ユート
授業も終わり、学校を出て。ミホウさんの食堂に帰り、しばらくして。
アイナはライヴォークと二体の石製四つ足ゴーレムを引き連れ、シノサカの街を西に、とことこと進みます。
「アイナちゃん、お使いかい、ご苦労さま」
「はーい」
「アイナちゃん、うちの子、程式が合わなくなってね。そのうち行くから見てあげて」
「わかりましたー」
「アイナちゃん、診てもらったゴーレム、調子いいよ。ありがとう」
「えへへ」
アイナがシノサカに来てもうすぐ四ヶ月、この街にも顔見知りが増えました。こうして出歩いていると、ときどき道行く人に声をかけられます。
アイナは今日のように程式工房のゴーレム納品に出かけるときは、必ずライヴォークを連れていくようにしています。とても目立つので、ちょっとした有名人になっています。でも、ライヴォークのことを知っている人は現れません。
学校での一回目のグループ演習は、あれからもいろいろなトラブルが続いたものの、最初の先生のチェックで合格をもらえました。四つあるグループの中で、唯一の合格です。もちろん四人とも大喜び、自信にもつながったでしょう。と、ここまではいい話なのですが。
アイナは実業学校の授業を、程式工房の仕事と大して違いがなく、簡単だと思っているよう。一回目の演習でも自分たちで方針を考えて決めるという、工房のお手伝いには無い経験をしたのに、その重要性が分かっていません。魔術程式書家は程式を書くこともさることながら、お客さまの希望を叶えるためにどのような魔術を用意するのか設計することも重要です。しかし、それに気づいていないのです。
一方で不幸中の幸いというのは大げさでしょうが、優秀な程式書家になりたいという希望というか焦りは、だいぶ落ち着いてくれました。カノンちゃんからは面と向かって指摘されていましたが、ガツガツと点数を気にする姿勢が影を潜めたのです。ただ、ろくに勉強せず、慢心しているのは困ったもの。子はなかなか思うようには、育ってくれないですね。
さてアイナは、シノサカの街を出て大川ヨード沿いの小道をとことこと歩き、納品先の工事現場に到着しました。アワジマに来た日に手伝った現場とは、反対側の岸になります。あれから両岸とも堤防は延びていますが、まだまだ先は長そうです。
「よっ、アイナ。工房の手伝いか」
「あ、カノン」
「わたし、もうすぐ上がるから一緒に帰ろうぜ」
アイナが現場監督さんに石製四つ足ゴーレムを納品して程式の説明をしていると、カノンちゃんが威勢良く声をかけてきました。土方服も半袖になって肌の露出が増え、健康美が眩しいです。アイナも「じゃあ、待ってるね」と快諾します。
現場監督さんへの説明を終えたアイナは、土手を上がって腰掛け、カノンちゃんのバイトの終わりを待ちます。ライヴォークも座らせて、一緒に工事のようすを眺めるアイナ。日よけ代わりにと、自分より何回りも大きいライヴォークに体を寄せます。すっかり暑い季節になりました。
「シノサカにもあなたのことを知っている人はいないわね」
ときおり吹くそよ風に、アイナの声が流れていきます。
「珍しがるだけで、なんにも分からない」
それはすぐにも消えそうなかぼそい声。
「わたし、この街にいても駄目だと思うの」
アイナの独り言は続きます。ライヴォークは答えてあげられません。
「授業は知ってることばかりだし」
うん、その慢心は正して欲しい。
「あなたの程式を解明できるようになりそうもないわ」
ごめんなさい。それはどうやっても無理なの。
「わたし首席をとったら、一流の魔術程式書家さんに会わせてもらおうと思うの」
それで点数を気にしていたのね。
「そうすればあなたのこと、きっとなにか分かるわよね」
そうね。分かるといいわね。
「でもとってもとらなくても、学校を出たら別の街に行くわよ」
そこまで思い詰めていたのね。苦しい思いをさせて本当にごめんなさい。
ライヴォークも思わず知らずか、アイナの頭をなでなでします。こんなゴーレム、ほかにはいないでしょう。ライヴォークは事あることにやっているので、皆やがて慣れてしまって不思議に思わなくなります。
「待たせたな、アイナ」
