その一 それっていいの⁉ ストリートアーティスト・シルフ
日本のどこかにある街、ウロボロスシティ。
今、ジョン・ボーグヘルム少年は、病室でお見舞いにやってきてくれた親友から、今日も突飛押しもない話を聞かされようとしていた。
その友達であるアレクサンダー・シャイニングはアメリカからやってきた留学生で、しかも美少年だった。何故に自分のようなインド南部の田舎からはるばるやってきた在日インド人少年にこんなに絡んでくるのか、よくわからない奴だと、ベッドで横になりながら今日も思った。こいつなら友達なんてたくさんできてもいいだろうに。せっかく日本に来たのだからしっかり日本人と話せばいいのに。
「おい、聞け!」
「なんだよ、今日は⁉ また日曜の朝にやっているうるさいアニメの話か?」
「まあ、そんな感じ。今日はな、こんな女の子が現実にいるって想像してみてくれ」
そう言うと、彼は自分で描いた素晴らしい絵画をリュックから取り出した。そこには、可愛らしいリボンやフリルのついた服を着た美少女が描かれていた。
「しかもな」親友は愉快そうに言った。「彼女はすさまじいパワーを持っていて、人々を助けている。力を持っているのに自分のために使わずに、人助けに使ってるんだ。悪者と戦ったり、事件を解決したり。こんな人になりたいと思わないか?」
「なに、リボンつけたいのか? 勝手にやってろよ」
「違う、そうじゃない!」彼はなぜかサングラスをかけて、友達の松葉杖を刀に見立て、大げさに構えて言った。「こんな少女たちが実際にいて、自分の才能を使って人助けをしている。今日はお前も自分の才能を使って、オレと一緒に人助けしないかって提案しに来たんだ」
「……? えっと、正義の味方になって悪者退治や救出活動をしようってことか?」
「そう、そう言うことだ。なぜこんなすごいことを思いついたか説明しよう! 毎週欠かさず見てるアニメの後にさ、大昔の特撮が再放送されてたんだ。コンビネーションと頭とトンデモ兵器で、二人はいろんな悪者に立ち向かうんだよ。魔法少女にはなれなくても、頑張れば六十年代の特撮ヒーローにはなれると思うんだ」
「無理だろ! つか、そもそも、俺にそんなことができると思うか? いい人か悪い人かもわからない見ず知らずの人を助けることなんて」
「できるだろ」
「できるわけないだろ」
「じゃあ、何でここにいるんだよ。誰にやられたんだ、その怪我?」
三日ほど前を思い出す。学校からの帰り道、大勢のチンピラ共が女の子に乱暴しようとしているのが見えた。本当ならば警察を呼ぶべきだが、何故か大群の中に突っ込んでいた。
そして、彼の才能が新たに発見された。喧嘩がとても強かったのである。
だが、それがまずかったのかもしれない。あまりに焦ったチンピラの一人がバイクで少年を撥ねたのである。一瞬、何が起こったのかわからなかった。無我夢中でチンピラ共を殴って蹴って、投げ飛ばしていたら、突然すさまじい痛みと圧力を感じ、宙を飛んでいた。
そして、気がつくと病院にいたというわけだった。
あの女の子に怪我はなかったらしいが、自分は大けがを負い、チンピラたちにも軽傷と軽いトラウマを与えた。正当防衛ということで自分は罪には問われないらしい。
しかし、おかげで学校は休む羽目になるし、職場の大使館から飛んできた父親にはこれ以上ないほど怒鳴られ、東の果ての住民たちにヨガを伝授するはずだった母親にはこれ以上ないほど泣かれた。大切な一人息子が、よりにもよって外国のどこの誰だかわからん乱暴者たちに撥ねられるなんてあってはならないことは、彼も十分わかっていた。
慣れないことはするもんじゃない、そう思った。
「あのな、あれは……その……違う。間違えただけだ」
「女の子助けるために自分よりデカい男たちに喧嘩挑むなんて、普通だったら出来ねえよ。身を挺して人を助ける、まさしく英雄的行為だ。だからさ、お前が退院したら一緒に夜の街をパトロールして、闇夜に響き渡りしパトカーのサイレンを減らさない?」
「お前な、落ち着けよ。その女の子たちやナントカアンドナンチャラが本当にいたとしてだな、その人たちはすごい力があるから人を助けてるんだ。俺とお前に何ができるんだ。俺はキーボードをたたくだけ、お前は絵を描くだけ、何と戦えるんだよ」
親友は顔をしかめてカエルみたいに頬を膨らませた後、落ち着いたのか真顔になった。
「まあ、考えてみてくれ」
そう言うと、彼は魔法少女の絵画を椅子に立てて病室を出て行った。小さめのキャンバスに描かれている美少女は、こちらを向いていないのに見守っているような気がした。
『まあ、考えてみてくれ』という留学生の言葉はまるで実業家が、君を事業や仕事に雇いたいというような口ぶりだった。
