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最悪の自己紹介



 通路を歩きながら、ミシェルは改めてこれから入る教室での身の振り方について考えた。

 事情があって登校が遅れた人間は、良くも悪くも好奇心の的になるだろう。多少は良からぬ噂も立つだろうし、一定数の悪意に立ち向かう心構えも作る必要を迫られる。

 ただ、ミシェルからすれば学生の悪意など特にさしたる脅威には感じられない。

 なぜなら、魔法研究者の界隈では研究の妨害や成果の奪い合いにおいて、隠然とした殺し合いが繰り広げられるのは常識だ。ミシェルだって、同業者から刺客を差し向けられた事は一度や二度じゃない。

 それに比べれば、学生の攻撃行為も子供の悪戯ほどにしか思えない。


「緊張しているのか?」

「まあ、人並みに」

「人並みに、って。……君は本当に変わっているな」


 替えの制服に身を包むルクセイオが隣で呆れている。


「それはそうと、ルクセイオ先輩」

「ん?」

「刺客に襲われる前まで、意識がぼやーっとして気づいたら庭園にいたって話っスよね?」

「ああ。情けない話だが」

「やっぱり」

「やっぱり、とは?」


 ミシェルは遮るようにルクセイオの正面に回り込む。

 ルクセイオの胸に手を当てて、祈るように瞑目した。


「催眠魔法『誘導』の暗示っスね。『目標の強制』と『忘却』の重複術式……あたしの古い手段っスね」


 触れた体から、仕掛けられた魔法の種類を判別する。

 最初に出会った時、ルクセイオから奇妙な魔力を感じ取っていたミシェルは、もしやと思っていた。

 そして今調べた結果に、ミシェルは推測通りだったという事実を確認して苦々しい表情を作った。

 ルクセイオを蝕んでいた魔法は、紛れもなくミシェルが開発した技術の一つだ。既にミシェルの中で古くはあるが、まだ世間に普及化してはいない。

 この技術を知る人間は、これを発表した学会の人間とベルソートのみ。即ち、その中にルクセイオに催眠魔法を施した犯人がいる。


「催眠魔法……?」

「ルクセイオ先輩。記憶が曖昧になる直前って何をしてたっスか?」

「……教員の到着を待ち、着席して参考書を開いた……くらいかな」

「ふむ。じゃあ、教室に戻ってもその参考書と机や教室には触れないで下さいっス」

「何故だ」

「良いから。後であたしに届けて欲しいっス……恩人からの頼みと思って」


 助けられたのは事実だが、恩着せがましい言い方にルクセイオは顔を引き攣らせつつも了承した。


「はあ、初日から調べ事が見つかるなんて喜んでいいのやら」


 ミシェルの中では、催眠魔法の仕掛けは参考書か机または椅子、その三つにあると考えている。三つのいずれか、或いはすべてに術式が刻まれており、接触した瞬間に魔法が作用した。

