その八 世界の中心で白旗を上げたけど、今は違う! みんなのリーダー、フラッグ
スクリプトはシルフと新しい友達、ノサウとセキをつれて、家に向かった。
「三人は隠れてろ」
「え、オレはいいだろ?」
「お前は嫌われてんだ、シルフ」
そう言うと、スクリプトは家まで行ってしまった。
「なんだよ、それ! ショックなんだけど」と、シルフは思わず二人に目を合わせて肩をすくめた。「ああ、そうか、だからお見舞いの時入れてくれなかったのか」
「お見舞い? スクリプト、病気だったの?」と、ノサウが心配そうに訊いた。
「いや、怪我だ。女の子を乱暴者から救ったら、逆上されてはねられた」
「ひでぇ……」と、セキは思わず言った。
ノサウは気の毒すぎて言葉が出なかった。あまりにも理不尽な話だと思った。
その時、スクリプトがドアを叩いていた。一日と少ししかたっていないのに、久しぶりな気がする。
「はぁ。よし……」
と、ドアを開けようとすると、父が斧を持って扉を開けて出てきた。息子の姿を見ると、思わず彼は息子を殴り飛ばした。そして、スクリプトは完璧な受け身をとってしまった。
「この愚息が! どこに行っていた⁉」
「父さん、ごめん、いろいろありまして……」
泣いていいはず。しかし、泣けない。感動よりも気まずさの方が大きい。父を愛しているはずなのに。そう言う性格なのだろうと思った。すぐそばの林に友達がいなければ泣けたのだろうか? しかし何より、感動するよりも腹が立った。
(再会した息子を殴るか? 普通? 赤ちゃんの時から口より先に手を出しやがって。こっちも殴り返してやろうか)と、しかめっ面で思ったその時だった。
「ジョン!」と、母が飛び出して抱きしめてきた。「大丈夫? ケガはない? さあ、あなたの好きなカレーがあるの、いっぱい食べてね」
そう言うと、ボーグヘルム家のお嫁さんは息子を大事に家の中に帰らせた。しばらくすると、大黒柱も呆れたように家に入って行った。
「……斧ってなんだよ」と、セキはスクリプトに同情した。
家に帰ってきたジョン・ボーグヘルムはカレーをたくさん食べると、夜食だと嘘をついてシルフたちの分も持って行った。
「大丈夫? 他に欲しいものはない?」
「ああ、大丈夫だよ、母さん。……本当、心配かけてごめん」
「もう、何回も謝らなくていいわ。あなたも勉強大変だったのよね。気づいてあげられなくてごめんなさい」
(ごめん、母さん、実は怪物を倒したら警察にはめられたのだ)と、正直に理由は言わず、家出したくなったと嘘をついた。罪悪感が芽生えたが耐えた。
「ああ……おやすみ」
「おやすみなさい」
ジョン・ボーグヘルムは自分の部屋に行った。
そのあと、母が泣き出す声が聞こえた。
心配かけた。ジョン・ボーグヘルムは自分の事が腹立たしく思えてきた。母と父のためにも、心配かけた分、立派にならなければならないと思った。しかし、その前にやることがある。
二階にある自分の部屋の窓を開けて、庭の垣根のそばで手を振るシルフに手を振り返した。
チャクラム、パソコンと携帯Wi-Fiと食料もリュックに入れた。
忘れ物はないかと見回していると、シルフがお見舞いにくれた魔法少女の絵画があった。魔物除けに持って行こうかと思ったが、もしかしたら家に化物がやってくるかもしれないと思い、壁から外して窓に立てかけておいた。これでもしもの時も安心! と、思うようにした。
庭の垣根を飛び越えて、三人に合流した。
「……おう、大丈夫だったか?」と、シルフは訊いた。
「ああ」
「そうか」本当はもっと何か言った方が良いのではと思ったが、彼にはよけいなお節介だろうと思った。「よし、オレたちの秘密基地に連れて行ってやる」
「おお、なんかワクワクするな」と、セキがスクリプトの気を紛らわせようと、面白そうに言った。
スクリプトには察しがついていた。どうせ、その秘密基地というのも、あの廃墟群のどこかの建物だろう。
シルフに案内されたそこは、廃墟群にある廃線になった地下鉄の入り口であった。中にはもちろん明かりなど灯っておらず、不気味な闇が広がっていた。そして、中からは子供の笑い声が時々聞こえる。
「げ、また地下に行くのかよ」と、セキは腹立たしそうに言った。