工事は続いていますが、カノンちゃんが土手を上がってきました。
「今日は早いね」
「陽のほうが長いんだよ。夜は勉強しないとな」
「あ、そっか」
そんな話をしながらカノンちゃんは、からだ中に洗浄魔術を実行して汗や泥を流していきます。近くに人はいませんが、ほんと、はしたない。
「しかしアイナは変わってるよな」
「なにが?」
「ゴーレムと並んで、座ってるとこだよ」
「ん?」
「まるで親娘だぜ」
あらあら、まあまあ。
カノンちゃんは温風魔術でからだと服を乾かすあいだの、時間をつなぐために言っただけでしょう。
「そう」
アイナの声は消え入りそう。
「あっ、しまった。アイナ、ごめんなさい」
まだ乾いていない髪を振り回して、カノンちゃんは大慌てで深くお辞儀をします。
「うん、いいの、気にしないで」
アイナはそんなカノンちゃんに微笑んで立ち上がり、お尻についた土ぼこりを払いました。
「ちょっと寄り道してこ」
来た道をカノンちゃんとライヴォークとで戻っていると、カノンちゃんが河原の一角、みっしりと木が生えた雑木林へとアイナを誘います。
「カノン、なに?」
「しー、声を出さない」
アイナは仕方なくライヴォークを小道に待たせて、音を立てないようカノンちゃんのあとを追います。それにライヴォークが飛ばしたマナ玉がさらに続きます。
大雨が降れば川の底になる場所、ふたりとも足元が悪くて歩きづらそう。
「今日も、いた、いた」
カノンちゃんが声を潜めて、前方を指差します。
アイナが木の幹からそっと顔を覗かせると、見知った男の子が岩を持ち上げては下ろしていました。
ユートくんです。
「あれって、えっとタバッタ式だっけ、マナ器官のトレーニング」
アイナは入学してすぐの授業内容を、記憶の底から引っ張り出します。
ユートくんの前には、大きさの異なる大岩がいくつも並べられています。呼吸を整え、そのあいだにマナを最大限に使用した身体強化魔術程式を実行しているのでしょうが、大岩を頭の上まで素早く持ち上げては素早く下ろします。回数を重ねているうちに疲労がたまって持ち上げられなくなると、一回り小さな大岩に代えてまた同じ事を繰り返します。体の成長と同様にマナ器官も成長しますが、こうしたトレーニングをすることでマナ能力を伸ばせるのです。
「あいつ、多分、毎日やってるぜ。わたしがバイトしてる日は必ずいるんだ」
ユートくんをじっと見つめ、淡々と言うカノンちゃん。いつもの突っかかる態度は見受けられません。
「あれ、わたし、一週間でやめちゃった。ユートくん、すごい」
嘘を言うアイナ。あなたは三日で終わったでしょ。
からだの呼吸も筋肉も、マナ器官のマナ肺もマナ筋肉も、すべてを酷使するとてもきついトレーニングなのです。
「あいつ絶対にいいとこのお坊ちゃんなのに、なんであんな努力してんだろうな」
アイナに答えを求めるでもなく言うカノンちゃん。もう目的は終わったとばかりに、潜り込んできた野道を引き返そうとします。
でもアイナがついてくる気配がないので振り返ると、
「ユートくん、頑張ってるね!」
と、アイナは大声で呼びかけました。
あちゃと手で顔を覆うカノンちゃん。
「ど、どうしてこんなところにアイナくんが。ん、後ろにいるのはカノンくんか?」
ユートくんは口を曲げて、トレーニングを中断します。
ちょっと待ってくれと傍らに置いてあったバッグを手に取り、大岩に隠れてこそこそ。魔術程式で身だしなみを整えているのでしょう。
「ずいぶんと、つまらないところを見られたな」
と、ユートくんがバッグを片手にアイナたちに向かってきます。今日のトレーニングは切り上げたみたい。
「ユートくんって、ここで毎日――」
アイナがそう言いかけると、カノンちゃんが慌ててアイナの口を塞ぎます。
「以前から見られていたのか。まあいい。一緒に帰ろう」
ユートくんはカノンちゃんをジト目で睨みつけて、雑木林を出ていきます。
それをカノンちゃんと、げんこつを落とされ「痛っ」と涙目になってるアイナが追いかけます。
ところが前を行くユートくんが、突然手にしていたバッグを落としました。
「な、なっ」
と、奇声をあげます。
「どうした?!」
と、駆け出すカノンちゃん。
