表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

その二 大人顔負け、プロ以上⁉ 天才スクリプト!

 ジョン・ボーグヘルム少年は、ドイツ生まれロシア育ちの父親と、インド人の母親という風変わりな夫婦の間に生まれた。

 しかも、いわゆる天才少年であった。ドキュメンタリー映画や資料で見るような超人的なレベルではなく、言葉を話すのが普通の赤ちゃんと比べて早かったレベルであったが、母親はそれをとても喜んで更に溺愛し始めた。が、父親はとても厳しかった。息子が天才だからという理由ではなく、おそらく、自分もそうやって育てられたからだと思われる。

 その父親に、普段の勉強のほかにもコンピュータを学べと命令された。今の時代なら、これを覚えていれば仕事や金に困らないだろうと、幼い息子に命令したのだ。

その頃は遊びたい年頃のはずなので嫌だったが、なんということだろう、才覚が目覚めてどんどん上達させてしまい、気がつけば名門校に学費を免除してもらえるほどの秀才に成長していた。

 そして今に至るわけだが、彼の人生はまだまだこれからである。


 チンピラと戦ってからから一か月ほど。その間もシルフだと発覚したアレクサンダー・シャイニングはリハビリを手伝いに、何か面白い話を聞かせに見舞いに来てくれた。

 両親はそんな彼をいい子なのだろうと思っていたが、そのうち何かを心配し始めた。男友達のくせにあまりにも優しいし、親身すぎ。学校で会えなくなったり一緒に遊んだりできなくなったら、少し距離をおいてもおかしくない年頃。

「ねえ、あなたなにか言いたいことがあるんじゃない?」と、母が心配そうに言った。

「何を?」

「あの子との関係よ! そうなんでしょ? いつから自覚し始めたの? お母さんはあなたがそうでもそれでいいのよ。ただ、秘密にしてほしくないのよ」

 そして、母が何を考えているかを察して、チャイを噴出しそうになった。

「違う、俺はストレートだ。しかも、あいつは特にそうだ」

 なんたってわざわざ、今日見た魔法少女アニメのキャラの私服がセクシーだったとか話してくるのだから。しかも、ほぼ毎日どこかで美少女を描き散らしている。たぶん、今も。

「そ、そう。ならいいのだけど……」

 しかし、母は息子にその気はなくても友達の少年はあるのではないかと考えたらしく、やってきた少年を悪いと思いながらも締め出すようになってしまった。

 が、その時にはもう補助もいらないほど回復していたので、いずれ彼とは学校で会えるようになっていた。


 バイクに撥ねられたボロボロの体を完治し、ジョン・ボーグヘルムは学校に行くことができるようになった。医者はもう学校に行っても問題ないだろうとのことだった。そして、本気で回復力に驚いているようだった。今度の医学的特殊事例は彼のことが発表されるかもしれない。

 久しぶりに松葉杖なしで学校に来たが、いつも通り心配してくれたり、挨拶をしに来る友達もいなかったので、さほど喜びを感じなかったが、将来のためだ、張り切って行こうと思った。

 なぜか、彼も友達ができなかった。努力家で真面目なのに。だからかもしれない。彼は人目につかないところで努力しているので目立たず、人から見れば地頭だけで良い成績をとっている才能に恵まれた人だと思われて、嫉妬されたり、距離をとられたりしていた。

 それなら運動はできないだろうと思いきや、学年上位に来るくらい身体能力が高く、人と普通に話もできるので、力をつけることしか興味がない、近寄りがたい奴だという、外見と様子からのイメージがさらに固まってしまい、みんなが距離を置いてしまったのだ。

 そして、もっと距離を置かれていることに気づいた。みんなが自分を見るたびにギョッとして逃げていくのである。

 チンピラたちに挑んで喧嘩したことが、誰かに広められたのだろうと感づいていた。

 教室に入るとクラスメイトのみんなは、深海にすむ凶暴で巨大な古代魚でも見たかのようにギョッとして離れていった。

 口々に聞こえてくる。自分をどう思っているか。

「……あいつ、チンピラに喧嘩挑んだらしいぜ」「……やっぱりヤバい奴だったのか……」「あんな見た目してるのに喧嘩強いとか怖すぎだろ……」「人は見かけによらないってこういう事だな」「……と、いうことはやっぱりケツよりオッパイだな」

