青空の彼方~龍の伝承歌~
昔
人と竜は共に生きていました。衣食住を共にし、時には一緒に狩りにも出掛けました。
しかし、ひとたび戦争が起きると、人間の戦いの道具として、戦場に駆り出され、同じ竜同士で傷つけ合わなければならなかったのです。
いくら言っても争いを止めない人間達に呆れ果て、いつしか竜は、人間達の前から忽然と姿を消してしまったのでした。
「ねぇ、先生。もうこの世界に竜はいなくなっちゃったのかな?」
教科書を広げたまま、一人の男の子が、自分の前に立つ少女に話しかけました。
青空の下の教室には、何もなく、わずか五人の生徒が少女の前にいて、少女を見つめていました。
「さあ、どうかしら。もしかしたら私達の知らない何処かで、まだひっそりと、人間に見つからないように暮らしているのかも知れないわね」
少女はそう言うと、「今日の授業はここまで」と言いました。
少女は皆を帰らせた後、青空を見上げると、
「竜は何処かで必ず生きている」
と、静かに呟きました。
その瞬間、あれほど晴れていた空が、曇り始め、少女の額に、ピタッと一滴、雨粒が落ちました。
少女は慌てて言いました。
「大変! 洗濯物が濡れちゃう!」
少女が駆け出した時、視界の上に何かが動いた気がしました。
「え?」
頭の上には大粒で落ちる雨と、灰色の雲があります。しかし、よく見ると、雲の中に光るいかずちに紛れて、蠢くものがありました。
「竜だわ!」
少女は咄嗟に、その竜らしきものの後を追いかけました。けれども、分厚い雲に隠れて、すぐに見失ってしまったのです。
「残念…」
少女は仕方なく、家路へと走り出しました。
この少女の名前はアンジェ。14歳です。
小さい時に親を戦争で亡くし、今は祖母と二人暮らしをしているのでした。
アンジェは雨ですっかり濡れしまった洗濯物を家の中に干し入れると、今度は夕飯の支度に取りかかりました。
「アンジェ、帰ったのかい?」
祖母のローザが、自分の部屋のドアを開けて、杖をつきながら、台所に歩いてきました。
ローザは病気を患らっておりました。
「おばあちゃん、起きて大丈夫なの?」
心配そうに駆け寄るアンジェは、ローザの手を取ると、食卓のテーブルの椅子に、腰かけさせてあげました。
「ありがとう。ところで、雨が降っているみたいだけど、授業の方は大丈夫だったかい?」
「うん。終わってから降り始めたから。…それよりおばあちゃん! 私見たのよ!」
アンジェは、夕飯のシチューをテーブルに置きながら、嬉しそうに話し始めました。
「雲の中に隠れてて、はっきりとは見えなかったけれど、あれは間違いなく竜だったわ!」
「そうかい、そうかい。それは良かったねぇ」
「…本当なのよ?」
いかにも話し半分なローザに、アンジェは膨れっ面です。
その様子を見、ローザは言いました。
「…私はね。戦争でお前の両親を失ってから、竜を愛せなくなってしまった。二人は竜の牙に殺されたからね…。もちろん、竜が悪いわけじゃないことは分かっている。悪いのは、友達のように共に暮らしてきた竜を、戦争の道具にしてしまった人間なのだから…」
ローザはシチューを口に運んだ後、アンジェの顔をじっと見つめました。
「お前は…両親を殺されて、憎くならないのかい?」
その問いに、アンジェは押し黙ってしまいました。
夕飯も終わり、寝る時間になっても、アンジェは自分の部屋の屋根裏部屋で、ベッドに横たわったまま、考えていました。
ローザが言った、両親を竜に殺された憎しみ。
もちろん、今までにも、同じことを考えた時はありました。けれども、アンジェにはどうしても、竜を憎むことが出来ないのでした。
それでも、ローザの気持ちを考えると、この心を伝えることは、出来なかったのです。
ふと、天窓の外に何かが揺らめきました。
「何かしら?」
雨が入るのもはばからず、アンジェは天窓を開け、じっと目を凝らします。そして、
「竜だわ!」
アンジェはそう言い、慌てて玄関を思いっきり開き、外へと飛び出したのでした。
「お願い!! 私の声が聞こえるなら、…私の姿が見えるなら、少しで良いの! 姿を見せて!!」
アンジェは、大粒の雨が顔に当たっても、服がずぶ濡れになっても、真っ直ぐに、その蠢くものの姿をじっと見つめていました。そして、アンジェは静かに言うのです。
「私は、ずっと竜に会いたかった…。探していたの…だって…私は…」
アンジェはそう言うと、地面に崩れ落ちました。
その時です。何か光るものがこちらに向かってくるのが見えました。
その場に座り込むアンジェの目の前に現れたのは、一人の少年でした。
「こんな雨の中にいると、風邪引くよ」
「あなたは誰?」
