その四 どこここ⁉ 恐怖の異次元迷宮
二人は暗い洞窟のようなところにしりもちをついた。よく周りを見渡すと、すべて石造りでできており、所々ひび割れていて、まるで遺跡のようだった。
「どうやら、ダンジョンに落とされてしまったようだ」
「は?」
「どうやら、オレの予想が的中していて、怒った所長は腹いせにオレたちを投獄したみたいだな」
「……えらく冷静だな」
「お前もだろ? まあいいや、何とかなるだろ。奴の間違いはオレたちに荷物を持たせたまま投獄したことだ」
そう言うと、シルフは画材や道具が入ったカバンから懐中電灯を一本取り出して、それをスクリプトに渡した。シルフはペンと紙も取り出して持っていた。
「じゃあ、オレが地図描いていくから、お前は明かりの係な」
「ああ、はいはい」
二人は遺跡を歩き始めた。
「つかさ、なんだよ、あのちび女!」シルフは怒鳴った。「ああいう悪女がいるからちゃんと働いている女性が評価されないで男尊女卑が推進されちゃうんだよ! そう思わない?」
「……お前、フェミニストだったのか?」
「ちょっとちがう、真の平等主義者だ」
二人とも、不気味なほど冷静だということをスクリプトは自覚していた。いや、立ち向かっているような気がした。自分たちはこの危機的な状況を本当は命の危機だと自覚はしているが、本能からその危機を乗り越えようとしている。相棒の方はちょっと怒ってすっきりしたのか、もうニコニコしながら地図を作っているし、それ以前にパニックになっていない。
二人とも、無実の罪で投獄されたという理不尽に屈することなく、ただ立ち向かっているのだ。
「あ、また行き止まりか」
二人はこのように道を阻まれることが何回かあったが、さほど怒ったり苛立ったりはしなかった。冷静だった。迷宮の中を歩く彼らの影は、なんだか不気味であった。
「なあ」
「なんだ、スクリプト?」
「お前が言っていた怪物たちの陰謀、何で知ってたんだ?」
「いや、知らないよ。ただの勘」
「は? 冗談だろ?」
「いや、ホントホント。思えば鋭すぎてここにいるんだっけな。天才はつらいぜ~!」
「ウザッ!」
「だけど、化物もいたし、署長も本気にしていて、しかも公安とかオレたちを本当にすごい人たちだと思ってるみたいだろ?」
「ああ、そうだったな」
「化物もいた、しかも、警察を手玉にとれるくらいの。やっぱり魔法少女はいるんだな!」
「……いや、どうだろ。いたとしてだな、何で助けに来ないんだ? この街を?」
「忙しいからだろ。ほら、スクリプトが見たビジョンでもたくさんの影と戦ってたんだろ? そいつらと戦ってるんだよ。きっと」
まだ、自分の見ていた幻覚を予知夢だとかビジョンだとか思っているのかと、スクリプトは呆れた。
「あとは、必要ないからとか?」
「は?」
「助ける必要がないから来ないんだよ」
「いや、なんで?」
「オレたちがいるから助けに来ないんだ。この街の運命を彼女たちはオレたちに託している」
「ああ、はいはい」
あいつの頭の中では壮大な物語が繰り広げられているのだろうと、スクリプトは無理やり自分を納得させることにした。
本当に怪物たちがこの街を征服やら何やらしようとしていて、それを自分たちが止めなければならないとしても、まずはこの迷宮から出なければ。
「うお、何だ、これは?」
二人は行き止まりに突き当たった。そこにあったものが気になって、引き返そうにも引き返せなかった。そこには、三メートルほどの大きさの人型ロボットが立っていた。朝の子供番組に出てくるようなものではなく、武骨なつくりをした、いかにも兵器という雰囲気のロボットであった。
「おお、リアルロボットだな! すごい!」
「おまえ、こういうのにホント詳しいな」
「オールラウンダーだからな。まあ、カッコいいロボットより可愛い女の子の方が好きだけど」
「ああ、そう」
スクリプトは試しにコンコンと、武骨なロボットの足を叩いてみた。しかし、何の反応もなかった。電源が入ってないのだろうと思った。
「電源が入ってないみたい」
「え?」