親友ではなく本当に企業の人だったら良かったのにとも思った。いいところに就職して、結婚していい家庭を作る。そのために頑張ったのだ。そう教えられてきた。
しかし、そう言うのは普通の人生だ。自分はその普通の人生を送りたいと思っているのか? 本当は誰も経験できないようなすごいことをやってみたいと思っているのでは? 考えればきりがない。
少年は無理やり寝ようとした。
自分が唯一友達と呼べる少年にも変な目で見られたが、話は聞いてくれたので満足だった。
アレクサンダー・シャイニングには、昔から人助けをしたいという考えはあった。幼い頃からずっとずっと。その思いは、はるか昔に夢を求めてイギリスから未知の大陸へ開拓にやってきた一族の名が示す通り輝いていた。
しかし、どうすれば人を助けられるのかわからなかった。両親に訊いても『後にしろ』と言われたので自分で調べた。警察や医者などの職業を知ったが、これは勉強しないとなれないと思ってひたすら勉強し、それのなりの結果を出したが、両親の返事はそのままだった。そんなときはその悲しみを創作にぶつけ、大量の絵画や彫刻を作った。両親にはそのたびにすぐ作品を屋根裏部屋にしまわれたが、特に気にしなかった。しかし、両親は気にしていた。
『絵なんか描いている暇があったら成績をあげろ』
両親にそう言われて素直にそうしようとしたが、勉強は両親が求めていたほど上達しなかった。ちなみに長時間作業を続けられるほどの体力があるためか、運動の方はとても良くできた方だが、そちらの方は評価してくれなかった。
そのような時は、普通の子どもなら友達に相談するところだが、周りの子たちは彼を、変わり者のくせに自分たちより成績の良いいけ好かない奴だと相手にしなかったので、友達ができなかった。ケーキを作って持って行き、誤解を解こうとしたら椅子を投げられたので、その悔しさと悲しみをバネに創作をしたこともあった。
家でやると怒られるので、気がつかないうちにところかまわず創作をしていた。建物の壁やトンネル、誰も行かないような廃墟、さらには、何か事件が起こったところや、治安が悪い所にも平気で立ち入って、凄まじい勢いで作品を描いき、スラムや裏路地で平気で動けるようなフットワークが身についていた。
描いていたのは、頭に浮かんだ魔法少女の姿。苦しみと悲しみのような負の感情からから創作意欲が湧いているのに、描いているのは見た人の心を癒すような可愛らしく、美しい少女たちであった。
「おい、お前!」
その声を聞くと、カートゥーンみたいに肩をすくめて飛び上がってしまった。
またあいつらだ。東の果てに来ている孤独な留学生をいじめるとか、残酷極まりないぞ! と思った事を言ったら、やはり殴られるだろう。
「おい、おまえだ、お前! わかってんだろ、ケツ野郎が!」
「オレの名前は『お前』でも『ケツ野郎』でもねえよ! じゃあな!」
「おい、この尻フェチ野郎!」
「それは親分だよね?」と、尻のすばらしさを説いた方の子分が言った。
「それはお前のせいだ! いいから捕まえんぞ!」
全速力で走った。後ろからいじめっ子と二人の子分が走ってくる足音が聞こえる。
逃げ足にも自信はあるが、それ以上に自信があるのはあいつらよりも頭がいいことであった。そして、今こそそれを彼らに見せつける時だ。この町の道は全部頭に入っている。どこにどんな道や建物があるかわかっている。
「よし、行くぜ!」
「どこに行く気だ!」
質問には答えず、裏路地に入ってコーナーをグルグルと走り回って奴らをまいた。一軒の廃屋に入る。中にはホームレスや浮浪者がいたが、彼の姿に慣れてしまっているので、手を振るだけだった。
「よお、ボウズ」
「よう! 今夜炊き出しあるよ」
「なにッ⁉ 行ってくる」
屋上から彼らを見渡す。三人の悪党は合流して何か話したり怒鳴り合ったりした後、諦めて帰って行った。
奴らに待ち伏せされているのではと思った。なので、廃屋が密集している裏路地の屋根や屋上に飛び移って渡って行き、やっと地上に降りて全速力で寮まで走った。ここまで身体能力を鍛えれば、喧嘩にも勝てると思ったが、仲が悪いとはいえ、同級生と殴り合いはしたくなかった。それに自分の限界まで身体能力を高めたのに、やはり上には上がいた。しかし、何故か彼らを妬ましくは思えなかった。むしろ、憧れ、尊敬した。彼らなら自分がなりたいような者に簡単になれるであろう。それなのになぜ妬ましく思えないのかは、たぶん、いいやつらだからだと思う。
今は誰も自分を助けられない。自分の身は自分で守るしかないのだ。いじめっ子に追いかけられても、彼女たちは助けてくれない。きっと、それどころではないからだ。