少年は何も答えず、にこやかに笑顔を称えるだけでした。
「これを君にあげるよ」
「これは?」
少年が差し出したのは、何とも綺麗な竜の鱗でした。
手の先でくるくると回すと、それはキラキラと光輝いています。
「それを持ってて、また会えるから」
「待って、あなたの名前は?」
少年は何も言わず、光とともに舞い上がると、アンジェの前から姿を消してしまいました。
手に持っていた竜の鱗を胸に抱きしめると、アンジェは竜との繋がりを強く感じたのでした。
次の日、あんなに降っていた嵐のような大雨は嘘のように晴れ、アンジェは朝から大忙しで、洗濯をしていました。
昨日濡れてしまった洗濯物を洗い直し、シーツを大桶で踏みつけ、外に目一杯干しました。
その瞬間、シーツが風になびくと、サワサワと気持ちの良い風が、アンジェの髪をくすぐりました。
アンジェは昨日もらった竜の鱗を、ふと、太陽の光に当ててみました。
透明で透き通るような竜の鱗は、日の光を浴び、虹色に輝いています。
「きれい…」
アンジェはしばらくその輝きに見とれていましたが、良いことを思い付いたように声を上げました。
「そうだわ!」
自分の部屋へ戻ると、机から余った革紐を取り出し、鱗に慎重に穴をあけ、その穴に革紐を通すと、自分の首にかけました。
「行ってきまーす」
アンジェはローザにそう言うと、学校への道のりを、ほんのりスキップして出掛けて行きました。
途中、畑で雑草を刈っているベンおじさんに「アンジェ、今日はごきげんだね」と、言われると、アンジェは少し恥ずかしくなり、顔を赤くし、足早にその場を後にしました。
学校といっても、屋根があるわけではありません。ただただ広い、何もない草原があるだけでした。アンジェはここで、病気になったローザのかわりに、子供たちに勉強を教え、その親から生活に必要な僅かなお金を頂いているのでした。
「アンジェお姉ちゃーん!」
遠くから小さな女の子がこちらに向かって手を振ってきます。
「こら、エヴァ、学校では先生でしょ?」
「あっ、そうだった」
エヴァはテヘッと頭を自分でこづきました。
エヴァを筆頭に、後ろから次々子供たちがやってきます。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
一人の男の子がそう言うと、皆も一斉に挨拶をして、草の中に座り、アンジェの言葉をじっと待ちます。
「みんなおはよう。昨日はすごい雨だったわね。では昨日の続きから…」
「先生!」
「何? ジョシュア?」
ジョシュアと呼ばれた男の子が、おもむろに手を上げ、立ち上がると、アンジェの胸に下がっているものを指差して言いました。
「その、キラキラしたの、何?」
興味深そうに駆け寄ってきたジョシュアに、アンジェは首からそれを取ると、
「昨日もらったの、多分竜の鱗だと思うわ」
と、見せながら言うと、他の子達も近くに寄ってきました。
ジョシュアはそのキラキラしたものが無性に欲しくなり、
「これちょうだい!」
と、アンジェの手から竜の鱗のペンダントを強引に奪ってしまいました。
「ダメ!」
突然のことで、アンジェは思わず、ジョシュアの手を、思いっきり握ってしまいました。
「いたっ!」
ジョシュアがアンジェの顔を凝視すると、見開かれた目が、見る見るうちに歪んでいき、とうとう目からは大粒の涙がこぼれはじめました。
「うわぁ~~~ん!! アンジェお姉ちゃんがぁぁ~~!!」
泣きじゃくるジョシュアが、アンジェに向かってペンダントを投げつけて来ました。
アンジェはそれを落としそうになりながら、ポケットにしまいこむのでした。
アンジェが動揺していると、その大砲とも言えるような泣き声に、周りにいた大人達が、「何だ? 何だ?」と、ぞくぞくと集まってきました。
「どうしたんだね? アンジェ?」
「え、えっと…」
アンジェが何かを言おうとした時です。
「アンジェお姉ちゃんが僕の手を思いきり掴んだんだ~!」
ジョシュアが泣きながら、またもや大声を出しました。
「まあ、ジョシュア!」
ジョシュアの母親が現れて、ジョシュアを抱き寄せると、アンジェをキッと睨みました。
「何してくれるのよ! こんなことじゃ、今月のお給金は差し上げられないわ!」
母親の物凄い剣幕に、アンジェは謝るしかないのでした。
「すみません…。でも、お金がないと、私とおばあちゃんは…」
「口答えしようっての? あなたのおばあちゃんの時は、こんなこと、なかったのに…」
その言葉を聞き、アンジェは俯いてしまいます。ですが、母親は構わず続けました。
「やっぱり、親がいないからいけないのかしら。おばあちゃんだけじゃねぇ」