「あ、あれ」
ユートくんの指差す先にいるのは、二足歩行の木製ゴーレム。
「なーんだ。あれはわたしの――」
アイナがそう言いかけると。
「どうしてこの型のゴーレムが、このようなところにいるのだ」
ユートくんは目を見開いて、そう言いました。
噴水広場のミホウさんの食堂。そのオープンテラスに設置されたテーブルの一つ。
時折ですが、心地よい風が吹き抜けていきます。
「好きなもの、どんどん食べてね」
「言っておくが、知っていることはあらまし話をしたぞ」
前のめりのアイナに、引き気味のユートくん。そのふたりを面白そうに見ているカノンちゃん。
アイナはユートくんが何か知っていると目を輝かせ、強引に食堂へと誘いました。ユートくんの下宿先は実業学校の南にあって、噴水広場やミホウさんの食堂については知らなかったとのこと。「これはいい店を知った」と定食を食べ終え、ミホウさんの食堂を気に入ったようすです。ユートくんも、カノンちゃん同様に姿勢がとても良くて、育ちの良さを伺わせます。
「はい、どうぞ。ゆっくりしてってね」
ケーキふたつと、紅茶ひとつと、ジュースふたつ。
食後のデザートをミホウさんがテーブルに並べていきます。アイナにいいことがあったと見て取ったのでしょう、ミホウさんも嬉しそうです。
「さあ、どうぞ」
ふたりにケーキをすすめ、ジュースに口を付けるアイナ。小食なので自分のデザートは頼んでいません。こんなアイナに見つめられていると、ユートくんもケーキを味わえないのじゃないでしょうか。カノンちゃんはそんな様子を楽しみながら、ケーキを上品に口に運んでいます。
「既に話したが、私がアイナくんに提供できる本質的な情報は、あのゴーレムと同じ型のものをゴショで数回見かけた、ということだけだ」
紅茶を口にしながら、ユートくんが話をします。
食堂に来る道すがら、アイナとライヴォークの関係は聞かされました。アイナの重たい事情に対して自分の持っている情報の乏しさを気にしているのでしょうか、ユートくんはどこか申し訳なさそう。
「ゴショって、シノサカのずっと東にある街だよね」
「東ってか、北東になるのか」
「そうだな。直線で四十キロ、ずっとというほど遠くもない。アイナくんのいたアワジマのほうが遥かに遠いよ」
アワジマはシノサカから南西に、ゴショより倍近く離れた距離にあります。
「どんなとこ?」
「お高くとまった、気取った奴らが集まってる場所だよ」
「そんなことは――、まあ、そういう風に見えるところはあるかもしれないか」
やはりカノンちゃんはゴショに悪い印象を持っている様子です。ユートくんは否定しようとしてやめました。確かに否定はできないわね。
「どういうこと?」
「悪りい、混ぜっかえした。キンキイ地域の一番偉い役所が集まってるのは知ってるだろ。奴ら融通が利かないんだよ」
「私はノーコメントにさせてもらう。それでその中には魔術程式書家を管理、監督する役所もあって、ゴーレムの製造も管理している」
「キンキイ中から金を巻き上げてる割には、ろくにゴーレムを割り当てやしない」
「それもノーコメント。まあ最近はシガア地域がフォクリック地域とゴタゴタしていて、そちらを優先していると聞いている」
「ゴショの奴ら、自分とこのキンキイの民より、シガアの民をほうの顔色を窺っているからな」
ゴーレムの原材料の大部分は、シガア地域から入手していますからね。ゴショは昔から、シガア地域の要求とキンキイ地域の要求の板挟みになりがちです。カノンちゃんの言い分も分かりますが、これはちょっと心外です。
「ユートくんはそのゴーレムの役所で、ライヴォークと同じゴーレムを見たの?」
「いや、そういうわけじゃない。ゴショの大通りで、その――、身なりのいい人が従えているのを見たことがあるだけだ」
そうユートくんは答えるも、どこか歯切れが悪いです。嘘ついてるものね。
アイナみたいに二足歩行のゴーレムを街中に連れて回ることは、そうそうありません。基本は室内用、そのための人間の大きさに合わせた二足歩行のゴーレムなのです。ゴーレム車が行き交うあの大通りなんかで、見かけるはずがありません。
「アイナのご両親も、えらい人なのかもな」