魔法少女。彼女たちの存在を、少年は信じて疑わなかった。理由は単純、見たことがあるからだ。テレビの外の現実世界で。
「……と、言うわけで今日も描いていく」
彼はそう言って、屋上にあらかじめ置いてあった画材で絵を描いた。そして、それを少し眺めた後、そのまま帰った。
翌朝、目が覚めると何故か体が軽い気がした。もう包帯やギプスをとっても大丈夫なのではと思って骨折した足を動かしてみると、何の痛みも感じなかった。これは喜ぶことなのだが、これからつらいリハビリが待っていると思うと、少しだけ憂鬱になった。しかし、直ったことはいいことなので、張り切って行こうと思った。
魔法少女が見守っている。親友の描いた絵画が質素で清潔な病室の中ですさまじい違和感と気配を放っていた。彼女は微笑んでいた。そしたら、こちらにウインクしたような気がした。
「うわっ⁉」
しかし、気のせいだったようだ。
医者と看護師たちは回復の速さに驚いていた。しかし、しばらくの間は松葉づえを使って歩かなければならないことになった。こんな生活になったが、あの行動には悔いはなかった。
自宅で様子を見ながらのリハビリが始まった。母や療法士に手伝ってもらいながら少しずつだが歩けるようになった。
そして、やはり彼はリハビリを手伝いにやってきた。
「で、ヒーローについては考えてきたか?」
「それどころじゃないんだが?」
「にしては結構歩いてるじゃん」
「何だって?」
後ろを見てみると、支えていた親友の手は離れていた。両足を見ると、自分の足で立てていた。これなら歩けるのではと思って足を踏み出してみると、二、三歩進んだところで転びそうになったが、また親友が支えて椅子に座らせてくれた。
「やったな、大進歩じゃないか」
「ああ、そうだな……ありがとう」
「お前の回復力すごいぞ。バイクに撥ねられて生きてる時点ですごいけど、マジで超人なんじゃないの?」
「褒めたってなんも出ないぞ。それにな、運が良かっただけだ」
「ああ、そう。で、どう? 魔法少女やヒーロー活動について考えてみた?」
「……ああ、お前の言った魔法少女についてちょっと調べてみたんだが……」
「おお、興味持ったか?」
「到底いるとは思えないけど。ただのうわさだろ」
「と、思うじゃん。いるんだな、これが」
「なんでそんなに自信満々なんだよ」
「そりゃ、見たから」
ああ、こいつに友達がいない理由が分かった気がする、と思った。
「小さい頃にさ、見たんだよ」彼は感慨深そうに話した。「魔法少女。彼女は空を飛んで、オレを助けに来てくれたんだ。何からかは忘れたけど、彼女がすごくかわいかったことは覚えてる。それで、小さいオレを抱えて家まで運んで行ってくれたんだ」
そう話している彼の言葉は、なぜか真実味を帯びている気がした。まるで、幼い頃について覚えている、唯一のいい思い出を話したかのようであった。
「……ああ、そう」ジョン・ボーグヘルム少年は親友にどう返事をしたらいいかわからず、ぶっきらぼうに言った。
「で、どうなんだ? 一緒に人助けしてくれるか?」
「……なあ、マジでチンピラ共に殴り込みに行く気か? それも犯罪だってわかってる? しかも海外で」
「……!」アメリカ人美少年は顔を青くした。「ワ、ワカッテルヨ、ソンナコト」
「わかってないよな?」
「そうそう、そう言うところだよ。お前はオレのストッパーになってほしんだよ」
「なんだそりゃ、前にお前が話した、黒いマントの男の横にいる目立つ子供みたいな?」
「そう、ちょっと違うけど、まさにそれだ! 椅子の男になってほしんだよ。コンピュータを駆使してサポートしてくれる人」
「……そんな、映画じゃないんだからさ。そんなに人助けしたいなら絵を描き続けろよ。みんなの心を動かして励ませるかもしれない」
「ああ、なるほど」彼はまた感慨深そうな表情をした。「わかった。ハッキングしてタレコミするのと殴り込みはなしにするぜ」
「ホントにやるつもりだったのか⁉」
「だって、全然いなくならないじゃん、悪者たち。悪者たちがいるから戦争が起こり、お互いを傷つけあうんだと思うんだよ。誰かが悪を正し、彼らを導き、人々を守らなければならないのだ。フォースの名のもとに」
「いや、まあ、そうかもしれんが」
「じゃあ、絵を描くぜ」彼はそう言って立ち上がった。「何かいるものある?」
「いや、いいよ」
「そうか、じゃね」そう言ってアメリカから来た親友は帰っていった。
親友には断ったが、欲しいものがあったのを思い出してしまった。しかし、あいつにパソコンのどこの部品が欲しいと言っても分からないだろうと思った。