「いや、急に話変わったな⁉」と、心の中でツッコミを入れたので、誰にも聞こえなかった。

「よお! おはよう!」 

 いつも通り、シルフことアレクサンダー・シャイニングは、クラスが違うのに堂々と教室に入ってきて、話しかけてきた。

「ああ、おはよう」

 ふと見てみると、片腕が膨れているのが見えた。シルフは腕に包帯を巻いていたのだ。

「それ、どうしたんだ? 大丈夫か」

「え? ああ、手が滑って、彫刻刀が刺さった」

 嘘に決まっている。が、あまり突っ込んでほしくないのだろうと、ジョン少年は察した。しかし、それについて訊かなかったら友達ではないのではと思った。思い切って話してみようかと思ったら、彼の方から口を開いた。

「お前、すごいうわさされてるな」

「……。ああ、そうだな」

「……気にしてないのか?」

「ああ。誰かさんと同じだ」

「そっか。その精神ならヒーローできると思うんだけど」

「まだその話続いてたのかよ⁉」

「当たり前だろ、で、どうする」

 人助けはしてみたい。漠然としたその思いは昔からあった。考えてみれば、今まで頑張ってきた勉強も運動は、全て自分のためだけの努力である気がしていた。将来や家族のために。今まで得てきた知識や力を他の人には与えず、自分だけのために使っていた気がした。そう思うと、今まで勝ち取ってきた良い成績に対して罪悪感があった。

 ヒーローになるかはともかく、人助けもいいかもしれない。やってみてもいいかもしれない。

「まあ、殴り込みやハッキング以外なら、おまえの人助けに協力してやってもいいぜ」

「マジで⁉」シルフは笑顔で訊いた。

「ああ」

「やったぜ! よろしくな、スクリプト」

「は? なんだよそれ?」

「お前のコードネームだよ。オレはシルフ。お前はスクリプト」

「それっておれがコンピュータに強いから?」

「いや、別に。何となく」

「あそ。それで、具体的に何すんだよ?」

「ちょっと気になるところがあってさ。オレが根城にしてる市街跡があるんだけど……」

「……それって、もしかしてあの廃墟群?」

「ああ」

 スクリプトは平然と答える親友の様子に呆れた。

 シルフがたびたび出入りしていた地区は、過疎化と不景気による失業、急な都市開発などによってこれ以上ないほど寂れていて、しかもホームレスや浮浪者のたまり場で有名だった。もしかしたら彼らは失業者で、行く当てもないから、そのまま自分たちがいた地区や街に住んでいるのかもしれない。

 そんな地区があるこのウロボロスシティに住む子供たちは幼い頃から『病気がうつるから行くな! 絶対に行くなよ! フリじゃないぞ!』と言われている所に、こいつは『外国人だから関係ありません』とでも言うように堂々と入っていき、根城とまで言っている。

