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扉の前で




「えーと、たしかこの辺……」

「来たか」


 少年に教えてもらった道順を辿ると、教室前でに佇むサマレスを発見した。

 授業中の学生たちを、ときおり扉の小窓から覗いて様子を見ている。


「たしか昨日のサマレスさん…………師匠は?」

「仕事だ」

「あの人、仕事してるんスね」

「あれでも学園長だ。働いて貰わなければ困る」


 校長でありながら一片の敬いも無い手厳しい物言いのサマレスに、ミシェルは苦笑する。

 やはり、あの老人に人格面で最低評価を下しているのは自分だけではないのだと、普段は常識なんて屁でもないと考えているミシェルすらそこだけは正常な感覚なのだと奇妙な安堵を憶える。


「しかし、遅刻だぞ。エンテント」

「あたし時間なんて聞いてないっスよ」

「は?校長は君に伝えたと…………はあ、またか」


 またも伝達ミス。

 ベルソートが報連相を怠る事など日常茶飯時だ。そこを失念していた自分こそ非があると不思議にも思えてしまう杜撰さ。

 

「では、エンテント」

「はいっス」

「校長からの伝達事項によると、実力や『至宝』の称号は隠すようにとの事だ」

「ふむ?」

「自衛の為に多少の強硬策に出る事は、場合によっては認める……だが極力は力を制限しろ」

「何故っスか?」

「犯人が捜査の手の接近に勘付いて逃げてしまう可能性を考えて、だ。……後は、君が普通の女の子として過ごせるように、とか言っていたな」

「胡散臭い」

「ああ」


 ベルソートに他人を思い遣る気持ちなど無い。

 面白半分で他人の人生を引っ掻き回し、幸福も不幸も笑い話にするような最悪の人間だ。

 そんな碌でなしが『青春時代』の必要性を説き、老婆心でミシェルを入学させるなんて決して有り得ない。それが実際に嘘だったと白状しているし。

 いずれにしても、ベルソートに最大限頼らずに行動した方が良いという部分でサマレスもミシェルも見解は一致していた。


「とにかく、やるっきゃない!」


 これ以上事件が置きて犠牲者が増えるのを看過し、自身への容疑がさらに固まる前に決着を付けるべし。

 そんな意気込みでミシェルは伝達事項を飲み込んでいく。


「使い魔はどうした?」

「バイトを探すって言ってたっス」

「そうか。 私は中等部担当なので君の相手はできないが、何か不安があれば訪ねてくれ。でき得る限り、悩みの解消を手伝おう」

「…………」

「どうした?」


 サマレスを見上げてほーっ、と感嘆の息を吐くミシェル。

 その反応を訝しんだサマレスは、また失礼な事を考えているのではないかと視線を鋭くする。


「初めてまともな大人を見た気がするっス」

「…………」

「実を言うと、師匠と兄弟子以外はあんまり私的に関わった事が無いんスよね」

「……君の非常識さは、偏に正しく指導してくれる大人の存在が欠落していたからなのかもしれないな」

「うわー、言葉にされるとキチー……」


 ミシェルはため息をこぼす。

 これから行く場所は未知の領域だ。

 研究を中断されて絶賛不機嫌のミシェルは他人と仲良くなる気概を損なっている。その上で慣れない集団生活ともなれば、想定している時点で一日を乗り越えられるかどうかも怪しい。


「しかし、場所も時間も伝えられていなかったというのによくここまで来れたな」

「途中で親切な方が教えてくれたんス」

「親切?」

「蜂蜜色の髪をした綺麗な男の子だったっス」

「ふむ、蜂蜜色…………ああ」


 ミシェルの呈示した情報に、親切な男の子の正体を察したサマレスが頷く。


「それは『異才』のルクセイオ・アーマ・リューデンベルク君だな。君の一つ上の学年、いわば先輩になる子だ」

「え、何スか……高等部の初っ端から二つ名なんて付いてるとか羨ましい」

「中等部の頃から話題だからな」


 そう言いつつも、サマレスの内心ではミシェルに比肩しうる話題性は無いと思っていた。

 ベルソートの話が真実ならば、魔法文明において神と称すべき称号の持ち主。極力その本性を隠すようにと言われたが、その点についてはサマレスも同意だ。

 圧倒的な才能と力は、前途の有望な者たちの努力する気概を奪うだけの危険性を孕んでいるからだ。


「ちょっと興味あるっス」

「君が入学するのは普通魔法科だが、それよりも先進的な教育を受けて研究者としてより専門的に学べる『進魔法学科』というのがあるのは知っているな?」

「はい。むしろ、そっちに入れられると思ってたっス」


 ミシェルが入るのは、魔法についての運用法などについて学ぶ『普通魔法学科』。

 進路としては、魔法使いとして己を高め、その知識と技術を将来に活かす。

 対する『進魔法学科』は、研究者になる事を最終目標として最初から定め、より専門的に魔法を学び、自らの研究課題を見つけて魔法文明の発展に貢献する人材を育む。

 言うなれば、魔法使いになるか魔法研究者になるかの差異。

 しかし、いずれにしても評判として『進魔法学科』の方が優秀と言われる。


「ルクセイオ君は、中等部まで『進魔法学科』で首席を張る成績の持ち主だった」

「ほへー」

「しかし、高等部になって『普通魔法学科』に移籍した事で変わっている天才、という意味を含めて『異才』と呼ばれる」


 ミシェルはなるほど、と得心する。

 皮肉を込めた呼び名なったようだ。


「ま、肩書はどうでも良いっス。後でお礼でも言っておくっスね」

「そうだな。それが人として正しい」


 サマレスが教室扉の小窓から室内を覗く。


「もうすぐ授業が終わる。機を見計らって入室しなさい」

「了解」

「訊きたいことがあるなら今の内に。これから寮生活になるし、私は中等部担当だから、こうして面と向かって情報共有できるのも難しくなる」

「――――」

「…………何だ、その初耳だという顔は?」

「初耳っス」

「なに?校長が伝えておくと私に…………あぁ」


 二人で頭を抱える。

 やはり、あの老人は信用できない!