松葉杖をついて外に出かける。自分が殴って蹴ったチンピラたちが復讐しに来るのではと考えたが、いくら彼らでもケガ人相手を追いかけはしないだろうと考えた。いや、わからない。あいつらは頭が悪いから人に乱暴をするわけで、ケガ人と常人の区別もつかないかもしれない。そこまでは堕ちてないといいが。
すると、人ごみの中で歩いているのを発見した。女の子一人によってたかって暴力をふるうような連中たちが、人々の歩いている方向も気にせずにズカズカと歩いていた。少年はあっちに気づかれる前に裏路地に入っていった。
ジョンは気づかなかったが、戦った時よりチンピラたちの人数が大幅に減っていた。彼らのほとんどが、破壊神のような強さを誇る少年のことがトラウマになって足を洗ったのである。ジョンは気づかないうちに、治安の向上に貢献していたのだ。
やってきた裏路地は人気がなくてきれいとは言えなかったが不衛生というわけでもなく、たださびれていた。
そこに、魔法少女の姿が飛び込んできて、少年は驚いた。廃屋に書いてあるその巨大な美少女はやはり異様な気配を放っていた。それにつられてか、思わず近づいて見入ってしまう。
「この絵を見てどう思う?」
「うわっ?」
隣を見ると、いつの間にか眼鏡をかけた東洋人の少女がいた。男のような恰好をしているが、スラっとした体形に大きな胸があるので、すぐに異性だとわかった。アジア人での美人はよくわからないが、海外からやってきた自分から見てもとても美人だと思えた。眼鏡をとった顔も見てみたいと思える。
「あ~えっと、いいんじゃないですか?」
「そう。私は現実逃避に見えるわ」彼女は冷淡に言った。
「……。嫌いなのですか、魔法少女が? 信じてない?」
「あなたは?」
「俺は最近になって、友達から聞いたから何とも……」
「そう。彼女たちはいるわ。だけど、彼女たちに任せてばっかりで大丈夫かしら?」
「まかせる? 何を?」
思わず隣を見ると、彼女の姿はなかった。なんだか残念な気持ちになった。
ガラクタ屋にたどり着き、ほしかった部品を見つけて、それをレジに持って言った。
「うっ~わぁ、どうしたの」松葉づえをついている常連の少年を見て、店員の少女は思わず言った。
「いやあ、その。無理をしちゃって」
「ああ、そう」
彼女はそう言うと興味が失せたのかいつも通りの仕事をした。もっと心配しろよと思ってもいいのだが、少年は特に気にしなかった。
帰り道にまたあの絵を見て行こうかと思った。何故かわからない。気に入ったのか、そうだとしても何故それが好きなのかも分からなかった。人が趣味や仕事に没頭するのと似ている気がした。それの何が好きなのかわからないが、とにかくやってしまう。自分もプログラミングをしているとなかなか手が止まらなくなる。
今はあの絵がとにかく見たい。理由はないが。麻薬中毒もこのような感じなのだろうかと思った。
そして、絵のある所にたどり着いた。彼女はまだその平面にいた。
「おい、どけ! 月給が百五十万でイライラしてんだ!」
「十分じゃねえか⁉」
少年を押しのけたのは、何人かのイライラした様子の作業着を着た男たちと、いかにも金持ちといった感じの青年であった。
「よし、では始めろ」
作品を少しばかり眺めて青年が言うと、作業着を着た男たちはイライラしながらも丁寧に壁ごと魔法少女の絵画を切り抜く作業に入った。
「お前もシルフのファンなのか?」金持ちの青年が訊いてきた。
「え? 誰? その人が描いたんですか?」
「そう、シルフさ。彼女の親だよ。正体不明のストリートアーティストで、あらゆるところに魔法少女たちを描き、そのままにしていく。世界中にファンやマニアが大勢いるんだ。アメリカを中心に活動していたはずなんだが、最近日本にも彼女たちが出現したと聞いてね、飛んできたのだ」
「……詳しんですね。……犯罪じゃないんですか?」
「彼は世界中から評価されているからね。そうはならないんだ。むしろ彼女たちが描かれた建物の価値は上がる。どんなことも極めれば人々に認められてしまうこともあるのだ」
「勝手に、切り抜いていいんですか?」
「心配ない。私がこの建物を買い取ったからな」
「はあ……そうでしたか」
「お前も、自分の好き勝手に生きるといい」
「はあ。……じゃあ、俺はこれで」
彼らと別れると、世界にはいろんな人がいるのだなと思った。
そして、あの絵の感じはどこかで見たことがあると思った。すると、唐突に親友が描いてくれた魔法少女を思い出した。あいつの絵はシルフとかいう芸術家と画風が似ている気がする。しかも、アメリカでは彼の絵が描かれていたらしい。もしかすると……?