 ただし、参考書については怪しい。

 私物である参考書は、術式を刻む作業時間も考えて、ルクセイオに悟られないタイミングで実行する事が困難だ。

 可能性が濃厚なのは、椅子と机だ。


「それなら、放課後に合流しよう。私も君に用事が出来た事だし」

「私に用事?説教は勘弁っスよ」

「所属は本当に普通魔法科なんだね?君ほどの魔法の腕なら、進魔法学科だと思ったんだが」

「それは、あたしも知らないっス」

「………?」


 勝手に師が捩じ込んだから知らないとは言えない。

 ミシェルは、実力を隠せと言われたばかりなのにルクセイオに早速露見した現状を自分なりに重く受け止め、これから入る教室での手加減の仕方にも思案を始めた。


「そういえば、ルクセイオ先輩」

「何だ?」

「サマレス先生から聞いたんスけど、元は進魔法学科所属だったって本当っスか?」

「……ああ。そうだよ」

「何で辞めたんスか?」

「はは、意外とグイグイ来るな……」


 今日が初対面でありながら、憚らず踏み込んだ質問をするミシェルにルクセイオは苦笑した。


「別に。……ただ、自分の非力さを思い知っただけさ」

「非力さ?」

「ああ。これでも首席を張り続けた身でね、少し天狗になっていたんだ。だが、最近十二歳で『至宝』に辿り着いた天才がいると聞いてしまってね」

「へー」

「名前もその成果も知らないが、僕の尊敬する人がその事実で研究を止めてしまったんだ。……僕も、それで挫折した」


 他人事のように聞いているが、ミシェル自身の話である。


「別に落ち込む事は無いっスよ」

「そう、なのかな」

「あたしの知り合いにも、一人だけバケモノみたいな魔法使いがいるんス。ああいう手合は笑って流しておくのが心持ちとして最適。功績の比較による競争も大事っスけどね」

「君ほどの魔法使いにそう言わせる人間がいるのか……世間は広いな」

「そうそう。幾ら考えたって、上には上が滅茶苦茶いるし、下にも下が腐る程いるから考えても仕方ないんスよ」

「……はは、君は本当に変わってるね」


 ルクセイオが噴き出すと、慰めるつもりで話したのに笑われたので心外だとミシェルは唇を尖らせた。


「……と、そろそろ到着しそうっスね」

「ああ、そうだね」

「先輩。あれからずっと一緒に来てるけど自分の教室は?」

「編入生や君のように事情があって遅れた者がいる場合は、教員か生徒会の者が同伴するのが決まりだ」

「へー。……生徒会?」


 学園のシステムは伝聞程度にしか聞いていないミシェルからすれば、生徒会という組織の事は初耳だった。

 身近にあったが、学園は知らない事で満ちている。

 自分の魔法技術が悪用されている事への憤りは特に無く、研究させてくれない学会の妨害への不満があって楽しくない潜入捜査に身を窶しているが、学園に少しだけ興味が湧きつつある。

 未知への探究心――研究者の性だ。

 今は不安よりも楽しさが勝っている。


「学園って、魔法学ぶ以外にも何かするんスか?」

「知らずに来たのか?」

「正直、自分の意思とは関係無く入学させられた身だから詳しく知らないんスよ」

「そうか。……これから体験しながら知って欲しいが、簡単に説明させて貰うと学園祭や魔法闘技会なんて物もある」

「あ……(どっちも興味無ェ)」


 やっぱり、興味無いかも。


「何かあれば相談してくれ。我々生徒会は、快い学生生活を送れるよう支援する」

「それが生徒会の仕事?」

「ああ。生徒会は学生代表の集まり……のような物だと捉えてくれ。といっても、最近の事件で退学者が出て一人欠員状態だがね」

「あ、その話も後で聞きたいっス」

「……生徒会に入りたいのか?」

「え、あー、いや」


 事件について聞きたかったのだが、勘違いされてしまった。

 今のところ、ミシェルには学生生活で何かに貢献する活動に参加する志は無い。特に余計な要職について、職責で行動を制限されるのは潜入調査において悪手になる可能性がある。