「すみません…」
どんなことを言われても、ただ我慢するしかないのでした。
「やっぱり、都会の学校に行かせた方が良かったわ。馬車で三時間かかるけど…」
独り言のように呟く母親は、続けて一層大きな声で言い放ちました。
「とにかく! 今日からしばらく学校は休校にします! 皆さんも、それでよろしいかしら?」
「あ、ああ」
ジョシュアの母親の勢いに、周りの男たちは気圧されてしまい、思わず頷くのでした。
アンジェはトボトボと、家とは逆方向の道を歩いていました。
あまり早く帰っても、ローザに何事かと心配をかけると思ったのです。
ふと、アンジェの目からは涙がこぼれ落ちました。
そして、ポケットにいれていたペンダントを胸にかけ直すと、そっと静かに握りしめ、涙を拭うのでした。
アンジェが袖で涙を拭きながら歩いていると、森の中にいつの間にか入り、迷ってしまいました。
「あれ? ここどこ?」
引き返そうと思っても、周りは全て木ばかり。
そうして、迷っている内に、アンジェは、森の奥へ奥へと入っていってしまいました。
森は何処か薄暗く、アンジェの目には不気味にうつります。
アンジェは「こっちじゃないのかしら」と、呟き、踵を返して歩き出そうとしました。
すると、次の瞬間。
「え?」
アンジェの右側の足場が崩れ、アンジェは崖から落ちそうになりました。
アンジェは迷っている内に、いつの間にか、山の中腹にいたのです。
間一髪、木の根っこに掴みかかりましたが、今にもちぎれそうです。
(助…け、て…)
アンジェが心の中で叫んだ瞬間、木の根はちぎれ、アンジェは空中に放り出されてしまいました。
その時です。胸にしまっておいた竜の鱗が外へとはねあがると、何と虹色に輝き出しました。
するとそこへ、大きな竜が岩陰から飛び出すと、落ちていくアンジェを上手に背中に乗せ、大空に舞い上がりました。
竜はアンジェを背中に乗せたまま、ヒラリと山肌の出っぱった所に着地したのでした。
「また会えたね」
そう言うと竜は、昨晩会った少年に姿を変えました。
「助けてくれてありがとう。私はアンジェ。あなたは?」
「僕はルルトゥ」
「ルルトゥ?」
「僕たちの言葉で、風って意味」
「ルルトゥ…。素敵な名前ね!」
アンジェは思わずルルトゥの手を握っていました。
ルルトゥは少し、照れた様子でした。
「ところでアンジェは、こんな山奥にどうしてきたの?」
「私は…ちょっと道に迷っちゃって…」
アンジェは先程あったことを思い出すと、少し、悲しくなってきました。
しかし、悪いのは嬉しさのあまり、ペンダントを隠そうともせず、持っていた自分。
そんな気持ちを察したのか、ルルトゥは竜の姿に戻ると言いました。
「僕の背中に乗って」
「え!」
アンジェはルルトゥに促されるまま、背中に乗ります。
「僕の角にしっかりつかまっててね!」
ルルトゥは背中に生えている大きな翼を羽ばたかせると、大空へと舞い上がっていくのでした。
ルルトゥはスピードを上げ、青空の上へと昇っていき、雲を突き破って進みます。
「キャー!」
あまりの早さに、目も開けられず、アンジェは振り落とされまいと、角を両腕でがっしりと掴みました。
空の上へ昇ったルルトゥは、空中で止まると、
「アンジェ、目を開けてみなよ」
と、言いました。
恐る恐るアンジェが目を開けると、真っ白な雲の上で、下を見ると、川や木が、太陽に照らされて、キラキラと輝いています。
「わあーきれい…」
まるで雲の上を歩いているような気分です。
「驚いた? 僕たち竜は、こうして雲にまぎれて、たまに空を散歩してるんだよ。人間に見つからないようにね」
「僕たち…?」
アンジェはその言葉を聞いて、思わず声をあげました。
「ルルトゥ以外にも、竜は生きてるってこと?」
「もちろんだよ! ひっそりと隠れて暮らしてるんだ。動物にまぎれてるのもいれば、人間に変身して暮らしてるのもいる」
「ルルトゥは何処に住んでるの?」
「僕は森とか木陰とかが好きだから、普段は山奥の洞窟の中とかかな!」
そうして、話をしている内に、いつの間にか夕暮れが迫っていました。
「あ、私そろそろ帰らないと…」
「じゃあ、近くの草原まで送ってくよ」
アンジェは正直、少し帰りたくありませんでした。
このままルルトゥと一緒に、ずっと空を飛んでいたかったのです。
しかし、ローザが心配してないか、少し不安になりました。
いつもはもう少し早く帰るのです。
「また会える?」
「うん。僕は、あの山にいるから」
ルルトゥは先程アンジェが道に迷った山を見ました。
「そうだ。僕とのことは、二人だけの秘密にして欲しいんだけど…」
「どうして?」
