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魔法の杖工場のシャワー便座が誤作動する(前編)

【この物語の登場人物】


天野太郎あまのたろう = 水道屋さん。節度ある偏屈者。


チョチョビッチ = 魔法の杖工場の総務課の社員。気さくな人。


ルロンジョ = 魔法の杖工場の社長令嬢。上から目線のいけ好かない女。



 雲ひとつない蒼天。


 天野太郎あまのたろうは、今日も市民の水廻りのトラブルを解消するため、帝都パリジャポーネの凸凹した古めかしい石畳の道を、軽自動車でガタガタと走っていた。


 しばらく走ると、前方に煉瓦造りの巨大な工場が現れた。

 太郎は、速やかに左折をしてその場内に入り、守衛所の前で車を停めて入場手続きを取る。

 それから、青のカッティングステッカーで『ハレルヤ水道工事店』という社名が貼られた白い軽自動車を、砕石敷きの駐車場に張られた寅色のロープに沿って真っ直ぐに駐車をする。


 太郎が、軽自動車のバックドアを開き、車内からドライバーやモンキーレンチなどの入った道具箱を下ろしていると、敷地の柵の向こうに広がる壮大な草原で、若い勇者と戦士と魔法使いと僧侶が、一匹のドロドロとした粘液状の生き物を、集団で寄ってたかってフルボッコにしているのが見える。

 歪んた薄ら笑いを浮かべた戦士が、巨大なこん棒を粘液状の生き物の頭上に豪快に振り下ろす。

 生き物は、まー、という奇妙な悲鳴を上げた後、しばらくピクピクと痙攣を続け、やがて動かなくなった。

 勇者と戦士と魔法使いと僧侶の御一行は、生き物の亡骸から転がり落ちた金銭を四人で分け合い、カラカラと高笑いを辺りに響かせると、縦一列になって歩き出し、その場を去って行った。


「恥を知れ。戦うに事欠いて、情けというものがこれっぽっちも感じられない」


 太郎は、人生経験の少ない若い勇者たちの戦い方に憤りを感じ、


「まあ、いいさ。今日に始まったことではない。人間なんて、所詮は九つの穴の糞袋だ」


 そう呟いて、深い溜息をついた。


 空を見上げると、蛇と禿げ鷲を足して二で割ったような怪鳥が、空高くそびえるパリジャポーネ宮殿の最上部のタマネギ型をしたドームの先端を、かすめるように飛んでいる。


 どこにでもある異次元の、なんの変哲もない異空間の、ありふれた異世界の風景が、今日も今日とて太郎の目の前に広がっている。


 

 ――――



 大きな工場内の長い通路を、太郎は、総務課の社員に案内をされて歩く。

 この工場では「魔法使いの杖」を製造している。

 広い場内には様々な大型機械が所せましと据えられ、それらが木材を短時間で魔法使いの杖に成形して行く。

 木工職人たちは、大型機械の傍らで機械の作動状況を黙々と管理しているだけだ。


 太郎は、三年前に、会社からの転勤命令で、あっちの世界からこっちの世界に飛ばされた。当時、水回りの修繕工事でこの工場にはじめて伺った時は、もっと沢山の木工職人たちが手作業で杖を製造していた記憶がある。


「チョチョビッチさん、しばらく訪れないうちに、随分と職人さんが減りましたね」


 三年前から顔なじみの総務課の社員・チョチョビッチに話しかける。


「我が社も、急速な近代化の煽りを受けています。今や、全ては電子化・機械化ですよ。まあ、時代の流れです。致し方ありませんね。ほら、見て下さい、この杖。表面の削られかたが不規則でしょう。これ、一本一本仕上がりが微妙に違うのです」


 チョチョビッチはレーンの最後で山積みになった魔法使いの杖のうちから三本ほどを手にして、それを太郎に見せた。


「わ、本当ですね。まるで木工職人が手作りで削ったみたいだ」


「AIの技術です。あえて不規則に仕上がるようにプログラミングをしています。この趣のある仕上がりが、巷の魔法使いに人気なのです。世界に二つとない杖が大量生産できるのですから、木工職人の出る幕はもうどこにもありません。それは総務課の私も同じこと。このまま諸雑務の電子管理化が進めば、私も、来年はもうここにはいないでしょう」


「世知辛い世の中になりましたね」


「ですね。でも、我々のような製造業と比べて、天野さんのような給排水設備業者は将来も安泰ですね」


「何をおっしゃる。そんなことないです。あり得ないです」


「いやいや、だって、そうでしょう。人が人の形を成している限り、人は死ぬまで水を飲む、そして悲しいかな人は死ぬまで排泄を続けるのです。あなたがたの仕事は未来永劫無くならない。天野さんの仕事が尽きる時、それは人類が人類であることをやめる時です」


 チョチョビッチは、大真面目にそう言った。


「いやいやいや、そんな大それた仕事ではありませんよ。汚い仕事です」


「偉大なお仕事です。私はそう思います」


 太郎は、照れた。そして内心はとても嬉しかった。

後編へつづく。

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