 しかし、ルクセイオの話を聞く限りでは学生代表の集まりともなると情報収集にはうってつけの組織なのかもしれない。

 ミシェルは、そのプランも悪くないと思って悩み始める。


「どうやって生徒会の一員になれるんスか?」

「基本的には選挙だが、教師からの推薦でもなれる。どちらにしろ、信頼が無いと無理だな」

「そこは大丈夫っス。人心掌握術なら誰よりも長けてる自信があるんで!」


 それってまさか、あの妙に高度な催眠魔法を使っての話では…………とルクセイオは思って、しかし口には出さなかった。

 軽率な発言で黒装束の刺客の二の舞いになるかもしれないというさっきまで忘れていた危機感が蘇り、談笑して隣の少女に和んでいた心身を叱咤して引き締める。


「ん?……何か急に距離が出来たような」


 そんなルクセイオの態度の変化を感じ取って、ミシェルは小首を傾げる。


「あっ」


 ようやく教室に到着した二人は、扉の前に立っている人物を見て立ち止まる。

 遠目にも、明らかに怒っていると分かる般若のような凄まじい顔で二人を睨んでいた。


「ミーーシェーーールーーー!!」

「や、やべ」













 ×     ×      ×






 午前中の授業が終えて一休み。

 皆が昼食を取る時間に、事件は起きた。

 校舎に設えられた大食堂へと向かう者、既に購入したか或いは自作の弁当を広げる者と、その過ごし方と居場所は多種多様だ。

 一時の自由に皆は勝手気ままに動く。

 そこに秩序など存在しない。

 今日もまた彼らは休憩時間だといつも通りの過ごし方を実行しようとしたが、教室内へと唐突に入って来た二つの人影に皆がの注目が集まる。


「皆、いったん席に着いてほしい」


 室内に入るなり、ルクセイオが一声を飛ばす。

 よく通る声は、聞いた者の意識が自然と声の主に向く不思議な力が宿っていた。

 それを資質と言うのかはさておいて、バラバラだった室内の意識が束ねられる。

 そして必然的に、そのルクセイオの後ろから一歩だけ遅れて入室した小動物――否、小柄な少女にもまた意識が注がれた。

 ひょこひょこと跳ねるような足取りでルクセイオに追従し、あどけない面立ちでおよそ二十名を擁しても余りある広い室内へと笑顔を振りまく。

 教壇に立ち、その少女は元気よく手を挙げた。


「どうも、ミシェル・エンテントでーす!」

「彼女は編入生だ。事情あって登校が遅れたが、仲良くしてやってくれ」


 その声は清々しいほど上機嫌だった。

 果たして、それは新たな級友たちとの交流に希望を見出した昂揚なのか。

 教室にいる誰にもそこは読み取れない。

 自分の名前を明かした少女ミシェルは、溌剌とした笑顔のまま隣のルクセイオを振り返る。


「んで。……この後はどうすれば?」

「少し待ってくれ。教壇の机の中に……あった。この名簿に従って、自分の座席を確認してくれ」


 ルクセイオの渡す名簿をミシェルは確認する。

 二十五名、これからこの人数と関わっていかなくてはならない。


「教室間違えてるぜ〜、お嬢さん」


 からかうような声がした。

 ミシェルの視線が声のした方へと向く。

 机の上に頬杖を突く青い髪の少年がいた。整った顔立ちに酷薄な笑みを浮かべ、ミシェルを遠目に見つめている。

 投げかけられた言葉は、明らかに失礼に当たるもの。

 しかし、ルクセイオが厳しい眼差しを送っても、改めるつもりが無いらしい。彼のことは眼中になく、ミシェルの反応をただただ待っている。


「魔力障害で体は子供っスけど、実はあなたと同い年なんスよ。驚くべきことに」

「魔力障害って、魔法も使えない連中の中でも更にダメな部類の奴らが発症するヤツじゃん。家名があるけど、もしかして妾の子か?」

「アーマイン君!」


 忌憚ない悪意を乗せた言葉だった。

 視線だけで咎めていたルクセイオが声を上げる。

 それでも、青髪の少年――アーマインは動じない。

 果たして、ここまでの非礼の数々に対してミシェルの反応や如何に。


「そうなんスか。いやぁ、博識なんスね」

「は?」

「勉強になったっス。良ければ、今後もその知識で勉強で不安になった時は級友として助けて欲しいっスね!」


 ミシェルは取り乱さない。

 アーマインは笑みのまま停止した。

 魔力障害に悩まされる者は多い。

 それを理由にして相手を攻撃する言動は暴力となり、普通の者ならまず触れるべきでないと配慮し、如何に傲る者でも口にすれば己の品格が損なわれるとして憚る内容である。

 聞いた相手が面食らうのは必至だ。

 なのに――ミシェルは全く動じない。

 むしろ、アーマイン以上に相手を小馬鹿にする軽薄な笑みとともに受け流した。


「ははっ、もしかしておつむもダメな感じ?」

「ふふ、それは一緒に過ごしていく内に自ずと判ることっスよ」