「あんまり人間には姿を見せたくないんだ」
「そうなんだ…」
「でも、君のためなら、僕はすぐ駆けつけるよ」
草原に降り立ったルルトゥの体は、夕暮れに照らされて、燃えるような赤に染まりました。
アンジェが家へ帰ると、心配そうな顔のローザが杖をつきながら駆けつけてきました。
「おお! アンジェ、遅かったじゃないか! 心配したんだよ」
「ごめんなさい、おばあちゃん」
すまなそうに頭をさげるアンジェに、ローザは背中を、優しくトントンと叩くと、台所にある椅子に座らせました。
「今日のこと、大変だったね」
優しく響くローザの声、ローザは今日何があったのか全部知っていました。
「ごめんなさい、おばあちゃん。私が…」
「何も言わなくていいよ。実はエヴァが来てね」
「エヴァが?」
「『悪いのはアンジェお姉ちゃんじゃない。ジョシュアがお姉ちゃんのペンダントを欲しがったから…。お姉ちゃんを怒らないで』ってね」
アンジェはその言葉を聞き、抑えていたものが急に溢れだして、ポロポロと涙を流し始めました。
「おやおや、そういうところは、まだ子供だね」
ヨシヨシと頭を撫でるローザに、アンジェはただただ、涙を流すばかりでした。
次の日、アンジェは森に向かいました。
学校も休みになってしまったので、ルルトゥに会いに行くのです。
アンジェはお弁当を持って、森を歩いていました。
「ルルトゥー!」
アンジェが大声で叫ぶと、ヒョコッと小さなウサギが姿を現しました。
「可愛いウサギ」
アンジェが触ろうとした時、そのウサギは木の影に隠れてしまいました。
すると、今ウサギが隠れたはずの木の影から、ルルトゥが姿を現しました。
「ルルトゥっ」
「驚いた? 僕だよ」
人間の姿でいたずらっ子な笑みをこぼすルルトゥに、アンジェは思わず笑ってしまいました。
それから一緒にサンドイッチを食べ、川で遊んだり、木陰でお昼寝をしたりして過ごしました。
ルルトゥとの時間は、アンジェにとって、かけがえのないものになっていきました。
そして、一緒に遊ぶのが毎日の日課になった頃。
いつものように、ルルトゥと空の散歩をしていると、ルルトゥが突然歌い出しました。
「ラーララララー、ラーラララー、ラーラーラーラララ」
「それ、何の歌?」
アンジェは背中に乗りながら、不思議そうな顔で、ルルトゥに聞きました。
「僕たち、竜に伝わる古の歌。この歌を歌うと、とても良いことが起こるって云われてるんだ」
「いいこと?」
「よく分からないけど、じいちゃんが言ってた」
そう言うとルルトゥは、また歌い出しました。
「ラーララララー、ラーラララー…」
すると、今度はアンジェも一緒になって、歌い出しました。
「ラーララララー、ラーラララー」
嬉しくなって、二人して大声で歌っていると、突然、雷が、
ピシャーン!
と、木に落ち、黒焦げになりました。
その途端、どしゃ降りのような大雨が、二人に降り注ぎ、二人は慌てて、山の中腹にある岩の洞窟に隠れました。
「これが、いいこと?」
「あはは…」
二人はびしょ濡れになり、顔を見合わせると、その後、思いっきり笑い合いました。
雨がやむまでの間、二人は岩の洞窟に焚き火をして、雨宿りをしていました。
「ラーララララー、ラーラララー…」
アンジェは竜のルルトゥに、寄り添って静かに歌を歌っていました。
その様子を、雨が降りしきるのもはばからず、フードを被り、木の影に隠れた何者かが、こちらを観察しているのでした。
雨もすっかり上がり、外に出て、大きくのびをするアンジェ。
山の向こうには、大きくて鮮やかな虹のアーチがくっきりとかかっていました。
「大きい虹ー」
「アンジェ、僕、大事な話があるんだ」
「何? ルルトゥ?」
笑顔で振り向くアンジェとは対照的に、人間の姿のルルトゥの顔には、何処か陰りが浮かんでいました。
「ルルトゥ?」
「実は、僕、もうすぐここからいなくなるんだ」
「え? いなくなるって、どういうこと?」
途端にアンジェの顔から笑みが消え失せます。
「僕たちは、あまり一つのところに長くいちゃいけない。それだけ人間に見つかる確率が高くなるからね。本当はこうして遊んでいることだっていけないことなんだ」
「い、いやよ! せっかく会えたのに…だって私はあなたにずっと会いたかったの!」
アンジェの心は、まるで先程の大雨のようにざわついていました。
「どうしてなの? こんなに優しい竜が、何故牙を突き立てて私の親を殺したの? ずっと不思議に思ってた、私の中にある子供の頃の竜の記憶は、どれも優しいものなのに…」
アンジェの心には、それがずっと、針のように突き刺さっていました。
優しい竜、怖い竜。どちらが本物なのか、アンジェには分かりませんでした。