「で、なんだ? そこにいるホームレスを救うのか?」

「いや。それを考えて訊いてみたんだけど、好きでやっているから気にするなって言われた」

「ああ、そう」その真実を聞いて微妙な気持ちになった。

「で、そこの住民から聞いたんだけど……」

「ん? 待ってくれ。お前から話しかけたのか? あの人たちに?」

「うん。それで彼らがいかにもこの世の者ではない存在を見たって言うんだよね」

 こいつは海外にいる浮浪者に同情する上に、話も信じるのかとまた呆れた。

「薬か空腹で幻覚でも見たんじゃないの?」

「いや、そこまで堕ちてないからな! 彼らは感覚が鋭すぎて普通の社会じゃ生きられないからあそこにいるんだよ。オレらとさほど変わらないぜ」

「ああ、そう」また微妙な心情にしてきた。

「それでさ、その化物が魔法少女と一緒にたまに目撃されている怪物と同じなんじゃないかと思うんだ。だから、この辺にも魔法少女がいて、活動してるかもしれない」

「で、その女の子か化物を見つけて、魔法少女の怪物退治の手伝いをすると?」

「そうそう!」

 ……さすがのこいつも、そんな非現実的な存在がいないとわかればやめるだろう、と思った。

「だけど、オレらには化物を探知できるほどの感覚がない。だから、修行しようと思う」

「……なんだよそれ、寺にでもいって瞑想でもしに行くのか?」

「うん! 放課後に行こうぜ」

「ええ~……」


 そして、この街にある大きなお寺に行くことになった。少なくとも戦国時代からあって、この街の人々に親しまれていた。国宝になってからは国や県からも大切に扱われるようになっていて、今は維持費のためにお金をとることになっている。

 とんだ出費だ。幼い頃に住んでいたインドでは珍しく、無宗教のスクリプトことボーグヘルム家のジョン少年は、自分は一生このような宗教行為をするとは思ってなかった。

 小学生の校外学習の時以来にやってきた、この荘厳な神社を管理するためにどれだけ金をふんだくられるのだろう。

「座禅がしたいのですね? 五円です」と、バイトらしい可愛げな巫女さんに言われた。

 賽銭と変わらない気持ちだけのようなお金を払って、美しい境内へ入った。

「オヨ、やっぱり気持ちや信仰心が欲しいってことなのかな」と、シルフも驚いていた。

「そうかもな。つか、寺に巫女さんって変じゃないか? 日本の宗教は話程度しか知らないけど?」

「ああ、そうかもな? にしても、一体どうやって、この寺を管理しているのか……」

 と、シルフも疑問に思いながら、横目に奇妙な光景を見つけた。

「見ろ、スクリプト!」

「あ? ……え?」

 そこは、境内の中心にある何かの儀式の場。真ん中で、赤くて古いランドセルが火で焚かれていて、笹や注連縄で作られた装飾で囲まれている。それの前で合掌しながら和尚様が聞き取れない何かを唱えている。

 その様子を、二人の美しい巫女さんが見守っていた。一人は落ち着いていて、一人はビクビクしている様子であった。

 すると、焚かれているランドセルがドタバタと怒っているように動き出した。

「姉さん! あれは、いや、ヤバいって! どういうこと⁉ 何が起こってるの⁉」

「シッ! 黙って見ていなさい。この街の伝統の神道仏教合同のお祓いなのよ」

「なんじゃそりゃ」と、スクリプトは巫女さんたちの会話を聞いて言いそうになった。

「うおおお、なんかすごいな! こういう特殊技能を使ってやりくりしていたのか。せっかくだから見て行こうぜ」

「やめろ、修行するんじゃなかったのか?」

「おお、そうだった、好奇心に負けちゃだめだな」

 あの奇妙で見てはいけないような儀式が頭から離れないままだったが、二人は荘厳で巨大な仏像がある部屋にやって来て、そこの冷たい床で座禅を組んだ。

「なんか、それほど痛くないな」シルフが拍子抜けした様子で言った。

「え? いや、おれはきついんだけど」

「いや、そんなことないだろ。しかもなんもビジョン見えそうにないよ」

「何の啓示を受けようとしてんだよ。つか、宗教信じてないのに見えるわけないだろ」

「じゃ、目つむらない程度に半目にしよう」

「は? 瞑想のこと?」

「そうそう。外界からの情報を遮断すれば、脳の働きに集中できて今までの罪を告白し、マサラパワーを発揮して第三の目と悟りを開いて、天国に行けるかもしれない」

「ゴチャゴチャだよ! 一体どこの宗教なんだ」

「よし、瞑想!」

 そう言うと、相棒は目を閉じないように集中しながら瞑想を始めた。芸術家はいつも自我と向き合っているから簡単かもしれないが、勉強しかしてない自分には難しい気がする。

 だが、なぜか半目にして集中してしまう。何か感じ取れるとも思ってないのに。

 少女ミミコは、巫女をやっている二人の姉たちに着替えを届けに来た。寺に入ってからも、あの美少年の事を考えていた。あの魔法少女好きの変わり者な留学生の事を考えてしまう。忘れようとしても、何故か思い出してしまう。『たぶん、個性が強烈だから』と、友達は言っていた。