上の方を見てみると、いつの間にか二メートルくらい上にある運転席にシルフが座っていた。
「おい、何やってんだ?」
「予備電源があると思ったんだけど、ほら、見てよ」
「いや、見えねえよ」
「じゃあいいや。鍵が必要みたいなんだよね。どっかに落ちてないか?」
懐中電灯を照らしてあたりを探してみたが、遺跡のかけらが落ちているだけで特に何もなかった。
「ない」
「そうか、飛んで脱出できると思ったんだけど」
いつの間にか、今度は地面にふっと降りていたので驚いた。
「うわ、お前、大丈夫かよ」
「軍隊での体術だよ。親父がやってて、真似したらできた」
「お前のお父さんも、軍人だったのか?」
「うん」
さぞ、親子喧嘩したのだろうとスクリプトは思った。彼ほどの思考と運動能力があったら、優秀な国の守護者になっていたかもしれないからだ。まあ、かなりの変わり者だから集団行動には向かないだろうが。
「じゃあ」シルフは残念そうだったが、気を取り直した。「行こうぜ、どっかに鍵が落ちてるかもしれないし」
「ああ、そう」
二人は迷宮を進んでいった。
その頃、合法ロリ警察署長は二人のいい子ちゃんを奈落に落とした快感の余韻に浸っていた。
これだ。これこそ、自分のしたかったことだ。警官の子どもに生まれたために、善人になれと教えられ、虐めたいやつも虐められず、万引きをすることも、男をたぶらかすこともできなかった。両親の言うことを聞いて警官になったが、本当に自分がやりたかったのは、こういうことだ。人を陥れる。あ、そう言えば、さっきは落っことしたな。
「ああ、愉快、痛快、爽快。心地いいね~」
「署長」催眠術で洗脳した部下がノックもせずに入ってきた。「奴が復活しました。頭を胴体にくっつけて砂糖をかけたところ、ぴったりくっつきました」
「ちっ。礼儀のなってない部下だ。よし、つれてこい」
すると、呼んでないのにレーザーアイが部下を蹴り飛ばして入ってきた。
「おいっ! あのガキは何なんだよ! 人間があんなに強いなんてボスは言ってないし聞いてないぞ!」
「言ってないなら聞けないだろ! まあ、あいつらはもう出られないがな」
「ああん⁉ どういうことだ!」
「奴らは異次元迷宮に閉じ込めた。地上にも入り口があるが、まあたどり着けまい」
「おお、それなら安心だな!」
「ああ。だが、お前は自分の心配をした方がいいと思うぞ」
「は?」
すると、レーザーアイはいつの間にかやってきたレスラーみたいな体型の警官に羽交い絞めにされてしまった。そして、巨大な目のために作られたサングラスを外れないように強力に取り付けられた。
「おい、何のつもりだ!」
「たかが子供にやられる怪人になど用はない!」と、合法ロリ署長はノリノリで言った。
「おい、お前こそ、たかが買収された警官だろ! そんな権限はないはずだ!」
「何を勘違いしている?」
「は?」
「おれは人間じゃないんだよ!」と、適当に嘘をついた。
「は?」
レーザーアイは訳が分からないまま、人気のない深夜の街に連れて行かれ、簀巻きにされて川に放り込まれた……。
その頃、二人の少年は一休みしていた。シルフはドンドン大きくなっていく地図を見ながら、相変わらず楽しそうにしている。スクリプトは、両親は今頃警察に届け出ているのではと考えていた。そう思うと、あることに気づいてしまった。
「ヤバいかもしれない」
「え? なにが」
「心配した俺達の親が警察に届け出ているかも。その警察が俺たちをここに追いやったからさ……」
「……口封じされると?」
「ああ」
「いや、たぶん、大丈夫だ」
「は?」
「お前もオレも有名人らしいし、ということは両親も名が知れている。そんな人たちを簡単に消したら、それでこそ疑われるだろ?」
「ああ、確かに」
「あいや、まて」
「え、なんだ?」
「奴らは頭がさほど良くない。オレたちをここに落としたのも、衝動的だった気がする。だから、もしもそれを思いついたら、実行するかもしれない」
「……急ごう」
「ああ」
二人は立ち上がって迷路を進もうとした。