「君がつらいなら、僕を、憎めばいいよ」
「!!」
突然の言葉に、アンジェの目からは色が失われました。
「アンジェ、僕は君に言いたいことがあった。でも、それはもう言えない」
そう言って、優しく微笑むルルトゥは、竜に戻り、大空へと消えて行くのでした。
「ルルトゥ…」
アンジェは悲しそうに呟きました。
(ルルトゥを傷つけてしまった…)
もう夕日も落ち、赤紫色の空が黒く染まる頃、アンジェは帰り道をトボトボと浮かない表情で歩いていました。
幼い頃一緒に遊んだ竜。そして、両親を牙で引き裂いた竜。
(本当は優しい竜なのに…)
アンジェは考えても分かりませんでした。
ふと、アンジェが自分の家を遠くから見つめると、何やら人が大勢で、家を取り囲んでいました。
ローザが叫んでいました。
「だから! アンジェはまだ帰って来てないのよ!」
「そんなはずはないだろ。兵の話ではもう山を降りたはずだ! 家の中を見させてもらう!」
20人くらいの武装した兵隊と、ひときわ偉そうな真ん中にいるちょびヒゲの男が、大声で叫ぶと、ローザの胸ぐらを掴んでいました。
アンジェは慌てて駆け寄りました。
「やめて!」
ローザと男の間に割って入ると、アンジェはキッと男を睨み付けました。
「なんなんですか? あなたたち?」
「お、これはこれは…お嬢ちゃん。待ちわびてましたよ」
男は、気持ちの悪いニタニタ笑いをし、一つ咳払いをして、襟元を正すと、アンジェに言いました。
「ウンウ! …私はバルハラ帝国、国王軍直属、第一部隊のハーヴェイ少佐! ぜひともあなたにお願いしたいことがございましてね」
ハーヴェイはうやうやしくも、アンジェに上目遣いでお辞儀をしてきました。
「お願い?」
「ええ。是非とも、あなた様の飼っている竜を、お譲り願いたく…」
「飼う…ですって?」
そう言うとハーヴェイは、手をパンパン! と叩くと、部下の兵に何やら持ってこさせました。
部下は、まるで献上品とでも言いたげに、赤く布地が敷いてある板の上に、袋を乗せて持ってきました。
ハーヴェイはその袋を、上下で支えるように持つと、アンジェに見せて言いました。
「この中に、金貨100枚入っております。このお金で、あなたの竜を買い取らせて欲しいのです」
───金貨100枚とは、アンジェとローザが一生働いても、手に出来ないお金でした。
その金額に、後ろにいたローザは、腰を抜かしました。
「き、金貨100枚…」
しかし、そんなお金には目もくれず、アンジェは精悍な顔つきで、ハーヴェイを睨み付けます。
そして静かに言うのです。
「私は、竜など飼っていません…」
「何?」
「かつて人と竜は共に生きていました。そこには上下関係など存在しないはずです。ルルトゥは…友達です!」
アンジェはハーヴェイの手に持っている金貨を払いのけました。
地面に散らばった金貨のなれの果てを見て、ハーヴェイがまるでゆでダコのように、真っ赤になり叫びました。
「ぐぬぬ~!! この逆賊を引っ捕らえろ!」
「はっ!」
アンジェは数人の兵に、後ろ手に捕まれ、地面に倒されてしまいました。
「キャ!」
「アンジェ!」
ローザが心配そうに駆け寄ろうとしますが、すぐに二人の兵士が、槍をローザに向けて、行く手を阻みます。
「おばあちゃん!」
後ろ手に縛られ、立たされたアンジェは、数人の兵士にせり立てられるようにして、何処かに連れていかれたのでした。
荷馬車に乗せられたアンジェは、軍のキャンプ地がある所へ連れていかれました。
アンジェは、まるで物のように、軍用の大きなテントの中へと放り込まれてしまいました。
「キャ!」
「そこで大人しくしていろ!」
ハーヴェイは見下すようにアンジェを見ると、「この娘を見張っとけ!」と、テントの前にいる警備兵に言い付け、自分は何処かへと、行ってしまいました。
アンジェは、心の中で叫びました。
(助けて、ルルトゥ…助けて…)
しかし、どんなに強く願っても、ルルトゥは助けには来てくれないのでした。
アンジェが泣きつかれて眠っていると、外が何やら騒がしくなってきました。
テントの入り口には、炎に照らされた人影だけがたゆたうように揺らめいていました。
「~~~ったのか!?」
「~~~たぞ!」
アンジェが気づかれないように、外を見ると、兵士たちの声が聞こえてきます。
「あの竜を捕らえたのか?」
「これは大きい!」
何やら兵士たちは、大きな荷車に乗せられた竜が入っている檻を、取り囲んでいるようです。
「あっ!」
アンジェは愕然としました。
その檻の中に入っているのは、身体中が傷だらけで、今は眠っているルルトゥの姿だったのです。