「あとで訊いてみるか」
家に帰って買ってきた部品を使ってパソコンを改良して電源を入れると、問題なく動き始めたので少し達成感があった。
「さて」
謎のストリートアーティスト・シルフについて、気になったので調べてみることにした。考えれば、人気のアーティストの作品を見ることなんて結構貴重な経験の筈だ。しかもあんなに近くで見られるなんて。きっと、発見されたらすぐに情報が広まって、あの金持ちの青年のようなマニアや金儲けを企む人たちに取られてもおかしくはない。
それをあいつはどう思っているのだろうか? いや、あいつとはまだ確定してないのでそれは隅に追いやった。
シルフの作品について検索すると、アメリカで発見された凄まじい数の魔法少女たちが出てきた。すべて同じ人物が描いたようで、画風も似ているし、とても可愛らしく美しく描かれていた。トンネルや廃屋の壁などの目立たないところに書かれているが、探す人は探すようで、すぐに発見されてそれが拡散している。
その次は、本物……いるとは限らないが、目撃された三次元の魔法少女についても少し興味がわいた。前にも親友から聞いて調べてはみたが、惰性でやっていたので、浅くしか彼女たちのことを理解していなかった。
今度は詳しく調べてみると、シルフの作品と一緒に、フワフワと浮かんでいる美少女や、遠くから撮った目を懐中電灯のように光らせている少女、ぼんやりとしたシルエットだが、ホウキに乗って空を飛んでいる少女らしきものを捉えた写真などがたくさん出てきた。
彼女たちのような不思議な少女たちは世界中で目撃されており、いつも何かしらの大事件が『起こっていたかもしれない』ところで目撃される。『起こっていたかもしれない』というのは、彼女たちがいなかったら犠牲者や被害が出ていたかもしれないと思われる画像や動画がたくさんあるからである。例えば、火事の現場からロリータ服を着た少女が住民を担いで助け出した後に、サッと消えたように見える動画、津波が迫ってくる街で、何か少女らしき影が波に突入して行った途端、波がバサッと雨のような水滴に変わって、大災害を防いだように見える動画などだ。しかし、現実主義の少年は、未確認飛行物体や心霊写真をでっちあげるような者たちもいるので、魔法少女の動画や写真もそれらと同類だろうと考えた。
また、魔法少女を目撃した人や実際に会ったと証言する人々は、心霊体験をしたと証言する人々のようにたくさんいることが分かった。彼らが自分たちの経験をお互いに話すサークルもあるらしい。宇宙人を信じたり、誘拐されたりしたと証言する人たちの集会のようなものだろうと、結論づけた。
「まあ、結局は都市伝説ってことか」
調べ始めたらきりがない。そう思って電源を切ろうとすると、ノックもせずに父親が入ってきた。
「ちょ、おい!」
「足は大丈夫か?」
「ああ、うん。帰ってたんだ」
「またすぐ出かける。これをやっておけ」
そういうと、父親は学校からもらってきた大量の課題を持ってきた。休んでいた間に進んでいた授業に追いつけということがすぐ分かった。
「ああ、うん。持ってきてくれてありがとう」
「なんだ、それは?」
「ああ、これは……」
先ほどある芸術家の絵画を見たことを説明しようとしたが、父親は聞きもせずにパソコンのコンセントを抜いてしまった。
「おい、壊れるだろ」
「こんな突飛押しもないこと調べる暇があったら、真実味のあって有意義なことを学べ」
「ああ、うん。わかったよ」
「そうだ。例えば彼女のつくり方とかな」
その言葉にはかぶりをふると、父は部屋を出て行き、すぐに外からバイクが発車する音が聞こえた。
少年はパソコンが壊れてないか確認した後、素直に勉強をし始めた。ちなみに彼女のつくり方は調べなかった。
日本が誇る名門校の美術室。今度は魔法少女ではなく、風景画を描いていた。課題作品はとっくに終わっているうえに先生にも褒めてもらえたが、創作意欲が湧いたので、大量にキャンバスや絵の具を消費しながら新たに作品を作り続けていた。
特待生なので実質タダで使うことができるこの環境は、彼にとってとても恵まれた環境だった。自分には才能があるのではと思っていたが、それをほかの人々が認めてくれるとは思ってもみなかった。