「大丈夫だよ、さっきの迷宮や崩壊した東京と違ってバケモンなんていないから。ほら、三人とも、来てくれ」
暗い地下鉄に入って行き、ホームから線路に降りてしばらく歩いて行くと、明かりが見えてきた。そして、そこから子供たちの笑い声が聞こえていた。
明かりのある場所に歩いて行くと、そこには何人ものストリートチルドレンの子どもたちが大騒ぎしていた。とても居場所がないような子どもたちには見えなかった。
バカな、日本は先進国のはず。こんなにも路頭に迷う孤児たちがいるなんて……。スクリプトはかつての、母国の状況を思い出してしまった。何ができるかわからないが、何とかしなければ。とりあえず、奴らとの戦いが終わったら。
セキは、楽しげだが家や公園ではなくこんな所で隠れて遊んでいる子供たちを見て、本当にこの国は負けたのだなと思った。しかし、それから何十年も経つはず。それなのにまだこのような状況にいる子どもたちがいるのが悲しかった。
「……なんで、みんなはこんな所に?」
「……みんな、両親がいなかったり、家がなかったりする子たちなんだ」と、シルフが悲しそうに言った。
「……お前が面倒見てるのか?」と、スクリプトが訊いた。
「まあ、たまに。ああ、だけど普段は……」
「あ、シルフだ!」と、小さな子供たちは人懐っこい様子でシルフのところにやってきた。
すると、シルフもかわいい兄弟に接するように、彼らを抱っこして、たかいたかいしてあげたり、今日あった面白い話を聞いてあげたりと、彼らと接し始めた。
スクリプトは自分の知らないところで、こんなにも大変な状況にいる子供たちがいて、友達が自分の知らないところでそんな子供たちを自分なりに助けようとしているのを見て、悲しみと驚き、そして一種の感動を覚えた。自分は恵まれていたのだなと痛感し、再び罪悪感が芽生えた。シルフのように親身になることはできないかもしれないが、彼のように自分なりに何とか助けようとしなければと、再び思った。
そこに、見回りを終えたフードを被った綺麗な顔立ちの子共がやってきた。
帰ってきて最初に目に入ったのが見たことのない黒人の少年だったので警戒したが、子供たちと遊んでいる友達に気がついて安堵した。
この子の両親は、強盗に殺されて亡くなってしまい、親戚もいなかったので施設に送られた。そこでひどいイジメにあってしまい、優しくしてくれた職員や先生に悪いと思いながらも、施設を抜け出してきた。
路上生活をしながら転々とし、たどり着いたのがこのウロボロスシティであった。
未だに行われているらしい、国宝の寺での特殊な除霊が産業だったという奇妙な歴史があり、今はいくつもの会社の本社や支部が立ち並んで経済を支えていて、自然と調和した都市を築いている。そして、そのすぐ隣にある都市部とは真逆の廃墟群。
そこにいたのが、自分のように居場所がない子どもたちであった。苦しんでいる様子の彼らを見て、華やかな都市を見て腹が立った。彼らが苦しんでいるのに何であいつらはのうのうと生きているのだと。だが、よく見てみると違った。彼らも苦しんでいるように見えた。日夜、大人たちは疲れ果てるまで働き続けて安月給をもらっている。お金持ちに見える人々も苦しそうに周りに作り笑いを振りまいて見える。そして、子供たちは遊んでいる時とはうって変わって、勉強する時は歯を食いしばっており、何よりも進路のことになったら友達でさえもお互いを敵とみなしている。しかし、一部の犯罪者を除いて、周りにそれを当たり散らすことはしない。みんなそれぞれの苦痛を耐えていたのだ。
恵まれていなくても苦しいのに、恵まれていてもそれはそれで苦しみが待っている。その現実を見て、わけが分からなくなり、無性に死にたい気分になった。
気がつくと、廃墟群にある建物の屋根の上におり、そこから飛び降りようとしていた。背中に羽があったら別だが、こんな所から飛び降りたらひとたまりもない。
「ねえ、何してるの?」
振り返ると、都市部にある学校の制服を着ている美少年がいた。他の多くの生徒たちと違って、疲れたような雰囲気はしていない。
だが、心配そうに泣きそうな顔でこちらを見てきている。