すると、コツン、コツンと、闇の中から足音が聞こえてきた。思わず、シルフは日本刀の刃をさっと出し、スクリプトはチャクラムを回し始めた。
懐中電灯を当てると、そこには文字通りの怪獣がいた。姿は恐竜のようで、人間のように服を着ていた。まるで、ティラノサウルスがそのまま進化したかのような怪獣だった。
「うわあああああああ⁉ 化物⁉」と、怪獣がオバケでも見たように叫んだ。
「こっちが言いたいよ!」スクリプトも叫んだ。
「うっわ、何だ、君は⁉」と、シルフはウキウキした声で訊いた。「恐竜が超存在に火星に連れていかれてそのまま進化した種族か⁉」
「え、何で知ってるの?」
「いや、気にするな。適当に言ってることが当たっただけだから」スクリプトが冷徹に言った。
「いや、凄すぎるでしょ」と、火星の恐竜人間は若干引いた。
「だろ!」シルフは自慢げであった。「で、お前は何者なんだ? どこから来たの? 縄張りは?」
「えっと、名前はノサウ。君の言った通り火星の人。連れていかれたんだ。地球人に……」
「……? なんだそれ、アブダクションする側だろ?」
「ああ、地球では僕らはそう言う認識なんだね……」
「すまん、今それどころじゃないんだ! 歩きながら話そう」
と、スクリプトは長くなると思って言った。
「え。ああ、うん」火星人も急いでいると思って承諾した。
二人の少年は、迷宮を進みながら、火星人の身の上話を聞いていた。
「学校の帰り道に……」
「学校あるの⁉」シルフは地図を正確に描きながらも興味津々だった。
「ああ、うん。それで、女の子が悪者にしつこく絡まれていて助けようとしたんだ……」
「お前もかよ⁉ こっちのスクリプトもそうだぜ」
「え、そうなの?」
「黙って聞いてろよ、シルフ。全然話が進まないじゃん」
「そうだな。じゃあ、続きを」
「ああ、うん。それで、彼女らの正体が地球人らしくて……その仲間が宇宙船に乗ってやって来て……」
「宇宙船……⁉」
「黙ってろ!」
「……。それで、『スカウトを邪魔しやがって』って言ってきて、ここに僕を閉じ込めたんだ。君たちも?」
「似たようなもん、化物の一人を退治したのを当局に報告しに行ったら、その当局は化物側についていて、このざまだ」スクリプトが言った。
「ああ、それはひどかったね。え、まって。じゃあ、僕を連れ去ったのは地球人じゃなくて君たちの言っていた化物? 思えば、君たちは僕を攫ったやつらとはちょっと姿が違うし」
「ちなみに、どんな姿だったんだ? 彼女らって言っていたけど」と、スクリプトは彼のトラウマを思い起こしてしまうかもしれないが、参考にするために訊いた。「もしかして、一つ目の大きな目玉がある?」
「いや。君たちみたいな感じで……そう、君に雰囲気が似てた」
「ああ、肌の色とか感じが?」
「う、うん。だけど、女の人たちだったことは確かだね」
「……ああ、そうか……」なぜかわからないが、スクリプトは本能的に気持ちが沈んでしまった。「もし、そいつらが地球人だとしたら、俺からも謝るよ。だけど、誤解しないでくれ。みんながみんな悪いわけじゃないんだ」
「うん」反射的に返事をし、彼の話す言葉を理解した。その意味が分かって悪い事を言ってしまったと思い、火星人は先ほどの無礼を思い出してしまった。「あ、そうだ。えっと、さっきはごめん、化物なんて言っちゃって」
「いや、こんな別の星のわけわからないところに連れてこられたんだ。仕方ないよ」
「ああ、なるほど」シルフは興味深そうに言った。「火星の重力や気候には地球人は耐えられない。たぶん、君を誘拐した奴らは人体実験で様々な環境に適応できる肉体を得たミュータントなんだろうな。……もしかしたら、そのような人間とあまり変わらない姿をした化物たちが、とっくの前から街に溶け込んで、暗躍をしていたかもしれない。警察を買収したことによって、さらにその力を増しているとも考えられる」
火星人の少年は、突然物騒なことを話しだした地球人の少年が恐ろしく思えた。やはり、映画で見るような典型的な宇宙人のような、野蛮で異星征服を生業とするような種族なのだろうか?