できれば、この才能は両親に気づいてほしかったと思っていた。ある日、担任の先生は親子を呼び出し、『息子さんには凄まじい才能があります』というと、両親は二人ともそろいもそろって、『なんの?』と言っていた。そこで、先生は少年がいつも友達と話さずに絵や彫刻をしていることを暴露してしまった。両親は顔をしかめたが、今だと思って自分の気持ちを話した。
「魔法少女に、なりた~い!」
担任の先生はしばらく驚いた顔をした後笑い出しそうになり、両親は訊かなかったふりをした。
「ああ、ちがう、芸術家になりたいんだ」
そう言うと、思わず両親は怒鳴りそうになったが、先生は特待生にもなれるくらい優秀で、学費も免除されるかもしれないことを怒りそうになりながら話した。
家に帰った後に両親と話をし、『ほかの教科も頑張るからさ! なあ、いいだろ?』と煽るように言うと、『勝手にしろ!』と怒鳴られて、言われたとおりに勝手にした。
結果、美術特待生になって東の果ての名門校に留学することになった。なぜ、他にも行き先があったのに日本にしたのかは、自分でもわからなかった。だた、ここで出会いがある気がしたのだ。そして、来てからわかった。ここは魔法少女伝説発祥の地。その因果に自分は引っ張られたのではないかと。
あと、パンフレットの隅に間違って映ってしまった同学年の女の子が可愛かったことも要因かもしれない。休校日に撮っているはずなので、最初は心霊写真なのではと思ったが、やはりはっきり写っているので本物の生きた人間のようであった。廊下の角を曲がったら、カメラマンと先生がいてビクッと驚いた表情があまりにも可愛らしくて、その子を探しているのだが、なかなか見つからなかった。まるで自分から逃げ隠れているようであった。
「で、この子はどこにいるんですか?」と、入学早々、パンフレットの写真を見せて担任の先生に訊いた。
「……うわ、やべ。よく気付いてくれたな。写真撮り直すように言っとくぜ」と、結局教えてくれなかった。
そんな回想をしながらも黙々と創作を続ける少年を、恥ずかしそうに教室の前の廊下から、見つめている少女ミミコがいた。
今日こそ声をかけたい。これは絶好の機会だ。そう再び自分を勇気づけて、美術室に入って行った。
「……ね、ねえ、……アレクサンダー君? だよね?」
「え? ああ、そうだよ。どうしたの?」
「えっと、これ、えっと、昨日だっけ? 落としてたよ……」
「え? ……ああ、ありがとう! なくしたと思ってたんだ」
同級生の可愛らしい少女ミミコが渡してきたのは、魔法少女の下書きが描かれた紙だった。下書きなので、ほぼ裸に近いデッサンが描いてあった。
ミミコは勇気を出して話しかけたが、顔を赤らめ、そっぽを向きながら渡していた。一目見た時から気になってしまった、天才だという噂の留学生にこんなに意外な趣味があると知って、少し恥ずかしい気持ちになったのだ。
「忘れっぽいからさ。こうやって思いついたのはすぐにスケッチしてるんだ」
留学生は人懐っこい感じで話し、美少女のスケッチを丁寧にスケッチブックに挟んで、湖にピクニックに来た三人家族を仕上げ始めた。
「……あ……」今なら話すチャンスかもしれない。しかし、今は迷惑かもしれない。だが、ここで話を発展させた方が良いかもしれない。もっと彼と話したい。
「……あの、今、大丈夫?」
「ああ」彼はこちらを向きながら手ではまだ作業をしていた。「オレはキャンバスやモチーフを見なくても絵が描ける」
それを聞いて、周りのうち誰かが噴き出した。ある者は正気を疑い、ある者は歯茎を見せながら唸り、ある者は逆恨みの目を向け、ある者は聞いていなかった。
「そ、そうなんだぁ……。さっきのに描いてあったの、魔法少女、だよね? 信じてるの?」
「うん、もちろん。つか、見たよ」
あ、この子がイケメンで秀才なのにモテない理由が分かった気がする。しかし、そんな一面を知れてうれしかった。しかし、どうしよう。なんだかさらに恥ずかしくなってきた。
「そ、そうなんだぁ……」と、緊張を紛らわすために時計を見てみると、家族の手伝いをしなければならないことを思い出した。「……あ、えっと、その、用事があるから、じゃあね」
