第二十九話 変異の結果は
紡ぐ魔術は〈追刻〉
発動したらただひたすらに敵を追い刻むだけの魔術。発動させれば、夢を刻むだけの魔術。
それをひたすら練り上げる。心が、感情が否定しようとも、使命と義務で創り上げる。
夢が「変わって」しまうなら、
私が
殺して
「変わらない」
夢を
覚えているから。
心が、「変わらないで」と叫んでも
私は、〈追刻〉を創り上げる。
どんなに後悔したとしても、
夢が夢で無くなってしまうなら
私が
殺して
君を覚えているから。
創り上げられた魔術は藍色の槍と10の羽。10の羽が敵を縫い付け、藍の槍で敵の命を刻む。これぞ、追刻。神域限定魔術。
外しはしない。敵の命を。夢の命を刻むまでは。
ルルゥが夢に魔術を発動させれば、人から「変わって」しまったとしても夢の命は刻まれる。
変異もそろそろ終わるだろう。夢の体中からなっていた音も次第に少なくなってきた。
〈そろそろ、終わるな。もし夢が「変わって」いたら確実に射止めろ。〉
水神リヴァニウスの冷徹な声がルルゥの頭の中に響く。
それを聞き、ルルゥは心をひたすらに、冷たくしていく。痛みを、悲しみを感じないように、ただひたすらに冷たく尖らせる。その時、夢の体から変異の最後とも言える大きな音が鳴り響いた。
ゴキン!!
身体は、人の形。
じゃぁ、心は人なのだろうか?
暗闇に沈んでいた夢の意識が覚醒する。
(ここはどこだ?)
(ココは、お前の中さ)
自分の疑問に応えたのは、水神リヴァニウスでも、ルルゥでも無かった。だが、その応えた声はじぶんがよく知る〈夢〉の声だった。
(お前は誰だ!?)
(オレはお前だよ、水瀬 夢。オマエ自身だよ)
(俺は二重人格だった覚えは無い!!)
(ハッハッハ、確かにお前は二重人格ではないな。だが、お前の心の中には、人を殺したい。アレが欲しい。それ以外にもネタミ、嫉妬、侮蔑、ありとあらゆる感情が埋まっているじゃないか。
なぁ、オレはお前だから分かるぜ?
お前がいつも人混みの中で、人に気付かれないように
隣にいる彼女に気付かれないように
人混みの人を殺したいと。ただ単純に邪魔だと思っただけで
生きている意味が無いと決めつけ
ヒトを「殺したい」と思っているじゃないか。
オレはソレだよ。
お前の人には見せない「感情」だよ
暗く、ドス暗く、お前の心の奥底で
いつか、その日を
お前が「感情」に食い殺される事を願っていた。
なぁ、カシテクレヨ。お前のカラダ。
オレガ使って、目の前のアレをクイコロシテヤルカラ)
夢の前に居るのは、ルルゥだけだ。無表情だが、だからこそ伝わってくる思い。夢を殺したく無いと。「変わ」らないでくれと。私をまた「独り」にしないでくれと。魔術を唱える声がそう、聞こえた。
夢の暗い「感情」が囁く。
(ウマソウダロ?あの顔を絶望で染めたいとオモウダロウ?オレはお前だ。お前がしたい事をオレならカナエテヤル。あんな神になんか頼らなくてもお前ならデキル事ダロウ?)
その囁きは甘く、蕩けるように頭へと染み込む。
(お前は、「独り」でも生きていける。オレがソバにいる。だから、ルルゥを一緒に喰いコロソウゼ?)
(確かに、俺は向こうの世界で人を殺したいと思った。ただ、時間を消費しているだけの奴らを殺したいと思った。でもな、俺だって向こうの世界じゃ時間を浪費してだけだ。そこらにいる奴等と変わらなかったんだ。それを、「独り」になって気付いた。人を絶対に「独り」じゃ生きていけないんだ。必ず、どこかで寄り添っているんだ。)
(イイヤ、オマエハチガウ!!オレトオマエハ「トクベツ」ダロ!!)
(俺は「トクベツ」なんかじゃない。俺は、「オレ」なんだ。俺が「トクベツ」じゃなくたって、俺は生きていける。生きているって事を俺は実感出来る。誰だって、どんなに苦しくても、辛くても、死にたいと思っても、その「思い」が生きているって事なんだと思う)
(キレイゴトダ)
(綺麗ごとで構わない。理想だ。幻想でも構わない。オレガ「俺」で居たいなら理想を、夢を追い続ける。だって、俺は夢を追う為に生れて来たんだ)
(コンカイはひいてヤル。オボエテオケヨ?「オレ」はお前の中にいる。「オレ」はいつでも「お前」の中から気楽に待つとすルサ。「オレ」はお前の中に「封印」サレテイタノダカラナ。これからは、何時でもお前に語りかけラレル。いつでも「オレ」は「お前」を歓迎しているかラナ)
(封印ってどういうことだ!?)
(・・カンガエテミレバイイ。ジャアナ、「俺」)
それっきり、「オレ」の声は聞こえなくなった。まるで、どこかの茂みに潜む獣のようだ。
「オレ」の存在も気になるが、それよりも今、目の前で泣きそうな人の涙を止めるのが先だろう。今回の事で起きた「変異」はあとで相談するとして、今はルルゥを安心させるのが先決なはずだ。
あの〈追刻〉が当たったらさすがに、死にそうだしな。
夢の体が起き上がる。そして、ルルゥはいつでも発動できるように魔術を身構える。第一声は、
「ごめん!!」
起き上がるなりすぐに頭を下げルルゥに謝る夢。
それを聞いたルルゥは身体から力が抜けていくのを感じた。だが、次の瞬間また力がこもる。なぜなら、
夢の片目が人じゃなかったから。
一瞬、力が抜けたはずのルルゥの緊張がこちらまで伝わってくる。夢は疑問に思い、下を覗く。地面は水面なのだから、そこに映るは顔は自分。一部を除いては。夢の喉から叫びがあがる。
「なんじゃこりゃあーーーー!?」
それを聞いたルルゥは、まだとりあえずは夢が人である事を確信したらしい。
もしかしたら、ダメかもしれない
今回も読んでくださりありがとうございます。
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