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百人作ってやる



 ミシェルの背後で悲鳴は続く。

 黒装束たちは地面をのた打ち回っていた。

 一人は脱いだ靴を激しく地面に叩きつけながら俯いて独り言、もう二人は吐瀉物を撒き散らしながら目を回してもがいている。

 まさに地獄絵図。

 それを背に笑うミシェルは閻魔か何かに見えて、ルクセイオに安心できる要素は皆無だった。

 ――本当に救援なのだろうか?

 そんな疑問を言葉にしなかったのも、もしかしたら自己防衛のためかもしれない。相手の気分を損ねたら、同じ目に遭わされるという恐怖が働いた。


「誰がちんちくりんだって?(ホントに年齢は詐欺ってるけど)」

「す、すまない。失言だった」

「ふん!」

「それで、ミシェル君はどうしてここに?」

「はい、センパイが庭で追いかけっこしてるのが見えたんスよ」

「…………」


 本当か疑わしいと思いつつも、恩人への態度として失礼だと気付いて頭を振った。

 ルクセイオは救われたことに変わりない。

 感謝こそ伝えるべき立場にあって、余計な勘繰りで恩人の気を損ねるべきではない。……むしろ不機嫌にしたら、自分も黒装束の二の舞いになるかもしれない。


「すまない、助かったよ」

「いえいえ」

「どうして助けてくれたんだ?」

「登校初日から親切に道を教えてくれた人が襲われてるの見たら、放っておけないっス」


 ミシェルは肩をすくめて調子よく嘯きながら、その手でルクセイオの肩に触れた。

 接触した箇所から淡い光が溢れて血が止まり、ルクセイオの中で次第に消えていく痛みとともに傷口が塞がっていく。


「治癒の魔法…………?」

「まあ、応急処置っスよ」


 軽い返答にルクセイオは益々顔を顰める。

 治癒の魔法は、高等部の選択科目の中でも専門性の高い分野で学べる術である。だが、学生の技量では傷口を残さず治癒するのは困難だ。

 ルクセイオの肩からは、裂けた服以外は怪我の痕跡は無かった。

 傷の治癒には、単純な魔力の強さと操作技術が関係する。

 それだけでもミシェルの異常性が見て取れた。

 何より、さっき見せた催眠もそうである。

 催眠の魔法は、十二から十五の子が通う中等部の内に習える。

 それでも、披露された技はそのどれとも違う――どこか芸術性すら感じた。

 …………効果の内容はともかく。


「肩は大丈夫っスか?」

「ああ、ありがとう。…………さっきの話の続きだが」

「うん?」

「登校初日と言っていたね?始業は少し前からだったが」

「一身上の都合で立て込んでまして」

「学園に来るのは初めて…………では、なぜ僕が先輩だと」

「途中でサマレスっていう先生に会って、その人に教えて貰ったっス」


 当たり障りない回答ばかり。

 ミシェルは道中用意していた言葉を自然体を装って口にする。想定していた範疇を出ない事態だからこそ、もはや内心では笑いながら対応していた。

 師を酷評する割に、歪んだ性格をしていることにミシェルは無自覚である。

 勿論、初見且つかつて人を欺き教祖をやっていた背景を知らないルクセイオには愛らしい後輩という外面を貼った悪童の本性など分からない。


「それじゃ、戻りましょう」

「待て、その前に彼らは?」

「あー、たしかに。取り敢えず片付けますか」


 ちら、とミシェルは漸く気づいたかのような素振りで黒装束たちを一瞥した。

 未だけたたましく、惨たらしく、醜く叫んでいる彼らを前に、両手を軽く叩き合わせる。

 それを合図に周囲の景色が霞み出す。


「イグル、お掃除」

『ミシェル、用事は?』

「済んだ」

『その三人以外の敵は周辺にいなかったよ。…………まさか、俺に片付けさせる気なのかい』

「使い魔なんだから仕事しろっス」

『む、これから夕餉の買出しをしようと思っていたのに』


 そんな彼女を優しく咎める声の後に、足下から『霧』が湧く。

 ミシェルはむっとした顔で答えた。

 霧――使い魔からの声は、ミシェルにしか聞き取れない。独り言をしているような様子を訝しむルクセイオの前でも、彼女は変わらず会話を続けた。


「それじゃ、学校行って来るっスよ」

『いってらっしゃい、友だちもたくさん作るんだぞ』

「別に要らなくない?」

『君に友だちができると俺も嬉しい。――それに、友だちを作った方が、少し難のある性格にも良い影響が出ると思う』

「ッ、この、いつか吠え面かかせてやる…………!!」

『うん、頑張れ』