「うん、たぶんそうだね……そうなのかな……」

 ふと、仏像がある建物の方を見てみると、頭から離れない美少年、その隣にテロリストに殴り込みに行って壊滅させたという噂の男の子がいた。二人そろって巨大な仏像に向かい合って座禅を組んでいる。

 二人とも、後姿だけで結構ガタイがいい気がする。しかし、見ていると悪い事をしている気がして、速足で姉たちのところに向かった。

 誰かが見ている。スクリプトは視線を感じた。その次に、空を飛びまわっている少女たちのように見える、一人一人異なる色に輝いているシルエットが見えた。彼女たちはどこからともなくやってくる禍々しい影を消し去っていく。しかし、一つだけそこから逃れた影があった。それはどこか見覚えのある場所に落ちた。ホームレスや浮浪者しかいない廃墟群と自分たちが住む都市群が対照的に存在する日本の街。ウロボロスシティ。そこの廃墟群に影が降り立つ。そして、そこからどんどん影が都市へ侵食していく……! 

「うおっ⁉」

 スクリプトは思わずのけぞり、床にゴンと頭をぶつけた。

 おかげで何か見えそうだと勘違いしたシルフは瞑想から帰ってきて、相棒を起こした。

「おい、大丈夫かよ?」

「だめだ、足がもたない。もう帰ろう」

「ええ~? まだ何も見てないのに」

 結局、足を痺れさせながら寺院から出て、夕日に照らされながら帰路についた。

 昼間ほどではない蒸し暑さだったが、アメリカから来たシルフは汗をかいていた。しかし、特に気にしてはいない様子だった。下手したらもっと蒸し暑いインドを故郷に持つジョンは、この日本の暑さに全く慣れきってしまって汗もかいていなかったが、顔色は悪かった。暑さでまいっているような顔ではなく、徹夜で働いてやっと帰路につけたような顔だった。

 スクリプトは、あのビジョンについて考えていた。瞑想する前に見た、あの奇妙なお祓いの儀式がよほどショックだったのだろうか? それとも足のしびれがきつすぎて幻覚でも見たのだろうか? 

国宝級の寺院で僧侶の真似をして座禅をしていたら、不気味な幻を見た。このことは誰かに相談したいと思ったが、こんなことを両親に相談したら、今度は自然に囲まれた病院に入れられるかもしれない。幻覚を見たことを相談できる人なんてどこにいるんだか? 

「お前、何か見たのか?」

 いた。しかもすぐ隣で歩いている。

「実は、幻を見たんだ」

「どんな? 化物はいた?」

「化物かどうかはわからないけど、恐ろしげな影が見えた。その影が、旧市街地区に降りてきて……ここを飲み込もうとしていた」

「う~ん。意味深だな。他には?」

「ああ、あと、カラフルなシルエットが見えた。たぶん、女の子だと思う」

「うん。それは確実に魔法少女たちだな!」彼は嬉しそうに言った。

 スクリプトは親友が何と思うか当ててしまい、呆れてため息をついた。

「いや、マジだからな。もしかして、その影ってシルエットから逃げのびた感じじゃなかった?」

「確かに、そんな感じだったかもしれない」

「よし、聞け。オレの考察はこうだ!」シルフはノリノリで話し出した。「おそらく、シルエットは魔法少女で、影はホームレスの人たちが言っていた化物たちだ。魔法少女たちは化物たちのような悪い奴らからこの世界を守っていたが、あまりに数が多すぎて一つだけ逃してしまった。逃げのびやがった悪者は魔法少女のいないこの街を征服してやろうと降り立ち、人が少ない旧市街地区を根城にして、この街を混沌に陥れようとしている!」

「ああ、そう」

 なんと返事したらいいかわからない。

「だが、やつらはお前がいることを知らなかった。感知能力のあるお前は、あの境内の儀式を見たショックで覚醒し、更に瞑想を行ったことによって寺の持つパワーを通じてアストラル界に接続し、そこからビジョンを見て、この街を守る使命を与えられた!」