しかし、二人からはそんな感じはしなかった。彼らは悪人ではない気がする。勇気を出して、また地球人に話してみることにした。お互いを知らなければ。
「えっと、シルフ君とスクリプト君だっけ?」
「ああ、それはあだ名だ。おれはジョン・ボーグヘルムって言うんだけど、こいつはスクリプトって呼んでる。で、シルフの方は、本当の名前はアレクサンダー・シャイニングって言うんだ。まあ、気にしなくていいよ」
「あ、じゃあ、あだ名でそう呼んでいい?」
「ああ、別にいいけど」
「よかった」
「で、ノサウ。お前はここにどれくらいいるの?」シルフが訊いた。
「三日くらいかな? きっと、心配してると思う」
「両親だろ?」
「ああ、うん」
「じゃあ、早く帰るために、協力してくれない? オレらの住んでる街が、お前を誘拐した怪物に侵略されそうなんだ。たぶん、怪物をやっつけるのに協力してくれれば、本当の当局も火星に帰してくれると思うんだけど、どう?」
「……協力しなかったら、帰れないの?」と、ノサウは『戦う』と聞いて怖くなり、思わず訊いた。
「可能性は減るけど、オレが何とかするよ。時間かかるだろうけど」
「お前、無責任な事言うなよ」スクリプトが呆れて言った。
「オレ、言ったことはやるから」
「ああ、そう。まあ、何ができるかわからないけど、化け物にひどい目にあった仲だし、俺も協力するよ」
地球人は、自分のような異星から来た未知の存在や変わっている者も受け入れてくれるほど優しいのかもしれない、ノサウはそう思えてきた。
「ありがとう。僕も、怪物から街を守るのに、協力するよ」
「ああ、よろしく」
一方、ウロボロスシティのインド人街にあるボーグヘルム家。
スクリプトの母は、息子が帰ってこないことに気が気でなかった。いつもは帰っている時間に帰ってこない。もしかしたら、あのチンピラたちが仕返しのために連れ去ったのではと思った。
すると、夫が今日も要人を守ってクタクタになりながらリビングに帰ってきた。彼は顔を青くしている妻を見て、今日相手にした大使を狙う暗殺者として洗脳された男の顔も忘れて、どうしたのだと心配した。
「あの子が帰ってこないのよ」
「なんだ、そんなことか。俺もあのくらいの歳には家に帰らないで娼館に入り浸ってた」
「……⁉」しばらく開いた口がふさがらなかった。「い、いえ、おかしいわ。なにか、胸騒ぎがするの」
そう言われると心配になってきた。妻を安心させるために、学校に連絡してみると、仲良しのアレクサンダー・シャイニングも寮に帰っていないということだった。彼らと連絡を取ろうと教師たちは思いついたが、二人とも電話を持っていないとのことだった。暗くなっても帰ってこず、夫婦と学校は警察に相談することになった。警察は努力するといっていたが、やはり、みんな気が気ではなかった。
相談された警察は、自分たちがやったことを真面目に捜査するはずがなく、このことはもみ消された。
相変わらず、三人は迷宮を探索していた。
「そういえば、ノサウは暗闇で目が効くんだな」シルフが言った。
「うん。君も結構見えてるみたいだけど」
「ああ。けど、目が悪くなりそうだぜ」
「代わりに、確認係でもしようか?」
「うん、ありがとう」
そう言って、シルフはノサウに地図の一つを渡した。
ノサウが渡された地図を見てみると、地図に書いておいたロボットのマークが目に入った。
「ねえ、これは?」
「え、ああ、さっきロボット見つけてさ。動かなかったんだけど、鍵があれば動くと思う」
「鍵? あ、もしかすると……」
ノサウが案内したところには、ガラス張りの箱があった。その前にはノートパソコンがあった。そして、何より気になるのはガラス張りの箱の中身だった。そこには、ノサウの言う通りおもちゃのような丸っこい鍵が入っていた。