「ルルトゥ…」
アンジェは泣き崩れました。しかし、泣いている場合ではありません。
テントの見張りは、アンジェが寝ていることに油断したのか、檻の中のルルトゥを見に行き、いませんでした。
アンジェはテントの中を見回しました。すると、テントの中に、道具入れが置いてありました。
アンジェは中を覗き込むと、ちょうど、ハーヴェイのヒゲ剃り用と思われる、カミソリが、無造作に置いてありました。
アンジェはそれを後ろ手で持つと、カミソリで縄を切り始めました。
一方ルルトゥは、まだ眠りの中にいました。
ルルトゥは夢を見ていました。
『ルルトゥ…ルルトゥ』
アンジェの優しい声が、頭の中に響きます。
二人で楽しく空を飛んでいると、突然空が曇りだし、大雨が降ってきました。
慌てて洞窟の中に隠れるのですが、何処を見回しても、アンジェの姿がありません。
「アンジェ、アンジェー!」
ルルトゥが悲しく叫びます。
「アンジェ…」
ルルトゥは、夢を見ながらも、現実で涙を流していました。
アンジェはどうやら、縄が切れたようで、テントの外で草かげに隠れて、ルルトゥの様子を見ていました。
「ルルトゥ…」
どうやって助けようか悩んでいたのです。
その時です。
「離せ! 離せよ!」
アンジェの目の前に飛び込んできたのは、兵士に襟首を捕まれた、ジョシュアの姿だったのです。
思わずアンジェは飛び出していました。
「ジョシュア!」
「アンジェお姉ちゃん!」
「き、貴様、どうやって縄を…」
兵士が、アンジェがいることに驚いて、油断している隙に、ジョシュアが兵士の顔に跳びげりを喰らわし、兵士は地面に倒れこみました。
ジョシュアはアンジェの元に駆け寄りました。
「お姉ちゃん!」
「ジョシュア、どうしてここに?」
「アンジェお姉ちゃんに謝りたくて、やっとのことで家を抜けてきたんだ。それで、お姉ちゃんの家に行ったら、お姉ちゃんが兵士に連れていかれそうだったから、あらかじめ、荷馬車の中に隠れてたんだ」
そう言うと、ジョシュアは、すまなそうな顔をアンジェに向けました。
「お姉ちゃん…ごめんなさい。大切なペンダント、取ったりして…」
「いいのよ。私こそごめんね」
アンジェはジョシュアの頭を撫でました。
「良かったぁ~」
「良かったね、ジョシュア!」
突然草かげからエヴァが顔を出しました。
「エヴァ?」
「みんな一緒に来てくれたんだっ」
見ると、後ろの草むらに隠れて、アンジェの学校の子供たちが、全員いました。
ジョシュア、エヴァ、イアン、ルーク、マヤ。
みんなはにっこり笑うと、一斉に草むらから飛び出し、兵士に向かっていきました。
「それ、行けー!」
突然現れた小さな兵隊に、兵士たちは大慌てです。
イアンは兵の体にのぼり、髪の毛を引っ張ったり、ルークとマヤは走り回ったり、エヴァは大声で叫んだりと、大混乱です。
「さあ、僕たちが引き付けてるから、アンジェお姉ちゃんは、竜を!」
ジョシュアのその言葉に頷くと、アンジェはルルトゥの元へと走り出しました。
「なんだなんだ?」
間の抜けた声で、ハーヴェイが、シルクのパジャマとナイトキャップ姿で外に出ると、子供たちが騒いでいるのが見えました。
「こら! 誰の子だ! お前たち! ガキどもを静かにさせろ!」
「しょ、少佐! 大変です! 少女がテントから姿を消しました!」
「ぐぬぬ! 何やってるのだ! さっさと見つけてこい!」
ハーヴェイは、安眠を妨害され、たいそうご立腹の様子でした。
アンジェは檻の中のルルトゥの目の前にいました。
ちょうど檻の柵は、アンジェが横向きでギリギリ通れる大きさだったので、中に入れたのです。
アンジェはルルトゥを揺り動かしました。
「ルルトゥ、ルルトゥ」
「アン、ジェ…ゆ、め?」
「夢じゃないよ。ルルトゥ」
アンジェはルルトゥが起きたのを見ると、安心し、
「…ごめんなさい!」
といきなり頭を下げました。
「え?」
「あなたの優しさに甘えて、言うべきじゃないことを言って、傷つけてしまって」
「そんなことっ」
「でもルルトゥ。私のこと、嫌いにならないで」
アンジェは顔を両手で覆い隠しました。
「どうして? 僕がアンジェを嫌いになるわけないよ」
ルルトゥはアンジェの顔に自分の鼻先を近づけました。
アンジェの細くて働き者の指先が、ルルトゥの顔に優しく触れました。
ルルトゥは優しい声で、優しい眼差しをして、アンジェの目を真っ直ぐに見つめました。
「アンジェは今まで、たくさんつらいこと、あったね。でも今の君を形作ってるのは、これまでのこと、全部ひっくるめて、君がいるんだ。僕は、今のアンジェに出会えて幸せだよ」