「は? 何言ってんだ?」

「やったな、マサラパワー少年スクリプト! オレもこの街を化物から守るのに協力するからな」

 シルフはスクリプトの肩に手を置いて頼れる相棒のような話し方で言った。

「ああ、はいはい」そう言うしか思いつかない。

「今日はとりあえず解散な。よく寝て霊力回復しといて」

「ああ、はいはい。じゃあ」

「じゃあ!」

 こうして、二人はそれぞれの帰路につこうとした。

「あ、そうそう」シルフは思い出して言った。「なんか、武器になりそうなもの持ってきてくれ。怪物退治に備えて、鍛えないとな」

「ああ、はいはい」

 そして、今度こそ二人は家に帰っていった。


 あいつは本気で信じているのかと、スクリプトはシルフを疑った。しかし、あの幻は凄まじいほど現実感があった。しかも、なぜかシルフの考察も当たっているような胸騒ぎがする。本当に怪物たちがこの街を支配しようとしているのでは? 

 いや、まて。心のどこかで勉強に疲れている自分が、現実逃避をしようとして起こした幻覚だったのでは? あいつの言っていた予想も、全部適当に考えたこと。そうだ、そうに違いない。

 しかし、何故かスクリプトは物置から祖父の遺品を取り出していた。奥の方に隠してあるとても丈夫な木の箱。そのなかに、死んだ母方の祖父の商売道具が入っていて、何度か使わせてくれた。両親は危ないからと祖父に言って、自分の相棒ともいえるそれを孫の目に届かないように奥に隠したのだ。それを、幼いジョン少年は陰から見ていた。

 両親は祖父に優しくなかった気がしたが、日本に引っ越すときにも祖父の遺品を捨てずに持ってきていたので、自分と同じように、本当は愛していたのだろうと思った。

 箱を開けて、数年ぶりにそれと再会した。チャクラム。円状のナイフともいえる武器。四つあるその中のうち、祖父が貸してくれたものを手に取り、輪に指を入れて回す。そして、それを木の枝に向かって放った。チャクラムは飛んでいき、枝を切断して弧を描いてこちらに戻ってきた。戻ってきたそいつをまた指で輪に通して受け止める。

 祖父から伝授されたチャクラムの使い方は、全くなまっていなかった。

 

 そして、また翌日。シルフは怪物退治、または魔法少女に会えるのが楽しみで、その勢いでいくつも作品を作った。スクリプトはいつも通りだった。

 あっという間に放課後になり、スクリプトはシルフと一緒に廃墟群にある公園に向かった。誰もいなかったが、寂しいところではなかった。そこには、シルフの生み出したたくさんの魔法少女が壁に描かれており、奇妙で滑稽だがつい興味がそそられる彫刻や像がたくさん置いてあった。

「これ、全部お前が作ったのか?」

「いや、オレが材料と道具を渡して、貧困層の子どもたちに教えた。ホームレスの人たちにも教えようとしたけど、話してくれるだけでいいって言われた」

「ああ、そう……」

 ホームレスの人たちの存在は知っていたが、子供までいるとは思わなかった。ホームレスには裏路地に入った時や慈善活動のボランティアに参加した時に会ったことがあるが、ストリートチルドレンとは会ったことがなかった。十数年前から治安も経済もよくなったはずなのだが、まだこの街や国にもそのような人たちがいたのだなと、少し悲しくなった。

 ストリートチルドレンには会った事がないが、大金持ちには会ったことがあるのを思い出した。廃墟群で、シルフの絵をいただきに来たあの男。ここに来たら嬉しすぎて発狂するかもしれない。