「おお、本当だ! これで脱出できるかも。ありがとうな」シルフは言った。
「あ、うん、気にしないで」
「で、これはやっぱりパスワードとか必要だよな?」
「ああ、はいはい」
スクリプトはパソコンのキーボートを叩き始めた。
「時間かかりそうか?」
「できた」
「ええっ⁉」
ノサウが驚くと同時に、ガラスの蓋が開いた。スクリプトはカギを手に取った。
「よっしゃ、ロボットのところに向かおうぜ」
暗い迷宮の道を戻り、巨大ロボットのところへやってくるとノサウは、このロボットをどこかで見たことがあると思った。そして、思い出したくないことを思い出した。
「うわ、これは⁉」ノサウが先祖返りしたような声で言った。
「なんだよ、ラプトルかと思った」
「これ、地球人が火星に攻め込んできた時に使ってた兵器だよ!」
「そうなの⁉」スクリプトはさすがに驚いて聞いた。
「いや、それは予想してなかった」シルフがロボット全体を見てみると、ロボットの足の部分に、『大日本帝国』と書いてあるのを発見した。
「あ、本当だ。日本語が書いてある。おそらく、第二次大戦時に火星の軍事力に目をつけて、自分たちのものにしようとしたんだな」
スクリプトは、ウキウキした様子で話すシルフと、顔をしかめているノサウを見て、罪悪感が湧いた。
「ああ、すまない。ノサウ。地球人を代表して、俺達が謝るよ。ごめんなさい」
スクリプトがノサウに頭を下げると、ノサウも申し訳なさそうにいった。
「いや、こちらこそ。こっちも、食べちゃって……」
それを聞いて、二人の地球人は気まずくなった。
「い、いや、気にしないで」
「栄養になった人たちに黙とう……じゃあ、こいつを起動させる!」
シルフが運転席に飛び移って、キーを差し込む。すると、ガタガタと音を鳴らしながら、ロボットは震えだした。
「シルフ! 降りろ!」スクリプトに言われ、シルフは安全のために操縦席から降りた。
三人が見守っていると、ロボットは目を光らせた。ついに動き出して、やった! と思ったら、今度はバラバラと崩れ始めてしまい、三人は大急ぎで離れることになった。砂煙が舞い上がり、それが収まると、さっきまで自分たちとロボットが立っていたところには、かつて火星を侵略しようとした兵器の残骸しかなかった。
「……え、終わり⁉」
「……ああ、そうみたい」
「残念だね」
ガシャン!
三人が落胆していると、瓦礫の山の中から音か聞こえた。誰か下にいるような気がして、思わず三人は瓦礫の山に向かった。
「おい、誰かいるのか⁉」
「ここだ~!」
瓦礫の中から機械音のような声がした。気をつけながら瓦礫をどけていくと、中から自分たちの腰くらいまでの背丈をしたロボットが出てきた。四角形の体にバネのようなものでつながった四肢、足はキャタピラーで、手は挟むタイプの簡素なものだった。頭も四角形で、アンテナとカメラとスピーカーしかついていなかった。
「あんがと、助けてくれて!」
「誰だ、お前は⁉ さては、旧日本軍が作り出したロボットだな!」
「おお、よく知ってんな!」と、ロボットは感心したように言った。
「君の名は?」
「セキ。軍隊に作られたんだ」
「いつからここにいるの?」と、ノサウが同情して訊いた。
「さあ、わかんね。わけわからんまま火星に連れてかれて、あいつら毒ガスまき散らし始めたから嫌になって自分で電源切ったんだ。……で、昭和何年?」
「年号なら変わったよ。ちなみに戦争も終わって百年以上も経つ」
「うそだろ! そんなに電源落としてたのかよ!」