「……あっち行ってよ」
「その高さからじゃ死ねないぞ。死ぬほど痛い目には合うけど。あと、やめろよ」
「うるさいな、ボクの勝手だろ! 生きるも死ぬも!」
「やめろよ! ベタな説得かもしれないけど、お母さんのこと考えたことあるか⁉ どんな思いで産んだと思ってるんだよ! もしかしたら一日かけて産んだのかもしれないだろ? しかも、鼻の穴の中から建物も壊せるような鉄球を出すより辛い痛みを感じながらさ!」
「……⁉」素直な自分が嫌だった。すぐに母親が苦しんでいる様子を思い浮かべてしまう。「うるさい、あっち行けって言ってるだろ!」
「聞け! 君がその角から離れるまでしゃべるのをやめない!」と、美少年は続けた。「君のお父さんとお母さんが出会う確率は、約七十億分の一で、しかもお互いを愛し合う確率なんてもっと低いんだ。そして、その確率を乗り越えて生まれたのが君だ!」
その言葉を聞いて、なにか違和感がした。自殺しようとしている者に感情論ではなく確率の話をしてくるなんて。もしかして理系?
「ああ、なんかごめん。感情論で言っても、伝えられないと思ってさ」
少年はそう言うと、気まずそうに笑った。
その様子を見ていると、こいつ面白い奴だなと思えてきた。死ぬ前にもう少し話してみたい気がしてくる。
気がつくと、少年は隣に座っていた。二人とも、屋根から足をぶらぶらと降ろして座っている。
「オレはアレクサンダー・シャイニング。君は?」
「……言いたくない」
「じゃあ、フラッグって呼んでいい?」
「……なに、それ?」
「君が理不尽な世界に対して白旗を上げていた」
「……なにそれ……まあ、いいけど」
気がつくと、死にたいような気持ちが薄れていた。
今まで見てきた人たちが、苦しんでいても自分のように死のうとしない理由が分かった気がした。話し相手がいたからだ。お互いを思いやれる誰かがいたから。
気がつくと、自分の今までの人生を話していた。彼も、親から才能を認められておらず、友達がなかなかできないことに悩んでいることを話してくれた。
「あ、だけど話を聞いてくれるヤツはいるんだ。友達って言っていいかはわからないけどさ。なんだかんだで話を聞いてくれるし、一緒に何かをするときは協力してくれるんだ。しかも、天才でさ……」
「……そこまで褒められるなら、友達でいいんじゃない?」
「……そうか。そうだな。じゃあ、君も友達ってことにしていい?」
「まあ、いいけど」
その次の日、彼が顔に痣をつくって手から血を流しているのを発見した。彼はそんな様子で、廃墟群の建物から落ち込んだ様子で出てきた。
「おい、どうしたの⁉ ……それ?」
「刺された。ついでにリュックも盗られた」と、心ここにあらずというような声で話した。
「は?」理解が追い付かない。「だ、誰に? てか、何してたの? こんな所で……」
すると、アレクサンダーは手から流れる血を使って、出てきた建物の壁に何かを描き始めた。見るも痛々しい姿と光景であった。
しかし、それで出来上がった作品には、何故か目を奪われた。血で描かれているはずなのに禍々しさや不愉快さは感じられず、とても美しく描かれている、可愛げな服を着た少女。見ていると、さっきまでの焦り、恐怖、怒っていた心が落ち着いてくる。
「……今までこういうことをやってきた。そして、今日は新たなことに挑戦しようとして、怪我した」と、シルフは言った。「よく、事件が起きた所とか、治安が悪い所に行って、こういう絵を描いていた。あ、血でじゃないよ。ちゃんと画材で」
「……? なんで、そんなことを?」
「……わからない。ただ、最近、オレの絵で癒されてくれている人たちが大勢いることを、友達が教えてくれたんだ。おそらく、無意識に自分で何かしたいと思って、人を癒そうと思って、自分なりに行動してたんだと思う。最近自覚してきたよ。オレは人助けをしたいんだって」
(こいつはやっぱり人よりすごく変わっているけど、根はいいヤツなんだな)と、思った。
おそらく、あの傷は自分のような人にやられたと直感で分かった。その人を助けようとしたら、ああなってしまった。
それでも、彼はまだ諦めていない様子だ。