 声だけで、あの使い魔が陽気な笑顔を浮かべているのが想像につく。毒のない笑顔で、無自覚に強烈な猛毒を吐くところが度し難い。

 ミシェルは霧を足で払うように散らし、そのままルクセイオへと向き直った。


「今のは?」

「使い魔と話してたっス」

「…………君の声しか聞き取れなかったが、君たちは主従関係なのに仲が悪いのかな?」

「度を過ぎて生意気な部分がある以外は、有用っス。これが程よくポンコツなら追放してやったのに」


 ルクセイオは目を細める。

 今のは本音だ、と。


「しかし凄いな。もう使い魔がいるのかい」

「少し縁があって」

「どんな使い魔なのかな」

「正直、思い返すと自分でもどうして調伏できたのか分からないバケモノな上に、あれに胃袋掴まれた所為で食事は欠かさず日に二回するようになったっス」

「欠かさず二回?」

「以前は三日か四日に一、二回くらいが普通だったんスよ」


 ルクセイオは絶句する。

 身分、経済力云々ではない。

 ある程度の生活基盤があるなら、最低限でも食事を二回行うのが常識である。日に一食でも人は生きられるが、軽度の栄養失調になるのは間違いない。

 果たして、手に余る使い魔に困るミシェルを憐れむべきか。破滅的な主人の生活改善をした使い魔を褒めるべきか。

 ルクセイオは要らないことで悩まされた。


「お互い様というところか」

「は?」

「ん?どうかしたか?」

「撤回して欲しいっス。 さすがにアレと同じとか、世界が許してもあたしが許さないっス」

「日頃、傍にいてくれる者には感謝した方が良い」

「日頃から失言も流して堪えてる方なんスけど」

「その髪」

「ん?」

「使い魔なりの誠意を感じる」

「えー」

「大事にした方が良いだろう」


 ルクセイオが視線で指摘する。

 ミシェルは自身の頭に触れて髪を撫でた。

 身嗜みに無頓着なミシェルでは逆立ちしようとできないほど、今日はよく整えられている。貴族なども集まる社交の場に相応しく、恥じる事なかれという髪を整えたイグルの真心だけは伝わる。

 むぅ、とミシェルは唇を尖らせた。

 使い魔だから当然と反論しても良かったが、ルクセイオの穏やかな表情を曇らせてしまうような気がして、少しだけ言うのが躊躇われた。


 ミシェルは催眠術師というのもあり、相手の感情の機微が繊細に読み取れる気質だった。

 対人における観察眼は優れている自負がある。

 だから。


「そうっスかね」


 笑顔の裏にある寂しさのような感情の色を読み取って、ミシェルは適当な返事を返した。

 それから、気紛れに改めて使い魔への態度を省みることにした。

 たしかに、最近は当たり方が酷かったかもしれない。

 少し、ほんの少し今日は優しくしよう。


 そう、思い立ったとき。


「イグル君、今日は私の家でどう?」

「イグル、今晩空いてる?」

「イグルー、一緒に遊ぼー」


 校舎へ向かう道筋で通りがかった庭園では、人集りができていた。

 その中央に、右から美女に抱き着かれ、下では子供に手を握られ、隣からは美男子に誘われ、老若男女に囲われるイグルを発見した。

 人懐っこい笑顔を浮かべながら、イグルは一人ひとりに応対している。


 ぶちっ。

 ミシェルの中で、そんな音がした。


「……ンの、人が真面目にやってたときにテメェは何してるんじゃコラああああ!!!」

「みんな友だちだよ」

「はああああ!?隣の男とか子供はそうかもだけど、横の女とか凄い恍惚としてますけど!?友だち?ねえ、友だちの距離!?」

「うん。きっとそうさ。ミシェルも友だちを作ればわかるよ」


 悪意のない笑顔で、ミシェルと人徳の差を無自覚に突きつける。

 特段、ミシェルは人望など気にしない。

 自分の趣味趣向にしか趣の向かない彼女からすれば、むしろ人間関係は煩わしい物だ。


 だが、だが…………!

 この使い魔にだけ劣るのは癪だ!


「今に見てろよ、あたしも友だち百人作ってやるからァァァァァァ!!?」

「ちょ、ミシェル君!大丈夫か!?」


 ミシェルがかつてないほどに怒号する。

 それを隣でルクセイオが心配していた。

 朗らかに微笑んで『期待してるよ』なんて挑発にも受け取れるイグルの応援に、見事勘違いしたミシェルが殴り込もうとし、ルクセイオがそれを止めようとして庭園は賑々しかった。


 言わずもがな、今の二人は次の授業にも遅れていることも、待機中のサマレスが怒り心頭になっていることなど気づいてはいなかった。












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