スクリプトはロボットの電源を落とすとは、眠るのとは違うのだろうかと疑問に思った。眠りは心身を休めたり、記憶を整理したりするための行動だ。電源を切るとはその脳機能を停止させるのと同じではないか? だとしたら、ある意味自殺と同じ。そう考えると、それくらい戦争が嫌だったのだなと、スクリプトは彼に同情した。
「……大変だったな」
「まあ、電源切っただけだけどな」
「なあ、セキ」と、シルフも言った。「ここでスクラップになるのは嫌だろ? 一緒に行こうぜ」
「そうだな、ついてってやるよ」
こうして、骨董品のロボットを連れた三人は迷宮を歩き始めた。
「で、三人は何でこんな所に?」
「化物退治をして、当局に連絡したら、そっちもグルでこんな所に」シルフが言った。
「その付き添い」と、スクリプト。
「火星に住んでたけど、怪物を怒らせちゃってここに」と、ノサウ。
「うわ、変な奴らしかいないな!」
「お前もだろ!」
スクリプトは、初対面なうえに人間ですらない二人の仲間が加わっている状況をおかしいとは思ったが、さほど気にするようなことではない気がした。
こいつらとは仲良くできる気がする。同族とはそうでもないのに。違う種族と仲良くできるなら、人間とはもっと仲良くできるのではと思えてきて、ここから帰れたら、もっとクラスの子と話してみようと思えた。
「にしても、退屈だな」シルフが言った。「モンスターとか出るかと思ったのに。何も出ない」
「いやあ、それならここにいるだろ」セキがノサウを示して言った。
「え~。だけど、そうだね。君たち以外は誰にも会ったことないや」
「他にも怪物に反旗を翻して立ち向かう勇気ある勇者がいてもいいと思うんだけど?」と、シルフは寂しそうに言った。
「無謀の間違いだろ」スクリプトが言った。
「はいはい、無謀ですよ。だけど、言い出しっぺがバケモン倒せてないのってまずいだろ?」
「え、さっきの話って、お前が退治したんじゃないの?」セキが訊いた。
「うん。白兵戦には自信あるけど、相手がビーム撃つやつだったからさ、遠距離から攻撃できるスクリプトにやってもらったんだ」
「へえ~。銃が得意なのか?」と、セキはスクリプトに聞いた。
「いや、チャクラムだけど」
「なんだよ、そのマイナーな武器! なんか作ってやろうか?」
「え、そんなことできるの?」ノサウが訊いた。
「さてはお前」またシルフが自信を込めていった。「自分が当時の最先端でできてるから、それ以前の技術は再現できると思っているだろ」
「ああ。できるだろ。今のモードは脱出兼自己修復整備用なんだぜ」
「直すのと作るのは違うと思うけど」ノサウがいった。
「んなことはわかっとるわ! にしても、まずは俺自身を修理しないとな」
「え、意志持って話している時点ですごいと思うけど?」スクリプトが訊いた。
「は? こんなの基本だろ? 今のこんな姿が日本軍最新鋭のロボットのわけあるか。もっとしっかりとしていて、パーツが全部そろってたら自己修復できたんだが。これじゃオイラの機能の十パーセントも発揮できない」
「パーツさえあれば治せるんだね? どっかに落ちてないかな?」ノサウが見渡しながら言った。
「パーツを集めてロボットを完成させるクエストか。いいね、面白そうだ」シルフが面白そうに言った。
「クエスト?」ノサウはポカンとした。
「気にすんな」と、スクリプトは言った。
「分かったぜ、セキ。お前のパーツもここを出たら何とか集めてやるよ」
「え、ホントかシルフ! 頼むぜ!」
「あ、その代わりにいざとなったら鈍器に使うから」
「は⁉」
一方、地上では夜が明けていつも通りの朝が来ていた。
二人の少年が迷宮をさまよっているのも知らず、人々はいつも通りの日常を始めていた。自分が普段通りに過ごしているときも、どこかの誰かがとんでもない目に合っているのかもしれない。そんなことを考えたことはないだろうか?