 スクリプトが芸術品を見回しているうちに、シルフはどこから持ってきたのかマネキンやビン、的を用意していた。

「どこから持ってきたんだ?」

「今や廃墟となった店から。持ってく金もないから、全部おいて行ったんだよ。今は誰も使ってないし、前の持ち主は引き取る気もないから自由に使っていいって」

「誰が言ってたんだよ?」

「ホームレスの人」

「……。俺は責任とらないからな」

「ああ、大丈夫。で、武器持ってきた?」

「ここに」

 スクリプトはカバンからチャクラムを取り出した。そして、それを指でクルクルと慣れた手つきで回して見せた。

「うわ、何だよ、それ、使えるの?」

「使えないもの持ってくるわけないだろ」

「マジか、じゃあ早速、見せてくれよ」

 スクリプトはシルフを後ろに下がらせ、チャクラムを放って見せた。チャクラムはマネキンの頭を斬り落とし、弧を描いてインド人少年の指に帰ってきた。

「マジか! すごいなおい、サーカス団員かよ!」シルフは感動していた。「すごいな、あんなの初めて見たよ。これじゃ、オレの持ってきたやつが弱く見える」

「何持ってきたんだ?」

「ああ、これ親父の実家からこっそり持ってきたやつ」

 彼はそう言うと、リュックから日本刀の柄のようなものを出してきた。そして、それをブンと振るうと、柄から美しく鋭い刃が出てきた。

「すごいじゃん」

「だけど、何でこれが家にあったのかわからないんだよね。そう言えば、GHQにいたらしいし、軍から押収したのかな? お前のおじいさんは?」

「ああ、盲目のサーカス団員だった。チャクラムの使い手で有名だったらしい。小さい頃に教えてくれたんだ」

「へえ。こっちはオレが生まれたころにはもういなかったからな」

「で、剣道の心得でもあるのか?」

「肉体の美しい動きを研究するために、一時やってたんだ。大会では負けたけど」

「ああ、そう。で、今日はひたすら特訓か?」

「あいや、お前はもう必要ないでしょ。だからもう怪物捜索に行こうと思う」

「……。お前、本気で言ってるのか? それに、どうやって探すんだよ?」

 すると、シルフは突然殴ろうとしてきた。それを、スクリプトはサッと避けた。

「おい、どういうつもりだ⁉」

「お前! オレのことバカにしてるだろ⁉」

「は? 何言ってるんだ?」

「畜生⁉ 野郎ブッ殺ッシャああああああ!」

 シルフは美少年とは思えないほどの人食い人種の蛮族そのもののような形相をして剣でを振り回してきた! 思わず、スクリプトもチャクラムを両手の指で回転させ始めた。

「グオオオオオオオオ!」

 突然、化物の咆哮が聞こえた。それは、崖が崩れる音とクマの威嚇するような声であった。二人が咆哮の聞こえた方を向くと、そこには化物がいた。それは人の形をしていたが、明らかに人外であった。大きな一つ目が顔の半分以上を占めており、手足は細長く、全身は紫がかった色をしていて、つやがある体をしていた。

「うおおおおお、負の感情を感じたぞ!」そいつはどこから声を出しているのかわからないが、二人の少年に話しかけた。「お前たちを殺して、そのパワーをいただく!」

「やったな、あいつ引っかかったぞ!」シルフは嬉しそうに言った。

「はぁ⁉」

「なんだよ、本気にすんなって。あいつらは人間の負の感情とかそういうやつからエネルギーを集めて何か悪い事に使おうとしている連中なんだよ。魔法少女の敵は大抵そうだ」

「は? お前、わざと怒ってあの、化け物を呼び寄せたのか⁉」

「そういう事だ! いい演技だったろ? ハリウッド行けそう」

「は? おれが感じたのは怒りの感情じゃないぞ!」化物が怒鳴った。「そっちの黒人の恐怖の感情だ」

「え、お前、マジで怖がってたのか? オレのこと」シルフは拍子抜けした様子で言った。

「ああ。ついに狂ったかと思った」スクリプトは睨んでいった。

「……ああ、ごめん」

「いいよ、もう」

「おい、いい加減にしろよ! おれのことを騙しやがって! 何のつもりか知らんが計画を知っているからにはぶっ殺してやる!」

「計画?」シルフは言った。「え、マジ、オレの予想的中してるの?」

「……あ」化物は顔を青くした。

 どうやら、あの化物たちはシルフの予想した通り、人々の負の感情、すなわち怒り、憎しみ、恐怖などからエネルギーを得て何か悪い事を企んでいるようだ。

「やったな! やっぱり悪い事企んでたんだよ!」

「……。ああ、そう」

 スクリプトは怪物が実在しているという事実とシルフの勘の鋭さに少し引いていた。きっと、魔法少女について研究し尽くしているのだろうと思った。彼女たちが本当にいたとして、その相手のことまで考えていたとは……。それよりも目の前にいる、怒り狂ったオーラを出している化物を、まったく怖がってない。

