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問題児ミシェル



 魔法学園の通路を一人の老人が歩む。

 通りすがりに注がれる羨望の眼差したちへ緩やかに手を振って返す様に、隣で同伴する者は感心していた。

 この世に唯一『大魔法使い』と呼ばれるこの老人は、誰に対しても分け隔てない。


 ベルソート・クロノスタシア。

 三千年を生きる魔法使いで、昔世界を滅ぼそうとした魔神を討ち取った一人という生ける伝説。


 今や、数千年続いた魔法文明の象徴と呼ぶべき超人だ。

 魔法学園に通う者なら、誰もが目指す目標として尊敬の念を集めて止まない。


「相変わらずですね、校長」

「ワシは皆に尊敬されるのぅ」

「内面を知れば幻滅は必至ですね」

「……………こういう知人(いちぶ)を除いて」


 がっくりと老人が肩を落とす。

 理由は簡単だ。

 大魔法使いの肩書は凄まじくとも、この老人を知る者なら誰もが尊敬を余さず侮蔑に変えるほどの変人である。

 この老人が魔法文明に貢献した功績の数々は計り知れない。

 特に、昔は魔法を使える者――魔法使いこそが人類における上位者であり、世を治める資質の持ち主だと選民思想を推し進めた反逆者の起こす騒乱を鎮めたのも彼だ。

 魔法使いのみならず、世界中に慕われる――外面の持ち主。

 だが、私生活面では別だ。

 自分が招いた厄介の種を他人に処理させ、あるいは余計な横槍を入れて途中で悪化させる。…………本当に質が悪いのは、それを愉しんで意図的に行っているところ。

 斯くいう隣の男――魔法学園の教師を務めるサマレスは、その被害者の一人でもあった。


「誰もあなたの本性を敬いませんよ」

「ほほ、辛辣ぅ」


 朗らかに笑む老人が傷つく様子は皆無。

 己の悪行を省みない三千年の人生、サマレスは「早く死ねば良いのに」という本当に言ってはいけない悪態をつきそうになる。

 通路を歩く偉人に衆目は過敏だった。

 本性を知らない故の羨望。

 かくも現実の残酷さを目の当たりにしたサマレスは、そんな彼らに憐憫の眼差しを返すしかない。


「それで、校長」

「うむ」

「我々は何処に向かっているんですか?」

「問題児のところじゃ」

「問題児」

「入学式からずぅぅぅ――――っと欠席しとる馬鹿者じゃ」

「そんな子、いましたか?」


 サマレスは教師として新入生を担当している。

 もっとも、幾つもある教室の一つではあるものの教員全体である程度は情報共有しているので、欠席が続くような問題児の報告も自然と耳に入ってくる筈だ。

 今のところ、サマレスの記憶に問題児で該当するような報告は無い。

 ここは世界中から魔法を学びに人が集い、且つ最先端の研究が行われるレギューム魔法学園なのだ。

 貴重な教育機関なので、入学の門も狭く厳しい。

 選考で落選する人間の数は計り知れない。

 それも承知の上で入学に挑むほどの場所であるから、ここまで来て欠席し続けるその人の真意が分からない。


 よもや、学園の迫力に怖気づいたか。

 例年ではレギューム魔法学園の高度な学習環境と教師や研究者の熱に圧されて挫ける例が幾人かいるが、彼らは早々に退学を選ぶ。

 欠席を続けて注目を浴びれば、それだけ恥を晒すとあって自ら学籍を退く傾向にあった。


「どんな子なのでしょうか」

「ワシの弟子じゃ」

「弟子、あなたの?」

「数年前に拾ってのぅ、戦争孤児じゃった」

「…………大魔法使いの、弟子」


 サマレスは思わず顔を曇らせる。

 戦争で家族を失った悲しい過去を抱えるのなら、学園を嫌がって欠席する理由もあるのかもしれない。

 一つの教室に集う、同じ魔法使いの卵たち。

 それぞれの人生背景の違いが、ときに人間関係に軋轢などを生む複雑な状況も作る。

 特に多いのは、貴族と平民。

 レギュームは平等を謳っているので、入学すれば身分は関係ない。配属される教室にもまた身分は関係無いので、様々な人種が混じる。

 ただ、柵は一応ある。