学校では、ホームルームの時間になっても可笑しな留学生と恐ろしい優等生のトンデモコンビが来ていないことに、生徒たちは先生に言われるまで気づかなかった。先生からは帰り道や街に入るときは気をつけろと言われた。
そして、生徒たちによって行方不明の男子二人についての根も葉もない噂があっという間に広がっていった。家出したとか、連れ去られたとか、……デキてたとか。
ミミコはなぜかどれも本気にできなかった。二人は確かに仲が良さそうなのは認めるが、一緒に家出をするような不良たちには見えなかった。一体どこに行ってしまったのだろうと考えているうちに、悪者たちに人身売買のために連れ去られたとか、どこかでひき逃げにあってそのままにされているとか、恐ろしい考えが次々に浮かんでしまって、いつの間にか友達でもない彼らのことがとても心配になっていた。
気になる少年、アレクサンダー・シャイニングがどこかでひどい目に合っているのかもしれない。これからずっと、彼とは話せずじまいなのだろうかと、とても不安になった。
彼らを助けるために、何かできることはないだろうか。しかし、いくら考えても自分には行方不明の少年たちを見つけることなどできそうにない。
彼らの安否について考えていると、またアレクサンダー少年の友達らしい、ジョン・ボーグヘルムのよからぬ噂を聞いた。彼についての噂が、都市伝説や怪談のように広がっている。
女子のグループの一つが陰口のように話しているジョン・ボーグヘルムの噂を小耳にはさんでいると、彼についてあることを思い出した。ジョン・ボーグヘルムは人助けをして大けがしたらしいという噂。ほとんどみんなが、ジョン・ボーグヘルムは猟奇的にチンピラたちに喧嘩を挑んだと噂していたが、ミミコは密かに、何の根拠もなく前者を推していた。
そして、ある一つの推測にたどり着いた。あの二人は、人助けをしようとして行方不明になってしまったのではないか。そして、何かトラブルに遭って、学校にも家に来られないでいる。また恐ろしい考えが浮かんでしまった。
いくつもの怖い考えが浮かんできたが、その中でもこれだけはなぜか現実味がして、とても悲しくなり、いてもたってもいられなくなった。そして、自分も何かしようと思った。しかし、何をすればいいのかは思いつかなかった。
「あ、ねえ、ミミコ」と、クラスメイトの子が話しかけてきた。
「は、はい?」
「ごめん、また掃除当番変わってもらっていいかな? 頼む!」
「は、はい、いいですよ」
「ごめん、ありがとうね、じゃ!」
彼女はそう言って行ってしまった。ミミコはいつもこんな調子でクラスメイトに頼まれごとをされていた。彼女は頼まれると断れない性格であった。自分が何かをすることで、人を助けられるならいいと、本能で思っていた。
しかしミミコ自身は、自分は誰かに頼まれないとその誰かが困っているのにも気づけない周りが見えていない子供、そう考えていた。もし、自分の推測通り、本当にあの二人が人助けのために動いていたのなら、自分自身で動くことができて羨ましいと思った。特に、あの悪名高きジョン・ボーグヘルムは、自分の身を挺して誰かを救おうとしていた。本当だとしたらすごいことだ。
ミミコはいつの間にか、アレクサンダーには好意を、ジョン・ボーグヘルムには漠然とした憧れを抱いていた。
四人は迷宮を進んでいた。
「どっかに地図くらいあったっていいだろ」セキが気だるげに言った。
「君にフィールドマップ自動作成機能とかないの?」ノサウが思いついて訊いた。
「火星にはあるのか」スクリプトが興味深く思って訊いた。「ある程度の地形を読み取ってそこからルートを予想するシステムか。やっぱり進んでいるんだな」
「で、どうなの?」シルフも気になった。
「あったけど使えない」と、セキは悔しそうに言った。
「じゃあ、まだ鈍器な」
「は⁉」
そして、彼らは何度目かの行き止まりにたどり着いた。
「ああ、もう」
さすがに疲れてきたスクリプトのため息とともに引き返そうとしたが、シルフはこれまでの行き止まりと違うことを発見した。
「おい、見ろ! 天井に穴がある」
みんなが天井を見上げると、シルフの言う通り確かに穴があった。そこからはうっすらとした温かい光が漏れており、少年たちがいる暗い迷宮に淡い光をさしていた。
こんなに目立っているのに疲れて気づかなかった。これは危険だ。気をつけなければ。
「もしかして、もう出口を見つけちゃった?」と、ノサウ。
「いや、あの明るさは、きっと松明か何かだと思う」と、スクリプト。