「……」いいことをしようとしたのに刃物を突き立てられるなんて、恐ろしく悲しい。(もしかしたら、ボクもそんなことを彼に……)
「ねえ、その傷。ボクみたいな子にやられたんでしょ?」
「……まあ。だけど、君よりも年下だった。そりゃ、怖かっただろうな。オレのこと。おなかがすいているようだったからさ……」
「ボクにも協力させてよ」
「え?」と、驚いてはいたが、目の光には感動が見えた。「だけど、フラッグも自分の事で大変だろ?」
「だから、彼らの気持ちもわかるさ。……みんなには、理解してくれる友達が必要なんだと思うんだよ」
「……なるほど」と、アレクサンダーはその言葉をよく頭に刻んだ。「来てくれ。使えそうなところがあるんだ」
腕の手当てを手伝った後、アレクサンダーについて行った。その道中、何人か廃墟群に住んでいるホームレスたちを見かけた。何人かは挨拶こそいないが手を振ってくれて、アレクサンダーも自然と手をふりかえしていた。
「ここに来る前に相談しに行ったんだ」と、シルフは話した。「廃墟群に君みたいな子どもたちや人が大変なことになっているってさ。だけど、彼らはもうすでに行動し始めてたんだ。オレよりもずっと現実的な方法でな。うまく行ってないみたいなんだけど……。その時は無我夢中でわからなかったから、自分はもっと行動してやろうと思った。それで、ここに自分できたんだ。何かできることはないかって」
「そうか」と、フラッグはやっと理解できた。なんでみんなは苦しみに耐えられているのか。「そうやって、みんながお互いを思いやっていたんだね。それで、何とか厳しい世界で耐えているんだ。みんなも、この街も、この世界も、それで成り立っているんだ」
「そうだ。……そう、そうなんだよ」と、アレクサンダーは自分に言い聞かせるように言った。「できる限りのことをしよう。この状況が何とかなるまで」
「……うん」
そして、案内されたのがこの廃線になった地下鉄であった。
(ここには誰も来ないし、誰も侵入してこない。そこでみんなが集まれば、お互いを守れるはずだ)
そう考えて、他のストリートチルドレンたちを呼んで、協力し合っているうちに、この子供たちのコミュニティは出来上がっていた。
放課後の時間になっても来ないと思ったら、急にやってきた。心配していたのだ。一日と少ししか会っていないのに、それだけでも心配になった。安心しているのに心臓がドキドキしていたが、落ち着かせた。
そして、友達のアレクサンダーに話しかけた。少し緊張してしまった。
「あ、アレクサンダーじゃないか……あ、違った。シルフだったね」
「いや、無理に呼ばなくていいんだ」
「ううん。君もフラッグって呼んでくれるからさ」
ある程度自分たちで何とかできるようになったら、彼は去ってしまうのではないかと思った。その前に、彼は留学生らしいではないか。いつかはどこかに行ってしまう。それなら、できる限り一緒にいたいと思っていた。
だが、そんな心配はいらなかった。彼は時間があるときはいつも来てくれて、自分や子供たちの身の上話をしっかりと聞いてくれて、できる限りのことをしてくれた。絵の描き方や勉強を教えてくれたり、お小遣いをはたいて食べ物や日用品を持ってきてくれたりもした。
時々、自分たちの代わりに市役所に相談しに行ってくれた。おかげで、本当に少しずつだが、何人かの子は自分たちを受け入れてくれるところに行くことができた。シルフを刺したような良い環境で育つことができなかった子たちも、ここで社会や自分以外の人たちの気持ちを考えることを学んで、大人たちとも接することができるようになっていた。
そんな彼と協力して子供たちを守っている間に、いつの間にか、フラッグは何人もの子供たちを思いやれるほどに成長することが出来ていた。それはフラッグの頑張りでもあるが、フラッグ自身は友達になってくれたシルフのおかげだと思っていた。
そんな彼が、先ほどまで大変な目にあったかのような雰囲気を出してこんな夜にやってきた。きっと、彼からも相談したいことがあるのだろうと、フラッグは思った。
「で、こんな夜にどうしたの?」
「ああ、ちょっといろいろあってな、それで、ここにしばらく泊めて欲しい子たちがいるんだけど、いいかな?」