「あ、しまった」


 頭痛を覚えながら、ミシェルは今後の生活に思いを馳せる。

 寮生活ともなれば、イグルにも迷惑がかかるだろう。


「あたし、やっぱ断ろう」

「ここまで来てか」

「何か、あの爺が裏で笑って楽しんでる気配がするっス」


 サマレスは無言で同感だと頷く。


「クソ。疑惑を晴らしたら真っ先に八つ裂きにしてやる……!」

「苦労するな、変な師を持つと」

「全くっス」


 事情を知るまともな大人はサマレスのみ。

 その状況で、学生として扮して捜査と学生生活を並行してこなさなければならない。趣味の研究に費やす時間も体力的な余裕も、いよいよ無いのだと残酷な悟りが芽生えつつあった。

 前途多難とは正にこのこと。

 ミシェルは自身の境遇に小さく嘆く。


「訊きたいことは沢山ありますけど、取り敢えず初日を頑張ってみるしかないっスね」

「そうか。………あ」


 サマレスが何事かを思い出したように一瞬だけ声を上げ、気まずそうに視線を逸らす。


「ミシェル、言い忘れていたが」

「ん?」

「高等部からの必須科目に『研究基礎』といって、どこかの魔法使いの弟子にならなくてはならない」

「はあ。でも、あたしはもう師匠がいる――」

「ベルソート殿は校長だから含まれない」

「え゛ッ」


 師となる魔法使いは、それぞれ研究室を有した人物から選ばなくてはならない。

 ベルソートも過去には研究室を持ち、『魔法神秘学』なる学問を専攻していた。

 だが、今は魔法学園校長としての業務などで随分と昔――およそ人では計れない年月――に放棄している。

 それを二番弟子が引き継いだが、禁忌の魔法を研究していたことが露見して研究室は封鎖され、今や弟子を幽閉する牢獄となっている。

 たしかに、ベルソートの研究室に入ることは絶望的だ。

 師がベルソートという汚点はともかく、ミシェルにとっては肩肘張らずにいられるプランだったのに。


「本当に役に立たない爺っスね」

「一応、師には敬意を払いなさい。私は無理だが」

「えぇ…………」

「一応、私も研究室を持っている。困ったら頼ってくれ」

「何から何まで世話になります」

「未だに私がミシェル君の面倒見役に選ばれた理由が分からない。過去何年と校長の無茶に根気強く付き合った故の信頼なのだろうが…………」


 ハッキリ言って迷惑――とは口にしない。

 言わぬが花でもないが、言葉にすると重みがどっと自覚させられて疲れるからだろう。

 ミシェルはそれを察して黙った。


「他に質問は?」

「特に無し!あ、でも…………実際、みんな歳上だと思うと、ちょっと萎縮するっス」

「ほう」


 サマレスは意外なものを見るようにミシェルを見つめる。

 偉大な魔法使いの弟子で、既に研究的にも評価を受けているという前情報があって、子供というよりも大人に近い対応で彼女に接していた。

 ただ、やや緊張した顔などはまだ幼い。


「そうか、まだ子供か」

「…………?」

「何度も言うが、不安があったらできる限り相談したまえ」

「お、おお…………!」

「なんだ、その反応は」

「頼もしい……もう今日から兄貴って呼んでも良いっスか?」

「やめなさい」


 辛そうに眉間を揉むサマレスの前に、ふと薄く霧が立ち始める。

 ミシェルがむ、と険相になった。


「どうしたっスか」

『ミシェル、人が襲われているよ』

「誰が?」

『綺麗な蜂蜜色の髪をした男の子だ。何だか分からないが、数人の黒装束に追いかけ回されている』


 ミシェルは霧と話していた。

 端から見れば独り言だが、サマレスにはミシェルと対話している声に聞き覚えがあった。


「襲われてる?何で」

「さあ、分からない」

「ふーん。……っていうか、蜂蜜色の髪!?」


 襲撃されている人物の特徴を聞いてミシェルの顔色が青白くなった。


「さっきの人か……!」

『さっき?』

「あたしと別れて直ぐなのに、何やってんだか」

『結構危険だけど、どうする?』

「面倒臭いし、そっちでやっといて」

『俺だと手加減ができない。――殺してしまう』

「……まったく」


 ミシェルが指をぱちり、と鳴らす。

 すると、彼女を取り囲むように霧が濃さを増していく。驚くサマレスの視界から、ミシェルの影だけが薄く霧中に溶けていった。


「ミシェル君、どこへ!?」

「野暮用というか、ちょっと恩返しして来るっス」


 それだけ告げて――ミシェルは通路からあっさりと姿を消した。






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