最後にニッコリと笑うルルトゥの笑顔は、アンジェの心に刺さったトゲを、簡単に抜きさるのでした。
「ルルトゥ…」
アンジェはルルトゥの大きな顔を、そっと抱きしめるのでした。
「さあ、逃げよう」
そう言って、檻の外を見るアンジェ。
兵士にはまだ気付かれてはいないようでした。
「でも…檻のカギが」
「人間に変われないの?」
「うん、今、力が入らないみたいだ」
「待ってて」
アンジェはキョロキョロと辺りを見回すと、カギを持っている兵士を見つけ、後ろから跳びげりをくらわしました。
兵士は何が起こったかわからず、目から星を出し、一瞬で伸びてしまいました。
「アンジェすごい…」
「へへ…」
アンジェはルルトゥの檻のカギを開けました。するとその時。
「そこまでだっ」
何とハーヴェイが、こちらに銃口を向けてきたのです。
アンジェとルルトゥはその場に固まりました。
「お姉ちゃん」
見ると、ジョシュア、エヴァ、ルーク、イアン、マヤが兵士たちの小脇に抱えられ、捕まっていました。
「その子達を離して!」
アンジェはハーヴェイをキッと睨みます。
「おっと」
と、銃口を構え、ハーヴェイは言いました。
「返して欲しければ、分かってるだろうな」
ジリジリと迫るハーヴェイ。
アンジェはハーヴェイに聞こえないように、ルルトゥに囁きました。
「逃げて。子供たちを連れて」
「でも…」
「いいから! 早く!」
そう言ってルルトゥのしっぽをポンと押すように叩くと、ルルトゥは勢いよく空へと舞い上がりました。
「わ、私の竜がぁ~!」
空へと上がったルルトゥが、子供たちを抱えている兵士たちに勢いよく突っ込むと、兵士たちは思わず子供たちを離して逃げてしまいます。
ルルトゥは、
「早く乗って!」
と子供たちに言いました。
5人の子供たちはルルトゥの背中に飛び乗りました。
「お姉ちゃんも早く!」
エヴァがアンジェに手を差し出します。しかし、アンジェはふるふると首を横にふりました。
「もう乗れないでしょ? さあ、行って! ルルトゥ!」
アンジェがそう叫ぶと、ルルトゥは勢いよく、空へと舞い上がりました。
「バイバイ…」
アンジェは小さく呟いていました。
「ぐぬぬ、よくも私の竜を離しやがって! お前は早朝、竜の牙で死刑だ!」
ハーヴェイが怒り狂い、アンジェに指を指して言い放ちました。
早朝─
アンジェの姿は草原にありました。しかし、いつもの様子ではありません。
アンジェは何と、丸太にくくられていました。
「お姉ちゃん…」
エヴァが呟きました。
遠巻きに見るしか出来ない人達は、皆一様に不安そうで、ローザは泣き崩れていました。
ハーヴェイの軍隊が、隊列を整え、アンジェの目の前にやってきます。
アンジェはそれを見て、驚愕の顔をしました。
「!!」
何とハーヴェイの軍隊は、皆全員、竜に乗っていたのです。
ハーヴェイは得意げに呟きました。
「フフン。驚いたか? これぞ我が軍最強! 竜の騎兵部隊だ! ここまで揃えるには本当に苦労した」
ハーヴェイは自慢のヒゲをピンっとはねました。
「どうして…」
アンジェは悲しそうに呟くと、竜たちに叫びました。
「どうして! あなたたちは争いを嫌っているのに! なのに、どうしてまた戦おうとするの?」
アンジェの目からは涙がこぼれていました。
「フン。叫んだって無駄ですよ。この竜たちは人間に逆らわないよう薬づけにしているのでね」
「そんな…なんてひどい…」
アンジェは大粒の涙をポロポロポロポロ流しました。
「さて」
と言うのと同時に、ハーヴェイは、パパン! と手を叩きました。
「おしゃべりはこれくらいにして、とっとと処刑を始めるか。あの時のようにね」
兵士の、ピーという笛の音とともに、竜たちがうなり声をあげ出します。
竜たちは恐ろしい目で、アンジェを睨み、恐ろしい牙をむき出しにしてきました。
その時です。空が曇り始め、雨がポツポツと降ってきました。
「ん? 嫌な雨だな…」
ハーヴェイが手の平を上に向け、呟きます。
アンジェも顔を上に向けると、おでこにピタッと雨粒が、優しく落ちてきました。
(雨…)
雨粒がまるでアンジェの涙のように、頬に伝い落ちました。
((この歌を歌うと、いいことがあるんだよ))
突然、ルルトゥの声が頭に響きました。
あの日、青空の中、二人で歌った竜の歌。その後見た虹の色。アンジェの頭の中に流れこんでくるようです。
一匹の竜が、今まさにアンジェに噛みつこうとしたその時。
「ラーララララー、ラーラララー、ラーラーラーラララ…」
アンジェは雨の中、歌いはじめました。顔にかかる雨粒が暖かく感じます。
すると、どうでしょう。
アンジェに牙を向け、今にも貫かんとした竜の動きが止まったのです。