「…………へえ、面白いじゃん」


 悉く通じない。

 剽軽に躱して、むしろ泰然自若。軽いようで、その実したたかに返して来る。

 ミシェルの態度にアーマインの瞳で敵意が燃える。

 折り畳まれていた長身が椅子から立ち上がる。

 固唾を呑んで見守る生徒たちの前を堂々と歩き、教壇まで迫った。

 ミシェルの正面に立って腰を折り、その顔を覗き込む。


「小せえから顔見にくかったけど、いま覚えた」

「ありゃ、それは失礼したっス」

「これからよろしくな、エンテントさん」


 挑発的な語調でアーマインが告げる。

 ミシェルはぷっ、と噴き出した。


「いや、名前知らない人とはよろしくできないんスよ」

「はっ?」

「だから、名前教えて欲しいっス」


 ミシェルはてへ、と笑う。

 隣ではルクセイオが静かに息を呑んでいた。

 アーマイン・クルセイガー。

 この教室では、ルクセイオと同じ生徒会所属であり、実質的に教室内の人望を集め、且つ最も優秀とさえ言わしめる存在だ。

 このレギューム魔法学園は平等主義。

 門を潜れば、外での身分や事情は関係無く、等しく魔法を学ぶ徒となる。立場による確執や余計な雑念を捨てるための意識統制である。

 だが、実際はそうでもない。

 歪ながら、すでに教室内では暗黙の階級制度が布かれている。

 アーマインは、その頂点に君臨していた。

 彼に歯向かうことができるのは立場的に生徒会を除けば極少数で、だが反感を抱かれればそんな人物ですら室内に居場所を失くす。

 影響力は絶大、それも露知らずミシェルは飄々と対応していた。


「…………オマエ、わざと?」

「はい、わざとっスよ」


 あっさりとミシェルは認める。

 アーマインが悪意で対していること、いちいち挑発していることも全て分かった上で、このように対応していると。


「まさか初めてできる友だちが、こんな惨めな男だなんてあたしからお断りなんスよね。冗談でもよろしくしたいなら、ちょっと出直してきて欲しいっス。割とガチで」


 ミシェルは、にやぁ――と幼い顔立ちでは決して作り出せない邪悪な笑みを作る。

 彼女の言葉に、室内が凍りつく。

 天井を見上げれば氷柱ができているとさえ錯覚するほどだ。

 アーマインですら、表情が消えていた。

 ただただ、驚いている。


「あれ、どうしたんスか」

「…………」

「まあ、良いや。友だち百人作るとか燃えてたけど、こういうの(アーマイン)がいるなら遠慮は要らないかなって!取り入りやすいように元気溌剌なのが第一印象な女の子を演じたんスけど、やっぱり自然体が一番!ありのままのあたしと付き合いたいっていう命知らずがいたら、どうぞ友だちになって欲しいっスね!」


 もはや凶器じみた攻撃力のある言葉を、快活な笑顔で述べていく。

 隣のルクセイオすらも戦慄していた。

 笑いながら、ミシェルはアーマインの肩を可笑しそうに叩いている。


「どうスか、驚いた?こんなヤツ世の中にゴロゴロいるって!」

「――――」

「はい。アーマイン君には別に興味ないから自己紹介しなくて良いっスよ。ささ、席に戻った戻った」


 愕然として動けないアーマインを真正面からゲラゲラと下品に嘲笑って、それからルクセイオの方を見やる。


「ルクセイオ先輩」

「え、あ」

「ここまで付き合ってくれて有難うございます。また放課後っスよね?」

「え。あ、ああ」

「さーて、あたしは窓際の一番後ろだけどー」


 ざわり、と教室が騒然とした。

 窓際列の最後席となれば…………。


「お、幸先悪いっスね!君の真後ろらしいっス!」

「―――」

「それにしても背丈が大きいっスね。座高的にも考えて、授業中は目障りなんで体はできる限り畳んで欲しいっス!」


 最後にとん、とアーマインの肩を叩きながらミシェルは自身の席へと向かう。

 椅子に座った彼女は、一度だけ体を伸ばすと机に突っ伏した。

 ルクセイオは慌てて駆け寄って様子を見る。


「ミシェル君?」

「ここ陽当り最高。これ寝られる」

「…ミシェル君。授業中は起きなさい、授業態度も成績に反映されるぞ」

「えー、善処するっス」

「…………サマレス先生に報告しておこうかな」

「なッ、あんた人間っスか!?ただでさえ、さっき説教されたばかりなのに憂いの種を増やさないで下さいっス!」


 ミシェルが青褪めて起き上がる。

 ルクセイオは呆れてようやく肩の力を抜いた。

 二人のやり取りを、教室中が唖然として見つめている。

 一部は、戦きと興味。

 一部は、侮蔑と忌避。

 そして、一部(アーマイン)は――。


「…………クソが」


 怒りの眼差しを、ミシェルへと向けていた。






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