「ああ、もちろん。それで、誰かな」
後ろを向くと、ついてきていたはずのノサウとセキがいなかった。ノサウが隅に隠れていたのだ。
「……おい、出て来いよ」と、セキはノサウに言った。「大丈夫だ。二人が受け入れてくれたんだ。他のみんなだって、ビビりはするかもしれないけど、受け入れてくれると思うぜ」
「……うん、わかったよ」
ノサウはセキに連れられて、恐る恐る出てきた。
その姿を見て、フラッグはゾッとしたが、すぐに悪者ではないとわかった。この怪獣とロボットは居場所を必要としている。そう感じ取れた。
「紹介するよ。こっちはノサウ。火星人なんだ。こっちはセキ。心があるロボットだ。そして、オレの相棒スクリプトこと、ジョン・ボーグヘルム」
「よろしく。ノサウ、セキ、スクリプト。ボクはフラッグ。そして、ようこそ、ボクらの家、『ホーム』に」
「……ネーミング安易じゃね?」
「え、シンプルでわかりやすいだろ!」と、名付け親のシルフが言った。
ノサウとセキはフラッグと呼ばれているストリートチルドレンのリーダーに案内されて、他の孤児たちにも紹介された。子供たちは、ノサウとセキに驚きはしたが、すぐに仲良くなろうと無邪気に接してくれた。
「みんな、そろそろ寝る時間だ」
「はぁ~い!」
身寄りのない子供たちは、それぞれ床に敷いたお古の布団やツギハギのソファ、天井から下げたハンモックで眠った。しかし、いくつか空いている寝床が目立った。
「あれ、他の子たちは?」
「……。シルフ、こっちにも話があるんだ」
フラッグが深刻そうに言うと、四人を自分の部屋に案内した。そこは、トタンや廃棄された木材で作った、子供が作ったにしては立派な小屋であった。
「みんながお礼にって作ってくれたんだ。ボクもいつか、みんなにも部屋をつくろうと思ってるんだ」
「へえ、いいね」と、セキは子供たちの器用さと心に感心していた。
「で、フラッグ。話って?」
「……ごめん、君から話して。何があったか」
「ああ、そうか……」
シルフはスクリプトたちとの冒険を包み隠さずに話した。四人は振り返って見ると、自分たちはとんでもないことを経験したのだなと思った。話を聞いていたフラッグも、驚きはしたが信じた。もしかしたら、自分たちが置かれている状況と関係があるかもしれないからだ。
「そうか、この地区に、そんな危険な所があったなんて……」
「だけど、今は封印してあるから大丈夫だ」と、セキは全部一人でやったかのように言った。
「お~い、そろそろいいだろ、出せよ」
魔法少女がたくさんいる廃墟からその声を聞いたホームレスは、日雇い勤務のせいで幻聴を聞いたのかと思って無視した。
「で、フラッグ、君たちはどうなんだ? いくつか、空いているベッドがあったけど?」
「ああ……」と、フラッグは勇気を出して話した。「実は、ここ最近、子供たちが行方不明になっているんだ」
「……え?」スクリプトは思わず声が出てしまった。
「いや、心配しないでくれ。あそこにいなかった子たち全員というわけじゃないんだ。それも、行方不明事件を受けて、市がボクらのような子供たちを保護してくれるように、本格的に動いてくれるようになってね。小さい子や病気持ちの子たちからできる限り保護してくれたんだ」
「だけど、みんな十歳にも満たなそうだ」と、スクリプトは言ってしまった。
「ああ、仲には五歳とか赤ちゃんとかもいたから……」
スクリプトは胸が締め付けられるような感覚がした。気分が悪い。
「……それで、君たちの仲にも……」と、ノサウが不安そうに訊こうとした。
「ああ、そうだ。全然顔を見せない子たちもいる」
「……ちょっと、酷かもしれないし、外れているかもしれない、証拠もないけど意見を言ってみていいか?」と、シルフはみんなに訊いた。
「……いつものを頼む」
スクリプトは言った。こういう突飛押しもない事態に関する彼の推理は的を射ている。
「たぶん、行方不明の子供たちは黒幕にさらわれたんだ。それで、怪物や怪人を作るのに必要な負の感情エネルギーを発生させるのに利用されている」
「……え、じゃあ、今、こうしている間にも、あの子たちは苦しめられているってこと?」