「それは無い」
カノンちゃんが何気なく言った一言に、ユートくんがすぐ否定をします。
「どうして分かるんだ?」
「あ、いや、言い過ぎた。それは無い、と思う」
カノンちゃんの問いに、ユートくんは言い直します。
「どうして?」
続いてアイナが問いかけると、ユートくんはすぐに答えず、紅茶に手を延ばしました。
「その、間違っているかもしれないが、ゴショの中枢にいる人たちは肌の色が少し違うんだ。少し緑がかっている」
ゆっくりと、言葉を選んで答えるユートくん。
「あー、あいつら、シガアの血が混じってるんだろ」
その話に、あっさりカノンちゃんがかぶせます。
「ど、どうして、それを知ってるんだ?」
意外そうに驚くユートくん。狼狽してる。
「ん、親に聞いたんだよ」
それにカノンちゃんは、なにを驚いてるんだとむっとします。
でもユートくんが驚くのも無理はありません。そこまで知っているのは、社交界とその周辺の人々に限られるでしょう。
「カノンのお家、シノサカの大商人さんなんだよ」
「それはもう昔の話。今は細々と商いしてる」
「そういうことか」
アイナの補足に、ユートくんは納得します。
今度はカノンちゃんが気まずそう。
「どうしてそんな偉い人のゴーレムが、私を運んだんだろ」
アイナはひとり言のようにつぶやきます。
「あくまで可能性の一つとしてだが――」
「うん、なに?」
ユートくんの言葉にすぐ食いつくアイナ。
ユートくん、思わず後ずさりします。
「アイナくんのご両親がなにか大きな功績を挙げられて、その報奨に賜与されたのかもしれない」
「ったく偉ぶるやつらだな。てか、ユートも肌の色、少し緑がかってるよな」
ユートくんの、残念ながら見当外れの推測に、カノンちゃんが難癖を付けます。でも確かに緑がかってる。カノンちゃん、ユートくんのことをよく見ています。
「ふん、そうならどれだけよかったことか」
カップに延ばした自分の腕に視線を落とすユートくん。
その反応が予期せぬものだったようで、カノンちゃんは口を噤みます。
静寂がテーブルを覆います。
「私、ゴショに行ってみる。ライヴォークのこと聞いてみる」
それもつかの間、アイナがそう言うと、
「アイナくん、それは無理だ」
「アイナ、そりゃ無理だ」
と、ユートくん、カノンちゃんが口を揃えて否定しました。
驚くアイナ。
「ど、どうして」
「ゴショ区域に用もなく出入りすることは、自粛が求められている」
「私が言うのもなんだけど、そんなの許したら、不満を持っている奴らが陳情に押しかけて収拾がつかない」
ふたりの相次ぐ答えに、アイナは空を仰ぎます。
陽も落ちて星々が顔を出していますが、ゆっくり流れる雲がさえぎります。
街の明かりのせいか、シノサカの夜空はアワジマより星の数が少ない。
そんなアイナに、カノンちゃんもユートくんもかける言葉がありません。
「わかった。じゃあ首席を取って、ゴショの役所の魔術程式書家に会わせてもらう。これならできるでしょ」
それでめげるアイナではありませんでした。ずっと捜し求めてきたライヴォークの手がかりが掴めたばかりですものね。もとよりそういう作戦、会う相手が一流の程式書家からゴショの程式書家に変わっただけです。
「報償として訪問するのなら大丈夫だろう。ゴショでもトップクラスの程式書家に聞いた方がいいとは思うが。しかし――」
ユートくんの言葉に喜んだのも一瞬、アイナは「まだあるの」と顔を歪めます。
「しかし、首席は私が取らせてもらう。私にも取らねばならぬ事情がある」
ユートくんは表情をがらりと引き締め、アイナを見つめます。つい先ほどまでのアイナに振り回されていたときとは別人のよう。
「脅さないでよ。首席はわたし」
アイナは負けじと噛みつきます。
カノンちゃんはそんなふたりに苦笑いし、
「でもよ、ユート。お前、いいとこの坊ちゃんだろうに、なんでそんなに頑張ってんだ。タバッタ式とか」
と、からかい半分にユートくんにからみます。
ユートくんはそれに、
「それは私が優秀な魔術程式書家になれば、いくらかでも父を助けられるからだ」
と毅然と答え、カノンちゃんは目をぱちくりとさせるのでした。




