そしてー。もしもー。
彼は、隣りの棟の地面に瞳を写す。
「そしてー。もしもー。その原因が近いうちに、全身を強打して死ぬと云う事だとしたら…。」
煙と共に言葉は吐き出された。
チリン。
風鈴が鳴る。風が吹いている。
其の音は鳴っている。
其の音は間違い無く鳴っている。
私が身体で感じているのだから…。
間違いは無い筈だ…。
耳を刺激した音色は夜風に溶けていく。
いや…。鳴っていたのか?…。
私には、鳴っていたと証明する事が出来るのか?…。
「近い未来、全身を強打して死んだモノの魂魄が、現在、生きている魂魄に事象の収束を告げるとしたら…。過去へ遡って自分の終わりを告げるのだとしたら…。どうなる?」
彼の瞳は艶の無い漆黒の瞳だ。昆虫の複眼の様に全てを見通してるかの様に感じる。
既視感が漂う。
彼はあの時、何て言った?
【ん?最初に言っただろ?創作だったモノだって…。過去形だよ。過去形。創作であった筈の物語は、過去へ遡って現実になったんだよ。】
ー過去へ遡り、現実となる…。
「量子とはミクロ。微視的なモノ。魂魄が、そう云った量子だとしたのなら…。無理矢理に引きちぎられた魂魄は…。魂と魄に分離した…。量子の双子になるのなら…。」
彼の声が脳に直接に語りかけてくる。
少しだけの吐き気と目眩。
世界が融解して…。
消滅した。
そんな感覚に蝕まれる。
焼香の香り。ユラユラと漂う煙草の煙。
一定の律動で読み上げられる経典。
経典の教えは…。
【存在もするし、存在もしない】
彼はそう呟いていた。
存在する。存在しないは…。
重なり合っている…。
シュレーディンガーの猫はどうだった?
生きている状態と死んでいる状態は重なり合っている。
パチン。
彼は唐突に指を鳴らした。
私の瞳の奥を、昆虫の複眼の様な瞳で覗き込み…
「かくして【くねくね】は産声を上げる…。」
と耳元で囁いた。
「ほら…。」
彼はそういうと…。
ある場所を指し示す。
その動きに誘導されて…。
私は隣の棟の地面を見ている。
其所に見えたのは…。