「おい、上があるって言うのか? ここどんだけ深いんだよ」と、セキは苛立った。
『よかったら、僕が見てくるよ』と、ノサウは言おうとしたが、勇気が出なかった。自分なら簡単に見て来られるだろう。しかし、そう言う勇気がなかった。
「う~ん、やっぱり、階層式ダンジョンなのか?」と、シルフ。
「外に出るには上に行かないといけないってことか? 階段とかを登って」
「ああ。多分そうだな。あ、今まで作った地図を並べてみよう」
シルフたちは自分が描いた迷宮の地図を並べてみた。すると、今いる地点が中心で、他はすべて行き止まりであることが分かった。天井にある穴を通らなければ、先には進めないのだ。
「やっぱり、あの天井の穴を通るしかないな」スクリプトが言った。
「そうだな。だけど、あの天井はすごく高い。どうすりゃいいんだ?」
仲間たちが相談する中、ノサウは一人葛藤していた。ふと顔を上げると、暗闇の中に大きなハシゴがあることに気がついた。それを見つけて、ノサウは二つの理由で安堵を覚えた。
「み、みんな、ハシゴがあるよ」
「え? マジか」
シルフが見てみると、本当に天井に届きそうなほどの木のハシゴが壁に立てかけてあった。暗がりにある上に、つい天井からの光に目が行ってしまって気がつかなかった。
「うわ、マジか! ありがとう、ノサウ」
「い、いや」
早速四人で巨大なうえに重たい梯子を天井の穴に立てかける。これで、次の階層への道が開けたわけだが……⁉
「いや、オイラはどうするんだよ!」
セキの足は二本足ではなくキャタピラーだ。ハシゴは登れない。
「じゃあ、セキはロープで引っ張り上げることにしよう。ここで待っててくれ」
「ああ、わかった。置いて行くなよ?」
「よし、で、誰から行こうか?」シルフは言った。
最初に、スクリプトがハシゴを上ることになった。いつ作られたものかわからない。そこで体重が軽い彼から登ることにしたのだった。
スクリプトはもしかしたら自分がいる所が外れるかもしれないという恐怖にかられながらも、慎重に登り始めた。もしかしたら、自分が必要以上に足場に体重をかけすぎて、あとから来る仲間が上がれないかもしれないという不安を覚えた。しかし、今の自分は登るだけだと、下も見ずに無心で登ることにした。
そして、ついに次の階層に辿り着いた。明るかったが、やはり地上ではない。明かりの正体は何者かが灯した松明であった。周りに危険がないか確認すると、すぐに振り返って言った。
「登ったぞ!」
「よし、じゃあ、いってくるぜ、二人とも」
「うん、気をつけて、シルフ」
「ロープを下ろすの忘れんなよ?」
そして、シルフはスイスイと猿のようにハシゴを登って行き、次のノサウも難なく登ってきた。その様子を見て、スクリプトは自分の考えすぎだったかもしれないと思った。
そして、忘れずにセキに向かってロープを下ろした。セキはそれを体に縛って、合図にロープを引っ張った。
「よし、大丈夫みたいだ。引っ張れ!」
シルフの声で三人は重たいロボットを上階に引っ張り上げた。三人がかりだと意外と軽かったので、すぐに済んだ。
「すまんな」
「気にすんな。大切な鈍器で仲間だから」
「鈍器の方が先かよ!」
松明が照らす迷宮の第二階層も、中世の地下牢を彷彿とさせるほど不気味な雰囲気が漂っていたが、とても暗い闇そのもののような深層から這い上がってきた四人にとってはとても明るく感じ、前向きな気分になれた。
自分たちをここに閉じ込めた者たちは、なぜわざわざこんなにも巨大な迷宮を重たい石をたくさん運んで作り、大量の松明を灯したのだろうかと、スクリプトは思った。
「誰かいるかもしれない。松明をつける係とか」スクリプトが顔をしかめて言った。
いざとなればここにいるみんなで、そいつを脅してこの訳の分からない場所から出してもらおうと考えた。
だが、そこまで考えて落ち着けと自分を心の中で怒鳴った。自分は怪物を倒していい気になっている気がした。油断していると、足をすくわれる。あれは運が良かったからだ。
「いざとなったら、松明係を脅して出してもらおうぜ!」
「そうだな! イケるだろ!」
セキとシルフも同じことを考えていて、なんだか情けない気分になった。
「油断するなよ。怪物がいるかもしれないから」
「わかってる、わかってる」
一行は歩いて行った。自分たちが出てきた、背後にある虚構のような暗い穴から、何かが恨めしく覗いているのにも気づかずに。
「誰だ⁉」
「どうした、シルフ?」
「いや……? 何か違和感がしたら、すぐに言ってね、みんな」
「そうだ。ああ、わかった」
……あれ? 鋭い?