 如何に平等とはいえ、やはり育ってきた環境と養われた価値観の相違は拭い取れず、水面下では差別化による暗闘などが日常茶飯時だ。

 だから、毎年問題も絶えない。


「それにしても、あなたが弟子ですか」

「可怪しいかのぅ?」

「三千年で二人しか取っていない、と聞きますが」

「その子は三人目じゃ」


 淀みなくベルソートは肯定する。

 大魔法使いに弟子入りを志願する者は意外にも少ない。

 理由は単純で、そこまでの覚悟が無いのだ。

 歴史に名を残す偉人の下で修行することは己の大躍進に繋がると皆は信じて、しかしそこに見えない資格や条件などを幻視し、却って己には無理だと区切りをつけてしまう。

 ベルソート自身も弟子は基本的に取らない。

 そもそも弟子とは、師が素養のある者に自らの研究や成果を継承させ、さらなる発展を求めて取る人材である。そうでなくては、魔法使いはそうそう弟子など取らない。

 ましてやベルソートは己の『ある魔法』で三千年も生きながらえているのだから、技術や研究成果を継承させる弟子や後継者の必要性が最初から皆無だった。

 いわば弟子は酔狂で取るもの。

 ただ、選ばれる者にも必ず理由がある。


「一体、どんな才能が…………」

「ワシが見た限り、この三千年で最優の魔法使いじゃ」


 臆面もなくベルソートは断言する。

 サマレスは益々興味を引かれた。


「修行を付けたんですか?」

「三年ほど旅に連れ回して、才能があるから魔法学園にブチ込んだんじゃ」

「はい」

「あの子は頭が回るし、魔法関連においてはワシでも目を剝く発展技術を持ちかけてくる」

「ほう」

「なんで、ちょっと面白くて学園に在籍できる歳でもないし、卒業課程も修めとらんけど研究室を与えて放置したら、出てこないんじゃよ」

「出てこない!?」


 サマレスは内容に先刻までの同情すべてが吹き飛んだ。

 ――ただの怠慢ではないか!?

 悲愴な過去の傷心など微塵も関係無い、ただの引きこもりである。

 ………だが、ふと疑問に思った。

 大魔法使いベルソートが弟子として迎え、その上で才能があると認めて研究室まで与える破格の待遇である。

 ある程度の問題行動も目を瞑れる才能の持ち主なのではないか。


 その推測に、興味本位でサマレスは尋ねる。


「最初はどうやって出会ったのですか?」

「うむ、とある街で戦争孤児じゃった頃から感覚的に体得した魔法で周囲を欺き、なんか新興宗教の教祖やっとったわぃ」

「……………魔法の悪用、ですね」

「それで金を騙し取ったりして生きとるほど図太くてずる賢い」

「…………」

「昔から催眠魔法が得意でのぅ」


 サマレスはどの内容にも顔をしかめる。

 逞しい生き様である、心配していた自分が莫迦らしいほどに。

 ただ、それよりも着眼すべきは。


「催眠の魔法、ですか」

「うむ」


 魔法とは一種の技術だ。

 万物に宿る普遍的な力の元素――すなわち魔素。

 魔素が群を成して動くことで生じる流動は、特別な現象を発生させる運動力へと変わる。それを一般的に魔力と呼び、魔力を用いて事象に干渉する技術こそが魔法だ。

 魔素の流動の仕方が緩やかだったり速かったり、波状だったり直線的だったり、あるいは螺旋状に流れるという『魔力の形』によって起きる現象は多彩になる。

 魔力を消費するだけで、本来なら一定の資材などを要する作業、または結果を作ることができる。

 つまり、何にも代替可能な万能の消費エネルギーだ。

 魔力で干渉すれば大概のことができる。

 

 その中でも催眠は、主に生命体への干渉に着眼した魔法だ。

 相手の体内の魔素の動き――内部魔力などへ、外部から自身の魔力で干渉して乱し、誘導し、身体に影響を与える。

 幻覚は勿論、五感の機能の操作、痛覚の軽減、精神状態への干渉もこの『催眠』に含まれる。

 これらも人類は大いに研究した。

 医療だったり、はたまた戦争だったり。

 だが…………。


「…………こう言っては何ですが、『催眠』は魔法分野において衰退し、消滅しつつある。先人たちが研究し尽くし、『限界』を見つけてしまって以来、推し進める者もいなくなった」

