらない先入観を持っている。
だからちょっと雨宮をその気にさせれば他の男子と同じように本性を見せるものだと、そう思い込んでいた。
でも実際のところはこれだ。てこでも動かない男。
もし雨宮に惚れた女子がいたとしたらそれはもう、本当に大変なことね。
きっとずっと気づいてもらえずその恋心は鎮火してしまうんだ。
女泣かせの雨宮め、と当人からしてみれば何の心当たりのないことでとばっちりをうけさせる。
私は優菜と違って自分の魅力というものを正しく認識している。
容姿はそうだし、社交性もある。運動だって、勉強だってできる。
何もしなくても男女関係なく私に言い寄ってきた。
……自分でそんなことを考えていて自己嫌悪に陥る。私がしたいのは自慢ではない、客観的に見て自分は魅力があるということを言いたかったんだ。
なのに雨宮は――雨宮ときたら私に何の関心も抱かない。
だから私は雨宮が気に食わないんだ。
でもこれは負の感情ではなかった。
不思議。『何なのこの人』って思っているのに、私は彼のことを避けるような真似はしない。
今までお互い無関心だったけど、少なくとも私にとって彼は『変なやつ』に昇格していた。
好きでも嫌いでもない。そんな不思議な感覚。
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いや、距離感! 近いわ!
正直つっこみたいが、普段から唯奈さん自身のパーソナルスペースはこれなのかもしれない。
『ちょっと近すぎない?』という些細な一言から彼女を傷つけることになるのは嫌だし、幸い休み時間の残り時間はそんなにない。
俺がちょっと耐えきれば、次の授業が始まるために彼女は自然と離れていくだろう。だから頑張れ、俺。
「あの、雨宮さん。何で唯奈だけ名前呼びなんですか?」
俺はイヤホンを外し、優菜さんの方へ振り向く。
優菜さんを放置して俺らは二人で一体何をしているのか……。
「ああ、如月さん姉妹が一緒にいるとき、苗字呼びだと困るだろうからってことで名前呼びにしているんだ」
姉の優菜さんは何かを考えこむそぶりを見せる。
一点だけ集中して視線を向けているかと思えば、突如としてあちらを見たり、こちらを見たり。
その様子が面白おかしくて苦笑しそうになった。
「――私だけ苗字呼びされるっていうのも変な話ですね」
「それなら如月さんも名前呼びした方がいい?」
何か仲間外れにしているようで彼女に悪いんだよな。
妹とは名前呼びするほどどんどん仲良くなっているのに、姉の彼女とは苗字呼びのままというのは彼女に疎外感を与えるだろう。
そんな、これ親切心なのか? それとも心配だからだろうか……。どちらにせよ、思うところがあったのでそう提案した。
「はい。私のことも名前で呼んでください」
「わかった。それじゃ改めてよろしく、優菜さん」
「おっ? 優菜たち、仲良くなってきたじゃん。妹として安心したよ。優菜、男子相手だと壁を作りがちだから、ずっとお互い苗字呼びだと思っていたし?」
「それは言い過ぎじゃないか? もし苗字呼びが続いていたとしても、仲がこじれなければどこかのタイミングで名前呼びに切り替わっていただろう」
「さぁ、どうかしらねー? にぶちんの雨宮と、臆病な優菜だし? 今優菜が勇気を出していなければどうなっていたか分からなかったかもよ?」
優菜さんは勇気を出して名前呼びを提案したのか。俺だけではそこまで気づくことはできなかった。
流石双子、会話せずとも意思疎通は完璧か。
なんせその唯奈さんの言葉に、優菜さんは納得顔をしていた。
休み時間の終わりが近づいていたので、俺らはこの辺で話を切り上げて解散した。