第四話 勇者様的なポジ
いやいやいやいやちょっと待て。
何を言っているんだこの子は……?
嬉しい? ご主人様? 私のおかげ?
ん、話が見えませんなぁ。
「ありがとうございますぅ!」
改めて抱き着いてくるのを受け止める。必死に己の欲望を制御するのに精一杯で、状況の整理などできるはずもない。
「はっ……! よしよし……いい子いい子……っ!」
落ち着かせるためという建前で犯罪にならない程度のナデナデを開始すれば、欲望を満足させかつ状況を静められるのではないかという隙のない作戦を閃きのままに実行。
ほぁ……! これは……~~~~っ!
暴走しないように。それだけを考えて、彼女が落ち着くまで永い時間を耐えるだけ。
声からして九割女の子。言動を見るに人間で言うところの十~十六歳くらい。もしかしたら私と同じくらいの歳かもしれない。
数十秒。
短くも長い時間の果てに、ようやく。
「落ち着いた……?」
「お、お見苦しいところを……」
「えっと。その、気にしなくていいからね」
名前だ。まず、名前を聞くんだ。美桜、って名乗ってから君の名前は? って聞くだけのこと。
ん? あれ、いや待てよ……? 確かさっき自分でミツキって言ってた気が……? しかも私も呼んじゃってた気がしなくもないんだけど……?
「……」
「……?」
っ、マズい……。怖気づいた+変に考えちゃったせいで微妙な間ができちゃって余計に聞きにくくなっちゃった……! いや多分そう思ってるのは私だけでべつにこの子は気にもしないんだろうけどさ。
あー、逃げたい。大好きだったはずのケモノ相手でもこんな無様を晒すくらいなら今すぐにでも逃げたいです……。
「ねぇ、ご主人様のお名前聞いてもいい? ミツキはね、ミツキっていうんだよっ」
努めて冷静に。動揺が悟られないように平常心を身に纏うべし。
まさに純粋無垢という言葉を思わせるようなミツキちゃんに負けないように、せめてガワだけでも可憐な少女を演じなくては。
「私の名前はね、美桜っていうの。獣愛美桜、美桜って呼んでねミツキちゃん」
「うん、分かったよご主人様っ」
「分かってないじゃんミツキちゃん」
ご主人様という響きは確かに惹かれるものがあるが、それはマズい。
年端もいかない少女になんてことをさせているのだと、世間的にも批判の的になること間違いなし。
彼女の見た目が動物寄りである点も非常に問題がある。まるでペットのように扱ってて酷い! だとか、虐待だ差別だ! みたいなことを怒る人だっているはずだ。
明確な上下関係をひけらかす、悪い意味での強制だと受け取られてしまえば完全に私は悪者認定されてしまうことだろう。
この際、はっきりとそのご主人様呼びは禁止にしておかなければ……!
「んきゅぅ……?」
「くっ、そんな目で私を見たって誤魔化されないんだからね……!」
何故だ。どうしてご主人様って呼ぶんだこの子……。こんなところ人様に見られたらヤバい人に思われちゃう……!
※注意※
この時はまだ友人らから既にヤバい奴認定されていることを知りません。
せっかく厚い皮を被って過ごしてきたって言うのに……!
「ご、ご主人様はやめよ?」
「ど、どどどどどうしてですかっ!? ミツキ、ご主人様に何か嫌なことでもしちゃいましたか!?」
「まだしてないけど、次ご主人様って言ったらミツキちゃんのこと嫌いになっちゃうかもね」
うぼぁ。
言いたくなかった。嫌いになるだなんて、これっぽっちも思ってないのに!
けど、こうでもしないとこれからの私の人生が茨の道になっちゃうから、ごめんね……!
「ご……ミオ様が血涙を流しておられる……!」
「……もう言わない?」
「い、言いません」
「ほんと?」
「ご、ミオ様に誓って」
「今言いかけようとしてた」
「んきゅぅ……」
可愛いから許そう。私は懐が広いから。
最低限人様の前で言わなければ、一先ずは良いだろう。ということにしておく。
許したと言えば、喜んで私に抱き着いてくるミツキちゃん。
あれ、これ狙ってやってないよね? こうすればコイツ気が済むらしいわマジちょろ~。とか思ってないよね? 心配になってきた……。
「あっ、そういえばミオ様って人間様なんですよね?」
「ん? 多分そうだけど」
「わぁ! やっぱり、凄いですね! もしかしなくても、魔王を倒したってことですか?」
「……魔王?」
あ~、嫌な予感しかしないその響き。
魔王って、十中八九この世界を悪に染めてやる~! 的な奴のことだよね。ゲームとかでよくいるラスボスだよね。
……あれ。まさか私って、魔王を倒すために連れてこられた勇者様的なポジなの?