フラッグは思わず口に出してしまった。そんなこと、嘘でも許さない。あの子たちはだたでさえ不幸な目に合っているのに、もっと苦しまなければならないなんて……⁉
「フラッグ。そのためにオレたちは立ち上がるんだ」
「ああ。まずは、俺に任せてくれ」と、スクリプトが言った。
「……え、どうするの?」と、セキ。
「そうだよ、警察は腐敗してるし、市役所のみなさんは巻き込みたくないし……」と、フラッグは不安な声で言った。
「だけど、これにはここの子どもたちの力も必要なんだ。大丈夫、戦わせたりするわけじゃない。廃墟中から、少し集めてきてほしいものがある」
「……わかった、どうすればいい?」と、フラッグは決心した。
「……よし、俺たちは午後にまたここに来る。それまでに……」
フラッグたちストリートチルドレンが働いている中、自分は学校に行ってもいいのだろうかと、スクリプトは可笑しな罪悪感があった。
しかし、学校には行かなければならない。あの子たちのような人々を救えるくらい立派になるには、まずは学校に行かなければ。そう思いながら、スクリプトは登校した。
「うわ、ジョン・ボーグヘルムだ! ! ! ! ! !」
誰かがスクリプトの姿を見るなり悲鳴を上げて、それを聞いたみんなも悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。また突飛押しもない噂が拡大解釈されて広まっているのだろうと察した。
教室に入るなり、あたりは静まり返り、ひそひそ声が聞こえてきた。
「……やっぱり、ヤバい奴だったんだ」「……チンピラたちに仕返しされる前にぶちのめしに行ったらしいぜ」「……え、アタシが聞いたのはヤクザを倒しに行ったとかだけど」「え、アタイが聞いたのは警察に協力して汚職をもみ消しに行ったって話だけど?」「……やはり、ケツよりオッパイだ……」
『だから、関係ないだろ⁉ 』と、思わず声を上げそうになった。
「おはよ!」と言って、シルフが教室に入ってきた。
「うわ、爆発するぞ!」
誰かが悲鳴を上げると、みんなは逃げていった。
「オレらが一緒にいると何かが起こると思ってんのかな?」
「さあ? だけど、好都合じゃないか? 誰かが近づいて巻き込まれずに済む」
「ああ、確かに。寂しいけどな」
「お前は大体俺以外とは付き合いないだろ?」
「え? なめんなよ、オレ女の子に話しかけられたことあるし」
「……え、ホントか?」
「ああ、オレが落としたデッサン拾ってくれた、パンフレットの隅に写っていた子なんだ」
「……。ああ、そう」
チャイムが鳴ると、先生が入ってきた。
「……あれ、今日って日曜だっけ? せっかく不登校から脱したのに……」
「あんたが不登校はダメだろ⁉」
なんだかんだで、みんなに怖がられながらも無事放課後になり、ノサウとセキ、フラッグたちストリートチルドレンたちがいる『ホーム』に向かった。
「おはよう、シルフ、スクリプト!」と、子供たちが口々に出迎えて挨拶してくれた。
「おう、もうオレたちのコードネーム覚えてくれたのか?」
「おれのコードネームはコマンダー!」
「わたしはミス・リバティ!」
「……うわ、マジか、いいセンスだな!」
絵に描いたかのように、無邪気に仲良く話すシルフと子供たちを見て、スクリプトは微笑ましく思った。
そして、そんな子たちを利用しているかもしれない悪党を許さなかった。
それにしても、なぜあの時、あの合法ロリ汚職警察署長とその仲間たちを黙って逃がしてしまったのだろうと、スクリプトは後悔していた。ダークネスから逃れるために協力したから信頼が結ばれたと、過信していたからだ。自分は甘すぎた。悪と対峙するには、もっと厳しくならねば。
「お兄ちゃん!」と、小さな女の子が手をつないできて、話しかけてきた。「早く行こ、アタシたち頑張ったんだ!」
幼い子くらいには、優しくしたっていいだろうと思った。
『ホーム』にある、昔は駅長室だった部屋は作戦のためにリフォームされていた。
そこには子供たちが廃墟群から集めたガラクタから作り出されたコンピュータがあった。旧日本軍最新鋭ロボットだったらしい人工知能セキの指示と指南で、一日で作り上げてみせた!
