その五 黒幕登場⁉ 迷宮での冒険と地上での悪事!
下の階と同じように地図を作りながら、四人は迷宮を歩いていた。
「そろそろ、休憩にしないか?」
「そうだな、ちょっと休もう」
スクリプトの提案とシルフの判断で、四人はまた出くわした行き止まりで休むことにした。シルフは持ってきたケーキをみんなに配ってあげた。
ノサウは、渡されたその食べ物を不思議な物体だと思ったが、シルフに悪いと思って口にしてみると美味しかったので、あとで作り方を教えてもらおうと思った。
「生命体って面倒だよな」セキが自慢げに言った。「休んで、食べて、寝ないといけないんだからさ。オイラの方が優れているってことだな!」
「お前も壊れたら直さないといけないだろ」スクリプトが言った。
「いや、それはそうだけど……」
「血が流れれば生命体というわけではない」シルフが腕を組んで低い声で言った。「心を持っていれば生命体なのだ。優しい心を持たずに何の意味もなく暴力をふるうような者は、例え血が流れても、生命体とは言えない。生命体とは心を持ち、生きようとするものすべての事を言うのだ」
あたりが静まり返り、不気味な沈黙が漂った。
「ふとそんなことを考える時があるんだけど、どう思う?」シルフが笑顔で訊いた。
「なんか、哲学だったね」ノサウが言った。
「いい事言おうとしたけど、うまく伝わってない感じがした」スクリプトが言った。
「オイラの回路じゃ理解できない」セキが言った。
「え~。おっかしいな~」
すると、ノサウは遠くから何かがやってくる気配を感じた。いや、聞こえた。カサカサと足音を立てながら、何か得体のしれない恐ろしい者がやってくる!
「みんな、カサカサと何かがやってくるよ!」
みんなはそれを聞き、思わず立ち上がって身構えた。
「ああもう、行き止まりで休憩するんじゃなかった。逃げられないじゃん」シルフが悔しそうに言った。
「反省は生き残った後にしよう」
「え、何、そんなにまずいの?」ノサウが恐る恐る尋ねた。
「お前の感じはどうなんだ? 足音間か聞いたんだろ?」
「うん、シルフ。なんか、ぞわっとする感じだった」
「じゃ、虫だな!」
「虫?」
セキが困惑している間に、遠くから一行たちの前にカサカサと音を立てながら、犬くらいの大きさの巨大グモがやってきた。そいつは、鋭い歯を見せつけ、いくつもの複眼で迷子たちを睨んでいた。
「ハハハハハ! 俺はビックスパイダーだ!」怪物は叫んだ。
「お前話せんのかよ!」スクリプトは思わず言った。
「しかもそのまんまの名前」セキも思わず笑った。
「うるさい! なんでもいいから死ね!」
すると、ビックスパイダーは糸を放ってきた! それを、シルフは自分の日本刀にグルグルに巻き付け、大物がかかった釣り竿のようにそのまま引っ張った!
「うおー! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !」
「え~⁉」
シルフは糸でつながったままのピッグスパイダーを剛力で釣り上げ、空中でグルグルと回し始めた! ピッグスパイダーはもちろん、その様子を見て仲間たちも困惑した。そして、ついに糸は切れて、ビックスパイダーは背後の壁にグシャッと叩きつけられた。
つぶれたクモとその体液が張り付いた壁を見て、一同は思わず驚愕し、顔をしかめた。
「うっわ、は? いや、は? いや、そこまでするつもりじゃ……」
それをやった張本人シルフが一番ショックを受けていた。
「おい、何しやがる!」どこから声を出しているのか、クモの声が聞こえた。
「うお、まだ生きてんのかよ!」セキが怪訝に思いながら言った。
「まあな! おれたちはこんなになっても話せるし、しばらくすれば復活すんだよ、間抜け!」
「じゃあ、今のうちに逃げよう!」
スクリプトの声で、みんなは行き止まりから遠くへ逃げようと走り出した。
「え、は? おい、逃げんなよ!」
ビッグスパイダーは標的に逃げられた。
四人は再び迷宮を進む。
スクリプトはこの迷宮にはまだあのビッグスパイダーのような怪物がいるのだろうかと不安に思った。シルフが倒してくれたからよかったものの、さらに強力な奴が現れたらどうなるかわかったものじゃないと思った。
そして、あることに気がついた。
「なぁ、思ったんだが」
「どうした?」と、シルフは地図を描いていた顔をあげた。
「ここは、俺たちみたいな怪物たちに逆らった奴らを入れる所だとして、その怪物であるあいつが、なんでこの迷宮に入れられているんだ?」
「ああ、確かに」と、ノサウも気づいた。「ここが監獄だとしても、看守って感じではなかったね。僕らのこと殺そうとしているようだったし」
「何も考えてねえよ、あいつらは。ただの嫌がらせだろ」と、セキはぶっきらぼうに言った。