「うん、バイバイ……あ、あれ、ちょっと待って!」
ミミコはビクッとして振り返った。
「な、なんでしょうか?」
「君は、あの子だろ? 学校パンフレットの隅に写ってたんだ」
「……あ」と、ミミコは友達が教えてくれたことを思い出して恥ずかしくなった。「は、はい、忘れ物、取りに行ったら写っちゃって……」
「おお、やっぱり、この謎の美少女の正体は君だったのか! いやぁ、実は君を追いかけてここに来たんだよね」
「……」心ここにあらずといった感じで頷いたが、すぐに驚いた。「え、えええっ⁉」
「おい!」と、美術部の部長が怒鳴った。「ここでイチャイチャすんな!」
「ああ、すいません。じゃあ、そう言うことだから。これですっきりしたよ。ありがとう」
「は、はい……」
ミミコは顔を真っ赤にしながら美術室を出て、そのまま家族の手伝いをしに家に帰った。
彼女が出て行ってしばらくすると、今度はやつが堂々と未来の芸術家たちの聖域に入ってきた。他の美術部員や生徒たちは思わず逃げて行ったが、少年は『今日は立ち向かってやる』と何故か思い、これまた堂々と作業を続けた。
その様子を見たいじめっ子は『なんだ、こいつ? 正気か?』と思ったが、すぐに悪魔的所業を思いついた。こいつのキャンバスを蹴り飛ばして作品を台無しにしてやろう!
「くらえ!」
「ほい!」
少年はキャンバスを持ち上げて振り上げられた足と反対の方に移して作品を守った。おかげでいじめっ子は足をくじいて転び、足を押さえた。それで満足すればよかったのに、芸術家はアンチをさらに煽った。
「ざまあねえな! 犬の方がまだ頭がいいぜ」
「なんだと! ケツフェチ野郎!」
いじめっ子は飛び上がって少年に向かって頭突きをした。少年は怒って思わず丁寧に描いていた風景画のキャンバスを叩きつけ、風景画はいじめっ子の驚いた顔に突き破られた。そのあと、取っ組み合いが始まった。いじめっ子は絵画を顔に突っ込ませたままで殴りかかってきて、少年は机や教卓でパルクールをしながら避けて、美術室は大変な騒ぎになった。
「おい、お前ら!」
騒ぎを聞きつけた先生がやっとやってきて、二人の喧嘩を五人がかりでやめさせた。
もちろん、二人はこれ以上ないほど説教されることになった。
少年は教務室で若い女性の先生に説教されることになり、いじめっ子は大柄の体育教師に説教されることになった。
隣の部屋からは、何を言っているはわからないが怒鳴る先生の声とそれに反論するいじめっ子の獣のような大声がぼんやり聞こえていて、部屋の前の廊下を通る生徒や先生を驚かせたり怯えさせたりしていた。
「ねえ、何であんなことをしたの?」先生はあやすようにいった。
それには情けなく感じ、もうやめようと思った。素直に話そう。
「あいつが先に手を出してきて、それを出し抜いて調子に乗ったオレは、更に彼を煽ってあんなことになりました。もうやり返したりしません、ああいう事をする人は無視します。……はい」
「……そう。仲直りする気はあるのね?」
「いや、それは無理です。極力会わないようにするのが一番な気がします。あいつは俺が視界に入るだけで気に食わないから、オレが視界に入らなければいいと思うんです」
「あ……そ、そう。だけど、それじゃむなしくない? それに社会に出たら、苦手な人にも会わないといけないときがいっぱいあるのよ?」
素直な少年は天命を受けたような表情をしたので、先生は笑いそうになったがこらえた。
「……そうですね、仲直りします」
先生は表情とその言葉を聞いて満足し、誰もいないところでさっきの留学生の子の表情を思い出して笑顔になり、少年はいじめっ子と仲直りしようと思った。
少年は突き破られたピクニックの絵画をセロハンテープで直した後、早速、手作りケーキを持って彼に謝りに行った。そしたら、椅子を投げられた。あのような者たちは椅子を何だと思っているのだと怒りながら、悔しさをバネにまた廃屋の壁に魔法少女の絵を描いた。
気持ちが落ち着いた後、余ってしまったケーキは友達にあげることにした。
いじめっ子との仲直りはあきらめていなかった。いつか仲が悪いやつらとも仲良くなって、もっとたくさん友達を作って、みんなでケーキを食べたいと思いながら眠った。