「よし、これでいいだろう!」
セキが大声で言うと、手伝ったノサウや子供たちは完成の歓声を上げた。
「まあ、これもオイラの機能のおかげだがな!」と、みんなが感動する中ボソッと言った。
フラッグに案内されて降りてきたシルフとスクリプトは、スクラップから作り出された大きなスーパーコンピュータを見て感動した。
「おい、マジか」と、スクリプトは感動して言った。「本当にやってくれたのか! ありがとう、セキ、みんな!」
「当たり前だ。なめんじゃねえぞ!」
「舐めてなんかないよ、期待してたんだぜ。やっぱりすげぇよ」
「なんだよ、照れるだろ。なあ、みんな?」
セキは思わず、協力してくれた子供たちに目を向けた。みんなは自分たちの力を認めてもらえて嬉しがったが、どう返事をしようかと困っていた。
「よし、今度は俺の番だ」
スクリプトはセキとストリートチルドレン製スーパーコンピュータに自分のパソコンをつないだ。
「で、言われるがままに従っちゃったし、その次はまかせちゃったけど、これからどうするの?」と、フラッグは訊いた。
「……ハッキングしてタレこむ」
椅子の男になって。
スクリプトは数々のプログラムを生み出して、それを使ってあっという間にウロボロスシティ中のネットワークを掌握した。監視カメラから、迷宮から出た怪物たちを探す。そして、あっという間に発見した。
「奴らは……本当に警察署にいる。働かされているみたいだ」
「マジかよ。怪物まで従わせるなんて、あのチビヤバいな」と、セキは恐ろしいと思った。
「もしかすると」と、シルフ。「あの事をボスにバレてないのかもしれない」
「シルフたちが迷宮から脱出したこと?」フラッグは尋ねた。
「ああ。まだ自分がしっかりと迷宮を管理しているつもりで黙っているんだ。それに、子供のオレたちの証言なんて、権力でもみ消せるしな」
スクリプトは警察署のコンピュータのファイヤーウォールを簡単に突破し、監視カメラから署長室の映像記録を発見する。
映っていたのはあの合法ロリ署長。そして、そこにやってきたのは露出度の高い奇妙な美女。外見は美しいが、明らかに普通の存在ではない、ただならぬ気配を放っていた。
「ああ、こんな感じの人だよ。僕を火星から連れ去ったのは……」と、ノサウは思い出して、悲しそうに言った。「きっと、彼女が黒幕と署長さんをつないでいるんだ」
「マジかよ」と、シルフは言った。「そうなったら話は早い。彼女が持っている端末とか特定できないの?」
「だめだ。スマホなどの電子機器から割り出されないように、いちいち直接署長とコンタクトをしていたようだ。少なくとも、俺たちが持っているような従来の電子機器は持っていないみたい」と、スクリプト。
「えっと、それなら」と、シルフは思いついた。「彼女の足跡をたどってみれば、アジトを突き止められるかも?」
「そうだな、探してみる」
スクリプトは監視カメラの消された記録データをハッキングして、彼女の姿を発見した。しかし、彼女は幽霊にように警察所にフッと現れたのであった。
「マジか、瞬間移動だ、そうに違いないぜ」
「……ああ、そうみたいだ」
映像では、署長は美女と手をつないだ途端、フッといなくなっていた。そして、しばらくすると、フッとまた二人で現れ、美女は瞬間移動で帰る。署長は何事もなかったかのように椅子にふんぞり返っている。
「一体、どんな装置を使っているんだか?」と、セキはつぶやいた。
「科学技術とは限らないぞ」と、シルフが言った。「なんたって怪物作ってるんだからな。だけど、もしかしたら特殊な装置かもな」
「だが、セキの言うとおりで何かの機械かもしれない」と、スクリプトは言った。「その装置が発している特殊な磁場がないか、あとで調べてみるとしよう」