「この子供ども! 容赦しねええええええ!」

 すると、目玉の化物は天井を向いた。すると、やつの目が青く光り始めた! 

「うわ、何だよ!」スクリプトはそれしか言えなかった。

「やばい! あいつ日光を吸収してこっちにサンライトブラストを放つ気だぞ!」

「なんだよ、それ⁉」

「仕方ない、あいつの目ん玉にチャクラムを放つのだ!」

「え、あああ、くらえ!」

 しかし、焦っていたスクリプトの放ったチャクラムは怪物の巨大な目玉ではなく首に当たり、化物のつやのある不気味な頭を斬り落とした。

「うげっ⁉」怪物が驚愕したのが奴の声だけで分かった。

「うわあああああああ⁉」

 スクリプトは自分のやってしまった所業に恐怖したが、なぜか帰ってきたチャクラムを受け取ることができた。

 怪物の頭は地面に転がり、目玉は公園の近くにあった廃屋の方を向き、サンライトブラストはそこに放たれた。廃屋はドカンと爆発してバラバラと崩れていき、さっきまで廃屋があった場所には瓦礫の山が出来上がった。

 その様子を見て、二人の少年は驚愕した。しかし、不思議と恐怖はなかった。このようなものを見るのは覚悟していたような気がした。

「おい、このガキ! よくもやってくれたな! ただじゃすまないぞ!」

 化物はこれ以上ないほどの怒声をあげたが、頭は瓦礫の山の方を向き、切り離された体はそのまま力なく倒れていた。

「や、やったのか?」スクリプトが言った。

「おい、言ったな⁉」頭だけの化物が嬉しそうに言った。「そういう事言うと、おれの仲間がやってくるぞ! とてつもない軍団が波のように押し寄せてくるぞ! ほら、見ろ!」

 しかし、静寂だけだった。

「……あれ? そろそろ地響きが……それ!」

 しかし、何も起こらない。

「は⁉ ふざけんな! クソが~!」

 シルフは改めて化物の様子を見た。やっつけてしまった。化物を相棒が。やはり、こいつは只者じゃなかった。こいつと一緒なら人々を襲うどんな悪者も相手にできる気がした。

「やったぞ、スクリプト! 怪人をやっつけたぞ!」

「あ、ああ」

 スクリプトは背筋が凍りつくような感覚がした。自分は、人間が踏み入れてはならない世界に入ってしまった気がした。もう、後戻りはできない。

だが、不思議と後悔はなかった。いつか、こうなる気がした。いや、これを望んでいた気がした。

「よし、やつを警察に突き出すぞ!」

「は?」

「オレに任せろ! もし、政府の秘密組織とかが絡んできたら、オレが責任とるから心配すんな」

「ちょ、何言ってんだ?」

 シルフはリュックから大きな袋を取り出し、切り離された体をそれにスッポリと入れ、目玉の頭は日に当たらないようにリュックに入れた。奴はそれでもガヤガヤと何か汚い言葉を言っていた。

「おい、待て! 俺も付き合う」

「……え?」

「そいつをやっつけたのは俺の手柄だ。最後まで付き合わせろよ。俺も責任を負う」

「……マジで?」

「ああ」

「じゃあ、頭の方頼むぜ。日光に当てるなよ」

「ああ」

 スクリプトはリュックに入れられた頭を、シルフは怪物の胴体が入った袋を担いで、警察署にむかった。

「おい、ふざけんな! どういうことだよ! 俺が噛ませ犬みたいだろ!」

 化物はリュックの中でも呪いの罵声を放っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