第五話 一生大切にしまっ
「いや、魔王とか倒してないけど」
「え? それじゃあどうして人間様なのですか?」
「どうしてって聞かれても……生まれた時から人間だよ、私は。お母さんたちが嘘ついてなきゃだけど」
「……? 生まれた時から、ですか?」
「おかしいことなの? 別に、この世界にもいるでしょ。まさか一人もいないなんてことは」
「いませんよ?」
「……マジ?」
「マジです」
マジですか。私以外に人がいない? ホントそれ?
じゃあこの小屋とか誰が建てたっちゅうんねん、って思いますけど。
「この小屋ですか? これは魔法でこう……ちょちょいって感じで、お店の人がやってくれるんですよ? 知らないんですか?」
「知りませんが?」
「あの、怒ってます?」
「……ビビってるだけ」
魔王がいて、魔法という概念があって。ふむふむ、なるほど。
なんとなしにこの世界の雰囲気が分かってきた。私が魔法を使って魔王とやらを打ち倒す! それがこの物語の内容だな?
人はいなくて、ケモノがいて。多分だけど、魔王がいるなら魔物とかもいるだろうし。
ってことは、私をここに連れて来たあいつはこの世界の神様なのか? そんな感じしなかったけど、多分、そうなのだろう。
「えっと、あの。どうしました……?」
「ちょっと考え事してた」
「あっ、それならミツキのお家に来ますか? ここよりかは落ち着いて考え事できるかもですし!」
「いいの?」
「はい! お母さんもきっと喜んでくれると思います!」
「それじゃあお邪魔させてもらおうかな」
「いえいえ、お邪魔だなんてそんなことありませんから!」
全肯定ミツキちゃんのお言葉に甘えて、私達は藁の敷かれた小屋から出ていくことに。
というよりこの小屋自体がミツキちゃん家のものだったらしくって『昨夜は物音がしたから様子を見に来んですよ』のこと。
散らかってしまった藁を一緒に片付けてから、ようやっと陽の光を直接浴びることができそうだ。
「あっ、ちょっと待って……はい、これ着て」
「? どうしてですか?」
「どうしても。あ、そうだ。プレゼントってことで」
なまじ人っぽいシルエットだからこそ、衣類の有無が気になってしまう。彼女としては服を着るという習慣がないのであろうが、そこは我慢してもらうしかない。
私の理性の保護を優先しなければきっといつか暴走してしまうことが目に見えているからだ。
『ミオ様の物を着るだなんてできませんっ』って拒否されそうな気がしたからプレゼントってことで、無理やりにでも着させる。
恐れ多いとかなんとか聞こえた気がしなくもないけど無視無視。
「ぷはっ! こ、これがお洋服というやつですか……!」
「はいはい感動してないで、早く案内してくださいねー」
嬉しいんだろう。
耳をぴょこぴょこさせて尻尾もブンブンさせて。ちょんちょんと小さく足踏みしている姿とか反則では?
ちなみに私が着てたのは大きめのパーカー。だぼだぼパーカーの良さがこれでもかというくらいにミツキちゃんを惹き立てている。やっぱり反則なのでは???
「ありがとございます! 一生大切にしまっ――」
「……え?」
ぼふんっ、って。
ぼふんって音とともに煙みたいなのがミツキちゃんから出てきたんだけど? 出てきたっていうか、煙に包まれちゃったんですけども? え、なに。もしかして狐に化かされてたってやつ?
実は正体は狸でしたー! なんて言われちゃうやつ?
まぁ別にそれならそれでも一向に構わないんだけどね。狸も可愛い部類に多分入るから。大丈夫大丈夫きっと守備範囲内だからミツキちゃんがどんな姿であっても取りこぼしたりしないからねっ☆
「……んきゅ?」
「~~~~っ(昇天)」
チビに戻った! 昨日の、あのモフモフこんこんの狐さんに戻ってる!!
人寄りのケモナレベル3もいいけど、やっぱりまんま狐さんのケモナレベル5も捨てがたい。私的にはこっちの方が好みだなぁなんて思ったり思わなかったり。
あの、不意キュンは心臓に悪いってご存じない?
「ミオ様、大丈夫ですか……?」
「あっ、喋れるんだね」
解釈違い、ではないけどなんか変な感じ!
詳しくは知らないけど声帯とかが言葉を話すのには適してないとか、そういった問題はないらしい。
おそらくは彼女達にとってはいたって普通のことなのだろう。
どうして日本語で通じてるのかとか、もうそんな細かいことは気にしなくてもいいよね。最早何でもあり感が満載だし、あーはいはいご都合主義ですねオッケーですみたいにスルーしていかないと話が進みそうにないし。
万が一、何かしら理由があるのだとしてもそれを解明するのは今じゃなくてもいいだろう。
「変身、解いちゃったの?」
「解いたというか解けてしまったというか。どうやら、妖力が尽きてしまったみたいです」
「妖力」
「はい、不思議パワーって解釈でいいですよ。ミツキもお母さんからそう教わりましたから」
「結構大雑把なんだ……」
可愛らしいお顔をパーカーの中から覗かせながら説明をしてくれるミツキちゃん。
せっかくのプレゼントだけど、着れないのなら一旦私が持っていかないとだよね。はいはい、またあとであげるから今は私が持っていきますよー。
「ミツキちゃん、今の姿だと引き摺っちゃうでしょ?」
「で、でもっ……」
「せっかくのお洋服、ボロボロになっちゃうの悲しいなぁ(チラっ)」
「が、我慢します……!」
「よろしい」
てとてと先導してくれるミツキちゃんと一緒に小屋を出る。
ようやくだ。ようやく、私の物語が動き出すんだ……! なんてナレーションを入れてみたものの、やっぱり盛り上がりに欠けるなぁ。
そもそも私、どちらかというとインドア派だし。沢山のケモノに出会えるかもという期待はあれど、魔王どうのといった部分はあんまり興味無いし。
目先のミツキちゃん家訪問イベントは神イベ間違いなしだろうけど、これから体験するであろう全体のシナリオを思うと不安と面倒臭さが重くのしかかってくる。
はぁ。まぁいいや。
今はミツキちゃんとの楽しい時間を優先しないとだよね。考えるのはその後でも十分だろう。
切羽詰まったような状況の世界を任されたところで私じゃあ到底どうすることもできないし、実力不足なのは間違いないだろう。神様としても余裕があるからこそ私なんかを選べたに決まってるんだから。