そして、周りの竜たちもむき出しの牙をしまい、ついにはうなるのをやめてしまいました。
「こ、これは一体どういうことだ!」
ハーヴェイは驚きと動揺で、真っ青になりました。
兵士たちが叫びます。
「おい! お前たち! どうしたんだ!」
兵士の声を無視し、アンジェの歌に聞き惚れる竜たちは、すっかり戦う威力をなくし、大人しくあくびまでしています。
アンジェは歌い続けました。この声がルルトゥに届くように。
すると、降りだしたと思った雨が、見る見るうちに晴れ、綺麗な青空が顔を覗かせて、ついには雲一つなくなりました。
「アンジェー!!」
「ルルトゥ!」
青空の向こう側、ルルトゥが空を飛んでアンジェの名前を呼びます。
いえ、ルルトゥだけではありません。何と空を埋め尽くすほどの、大勢の竜たちが、一斉にこちらに向かってきておりました。
「な、なんだぁ~?!」
再び驚くハーヴェイは、その場に立ち尽くすしかありませんでした。
「アンジェ!」
ルルトゥは地面に降りるのと同時に、人間の姿になり、アンジェの縄をほどいてやりました。
「ルルトゥ!」
ルルトゥとアンジェは強く抱きしめあいました。
「遅れてごめんね。みんなを説得するのに手間取っちゃって」
「ううん。来てくれたもの」
ルルトゥの後ろにいる竜たちがハーヴェイを睨んだかと思うと、一匹の先頭にいた竜が、恐ろしい牙で、声で言い放ちます。
「貴様! 我らの同胞をよくもこんな穢れた姿にしたな! 覚悟は出来てるのだろうな!?」
「あひゃ!?」
ハーヴェイはその睨みと恐怖で、その場にへたりこみ、完全に頭の毛と、自慢のヒゲが抜け落ちてツルツルになってしまいました。
しかし、その後竜はこんなことを言いました。
「と、言うのは冗談だ。我らは殺しが好きではない。人間と同じにはなりたくはないからな。さあ、気が変わらぬうちに立ち去るがいい!」
再び牙を見せると、ハーヴェイは慌てて、
「たい…たいきゃく~!!」
と、兵士たちを置いて走って逃げて行きました。
「ハ、ハーヴェイ様~!」
兵士たちも慌てて走り去って行きました。
「さて、同胞を連れて、我らも行くか」
「ルルトゥ、先に行くぞっ」
「うん、ありがとう…」
ルルトゥの返事は、何処か暗いものがありました。
「ルルトゥ…行っちゃうの?」
「うん…」
「あのね、ルルトゥ…」
アンジェが何かを言おうとしたその時。
「お姉ちゃーん!」
エヴァがこちらに駆け寄ってきました。後ろにはジョシュアたちもいます。
「エヴァ」
アンジェはエヴァを強く抱きしめました。続けてジョシュアたちも抱きしめると、ルルトゥに向き直りました。
「ルルトゥ…私、あなたと生きたい」
「え?」
「ルルトゥとずっと一緒にいたいの!」
ルルトゥは驚きましたが、静かに言いました。
「あの時、あの大きな虹がかかった日。言えなかった言葉があるんだ」
ルルトゥは真っ直ぐに、アンジェの目を見ました。
「僕も君とずっと一緒にいたい!」
そう言うとルルトゥは、アンジェを強く抱きしめるのでした。
アンジェは振り向くと、首からペンダントを外し、ジョシュアに渡しました。
「これ、あげるわ。欲しかったんでしょ?」
「え? でもこれ、大事な物なんじゃ」
「大丈夫。私にはもっと大事なものが出来たから」
そう言うと、アンジェはウインクをしました。
「アンジェ…」
子供たちの後ろには、悲しそうに呟くローザの姿があります。
「行ってしまうのかい?」
「ごめんなさい、おばあちゃん。でも、私…」
「いいんだよ、自分の好きに生きて。私もずっと、そうしてきたから」
「おばあちゃん…」
アンジェはローザを強く抱きしめました。
そしてアンジェは、ルルトゥの背中に乗り、青空の彼方へと、旅立って行きました。
「ねえ、先生。その後どうなったの?」
教科書を広げたまま、一人の女の子が、目の前で本を読んでいる先生に尋ねました。
「いや~先生もこの先知らないんだ」
「なんだ、つまんないの~」
一人の男の子がつまらなそうに、えんぴつを机の上で転がしていました。
しかし、女の子が先生の前にかけてくると、言いました。
「でも先生、竜はまだ生きてるんでしょ?」
「どうしてそう思うの?」
「だって先生! そのペンダントずっと持ってるもん!」
「ああ、これか」
「大切なもの?」
そう女の子に聞かれ、先生はニコッと笑いました。
「僕の先生から貰ったものなんだ。大切なものだよ」
笑顔の先生に、女の子も笑顔です。
「さて、今日の授業はここまで」
子供たちが帰ると、何処か寂しそうな顔で、先生は呟きました。
「また会えるよね。アンジェお姉ちゃん」
ジョシュアの髪を一陣の風が揺らしました。