ジョン・ボーグヘルムは友達に『お前は、世界的に有名なラクガキ常習犯のシルフなのか?』と、聞こうか聞くまいか悩んでいた。
自分の作品が大勢の人に見られていることは、彼自身も知っているはず。ならば、なぜ正体を隠しているのか? もしかしたら、魔法少女に関する作品を作っていることが恥ずかしいのかもしれない。
しかし、もし魔法少女が好きなことを悲観しているとしたら、人に自分の描いた美少女の絵画など見せるだろうか? まあ、悲観している可能性がないこともない。
すると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。多分あいつだろうと玄関に行こうとする途中で、何か忘れている気がすると思った。
ドアを開けてみると、やっぱり腹立たしいほどの美少年がいた。
「ああ、やっぱりお前か」
「よう。あれ、松葉づえはどうした」
ハッとして、足元を見てみる。問題なく立っていた。そして、さっきは気づかなかったが、二本足で玄関まで歩いてもいた。
「すごい、よかったな! お前マジで……」
「超人じゃない」
「幸運な奴だなって言おうとしたんだよ」
「あっそ。まあ、入れ」
親友はいつものようにリビングに行ってリュックから昨日作ったケーキの残りを出して、それをテーブルに置くと、昨日起こった悲劇を話そうとした。
「昨日、あいつと仲直りしようとしたら椅子を投げられた」
「え? ……大丈夫か?」
「うん、それでこそバイクで撥ねられるよりはずっとマシさ。当たってないし」
「……そうか」
「まあ、話したいのはそれだけだ。だけどいつか仲良しになりたい。東と西の戦いだって終わったのだ。たった二人の壁だって破壊できるだろう」
「ああそう。……なあ、訊きたいことがあるんだけど」
「何? 魔法少女?」
「いや違……くもないか。ああ、関係なくはないだな」
「え、なになに?」
「お前、シルフなのか?」
親友は顔をキョトンとした表情をした。一体何のことだと言った感じだ。
「シルフって誰?」
「……知らないのか? 芸術家志望なのに」
「いやあ、他の人の作品見ると変に影響受けちゃうから、頼まれたり批評の授業とか以外はあんま見ないようにしてんだよ」
「……。ああ、そう。じゃあ、これを見てくれ」
「で、なになに?」
パソコンにシルフの描いた魔法少女の画像を表示して彼に見せてみると、彼は驚いた顔をした。
「オレの描いた絵じゃん! え、なに、どういうことだよ⁉」
「……お前、自分の絵の評価とか、描いた後どうなるのかとか気にならないのか?」
「いや、普通に消されるかと。……いや、今まで描いたあとのことは考えてなかったよ」
「あっそ。……わかった。説明してやる」
正体不明のストリートアーティストことシルフは、親友から自分の正体が明かされるとは思わなかった。自分が好き勝手に描いていた魔法少女たちが高値で取引されていたとは。そして何より、自分が正体不明のアーティストだと世界中で言われているとは、とても感動した。自分は結構カッコいいのではと思った。
「いやあ~正体を知られずに有名になるオレはカッコいいぜ! そう思わない⁉」
「勝手に思ってろよ!」
少年は、親友が有名アーティストの正体だと知ってすっきりしたが、また新たな疑問が浮かんだ。なぜ、ただの芸術家志望の少年がシルフになったのか? なぜ、魔法少女を描き始めたのか? もし、彼の技量が認められるものでなかったら、ただのラクガキ常習犯になっていたかもしれない。自分の親友シルフは思ったよりも危うい人間なのではと思えてきた。
「なあ、訊いていいか?」
「おう、何だ?」
「なんで、魔法少女を描いたんだ?」
「……わかんない」
「は?」
「いやあ、何がきっかけだったんだか。本当に幼い頃から描いてたから、日常になってて」
「……。建物や壁に、ロリポップな女の子の絵を描くのが日常?」
「うん。……ちょっとまて、オレってヤバい奴じゃね?」
「今頃かよ⁉」
まあ、こいつがアメリカから来た変わり者の留学生だろうと、魔法少女好きの残念な美少年だろうと、世界中で評価されている芸術家だろうと、自分はこいつの理解者でいようと思った。一人くらいいてもいいだろう。魔法少女が好きな変わり者を友達に持つやつがいても。