「ああ、それもあるだろう」と、シルフは急に真剣な表情で言った。「あるいは、失敗作の生物兵器だな。さっきのビッグスパイダーの感じを見ると、命令を聞くような感じではなさそうだし。奴らの親玉は、使えないと思ったヤツも逆らったヤツも一緒にこの迷宮に閉じ込めている。きっと他にもたくさんいるであろう、ここに閉じ込められている怪物たちは失敗作だから、普通の子どものオレでも倒せたんだ」
『お前は普通じゃない』と、話しているシルフを見て三人は思った。
「え、じゃあ」と、スクリプトは気がついた。「あいつらの親玉や失敗作じゃない奴らはここにいる奴らより強いかもしれないのか?」
「たぶん、そうだろうな。お前がやっつけたレーザーアイもここのどこかにいるかも」
「え、あのクモのバケモンみたいのが地上にもいるのかよ⁉」と、セキは思わず怒鳴った。
「大丈夫だ。少なくともここには、オレでも倒せる失敗作しかいないからな」と、シルフは根拠もないのに断言していた。
「いや、それでも強力な奴らはいるかもしれないぞ」と、スクリプトは危惧していた。そして、あることを思いついた。「うまくいけば、味方につけられんじゃないか?」
「どういうこと?」と、ノサウは訊いた。「もしかして、君たちの他にも、怪物たちに逆らった人たちがいるかもしれないってこと? 彼らと一緒に脱出すると?」
「それもあるが、さっきのビッグスパイダーがもし本当に失敗作で、ここに閉じ込められているとしたら、恨む相手は俺たちと同じ、この街をどうにかしようとしている親玉たちだ。ここから脱出して、そいつらを倒すという同じ目的があれば、協力できるんじゃないか?」
「げ、あいつらと一緒に⁉」と、セキは怪訝に思って言った。「やだよ、ウジャウジャしたやつと一緒に居るの! こいつでもきついのに」
「悪かったよ……」と、ノサウは悲しそうに言った。
「いや、オイラが言ったのはコイツ」と、セキはシルフを示した。
「……⁉」シルフはセキの言うことを無視した。「なんか聞こえた気がするが、すなわち今度化物に会ったら、とりあえず話してみようってことだな? 話せばわかるやつもいるかもしれない。そして、そいつらと一緒にここからショーシャンクだ」
「ああ。戦う前に、相手と話し合おうってことだ」と、スクリプトはまとめた。
「え~、じゃあお前らだけで話せよ、オレはやだよ」
「いやならしなくていいさ、そのかわりに交渉決裂したら鈍器に使うから」
「だから……」
その頃、地上では不安の感情が渦巻いていた。
二人の少年が消える前から、ホームレスたちから度々、ストリートチルドレンが消えていると役所に通報があったことを市役所は発表した。
その通報の前から、彼らの救済処置を行おうとしていたウロボロスシティ市役所は、遅すぎたのかと後悔をしながら彼らのために行動していたことも明かした。県や国から許可をとるのに手間取って、どこからかやってきた犯罪組織に連れて行かれてしまったのではないかと考えた。自分たちがもたもたしている間に、ついに都市部の子供にまで被害が及んでしまったことを後悔していた。
そして、ウロボロスシティは積極的にストリートチルドレンたちを保護する活動をやっと始めることができた。彼らを救済するために、積極的に慈善団体や公共施設、財団に協力を求めた。しかし、彼らは事件が起こってから行動をし始めた自分たちを責めていた。
彼らの活動を知った住民たちは『もっと早く言え』とか『事件が起こってからじゃ遅いんだよ』とか言って非難したが何だかんだ共感し、治安と子供たちを守るための自警団のパトロールや、救済活動のための募金集めなどを行って協力したが、子供たちが消えたという事態の不安と恐怖は拭えなかった。いつ自分の子どもたちが消えるかわからない。
漠然とした不安と恐怖。
それは街中に蔓延し、まだ自分たちの努力が足りないと思い始めた公務員たちは、街の子どもたちのために自分たちの給料まで減らし始めた。
それは、化物たちに乗っ取られた警察にも知らされた。
「……というわけで、子供たちのためにご協力ください」
「わかりました。尽力します」
そうかわいい笑顔で言って、悪女警察署長は市の職員を見送った。彼女がいなくなると、本性丸出しの怒りの表情をした。
「まったく、ただでさえ安月給だというのに! だいたい、子供なんかを助けた所でなんになるんだ! 甘やかしているだけだろ!」
そう口走ったが、すぐにピエロのようにはちきれんばかりのにやけ面をさらした。
「ふん、まあいい。今のおれ様は何でもし放題の悪者なのだからな。これからもどんどん人を陥れてやる」
「一人でブツブツ話してると気持ち悪いですよ」
「うっわ、いつ入ってきた⁉」
振り返ると、ノックもせずに男性なら目のやり場に困るほど露出の多い服装をした褐色肌の美女がいた。