「だけどさ、これじゃあ、ネタが薄いような……」と、セキ。
「だが、これは手に入れた」
そう言うと、スクリプトは復元またはコピーしたデータを画面に映した。
「なんだ、これ?」
「あそこにいる警察官の汚職に関することだ」と、スクリプトが言った。「これで署長は部下たちを脅して従わせていたんだと思う。そして……恐喝した録音データと映像。そしてもちろん、彼女がやったことやもみ消した事件の資料。そして、医療用の麻酔薬やらなんやらの領収書。……あの署長、履歴書によると精神科や心理学を専攻していたらしい。これで従わない部下は薬品を利用した催眠術で従わせていたらしいな」
あんなに可愛らしい外見をして、つくづく恐ろしい女だと、実際に会ってしまった四人は思った。フラッグは自分もこれほどではないが大胆になれたらと思ってしまった。
「えっと、ああ、おお。これで今の警察は一掃できるな。そうすれば、黒幕が尻尾を出す可能性も高くなる」
「……あと……これだ」と、スクリプトは深刻に思った。切り札で証拠。しかし、見たくはなかった。見せたくもない。しかし、仲間たちには知っておいて欲しかった。「これを提出すれば、あとは本当の警察が彼女に聞き込みをしてくれると思う。……フラッグは見ない方が良いと思う」
「じゃあ、なんで言うんだよ。ここまで乗りかかったんだ。見るよ」
「いや、本当に。マジで」
「……頼む」フラッグはとっくに決心していたし、察しもついていた。「事実から逃げたんだ。今度は向き合わせて」
スクリプトは映像を映した。
そこには、ストリートチルドレンを保護しようとする警官。そこに、署長と一緒に移っていたのと同じような美女が瞬間移動してくる。そして、彼女は子供の手を無理やり掴んで、フッと消える。警官は何事もなかったかのように去っていく。
しばらくの間、みんなは黙ってしまった。
「……本当に、タレこむか?」と、スクリプトは言った。
「なんだよ、怖くなったのか?」と、フラッグは思わず怒鳴るように言ってしまった。
「正直言うと。もし、もしだ。手先だった警察が自分たちの事を話したら、黒幕は子供たちを……」
「いや、それはない」と、シルフは言った。「わざわざ先進国のストリートチルドレンがいるような街を選んだんだ。こういっちゃ悪いが、いなくなっても目立たないはずの子どもたちが必要だった。そこまでして苦労して手に入れた彼らをみすみす手に掛けるようなことはしないと思う」
「……ああ、そう」と、フラッグはつぶやくように言った。
スクリプトは気まずい雰囲気の中、あることを思いついてしまった。
「人工衛星だ」
「え?」
「みんな、ちょっと待っててくれ」
すると、スクリプトは高速でキーボードをタイプし始めた。
人工衛星をハッキングする。天から地を見下ろし、突然現れたり消えたりするあの誘拐犯の美女たち、そして彼女たちが瞬間移動するときに発せられた磁場を解析して探し出す。その姿と磁場が集中している所を見つけるのだ。数分が立ち、そして……エンターキーを押した。
「……ここだ……生命体を示す熱反応が瞬間移動のエネルギーと共に突然消えたり現れたりする。ここに子供たちが閉じ込められているんだ」
みんなはスクリプトの作業が終わったのを察して、画面に映された天からの画像を見た。ノサウ、セキ、フラッグはよくわからなかったが、シルフは驚愕してしまった。
「おい、うそだろ、スクリプト」
「いや、本当だ。灯台下暗しとは、この事だ」
学校。子供たちがいっぱいいる。どこのグループにも属さない二人には、生徒や教師の人数がいつの間にか、急激に増えていることに気づかなかった。