第六話 ちょっと任せてください!
「……あれ、案外誰もいないんだね」
「一応、まだ早朝の時間帯ですからね。みんな起きてきてないだけですよ」
なるほど。言われてみればそうなのか?
ミツキちゃんは早朝だからと言っていたが、別に早朝でなくとも人通りは少ないような気がしてくる。
町というよりも、村といった景色を眺めながらミツキちゃんの後をついていく。
物置小屋と本家が何百メートルと離れているわけもなく、すぐそこに見えるのが彼女の家なのだろう。
畑を横切り、田んぼを向こうに。
どうやら食文化としては日本に近いらしい。見たことがあるのような野菜があり、お米の稲っぽい植物が田んぼに植えられている。
めちゃくちゃに美味いご飯である必要は無いが、最低限美味しいと思えるような料理であればと。
そう願ってしまうのは贅沢なんだろうか、なんて考えていたらすぐに到着してしまった。
「まだ寝ているかもしれませんから、ちょっと待っててください。起こしてきますね?」
「あー、うん。よろしくね」
「はいっ、お任せください!」
ミツキちゃんのご両親には悪いけど、私としても誰かの手を借りたい状況なのだ。今日一日だけでもお世話になって、後日何かお礼をしに来よう。
異世界といえば魔物退治でのお金稼ぎは定石だろうし、お菓子的な何かでも返せるくらいは稼げるって希望を持っておこう。まぁ私は戦いとか無理だから、薬草集めみたいな雑用をコツコツとやっていくしかないんだけど。
どっかのお店でアルバイトってのもいいけど、やっぱり冒険者っていう響きには憧れもあるんだよね。
戦いたくないけど冒険者やりたいって矛盾してるけど、まぁ何とかなるでしょ。
なんだか利用してるみたいで罪悪感があるけど、ミツキちゃんも慕ってくれてるみたいだしその辺りのことも相談してみようかな。
「……ん? なんだアレ……?」
道というか最早林の中というか。
少し離れたところから何かがこちらを覗いている。
ブヨブヨとしたゼリーみたいな質感と、ズリズリと這い寄ってくるような挙動。
「うーんスライムかな」
日本ではお馴染みのスライム君。色は青。透明度もあり若干透けている。大きさは、直径三十センチメートルくらい。
目的があるのやらただ蠢いているだけなのか、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
海外では結構凶悪なモンスターだったような気もするし、用心した方が良いよね。
この世界でのスライム君がどの立ち位置であるのか知らないのに、舐めてかかるのはよろしくないはずだ。
ま、こんな風に初っ端に遭遇しちゃってる時点で、珍しいモンスターじゃないのは確定。少なくともここは人……もといケモノが住んでる区域ということは、それほど脅威でもないはずだ。
「結論、無視でオッケーでしょ」
「何がオッケーなんですか?」
「っくりしたぁ。ミツキちゃん驚かせないでよ~」
「わわわっ、すみませんでしたあぁぁ~」
いつの間にか戻ってきていたミツキちゃんを抱いて撫でてあげると、気持ち良さげにふにゃふにゃとした声を漏らしてくれる。
ふふふ、撫で甲斐のあるやつめ。
「ほら見て。あそこにいるスライムだけど、放っておいてもいいでしょ? って話」
「あぁスライムさんのことでしたか。いえ、放っておくのはもったいないです!」
「勿体ない?」
「はい、ミツキの大事なお小遣いですから」
「あぁ、なるほど……?」
「いいですか? ちょっと任せてください!」
任せてくださいと言われてしまえば、見ていることしかできない。
言い方から思うに、何度も繰り返し行われてきたこと。だからこそ安心して見ていられると思っていた時期が私にもありました。
小さな手足を使って、てしてしと攻撃を連発するミツキちゃんなのだけどとても効果があるようには見えない。
それどころかスライム君はお構いなしにじりじりとミツキちゃんに迫り、流動性のあるその身体をミツキちゃんに伸ばしていくではありませんか。
え、これホントに大丈夫なんだよね? 流石に危険な状況だったら助けを求めてくるよね?
もしかしなくても私の前だからって意地張ってるなんてことは、ないよね?
「ミツキちゃん大丈夫……?」
既に後ろ足が呑み込まれてる気がするのも、気のせいだよね? なんて希望的観測をするのはもうヤメ。
助けに入る気満々で、一応その前に声をかけて様子を見る。
「あっ、あの! ミオ様……お、お助けを……!」
「やっぱりかー! あんたそういうことはもっと早く言いなさいよねー!?」
何か武器武器……ああっもう靴でいいや! って私靴すら履いてなかったわ。そういえば部屋に居る時に連れてこられたから当然なのか。
そりゃ歩くとき痛いなぁって思いながら歩いてたけどさ。外歩かなきゃだけど靴がないからまぁ仕方ないよね。って軽く流しちゃった私の意識! 裸足=靴がないっていうなんか慣れない状況のせいか!?
もっとあれこれと気遣ってくれても良かったんじゃないの神様!?
え、えと。良さげな木の枝……はないし。そうだ小屋の中には何か使えそうなものなかったっけ……!
「み、ミオ様……!」
「ぎゃぁぁあミツキちゃんがぁ!? ~~~~~っ、これでもくらいなさいっ!」
す、すーぱーうるとらみらくる☆ぱーんちっ!
できれば触りたくなかったけど、なんて言ってる場合じゃない! 目の前でミツキちゃんが苦しんでるのに、触るの気持ち悪いからって見捨てるなんてできるわけない!
――ずぶっ
「うにゃぁぁあああ!? 気持ち悪いぃぃぃい!!」
なんやかんやを色々混ぜて作る科学の結晶スライムの感触に近いことは間違いないんだけど『生き物』って考えるとめちゃくちゃ気持ち悪いっ。
分かんないっ。どう対処するのが正しいのか分かんないよ!? ひたすらパンチしてればいいのかな!?
「ミオ様ファイトですぅ」
「う、うんっ。頑張るからね……!」
ミツキちゃんの応援が私の力に変わった――ような気がする! 誰かに応援されるの慣れてないしちょっと恥ずかしいけどね!