ダークエルフと呼ばれる生命体である彼女の耳は異常にとがっていて、只者ではない雰囲気に加えて、嫌というほど人外だということが分かる。
「勝手に入ってくるな、気持ち悪い! 何の用だ」
「主がお呼びです」
「は? ああ、わかった、わかった」
そして、悪の警察署長はダークエルフの美女に連れられて、自分に『迷宮落とし』のパワーを与えてくれた恐るべき存在の元に向かった。
そこはこの街で何かをしようとする悪者たちの総本山。そこには、何人ものダークエルフたちが管理する巨大な大なべがいくつもあり、そこからは怒声や悲鳴のような声がうっすらと聞こえていた。
そこに静かだが堂々とした足音がやってくる。その音を聞くと、大勢のダークエルフたちはその尖った耳をピクッと立てて、その足音がなる方向にうっとりとした顔を向ける。
「みんな、ボスがいらっしゃったわ!」
そう言うと、みんながみんな、その男のいる方に笑顔を向けた。
「やあ、みんな。順調に進んでいるか?」
この男。この悪の軍団のボスである。いつものっぺりとした頭全体を隠した黒い仮面で顔を隠しているが、その不気味な仮面の下が美青年であることを誰もが想像してしまうほどの美声をしていて、ダークエルフたちはその声を聞くたびにうっとりしていた。
「では、部長、報告せよ」
「はぁい」と、部下とは全く違う態度で部長は言った。「誘拐した子供たちの方は順調に悪夢を見ており、負のエネルギーを生み続けています」
「実験の方はどうだ?」
「それが、あまり乏しくなく、ほとんど迷宮入りです。どうしてもその辺の霊が入ってしまって魔物化してしまいます」
「ああ、そうか……」と、ボスは言った。「この地には昔から悪霊を払う産業があったらしいからな。そう言うところにはどうしても変な奴らがやって来てしまうのだろう。まあ、それは我々も同じだがな」
「確かに!」
そう言うと、二人は愉快そうに笑った。
「あ、ですが、最近、収集した負の感情エネルギーが多くなっておりますであります」
「うむ。確かに量も質もよくなっているように感じる。やはり、子供たちの誘拐事件によって、多くの人々が恐怖や不安を強く抱き始めたのだろう。それによって、質も上がったと見られるな。今のエネルギーを使えば、今度の実験ではよい結果を生み出せるかもしれん」
「はい、さすがはボスです!」
「それもこれも、君たちのおかげだ」
その言葉を聞くと、ダークエルフたちは熱に浮かされたかのような笑顔で呆けた。
「ボス~。署長をお連れしましたぁ~」
「おれと全然態度が違う!」
署長はさっきまでムッとしていた女が急に呆けた顔になったのでしらけた。こんな男に媚びた女がいるから男尊女卑のような社会になるのだと、彼女は思った。
「うむ、ご苦労。みんな、これからも頼むぞ」
「はぁい!」
みんなは一斉に言うと、一層力を込めながら大なべの中の負の感情エネルギーをかき混ぜ、調整し始めた。
「署長、よく来たな」
「で、話って?」
「私が与えたパワーを使ったようだから心配したんだ」
「はい? ああ、変なガキどもが、あんたが実験で放った怪人を倒しちゃって……」
「なに、子供が?」
「ああ、レーザーアイの首を斬り落として……」
「そうか……で、ヤツは大丈夫か?」
「いやあ、大丈夫も何も、スマキにして川に放り込んでおいたけど?」
「ふむ……。え、やっちゃったの⁉」と、ボスは本気で驚いた声を上げた。
「え? 悪の軍団の大将でしょ? それくらいやるだろ?」と、ロリ署長は自分が常識人であるかのように言った。
「ま、まいっか」と、少し戸惑った声で言ったが、すぐに元の調子になった。「……では、引き続き、我々の痕跡の処理や、迷宮の管理は頼んだぞ。そして、どんな事件でも犯人たちを見逃し、真実を闇に葬るのだ。治安を悪化させることで、犯罪を怖がる市民の不安が募り、より強力な負の感情エネルギーを得ることができる」
「はいはい」
「そして」ボスは念を押していった。「念のために、お前が閉じ込めた子供たちはしっかりと閉じ込めておけ。迷宮から脱出させてはいかん」
「え、だけど、子供だぞ? いくら怪人を倒したとはいえ……」
「もしかしたら、奴らかもしれんからな……」
それを聞いて、署長は悪者たちが最も恐れている存在のことを思い出した。
「あ、ですけど、ガキどもは男ですよ?」
「……なに? ……そうか、なら別にいいかもしれん。だが、念のためだ。怠けるなよ」
怠けるなと言われて腹が立ったが、署長は帰った後、おとなしく廃墟にある迷宮の入り口の見張りを増やした。
自分たちの街にある廃墟群に、怪物たちが蠢く迷宮があり、そこを腐敗した当局が管理していることなど、誰も知りえなかった。さらには、そこで少年たちが奇妙な友情と冒険をしているなど、夢にも思わないだろう。