「そうじゃな」

「それだけで弟子に?」


 サマレスの顔が険しくなる。


「あの子は、それを研究しとる」

「…………悪いことは言いません。弟子の前途を思いやるなら、今から方針転換した方が――」

「要らぬ心配じゃ」


 きっぱりと、ベルソートは断言した。



「あの馬鹿者は、今や齢十二で『催眠』の権威じゃからな」



 その言葉に、今度こそサマレスは耳を疑う。

 開拓され尽くした魔法、いかに衰退している分野とはいえ齢十二歳がどう足掻いても権威を名乗るのは怪しい。

 ベルソートは才能云々で他人に贔屓することはない。

 その思考は常に魔法文明の発展にある。

 自身が手を加えなくては道が開けない難儀な人物にのみ手ほどきしているのであって、感情的に肩入れした姿はサマレスでも見たことがなかった。


 引きこもり、宗教詐欺、催眠魔法の権威。


 いずれも内容的には信じがたいばかり。

 果たして、どんな人物なのか。


 研究施設がある研究棟ではなく、それは校舎の一室だった。

 長らく使われておらず、今や資材を保管するだけの旧校舎の中の学生用実験室の戸をベルソートが叩く。


「おおい、アホ弟子」

『げぇッ、師匠!?』


 失礼なベルソートの挨拶に、室内から奇声が上がる。

 品のない声に、やはり才能云々の事前情報を疑いたくなる。


「師匠が出向いたんじゃから、顔を見せぃ」

『い、嫌っス!もう悪いことしてないから説教とか魔法バンバン撃って来るのとか勘弁して下さいっス!』


 悲愴なほど全力の訴えであった。

 断固として出るつもりはない意思が伝わる。

 ベルソートが呆れながら、扉の取手に触れて―――――動きを止めた。


「む、やられたわぃ」

「はい?」

「こ、この小娘……取手に動作を制限する暗示の術式を仕掛けておったわ!」

「は!?」


 サマレスは取手を注視する。

 魔法の応用技術の一つ、術式――それは図や印などを媒体に条件を満たすと指定された魔法が発動する仕掛けのことだ。

 本来なら優れた魔法使いでも使える者がそういない技巧だが、齢十二の子どもが狡猾にも来訪者に向けて扉に仕掛けていた。


 仕掛けられたのは催眠魔法の『硬直』の一種。

 設定した動作を封じる呪いである。

 この場合は、扉を開ける行為に条件を限定し、術式に接触した物の動作を禁じていた。

 案の定、ベルソートは取手を握ったまま動けない。


 催眠魔法は、仕草や直接の接触以外では驚くほど効果を失う。

 相手の意識、認識に訴えるので間接的な手段では効力が衰える。術式程度となると、基本は相手が自覚できない弱さの体の不調程度にしか効かない。

 そのため催眠魔法に術式は無意味という暗黙の了解すらある。


 だが、眼前で起きていることは全く違う。

 まさか伝説の大魔法使いが動きを封じられるほどの効果を、よもや発揮する術式があるとは!


「校長、こうなったら蹴破りますか」

「待つんじゃ」

「えっ?」

「いま取手に触れてわかったんじゃが、此奴…………至るところに術式を刻んで徹底的に侵入対策をしとる」

「はあ!?」

「このアホ弟子め、ワシが貸し与えた研究室に籠城するどころか、私的に要塞化しおって!!」


 普段は穏やかなベルソートが口汚く扉の向こう側を罵る。

 それに対し、嘲るような声が返ってきた。


『うっさい!これから貴重な実験体の経過観察するんスから、放っといて欲しいっス!』

「ヌシ、一応は在籍しとるんじゃから講義には出んか!?」

『在籍?何のことか知らないけど……………ふへへへへ、あたしは魔法研究ができれば何でも――みぎゃあッ!!』


 何やら奇妙な鳴き声がする。

 サマレスは動けないベルソートを扉から引き剥がして、しばらく反応を見た。

 室内で暴れるような騒音と震動で戸が激しく揺れる。

 少女らしき人物の猫の威嚇めいた声が合間に聞こえ、室内の騒々しさは激化の一途を辿る。

 そして、長い沈黙が突然訪れる。


「……………校長、これは」

「む、来たのぅ」


 声を遮るように実験室の扉が開かれた。


「やあ、主人がすまない」


 扉を開けて黒髪の青年が、脇に折り畳んだローブのような塊――もといアホ弟子を抱えて現れる。よほど強引に抱え上げられたのか、ローブの裾が頭に乗って顔が隠れている。

 だらしなく垂れた四肢は細く、手は小さい。

 室内でベルソートの弟子と争っていたのは彼なのだろう。

 一目で人畜無害と分かるこの青年に、サマレスは挨拶代わりに無言で会釈した。

 ベルソートは青年の脇に視線を注ぐ。

 すると。


「むがーッ!主人に逆らうっスか、イグル!?」

「君が怪しい煙の出る鍋と暗い部屋で格闘してもう三日経つ。 外に出る良い機会だと思ってね」

「要らぬ世話ッス!?」

「そんなんだから大きくなれないんだぞ」

「余計なお世話っス!大体いつも――」


 青年の小脇で塊がバタバタと暴れ回る。

 窘める彼に牙を剥き、その胴体を殴りつけていた。

 だが、しばらくしてベルソートの注視に気づいた塊は、ローブの裾を退けて顔を露わにする。

 にこり。

 視線が合ってベルソートは微笑んだ。


「久し振りじゃのぅ――――ミシェル」

「ご、ごごごごご無沙汰っス師匠」


 顔を青白くさせて、ローブの塊――――もとい魔法使いの少女ミシェルが震えながら挨拶を返した。






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